2ー2 魔法師と護衛
『魔法師』。
そんな肩書を持つフィリ=オディスは、護衛であるロラント=エクリングを引き連れ、『研究』の為に、遥々この地を訪れたらしい。
話によると、かつてオリスト第三皇女が居住していたこの宮殿には、貴重な魔法関連の資料が沢山眠っており、その筋の研究家たちにとっては、まさに魔法の宝物庫なのだとか。
「……(じーーっ)(ついついっ)(ぐいーーっ)」
フィリの先導で、今や木々の根が生い茂る街道を歩いていたのだが……一体何が気になっているのか、先程からシーナがずっと、ロラントをジッと見上げながら、その顔を突いたり、包帯を引っ張ったりしているのだ。
対するロラントの方は、何をされても微動だにしない様子で歩き続けている為、何だか見ているこちらがハラハラとしてくる。
「あのー、うちのシーナが、何だかスミマセン……」
「別に気にしてはいない」
「あはーっ、こんなベタベタと触られて怒らないなんて珍しいこともあるもんだぁ。ねぇ、ロラントくん?」
「────触るな、殺すぞ」
(えぇぇぇ……?)
今、フィリが肩を軽く叩いただけで殺意がだだ漏れだったのだが……本当に大丈夫だろうか。あまり刺激し続けたら、その内ヒョッコリと殺しにきそうな気がしてきたのだけれど……。
「それにしてもぉ、まさか台樹の非人様が一緒に来てくれるなんて嬉しいなぁ。何だかご利益がありそうだねぇ」
「ご利益なんて無いので、手を合わせて拝まないでくれません……?それに非人様なんて、そんな畏まらないで、普通にツムギって呼んでくれればいいよ?」
「あはーっ、そぉ?じゃあ、ツムギくぅん、一つ聞かせてぇ?どうしてあたし達の同行を買って出てくれたのぉ?」
「……もし、本当に第三皇女に関する情報があるのなら……どうしても、知りたいことがあるから」
「ふぅん……?」
そう言いながら、チラリと無邪気に笑うシーナの方へと視線を向ける。
シーナを幽閉していた第三皇女ならば、例の『傷』について何らかの情報を持っていた筈だ。それを入手することが出来れば、もしかしたら……。
────彼女の中に潜む、『傷』そのものを取り除くことが出来るかも知れない。
実質、それが一番の近道だった。
そもそもの第三皇女が死んでいるということもあり、殆ど諦めていたが……調べてみる価値は、ある筈だ。
「はぁい、皆さん注目ぅ〜!ようやく到着しましたぁ〜!ここが、かのオリスト第三皇女の居城にして、ここノベスールの象徴とも呼べる場所────『オリスト宮殿』になりますぅ!」
草木を掻き分けた先に現れたのは、それはそれは荘厳な外観
今や、とても一人の皇女が居城としていたとは考えられない、巨大な廃墟となっていた。
「……見る影もないね……」
「今は沢山の樹木さんが住んでいるのかしら?とってもゆにーくな外観ね!」
「あはーっ!手厳しい感想どうもありがとうございますぅ!」
「楽しそうだね、フィリ……」
ここもノベスール城下町と同等に、人の気配はない。イオの言っていた通り、このノベスールには本当に一人として人間は生き残っていないようだ。
そう言えば……当のイオ本人はいつの間にか、何も言わずに何処かへ言ってしまったようだが……まぁ、それはいつものことだ。その内、またひょっこりと姿を見せてくれるだろう。
そんなことを考えていると、ロラントが突然踵を返して宮殿とは反対方向へと歩き始めた。
「……フィリ。内部のことは頼む。私は、外の方を見回ってくる」
「はいはぁい。ロラントくん、ヨロシクぅ」
「えっ、もう行っちゃうの?まだわたし、あなたと何もお話していないわ!」
「……いずれ、機会があれば」
「んー……そうね、わかったわ!じゃあ、その時を楽しみにしているわね!」
(……あれ?あの人って、フィリの護衛だったんじゃ……)
少し名残惜しい様子でシーナが大きく手を振ると、ロラントはそれ以上何も言わずに、再び樹海の中へと消えてしまった。
それを見届けたフィリは、ポケットの中から、小さなランプ型の魔具を取り出し、宮殿の入口付近から俺たちを手招きする。
