2ー3 迫り来る黒
率直に言おう……大変なことになった。
フィリと[灯焔]の導くままに宮殿に足を踏み入れてから、ほんの数分後。城内の大広間に差し掛かった所で……迂闊にも、無数の『コクモノ』に包囲されてしまったのだ。
当然のように迎撃態勢を整えようとしたところ……誰よりもいち早く前に飛び出したのは、シーナだった。
「おいでおいでぇ、みんなで一緒に遊びましょう?」
敵対心剥き出しのコクモノに対して物怖じもせず、まるでペットを宥めるように、中腰になって優しく呼び掛ける。
しかし。
「ヒィ……ッ!?」
「キャゥゥッ!?」
「オォッ、ォッ、ォ……ッ!」
シーナを前にしたコクモノたちが、悲鳴のような甲高い声を上げて次々に散っていくのだ。
恐らく、シーナ自身は言葉の通り、仲良く触れ合いたいだけなのだろう。それなのに何故か慌てて逃げ出してしまうので、相当ショックなのか、笑顔のままで硬直していた。
「あはーっ?ねぇねぇ、ツムギくん。シーナちゃんと顔を合わせた子たち、全員漏れなく尻尾巻いて逃げているんだけどぉ?」
「まぁ……シーナですから」
「あはーはーっ!そっかそっかぁ!シーナちゃんだからかぁ!なるほどぉ、うん、どゆことぉ?」
「俺にも分からん……」
考えられる要因としては、シーナの『傷』を直感的に感じ取ったせいで、近寄ると危ないと判断した……そんなところだろうか。
無駄な戦闘をする必要がないのは有り難いことだが、シーナがあそこまで露骨に避けられているのを見るのは、正直に言って心が痛む。
「……逃げられた(しゅんっ)……でもっ、めげないわっ!(シャキーンっ)」
一体、何がシーナをあそこまで駆り立てるのか……コクモノたちと仲良くすることを諦めるつもりはなさそうだ。
そろりそろりとコクモノたちに近付いては、逃げられ、追い掛けて、逃げられ、追い掛けてはと、その繰り返し。
コクモノの大群に孤軍奮闘するシーナ……なんともカオスな光景ではあるが、今は危険も無さそうなので、もうしばらく様子を見ておくとしようか。
「……あの子面白いねぇ」
「もう少ししたら励ましに行ってこよ……あー、それとさ。その[灯焔]、あまり近くで振り回さないで貰える?」
「……なんでぇ?」
「火は、何というか生理的に無理なんだよね……非人の性質ってヤツ……?」
そう……火だけは、どうしても苦手なのだ。
別に火を通した料理が食べられないとか、暖かい空間には居られないとか言うわけではない。ただ、そこに『火』が在るというだけで、全身が竦み上がってしまう。
エアョセ(お父さん)が言うには、非人の性質によって苦手な現象も生じる、ということらしいが……。
「へぇ〜…………あーーはーーっ?」
はい。それを聞いたフィリの、この満面の笑顔である。
どうやら、危険は身内に潜んでいたそうだ。この嘲笑的な笑顔……間違いなく、現状を愉しんでいる顔だった。
「……辞めて?」
「いやだなぁ、そんなぁ、あれだよぉ?火を付けてみたらどうなるのかなぁ、なんてこと考えていたりしないってばぁ。あはーはーっ。ところでぇ、ツムギくぅん……ちょっと炙ってみていい?」
「その時があなたの最後だぞ、コノヤロー」
今更ながら、ようやく気付いた。
もしかすると、人間的に危険な人物に同行してきてしまったのではないか、と。
フィリはケラケラと笑っていたが、それ以上、彼女の口から話題を引き伸ばすことはしなかった。ただ、これから彼女に背中を見せる時は、マジで気を付けるとしよう。下手をすると、満面の笑みで火をつけられる危険がある。
そんなことを考えていた……その時だ。
突如、頭を直接打ち付けるような『音』が、宮殿の内部で強く反響してきた。
あまりにもハッキリと聞こえた音に……俺やフィリだけでなく、コクモノを追いかけ回していたシーナも、その場で立ち止まって不思議そうに周囲を見渡し始める。
「……なんか、気味が悪い音が聞こえるようなぁ……?」
「気味が悪い?うぅん、そうかしら……?」
「音というか……これは、歌……?」
モスキート音のように単調的な不快音ではなくて、まるで何かの旋律を奏でているかのようにも聴こえる。
ただ、俺だけだろうか……その旋律には、気味が悪いとか、美しいとか、そういった感情は殆ど感じられない気がするのだが……。
しかし、この音は一体何処から聴こえてくるのか……耳を澄ませて、周囲を窺っていると……。
「────
気配は、なかった。
まるで、この真っ暗闇に守られているかのように、音も、影もなかった筈なのに。
それなのに……。
『そいつ』は既に────
マズい……ッ!!
差し迫っていた危機を前に、俺は反射的に地面を蹴り、自身の腕を『そいつ』へ向かって突き出す。
「────シーナっ!!」
俺の腕の中から、肉と皮を突き破って突出するのは、無数の樹根。
何よりも速く、誰よりも速く、目の先に立つシーナの元へと……俺は、全力で手を伸ばしていた。
しかし。
「ぁ……っ……ツム、ギ……!」
それがシーナに届くよりも前に、仮面を着けた『そいつ』は、彼女の首に腕を回して拘束すると……こちらへと腕を伸ばそうとしたシーナごと、一瞬の内に、目の前から消え去ってしまうのだった。
─※─※─※─※─※─※─※─※─
このペデスタルにおいて、人間が扱うことが出来る[魔法]は、大きく分けて二種類ある。
一つ目は、フィリ=オディスを筆頭にして現代の魔法師たちによって開発された、『オディス魔具』を使用して顕現する────[白魔法]。
それは、自然的事象の権化たる『非人』の存在を媒介にして、あらゆる自然現象を発生させることが出来る魔法であり、その特性や能力値の高さは、あくまでも非人の力に準ずる。
中には、非人の眷属となることで直接力を授かり、魔具を介さず、力を発揮することが出来る希少な例もある。
二つ目は、オリスト第三皇女が見出したとされる、『黒素』という要素を基礎理論に置く────[黒魔法]。
『黒素』とは、万人の中に必然的に潜在し、ありとあらゆる姿に変化する『モノ』のこと。それを利用すれば、身体の一部を武器に変形させたり、獣の姿に変化したりすることも可能であり、その使い方は千差万別、人の数だけの違いがある。
その潜在能力には、無限と未知なる可能性が期待されており、個体によっては『神々に匹敵する魔法』と言われることもあるという。
[白]と[黒]、『神』と『人』。
決して相容れてはならない双極の魔法が、一つの世界に生まれ出てしまったこと……それが何を暗示するのかは、まだ誰も知らない。
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