2ー4 死にたがっている
それは、死への
死に逝く者達へ捧げる音色を生物に聞かせると、それを耳にした生物が、死にたがっているか、否か……その心理状態を知ることが出来る。
鎮魂歌を耳にした時、顔をしかめて不快感を現した人物が一人……それに対して、殆ど感情の変化を見せなかったのが、一人。
そして、もう一人……音色を耳にして、思わず聞き入ってしまっていた人物が居た。
つまり、その彼女こそが
「あぅ……っ!」
オリスト宮殿の謁見室。
かつて、かのオリスト第三皇女がふんぞり返って座っていた玉座がある場所。
その玉座に、連れ拐ってきた少女を放り投げてから、『殺し屋』として、いつもと同じ疑問を投げ掛けた。
「……ヤリ残シタコト、無イ?」
無闇やたらに、理不尽な死をもたらすつもりは毛頭ない。
今はまだ死にたくはない……やり残したことがある……そう主張している者には考え直す余地を与えているつもりだった。
ただ、ここは『時去りの地』。
時の加速に蝕まれた者たちは、皆平等に、自らが望んで死を選び……そして、目の前で命を落としていった。これまで何十人、何百人、いいや、何千人と……その最期を、見届けてきたのだ。
だからこそ、見違う筈がなかった。
いつも通り……今までと同じ様に……この少女も────間違いなく、死にたがっている、と。
しかし。
「……はッ、はッ……く、うぅぅッ……」
「……ドウシタ、何故、ソンナニ苦シンデイル……?」
何か、様子がおかしい。
先程から玉座の上で小刻みに震えながら、何やら苦しそうな呻き声を漏らしていたのだから。
「身体がッ、動かないの……ツムギの、根が……消えてッ……あ、ぅッ……」
これは……どうすべきなのだろう。
予想だにしていなかった反応に、思わず言葉に詰まる。目の前で苦しみ悶える少女を見下ろしながら、次に取るべき行動を思い悩んでいたが……。
「……あはっ」
「……?」
「……だけど…………やっと……やっと、なのね……ふふっ……あなたが、私を……殺してくれるのね……ここが……私の、死に場所になってくれるのね……?」
相変わらず苦しそうに途切れ途切れの息をに漏らしながらも、小さく笑みを浮べる少女の言葉を聞いて……短く、息を吐いた。
「……ソウ。ココガ、死二場所ニナル……ダカラ……」
ならばこちらも……遠慮なく、
いつも通りに相手が望む通りに、少女の前で、自身の腕を掲げると……。
────[黒魔法]、発動。
関節が外れるような鈍い音を連続的に立てながら、その腕は、一本の鋭利な槍へと変貌を遂げた。
あとは、こいつを少女に振り下ろせば……此度の殺しも、無事に幕を閉じる。
「セメテ、最後クライハ……安ラカニ、逝ケ」
……。
…………。
………………。
暴力を受けない日は、一日たりとも無かった。
罵声を浴びない時は、一時たりとも無かった。
外を歩けば、おじいちゃんおばあちゃんから『化け物ッ!!』と罵られ……遊び場へ行けば、同い年くらいの子供たちから石を投げられ……家に帰れば、両親から思い切り、殴られ、蹴られ、意識が薄れてきた辺りで、地下の真っ暗な倉庫に閉じ込められる。
血反吐を吐きながら……全身を痛めつけられながら……涙ながらに訴えても……彼らは聞く耳を持つことすらしなかった。
覚えているのはそれくらいだが……それが、私の日常だった。
自分でも訳の分からないまま────『傷』を刻まれてしまった私の、過去の記憶。
どうしてそうなったのか……私にも、理解出来ない。
ただ……死にたかった。
地獄も同然なこの世界で、生きていることが耐えられなかったから。
だけど。
そうやって村人たちの虐待に苛まれていた最中、自分が傷付けば傷付く程に────
それは、世界の悲鳴。
辞めてくれ、と……殺さないでくれ、と……世界が決死の思いで懇願しているのが、聞こえてしまったのだ。
自分の死は、同時に、世界の死を意味する。
私の目の前では常に、『世界』と、『生きとし生きる全て人々の命』が人質にされていた。
つまりは、そういうことだ────生きることを責められた私は、死ぬことすら許されなかったのである。
………………。
…………。
……。
だけど、それも……この長く辛い旅路も、ようやく終わる。
ここが私の死に場所であり、この人が私を殺してくれるのならば……私は、それを受け入れる。
幼い頃から、ずっとそれを望んで来た。
私という存在を、このペデスタルから消し去ってくれるこの時を、ずっと待ち望んで来たのだから。
目の前には凶器を振りかぶる人物の姿……それが狙い定めるのは、身動きが取れず、無防備に玉座にもたれ掛かる私の命。
どう足掻いても、殺されるしかない……そんな現状を前に、私は抵抗する素振りも見せず、静かに目蓋を閉じる。
そこまで、現状を受け入れた時────ふと、一つの違和感が、私の中に芽生えた。
(……あ、れ……?私……
力無く脱力していた私は、
それが何かまでは分からない。
ただ、その右手は……私の意志に反するかのように、力いっぱいに、『それ』を握り締めているのだ。
どうして……今更……何に……そんなにまで……
「────サヨウナラ、人間」
「……!」
だが、私の違和感も構わず、現実は無遠慮に進む。
仮面を着けたコクモノの振りかぶる凶器が一筋の光沢を放った瞬間……。
ようやく…………『ダメ』……。
待っていた…………『待ってくれ』……。
これで、終わる…………『ま、だ』……。
────その凶刃は、私の胸を狙って振り下ろされた。
「勝手なことをしないでもらえるかな────シーナを殺すのは、俺の役目なんだから」
その時。
目の前の視界を、何処からか割って入ってきた黒い影が遮った。
黒者が振り下ろした凶刃は、私の胸に届くよりも前に……そこに現れた黒い影に突き刺さる。
それが、人間の姿をしており、刃がその胸を無惨に貫いていたことに気付いた時……ようやく、その人物の正体がハッキリした。
「…………ツ……ム……ギ……?」
彼は、何をしている……?
何故、私の目の前に立って……私の代わりに、その身体で凶刃を受け止めている……?
────
途方に暮れて、ゆっくりと目の前にあるツムギの顔を見上げると……彼は、少しだけ苦痛を顔に滲ませつつも、何処か安堵した様子で微笑み、か細い声でこう呟くのだった────間に合って良かった、と。
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