2ー7 怒りのワケ
声の主が『非人』であり、それを隠す素振りもなく堂々と発してきたことから、
助けたといっても、フィリはドームの中で上下逆さまの宙釣りになっていたり、俺は自分の長髪が根に絡まったり等、色々な意味で悲惨なことになっていたのだが……それは、置いておこう。
「殺し屋さんっ!助けに来たわっ!」
「え……?」
樹根に拘束されている殺し屋に、シーナとフィリが寄り添って声を掛ける。
殺し屋は唖然とした様子で目を丸くしていたが、二人は気に掛けることもなく、何とかして拘束を解こうと考えを巡らせていた。
「んむむぅ。これはガッチリ固定されてんねぇ。あたしのか弱い腕力じゃぁ、力ずくで解くのは無理かもぉ」
「あら、本当っ?なら、魔法はどう?何かこう、力を緩める魔法とか無いのかしら?」
「あはーはーっ、よくぞ聞いてくれましたぁシーナちゃんっ!そうだよぉ、そうなんだよぉ、こういう時に役立つのが魔法なんだってねぇっ!よぉし!それじゃぁっ、早速
「待ちなさい、コラ。俺の前で木に火を付けるなんて狼藉は絶対に許しませんよ?」
「えぇぇーっ!?だって、こっちの木はツムギくんのじゃないじゃぁんっ!」
「余所者の木でも、木は木なの。やるなら他の方法でやりなさいっ」
「それもそうだわ……何の意味も無く木を燃やしちゃったら可愛そうだものっ!だけど炭火で焼いたお肉はとっても美味しいのっ!今度皆で一緒に食べましょうっ!」
「いや急になんの話?あと、その場合の炭火って俺だよね?」
「あはーっ、仕方がないなぁ。じゃあナイフで我慢するかぁ」
「ていうかさ、火で燃やしていたら逆に殺し屋の身も危なかったんじゃないの?」
「(ビクッ)ッ!?」
「だってぇ、殺し屋ちゃんって何だか羊っぽいしぃ……だから、炙ってみたら美味しいそうに見えるんじゃないかなぁって思ってぇ……あーはーっ」
「羊、肉……(ゴックン)」
「(ビクゥゥッ)ッ!!?」
何やら危ない気配を察したのか、殺し屋が首を横に振りながらプルプルと震えている。
あれ……この人たち、一応助けに来たんだよな……?
流石の彼女たちでも、いきなり人を炙って食ったりはしない筈だが……どうしよう、完全に信じ切れないのがちょっと怖い。
『……オイ。なにを目の前でオレをないがしろにしてくれているんだ?アァ?』
こちらも随分とご立腹である。
一先ず、殺し屋のことは二人に任せて、俺は何処からともなく凄まじい迫力で話し掛けてくる『樹海の非人』の方へと意識を移した。
「まぁまぁ。まずは少し落ち着いて?さっきも言っていたけれど……そもそも、あなたはどうしてそんなにまで第三皇女に執着するの?」
『何故か、だと……?オレは、オレはなぁ……あの第三皇女に全てを奪われた……身体も、記憶も、誇りも……全て、全てをだ……ッ!』
「……!」
『だからオレは、あの下劣な女から全てを奪ってやると誓った。このペデスタルに在る、第三皇女の全てを……全てを奪い尽くし、最期にはこの第三領域そのものを支配してやろうとな……ッ!』
世間的には神々と称されている者が、たった一人の人間をここまで強く恨んでいるなんて、普通に考えれば有り得ないことだ。
それだけでも、第三皇女が持つ存在感の強さが窺えるものの……尚の事、謎が深まる。
第三皇女は、非人に手を掛けてまで、一体何をしたかったのか、と。
「……このノベスールを樹海で覆い尽くしたのは、体裁的にも、第三皇女から奪ってやったことを証明する為だったってこと?」
『……それだけじゃない。ノベスールに異変が起きたとすれば、第三皇女の息が掛かった奴らも必ずやって来る。ククッ、まんまとこの地に足を踏み入れた奴らは────この手で皆殺しにしてやったよ』
「……!」
確か、第三皇女には『へブロス』とかいう直属の親衛隊が傍に付いていたと聞く。相当の実力者が揃っていたらしいが……どうやら、非人の前では無力も等しかったようだ。
