3ー0 ユニスト協界の絆


 気絶したコクモノが幾人も折り重なった二つの山の上で、悠々と立つロラントと、深々と腰掛けるイオ。

 百に近いコクモノたちを、たった二人で制圧した彼女らは、改めて相手の異常な力量を察し、お互いでお互いを牽制するように睨み合っていた。

 その最中、両手を横に広げたロラントが、まるで天を崇めるように視線を上げながら、こう宣言する。


「……この世界は、間もなく消滅する。ユニスト協界、貴様らが幾ら抗ったところで、消滅の運命は変えられない。貴様にとっても、私にとっても、な」

「……!」


 それは、ユニスト協界にとっては致命的な結末だった。

 どれだけ尽力したところで、世界そのものが消滅してしまっては……これまで、ユニスト協界がやって来たことが、全て無駄に終わってしまう。

 それが決して避けられないのだとしたら……それが定められた運命なのだとしたら……。


「問おう、ギルドメイドよ────貴様は、何の為に抗い、戦う?」


 心に鋭く突き刺さる言葉だけを残し、ロラントは立ち去っていく。

 一方、彼が残した鋭い言葉は、イオの中で何度も何度も反響を繰り返し続けるのだった。




─※─※─※─※─※─※─※─※─※─




 結局その後、ノベスールは廃墟となった。

 小世界を侵食していた樹海の非人どころか、辛うじて形が残っていた町並みも、大樹を引いた後にはただの瓦礫しか残っていなかった。

 そこで問題となったのは、住む場所を追われることになる『コクモノ』たちの処遇だ。

 彼らが何らかの方法でノベスールから別の小世界に渡ってしまっては、まず混乱は避けられないだろう。かといって、このまま放っておけば、いずれは餓死してしまう恐れもある。

 そんな問題が提示されると、シーナがあっけらかんとこう提案した。


 ────じゃあ、全員連れて行けばいいと思うわ!


 当人のツムギも、流石に渋い顔をして悩んでいたが……ノベスールを崩壊させた後ろめたさもあり、それを承諾。

 かくして、大勢のコクモノたちを乗せた台樹は、現在、ユニスト協界へと真っ直ぐに帰還中だ。


「……って、感じ……報告、終わり……」


 そこは、ユニスト協界のギルド本部。

 客足も途絶えた酒場には、薄暗さと静寂だけが残っている。

 そんな酒場のカウンターの一席に腰掛けて、甘いフルーツジュースをちびちびと飲むイオが、少し話し疲れた様子で一息ついた。

 向かいには、興味津々な表情で話を聞いていたフォルカーが、ニッコリとイオに微笑みかける。


「はっはっはっ。いやはや、あの方々のお話はいくら聞いても飽きませんなぁ。イオさんも、報告お疲れ様でした」

「……ん……皆は……?」

「あれ?イオじゃん!なになに帰ってきてたんだ!」

「……よりにもよって……最悪……」


 丁度よいタイミングで奥から姿を現したのは、寝間着姿で、今まさに寝る寸前である様子のビエラだった。

 彼女の姿と陽気な声を目の当たりにした瞬間、普段は無表情であるイオが、短い溜め息と共に顔を小さく歪ませる。

 そんなイオの隣の席に腰掛けたビエラは、相変わらず馴れ馴れしく肩を組んで、楽しそうに話し始めた。


「よりにもよって、ってなーにーさー?久々の再会なんだから、もっと嬉しそうにしてよー」

「……ヤダ……」

「おぅっ……相変わらず辛辣……なんだよー!あたしの何が気に入らないんだよー!」

「……存在……?」

「えっ、どゆこと……?」

「はっはっはっ、まぁまぁ。イオさんも久方ぶりの帰還ですし、ゆっくりと羽を伸ばしていかれては?」


 隣で喚くビエラを放っておいて、イオは一言、そうする、とだけ小声で答えてまたフルーツジュースを飲み始める。

 ツムギたちと別れてノベスールを後にしたイオは、一足先にユニスト協界へと帰ってきた。普段の報告は通信型の『魔具』を利用して済ませているのだが……今回は、ちょっとした気紛れというやつだった。深い理由なんてものは無い。

 だけど。

 もしかすると、少しだけ……身内の人間と話したかったのかも知れない。


「……この世界って……イオたちが、守る意味、ある、かな……?」

「イオ?」

「とっくに、ペデスタルは末期……生を望む者は、少数派で……死を望み、死をもたらす者が、世界各地に跋扈している……そんな世界の為に……ユニストが、尽力する意味、ある……?イオには……よく分からない……」


 何の為に抗い、戦う?

 あの時、ロラントが問い掛けてきた言葉は、未だに胸の奥に突き刺さっている。

 だが、どれだけ考えても答えは出なくて……そんな自分の曖昧さが、少し怖くて……今は、一刻も早く答えを見出だしたかったのかも知れない。

 すると、フォルカーは考えるように小さく首を傾げてから、言葉を選ぶようにして語り始める。


「世界の行く先を決めるのは、わたくしたち個人ではありません。大衆という、そこで生きる人々が、世界の行く先と在り方を決めるものなのです」

「……ペデスタルの大衆は、死を、望んでいる……だとしたら、この世界は……」

「ですが、イオさん個人はどうなのですかな?この世界と、そこで生きる人々に……死んで欲しいと?」

「…………イオ、個人……?」

「あたしは嫌だなぁ。この世界にはユニストの皆や、ツムギやシーナだって居るし、なんだかんだ言って楽しいんだもん。そう簡単に手放したくないっしょ」

「……自分勝手……」

「いいえ。きっと、それくらい勝手で良いのではないでしょうか?」

「え……?」


 何だかマスターらしからぬ適当な返答に、思わず顔を上げた。彼の顔は、極めて真剣な表情を浮かべている。


「冷たいことを言うようですが……人の人生とは、まっさらで真っ白な紙のようなモノ……意味・・というモノは、何もありません。そこに、色彩や形体で意味・・を見出すのは、あくまでも『個人』の見解なのです」

「……個人の……見解……」

「もしもこれから先、イオさんが個人的にも守りたいと思う人が現れた時……イオさんの手で、その人を彩り、形作って差し上げては如何でしょう?その繋がりがきっと……その人の、そしてイオさんの、生きる“意味”になってくれる筈ですから」

「…………難しい……」

「はっはっはっ。えぇ、えぇ、難しいですなぁ」


 何やら満足そうな表情でおおらかな笑い声を上げるマスターを見ていると、段々と、心のわだかまりが解けていくような気がした。

 イオは短く息を吐いてから前のめりになり、また別の話題をマスターに投げ掛ける。


「……ねぇ、マスター……」

「なんでしょう?」

「……マスターの、作る、ジュース……何で、普通よりも、美味しいの……?」

「はっはっはっ。宜しければ、もう一杯奢りましょうか?」

「……ごち……」

「あっ!あたしも寝る前の一杯貰っちゃおっと!イオ、再会の乾杯しよ!」

「……ヤダ……」

「ナンデダヨーー!?」


 結局、答えなんて見つけられないままだったが……不思議と、気分は晴れやかだった。

 例え、自分が迷って立ち止まってしまったとしても……ユニスト協界の皆がいれば、きっと大丈夫……そう思わせてくれたからだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る