2ー0 鎮魂歌は樹海に響く



 足を踏み入れればたちまち人を深みへと誘う、深海の如く深い深い樹海があった。

 周囲を見渡せば、一面の樹林。

 耳を済ませば、鳥のさえずりと草木の音。

 あちらこちらから生い茂る無数の枝木は、天の視線すら覆い尽くし……真の姿を自らの領域に包み隠す。まるで、全ての者を受け入れ、優しく抱擁するかのように。

 その地のど真ん中に、『彼』は居た。

 世界粉砕より以前、世界を支配し、統治していた、『四人の皇女』。

 その内の一人、『オリスト第三皇女』に仕える、親衛隊『へブロス』の部隊長まで努めていた兵士。部隊の中でも、戦闘能力は一、二を争う程の、れっきとした実力者だ。

 そんな彼が、大森林の真ん中で……。

 まるで、鎌鼬にでも遭遇したかのように、全身が切り刻ま・・・・・・・れて血だらけ・・・・・・になっており、足元にはへし折れた剣が転がっていた。

 彼は、負けたのだ。

 自他ともに認める実力を持った人物が、自らの全てを出し切った上で……それを更に上回る強さによって、完膚なきままに、敗北した。

 自らの命は、自らの仕える『第三皇女』が為に捧げなければならない……故にその敗北は、恥に等しいものだった。

 しかし。

 それでも彼は、これ以上無い位に穏やかな笑みを浮かべながら、ポツリポツリとこう呟く。


「……ッ……ようやく……ようやく、か……ハハッ……待ち望んだぞ……これで俺も、ようやく────死ねる、の、か……」


 その時、大森林の中に、か細くも美しい旋律が響き渡った。

 まるで心に直接訴え掛けるような音の波は、今にも事切れそうな彼を包み込むと、その身体はフラフラと揺れてから前に倒れ込み……。


 彼の意識は────永遠に帰らない路へと旅立った。


 その旋律はまさに、鎮魂歌(レクイエム)。

 彼の視線の先に立ち、その最期を見守っていた『演奏者』は、木陰の下で彼の亡骸を見下ろしたまま……静かに、しかしながらハッキリと、こう呟く。


「殺ス…………奴ダケハ、コノ手デ、必ズ殺シテヤル────『オリスト第三皇女』ォォォォ……ッ」


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