『……そうやって、ここまで上手く事が進んでいたというのに────オマエは今更、一体どういうつもりだ、
「ひ……ッ!」
再び、樹海の非人の視線は殺し屋へと向けられる。
シーナに背中を擦られていた殺し屋は、途端に全身を震わせて、真っ青になった顔を弾かれるように上げた。
『第三皇女に捨てられたオマエを拾い、育ててやったのは、非人であるこのオレだ。だからこそオマエは、神にも等しいこのオレに従属する意義がある』
「う、ぅ……ッ」
『分かったら、殺せ。オマエの傍に居る者たちを、その手で皆殺しにしろ。そうすれば、これまでの非礼を免じてやる────さぁ、殺れぇッ!!』
「……ッ!」
非人の言葉に突き動かされるように、ゆっくりと視線を真隣に居るシーナへと向けると……その両腕を、鋭利な槍に変形させる。
少し腕を動かせば、簡単に突き刺さる距離感。
シーナはビクッと肩を震わせてから、身動きも出来ない様子で、その場で硬直していた。
「殺し屋さん……」
「ごめんなさい……だけど、仕方がないじゃないですか……あのお人に逆らうことなんて……私には、出来ません……」
『何を謝ることがある?これは神の意志、崇高なる神の言葉だぞ。オマエは、何も間違ってはいない。オレこそが、全てにおいて正しいのだから。そうだろう?』
「そうですよ……誰も、逆らえないじゃないですか……誰も、抗えないじゃないですか……私たちみたいな人間では、どうしようもないじゃないですか……だから、もう────せめて黙ったまま、殺されて下さいよ……ッ!」
殺し屋は、極限にまで追い詰められていた。
殺しはしたくない……だけど、非人には逆らえない……迫られた選択肢の境目で、少しずつ、少しずつ、殺しの方へと傾きつつあるのが見て取れる。
槍となった自身の腕を引いて、シーナに狙いを定めながらも、呼吸を乱し、ガタガタと身体を震わせていたから。
いつもなら、直ぐに割って入るところだが……彼女の様子を見ていた俺は、その場から一歩も動かずに殺し屋へと言葉を投げ掛ける。
「────間違っているよ、そんなこと」
すると、殺し屋はピタリと動きを止め、驚いた様子の顔をこちらへと視線を向けた。
「……間違っているって、何が、ですか……?」
「どうしてあなたの意志が、こんな神を自称しているだけの奴に決定されなくちゃならないの?」
「……!?ひ、非人様に、なんて、言い草を……ッ!」
「殺したくないなら、殺さなくていい。逃げたいなら、逃げてもいい。あなたの生き方は、あなただけが決められる。だから、あなたの生きたいように生きて良いんだよ」
「……だッ、から……それが、出来ないから……ッ!」
「じゃあ。俺が、あの非人から────あなたを逃してあげる。それなら、文句ないよね?」
「え……」
その言葉に、殺し屋は唖然とした様子で立ち尽くす。
そうなれば当然、憤慨するのは樹海の非人の方だ。どこまでも思い通りに動かない殺し屋を前に、森全体を揺るがしながら声を荒げた。
『何を勝手なことを言っている、オマエは……ッ!』
「結局のところ。あなたも同じだよ、樹海の非人」
『……ア?』
「第三皇女は、あなたの全てを奪ったと言ったよね?それを、外道だと、下劣だと批判するのだとしたら……あなたもそれと同類だ。あなたは、彼女の人生を奪おうとしたんだから」
『オマ、エ……ッ!オレ、が……第三皇女と、同じ、だと……!?』
「それに、
その時、シンッと小世界が静寂に包まれた。
風の音も、木々のざわめきも……何も聞こえない。
あまりの変わりように、非人の声が聞こえないシーナとフィリでさえも、何かを感じたかのように、慌てて辺りを見渡す。
一体、どれだけの鬱憤が溜まっていたのだろうか。
神々として、非人として、自らの存在を全否定する言葉に────樹海の非人は、
『────コロス』
直後。
視界が、
