2ー1 樹海の出会い
オリスト第三皇女殿下が自らの居城を構える一大都市、『ノベスール』。
かつては、第三皇女の優れた手腕により、活気溢れる城下町として繁華を極めたとされる賑やかだった町並みが……今では、見る影も無い。
そこは、最早────一つの広大な樹海と化していた。
一体何処から繁殖しているのか……図太い木の根のようなモノが、建物を貫き、握り潰し、城下町全体に根付くように、全てを覆い尽くしている。
城下町の奥に位置する第三皇女の居城、『オリスト宮殿』までをも覆う樹根は、今も尚、その領域を広げようと蠢いていた。
「ツムギのお友達?」と首を傾げて聞いてくるシーナに、そんな訳ないでしょと否定してから、二人で一緒にその地へと足を踏み入れる。
当然ながら、こんな樹海に人間の気配は何処にも感じられなかったが……樹海の入口に近づいて行くと、一本の大木の後ろから一人の少女が姿を現して、ヒラヒラと手を振りながら俺たちを迎えてくれた。
「台樹の非人、御一行様……ようこそ、『時去りの地ノベスール』へ……」
それは、『ユニスト協界』のギルドメイドたちと同じ、黒色のメイド服を身に着けている小柄な少女だった。半開きの瞳に、気怠そうな口調と、無気力な人柄が特徴的な人物。
彼女の名前は……。
「────『イオ』ぉぉぉっ!!久し振りぃぃぃっ!!」
「オ゛……っ!?」
彼女の姿を見るなり、シーナは瞳をキラキラと輝かせて彼女に抱きつきにいく。
猪突猛進な勢いでハグをしに行った為、衝突の瞬間、当のイオ本人からは喜びの声よりも妙な呻き声が漏れ出た。
「会いたかったわイオっ!ユニストのメイドさんたちも、イオのこと心配していたのよっ!たまには帰ってあげないと駄目だと思うわっ!」
「ん゛ぉ……ッ……ギブッ、ぎぶッ……」
「挨拶代わりに絞め落としにいってる……」
シーナに首を絞められて藻掻いている少女の名前は、イオ。
ユニスト協界のギルドメイドの一人であり、普段は各地の小世界を渡り歩いて、そこで入手した情報をギルドに報告する役割の、『巡回者』として活動している。だが、そもそも小世界を渡り歩くには、あの粗暴な台海を無事に渡り切る必要があるのだが……彼女がどんな手段を用いているのかは、未だハッキリしていない。
ただ、ギルドから小世界の情報と位置を教えてもらって、そこへ赴けば、必ずイオがお出迎えしてくれる。それが、いつものパターンとなっていた。
「……けふっ……それじゃ、いつも通り、案内するから……行くよ……」
「はーいっ!」
意気揚々と手を上げて返事をしたシーナは、ギューッとイオの背後から腕を回して密着。その理解が難しい状況に、イオは肩越しにシーナを見ながら首を傾げる。
「……なんで、引っ付く……?」
「ふふっ、だってこうすれば、イオとはぐれずに済むもの!さぁ!しゅっぱーつ!」
「……歩きづらい……ツムギ……どうにか、して……」
「イオに会えたのが嬉しいんだよ。迷惑なら、無理矢理引き剥がすことになっちゃうけど」
「…………まぁ……別に、いーけど……」
フイッと前に向き直ったイオは、シーナに抱擁されながら森林の中へと入っていく。
その最後の横顔が若干朱色に染まっていたことを思い返し、小さく笑い声を漏らしてから、微笑ましい姿の二人の後へと続いた。
さて、ここからはイオの語りだ。
どうやら、『世界粉砕』発生以降、この『ノベスール』という城下町は……。
周囲の小世界と比べて────異様に
ノベスールを覆い尽くす樹木が急激な成長を遂げ、小世界が丸ごと樹海に呑み込まれてしまっているのが……時の加速が起きている、という何よりの証拠だろう。
森林がここまで規模を拡大させるには……通常ならば、人の手が加わらずに、何千年という月日が必要である筈だ。
ならば、この小世界に取り残されてしまった人間たちはどうなるのか。
「……恐らく……もう、とっくの昔に……死んでいる……」
「……!」
樹木に侵食された一軒家で、ジキンから貰った『コンロ型魔具』を使ってお湯を沸かしているイオが、いつもと何ら変わらない口調でそう告げた。
この、時の流れが速まる現象は、あくまで、その小世界内部における『物質』にしか作用されない。
木々は異様な速さで成長し、瞬く間に世界を覆っていく。