「中は相当暗くなっているなぁ……二人ともぉ、足元にはくれぐれも注意だよぉ。今、灯りを点けるからねぇ」
「灯り?その魔具を使って、火を灯すってこと?」
「あはーっ。ただ使うだけだと、灯りには心許ないかなぁ。この魔具には、ちゃんと
そう言って、魔具を暗闇の中に差し出すフィリ。
ほんの少しの沈黙の後、静かに目蓋を閉じてから、これまでの彼女とは異なる透き通るような声で、呪文を唱え始めた。
「【私は、闇の迷い人。どうか、あなたの眩い焔で、闇を照らして下さい】────[灯焔]」
「……!」
その時一瞬だけ、脳裏で少女が神に懇願するような情景が浮かび上がった。今の呪文は、その少女が口にした言葉なのだろうか……。
呪文が唱え終わると、フィリの持つ魔具が『白く発光する球体』を排出。
球体は建物の中を漂いながら、一瞬だけ眩いまでの強烈な光を放つと、少しずつ光量を弱く調整していき……気付けば城内は、真っ昼間と同じ位の明るさにまで照らされていた。
「わぁ……っ!すごいすごいっ!とっても明るくなったわっ!」
「定められた呪文を魔具に唱えることで、それに応じた力を発揮する。『魔法』っていうのは、
「物語を、現実に……?」
「そぉそぉ。まぁ、こんな断片的な光景しか再現できないけれどぉ……それでも、こうして過去の出来事を現実で目の当たりにすることが出来るなんて、素敵なことだと思わない?」
「えぇ、とっっても素敵だわっ!もしかして、その魔法を使えば誰の記憶でも蘇るのかしらっ?」
「あはーっ、蘇生じゃなくて再生だから無理ぃ。一発自分の頭を殴った方が、俄然確率が高いかなぁ?」
「いいえっ、フィリっ!こんな神秘的なモノを見せてくれる魔法なんだものっ!きっとなんだって出来ると思うわっ!」
「あはーっ!なんかシーナちゃんが無理矢理押し切ろうとしてくるぅっ!あはーはーっ!だけど無理なもんは無理ぃっ!」
神秘を前にして楽しそうだな、この人たち……。
二人のちょっとばかり特殊なテンションに付いていけず、苦笑いを浮かべてから、宙に漂う光球を見上げる。
これまで色々な『魔具』という代物を見てきたが……こんな不可思議な現象を発揮する光景を見るのは、これが初めてだった。
「魔具に詳しいんだね、フィリは」
「当然だよぉ。だって────『オディス魔具』は、
「…………え?」
フィリ=『オディス』……聞き覚えのある名前だと思ってはいたが、
『オディス魔具』は、現世に生きる人々の生活を大きく変革させた、革新的な開発なのは間違いない。
これまでは、誰がそれを世に広めたのか不明とされてきたが……まさかその正体が、こんなに若々しい一人の少女だったなんて……。
「開発者さんなの!?フィリってすごいわっ!」
「いやぁ照れるなぁ、もっと褒めて褒めてぇ、あはーっ。まぁ、元からあった魔法の基盤を応用したってだけの話なんだけどねぇ」
「魔法の基盤……ってことは、フィリの他に先駆者が居るってこと?」
「まぁねぇ。あたしよりも前……いいやぁ、誰よりも先に、『魔法』という概念を見出した人がいたんだよぉ。それが────かのオリスト第三皇女様その人なんだぁ」
「第三皇女が……!?」
段々と、このペデスタルにおけるオリスト第三皇女の『大きさ』が、嫌という程に明確となってくる。ただ人々の上に立つ指導者……その程度の認識では、到底収まらなくなってきた気がきたからだ。
今更ながら、俺たちは……とんでもない人物のことに踏みこもうとしているのかも知れない。
そんな俺の不安感漂う胸中を見透かしたのか、イオはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。そして、未だ宮殿の闇に包まれた奥地へと、俺たちを誘うのだった。
「ここから先は、まさに、第三皇女様が遺した魔法の深淵……それに限りなく近い、神秘の領域。さぁ、心に決めたら覗いてみようかぁ。かのお人が抱いていた思惑が、ほんの少しだけでも分かるかもしれないよぉ?あはーはーっ」
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