いいや、違う……あまりにも大きな地響きが、小世界そのものを振動させているのだ。
まるで噴水の如く、空へと舞い上がる大地。
それに続いて、大地に根付いていた幾多の木々が凄まじい勢いで伸長し、天の景色すら多い尽くそうとしていく。
このままでは……いずれ、無限的に増量していく木々に押し潰されてしまうだろう。
そんな未来が見えてしまったのか、後ろの方で殺し屋が狼狽する声が聞こえてきたが……。
「あッ、あぁぁ……ッ!!もう、ダメ……ッ……逃げられる筈が、ない……敵う訳が、ない……こんな、の……どうやったって……ッ!」
「────心配いらないわ、殺し屋さん」
狼狽える殺し屋の肩に手を置いて、その震える身体を軽く抱き寄せながら声を掛けたのは、シーナだった。
「どうして、そんな落ち着いて、いられるんですか……ッ!?」
「どうして、かしら……?だけど、そんなに不思議じゃないわ。ここにはまだ、ツムギも居るんだもの」
「相手は非人様ですよ……!?それに、こんな状況で……一体、何が出来るって言うんですか……!?」
「それは分からないわ」
「はぁ……っ!?」
「だけど、大丈夫。こういう時のツムギって────とっても強いのよ?」
何かを確信してくれているような言葉が、俺の背中を強く押す。
これまでもそうだった。
何故なのかは未だに分からないけれど……理屈も、根拠もない、シーナの純粋無垢な言葉は……いつだって、俺に力を与えてくれる。
だから。
どれだけ絶体絶命な局面だとしても……必ず、この手でひっくり返してみせよう。
「……【是は魂の拠り木。望むなら、万物宿りし大樹と成ろう】……」
フィリが言っていた、『非人の物語』。
それを耳にした時から、頭の中で断片的な光景が見え隠れしていた。
きっと、
だからこそ、応えてくれた。
他の非人を寄せ付けすらしない程の、膨大かつ強大な力で。
『ん、ォ……ッ!?なん、だ……動けな……ッ!?』
「ぶっちゃけ、あなたが何処で何をしようと、俺はそれに口を挟むつもりはなかった。復讐を果たそうが、誰を恨もうが、それはあなたの自由なんだから」
感じる。
ノベスールの下の、更に下の方から、樹海の非人の木々を次々に巻き込み、押し潰しながら……
気付けば。
小世界を丸々侵食する程の非人を……俺は、
その上下にある立ち位置こそが、即ち、力の差。
これだけの力の差があれば────勝負は、一瞬で決まる。
「だけどね?あなたは、その過程でシーナの命を狙った。それだけは、例えあなたが神だろうが支配者だろうが……絶対に、許すつもりはない────哭かすぞ、樹海の非人」
いつしか、
理解が出来ないのならば、それで良い。ただ、
────神に理屈は不要、神こそが理屈と成る。
オマエは、到底人には届き得ない領域に足を踏み入れており、人の常識を外れた力を奮っているのだということを……努々忘れるな、と。
『オ、マエ……一体、何者、だ……ッ!?』
樹海の非人が明らかに動揺した様子で俺を見上げ、悔し紛れにそう問い掛けてきた。
俺は手を開いて下方へ向けながら、呟く。
そして。
「『台樹の非人』……から、その力を
頭の中でハッキリと浮かんだ『物語の題名』を、心の中で強く唱える。
────[大樹降臨]。
次の瞬間。
小世界の四方から、固く厚い大地を突き破り、超弩級の樹の幹が突出。
樹海の非人が操る樹根とは比較にならない樹の幹は、小世界を埋め尽くす木々を重機のようになぎ倒し、中央に収束していく。
それぞれが寄り添うように、捻れながら、天へ天へと伸びていくと……。
────ノベスールには、一本の大樹が降臨していた。
もう、樹海の非人の声は聞こえない。
それどころか、ノベスールを侵食していた木々は根本ごと大樹に押し潰されて、欠片も残されていなかった。
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