建物は度を越した風化現象に見舞われ、やがては崩れ落ちていく。
そして、人間の身体は……みるみる内に年老いていき、寿命を迎え、最期にはアッサリと死に絶えてしまう。
ただ、時の流れが作用するのは『物質』だけ……即ち、『意識』は取り残されてしまうのだ。
体感時間は、なんと、たったの三日間程度。
それが、例え屈強な兵士たちであろうが、うら若き美少女であろうが、産まれたばかりの赤ん坊であろうが……人間たちは自分でもよく分からない内に老けていき、たったの三日間が経てば、訳が分からない内に死に至ったのだという。
「……だけど……それは、必ずしも……不幸とは、限らない……」
「どういうこと?」
「いつ消えるのかも、分からない……人間には、優しくない世界……そんな中で、無駄に、生き長らえているよりは……さっさと死んだ方が……まだ、マシ……」
イオの感情が分かり辛い口調では、あくまで他人事で語っているようにしか聞こえなかったが……それは、この世界で生きている大半の人々の思想を代弁しているのは間違いなかった。
どうせ長生きが望めないのならば、今のうちにやりたいことをやって、さっさと死んだ方が良い……だからこそ、この小世界で早々に死ねた者は、ある意味で幸せ者なのだ、と。
「それじゃあ、今このノベスールに人間は一人も生き残っていないっこと?」
「……居る……ほら、そこ……」
「そこ?」
イオが指先でシーナの足元を指すと、そこには、ドロドロとした黒い流体……スライムのようなモノが、まるで意志を持っているかのように蠢いていた。
当然だが……とても、人間には見えない。
それを不思議そうに見下ろしていたシーナが、何も臆することなく触り始めたので、幻覚という訳ではなさそうだが……。
「わぁっ、なんだかブヨブヨしてるわ!」
「……普通、触る……?」
「いや、ほら、シーナだしね?」
「それで、納得させるの……絶対、おかしい……まぁ、別段、危険じゃない……意思疎通は、出来ないけど……」
「ねぇねぇ。あなたは何処から来たの?ふむ、ふむ……宮殿から?へぇ!そうなのね!」
「普通に話しているけど」
「……なに、この子……?」
イオもシーナの性格はよく知っているだろうが、それでも彼女の突発的かつ天真爛漫な行動には付いていけないらしい。
そんな俺たちの複雑な心境なんて知らず、シーナはあくまでも楽しそうに黒いスライムみたいなモノと戯れていた。心なしか、彼女の周りにスライムの数が増えてきたような気がするけど……。
「今、ノベスールには……あんなのが、大量に、跋扈している……危険は、無い……ただ、ウロウロ、しているだけ、だから……」
「それは分かったけど……あれって、本当に人間なの?」
「正確には……
「オリスト第三皇女…………もしかして……ノベスールの『時の流れ』ってやつも、あの人が?」
「さぁ……だけど、ここは、第三皇女の根城……一役、買っているのは、間違いない……」
ペデスタルを統治していた、四人の皇女。
その内の一人、オリスト第三領域を統治する皇女様……。
────シヴェラーナ=オリスト・マクスチェア。
『恩恵』という強力な能力を有していた転生者の中には、それを利用して第三皇女を打ち倒そうと、戦いを挑んだ者もいたが……その目論見が叶うことは、一度たりともなかった。
あの皇女は、それほどまでに……強かったのである。
慈悲もなく転生者から力を搾取する残虐性、彼らが持つ『恩恵』をモノともしない優れた戦闘能力……そんなものを持ち合わせながら、人の命を弄ぶかのような人体実験を行ったりと……彼女は、一体何を考えていたのだろうか。
ただ、今となっては、その真偽を問いただす事は出来ない。
何故なら、世界粉砕が発生したと同時に、オリスト第三皇女は────
「ツムギっ、ツムギー!見て見てー!」
シーナの呼び声に反応して彼女の方へと視線を移す。
すると、そこには……無数にひしめき合うスライムたちの上で、呑気に寝転ぶシーナの姿があった。
ちょっと衝撃的……というか、少し気味が悪い光景にドン引きしてしまい、恐る恐る、隣でお茶を淹れているイオに尋ねてみた。
「ちょっ……えッ、ええぇぇ……?イ、イオさん、なんかメッチャ集まっているんだけど……あれ、ほっといてもいいんですかね……?」
「……下手したら……呑み込まれる、かも……」