そもそもノベスールは、だだっ広い大草原の真ん中に創立された都市だった。周辺には平坦な草原が広がっていて、森林地帯と呼べる土地は、何処を見渡しても無かったという。
世界粉砕によって孤立した状態では、尚更、この地に樹木が入り込む余地は無かったといえよう。
なら、このノベスールを完全に覆い尽くす程のおびただしい樹木たちは、一体何処からやって来たのだろうか。
ギルドメイドの情報屋として、各地を巡回して回ってきた身だが……ここまで現状に説明がつかない小世界も、極めて珍しい。
さて、ここらでそろそろギルドに報告する役割を果たしたいところだが、この状況を一体どうやって説明したものか。
そんなことを考えながら、大きな樹木を上々へと登って、木々の外側に出てみると……そこには既に、一人の先客が立っていた。
「む?貴様は確か、ユニスト協界の……?」
「……ども……」
ロラント=エクリング。
フィリと共に、『研究』の材料を探しに来たという、全身包帯ぐるぐる巻き人間だ。
外見からは表情を窺えない為、何を考えているのかは分からないが……どちらにせよ、胡散臭い人物であることに違いはない。
若干の警戒心を抱きながらその不気味な姿を見つめていると、彼は辺り一面の樹海を眺め見ながら、こう切り出す。
「……忌々しい光景だと、そう思わぬか?」
「……なに、が……?」
「……ノベスールの地は、かのオリスト第三皇女様によって繁栄を極めた地だ。それが、今となっては見る影も無い。何処の馬の骨とも知らない不届き者が、ノベスールを樹木で覆ってしまったからな。まったくもって、度し難い」
「……まるで、第三皇女を、崇拝してる、みたい……」
「当然であろう。何故なら、あのお方は…………コホンッ、失礼。少しばかり、熱くなり過ぎた。今のは忘れてくれ」
「……」
第三皇女に対する領民の評価は、賛否両論だ。
世界粉砕を引き起こしたことに憤る者もいれば、これまでの皇女様の功績を讃える者、そのお人を偉大な者として崇拝する者もいる。
一概にどちらの意見が正しいとは言えないが……このロラントに関しては、崇拝派の思想を持っているようだ。世界粉砕以前の時代と比べて、今ではすっかり姿を見なくなってしまった、ごく僅かな少数派である。
「ところで。当然、貴様も気付いておるだろうが────
「……!」
ロラントが何かに気付いた様子で視線を元に戻すと、ざわつく木々が、大きく揺れ動き始めた。
風の仕業とは違う。
これは────何者かが、登ってきている。
そう勘付いた時、木々の間から……黒い影のようなモノが、無数に這い出てきた。
「────ガァァァ……ッ!」
周囲の風景を埋め尽くすように、次々と姿を現したのは……全身が真っ黒に染まった、
ある者は、普通の人間よりも遥かに大きな図体で……ある者は、四本足の獣のような姿で……ある者は、身体の一部が爛れて今にも朽ち落ちそうな状態で……。
獣や獣人を筆頭に、姿形は多種多様。
誰一人として、同じ特徴を持っている者は居なかったが……周囲を取り囲む百体に近い影たちは、全員が平等に、イオたちへ対する敵対心を持ってそこに立っていた。
「……あれは、『コクモノ』……あのスライムとは、違う……より人間に、近い姿……」
「ノベスールに入ってから、ずっと見張られているとは思っていたが……まぁ、これだけおびき寄せられば、宮殿の探索も多少なりともやり易くなるだろう」
「……ひょっとして……ここまで、来たのは……囮になる、為に……?」
ロラントは返答もしないで肩を竦めてから、コクモノの大群と対峙する。
彼の言い分はともかく……これだけの数のコクモノが息を潜めていたのだとしたら、宮殿の方にも、まだ幾人か残っている筈だろう。
それも、侵入者である自分たちへ敵対心を向けてくるような奴らが、だ。
つい、責務の役割に駆られて抜け出してきてしまったが……宮殿の中に入って行った彼らは、大丈夫なのだろうか。
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