「神妙な顔しながら怖いこと言わないで!?シ、シーナさーん?それ、大丈夫なの?」
「大丈夫よ、ツムギ!皆、ただ少し遊びたいだけみたいだから!」
「そー、なのかぁ……?」
シーナはそう言って笑っているが……スライムたちは、モゾモゾと彼女の身体に張り付いて蠢き始めている。
「あらっ、うふふっ、ちょっとくすぐったいわっ……あっ、ふふふっ……」
感性の鋭いシーナ本人が一切警戒していないから、恐らく危険は無いと思われるが…………その前に、あんまりシーナにすり寄らないで欲しいなんて思ってしまったり……。
そんなことを考えながら、ジト目でシーナとスライムが戯れる様子を横目で睨んでいると、イオがちょんちょんと指先で肩をつついてくる。
「……ねぇ……シーナ……少し、沈んでない……?」
その言葉を聞いて我に返り、改めてシーナを見やれば……まるで、底なし沼にハマっているかのように、シーナの身体が少しずつ沈んでいるのが分かった。
「……あら?足、つかないわ……?ハッ!海に浮かんでいるってこういう感覚なブクブクブク……」
「つーか溺れてるぅ!?」
俺は即座に立ち上がり、慌ててシーナの元に駆け寄る。
どうやら、既に顔面までスライムに浸かり、もはや呼吸すら危うい状況だ。最早、一刻の猶予も許されない。シーナの力が暴発する恐れもあるが……こうなってしまった以上、台樹の力で無理矢理引っ張り上げるしかない。
自分の手から樹根を生み出し、彼女をスライムの沼から助け出そうとした……その時だった。
「奔れ、紅蓮よ。即ち、汝こそが道である────[駆ける焔]」
建物の内部に、淡々とした文言が響いたと思ったら……お湯を沸かしていたコンロ型魔具が、勝手に反応を起こす。
微量な火を放出していた部位が、唐突に、激しい熱量の焔を噴き出したのだ。
「わっ!」
「火ぃぃぃぃッ!?」
それが、まるで一匹の蛇のように長く延びた焔になると、シーナの周囲にとぐろを巻いていく。
焔に包囲されたスライムたちは、そのあまりの強烈な熱量に耐え切れなかったのか、次々とシーナの身体から離れ、家の外へと散っていった。
焔が塵となって消失し、自由の身となったシーナを助け起こすと……何処から現れたのか、見覚えのない人物がシーナの前で屈み、小さな声で問い掛けた。
「────ご無事ですか?」
「え……?」
シーナの頬に手を当ててそう問い掛けたのは、顔面から指先までが包帯でグルグル巻きになっている長身の人物。
人相こそ包帯で隠れて分からないが……その声色は、若い男のものであることと、そしてシーナに対する強い気遣いのようなモノを感じた。
そして、もう一人。
「────いやはやぁ。まさかこんなところにも『魔具』を使ってくれる人が居るなんてぇ、あたしぃ、もう感激だなぁ。あはーっ」
恐らく、先程の文言を唱えたのは、その人物なのだろう。部屋の入口に、お気楽そうな口調で感極まっている一人の小柄な少女が立っていた。
「あなたたちは……?」
シーナを支えながら、突如として姿を現した二人組に問い掛ける。
すると、二人組の内、お気楽そうな少女が満面の笑みを浮かべてヒラヒラと手を振りながら答えた。
「どぉも、初めましてぇ。あたしはぁ、フィリ=オディス。そっちの包帯人間はぁ、ロラント=エクリングだよぉ。よろしくねぇ、
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
何者かが、この大森林に足を踏み入れた。
内側に居た奴等ではない……恐らく、かの台海を越えてやってきた外側の人間たちだ。
だが、恐れる必要はない。
オマエは、オマエの役割だけを果たしていれば、それでいい。
「……分カッテイマス」
我らの目的は、あのオリスト第三皇女、それに組する者たち……全ての抹殺だ。
必ず、殺せ。
我らの受けた苦痛を、屈辱を……『死』という抗いようもない現実で返してやれ。
それを与えるのが、オマエの役目だ。
オマエは、それを果たす為だけに存在しているということを……くれぐれも忘れてくれるな────『殺し屋』よ。
「……ハイ────全テハ、『樹海』ガ、意思ノママニ……」
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