1ー4 約束のワケ





 死なせてもらえなかった……と、言うべきだろう。

 『転生者』が生まれ持ってくる『恩恵』という力を、第三皇女は強く求めていたらしく……彼女の前に転生した者たちは、ただ一人の例外もなく搾取の対象・・・・・とされ、命の主導権を握られる。

 俺も、幾度の拷問と実験を受けながらも、治療すらさせて貰えず、牢獄にぶち込まれて放置の時間が過ぎていき……気付けば、片足と片腕が・・・・・・無くなっていた・・・・・・・

 闇に包まれた牢獄の中で、孤独と苦痛と絶望が渦巻き……生かされていることにすら嫌気を感じる位にまで、追い込まれていたと思う。

 そんな時。


「────泣いているの?大丈夫?」


 偶々、同じ牢獄に居た人物が、とても優しい口調で語り掛けてきたのだ。

 だが、返事する気力すら無かった。

 涙を流していることすら気付かず、瞳だけを少女の方へ向ける。


「────ごめんなさい、辛かったのね。だったら、我慢しなくてもいいのよ。私が……あなたの苦痛を、全部受け止めてあげるから」


 彼女は氷のように冷え切っていた身体を、包み込むように抱き締めると……何度も何度も、慰めるように頭を撫でながら、声を掛け続けてくれた。

 まるで聖女のような温もりに……身体は癒され、心に熱が灯っていく。

 そう……俺は、救われたのだ。

 孤独と不安しか無かった、暗い暗い牢獄の中で……見ず知らずの少女の、無垢な温もりに。


「────私?えと、私の、名前は、んと……『シーナ』。あなたの名前は?」



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



『んで?何故なんだ、ツムギ?』

「……え?あ、ごめん、何だっけ?」


 時刻は夜。

 満天の星空を映し出す台海のど真ん中で、悠々と浮遊する台樹の上。

 辺縁部で胡座をかいて座り、いつものようにボンヤリと釣り糸を垂らしていた俺は、エアョセの問い掛けに顔を上げて虚空へと言葉を返した。


『だーかーらぁ、何であの小娘と一緒に行動してんのかって聞いてんだっての』


 ちなみに、当のシーナは台樹の内部で一足先に就寝中だ。

 俺も気が向いた時に眠ったりするのだが、そもそも『非人』には睡眠が必要ないので、こうして夜通し釣りをして過ごすことが殆どだったりする。


「シーナと、約束したんだよ」

『約束だぁ?』

「そうだよ。俺が、シーナが望む死に場所へ連れて行くって、そういう約束」

『……妙な話だな?オマエとあの小娘が出会ったのは、オマエがペデスタルに転生した時だろ?つまり、それまではお互いにお互いのことを知る由がないってわけだ。大して交友関係が深い訳じゃないのに、そんな口約束だけで一緒に旅をする道理にはならんだろ、普通』

「……まぁ、うん、確かに」


 エアョセの言う通り、俺とシーナが出会ったのは、俺がペデスタルに転生した時……つまり、ほんの数ヶ月の話だ。

 幼馴染とか、昔馴染の親友とか、そういう繋がりがあったならまだしも……俺とシーナには、丸っきりといって良い程に繋がりは無い。

 当然だろう、元々は別々の世界で過ごしていた人間なのだから。


『だったら、何故そこまであの小娘に執着する?』

「……それは……うーん……」


 俺は言葉に詰まって、片手を額に当てながら小さく唸り声を漏らす。

 別に隠すことではないのだが、と次に口に出す言葉を思い悩んでいると……。


「────ツムギ」


 台樹の方から、俺を呼ぶ掠れた小さな声が鼓膜を叩き、反射的に身体を回して振り返る。

 するとそこには、ヨレヨレになった服装を直しもせず、目元を擦りながら立ち尽くすシーナの姿があったのだ。


「ツムギ……何処……?」

「ここだよ、シーナ」


 俺がシーナの名前を呼ぶと、彼女は俺の方へと手を伸ばしながら覚束ない足取りで近付いてくる。その顔からはいつもの笑顔がすっかりと消え失せており、息苦しそうに呼吸を乱していた。


「……ごめんなさい、ツムギ……きょうは、わたし……ちょっと、ダメ、みたい……」


 今にも倒れそうな状態にいても立ってもいられず、俺は慌ててシーナの元へと駆け寄り、その小刻みに震える小さな身体を支えて座らせた。


『どうしたってんだ?』

「俺も詳しいことはよく分からないんだけど……昔から、眠ろうとすると悪夢を見るんだって。色々な人たちに、罵声を浴びせられて、酷い虐待を受けて、地下深くの真っ暗闇な独房にずっとずっと閉じ込められる夢……」

『ほー、そりゃ悪夢っつーか……もしかして、記憶か?』

「多分、そうだと思う」


 エアョセの問い掛けに答えながらシーナを横たわらせようとすると、彼女は俺の膝をポンポンと叩きながら、今にも途切れそうな声色で尋ねてくる。


「ツムギ……ここで、寝ても……いい……?」

「……うん、良いよ。ゆっくりお休み、シーナ」

「…………ん」


 そうして、シーナは俺の膝を枕にして横になると、先程の狼狽えぶりが嘘のように、静かな眠りに落ちていった。


『毎夜か?』

「うん。そのせいで、今までに熟睡したことは無いらしいよ。最近は、少しだけマシになったみたいだけど……」

『ほー。今更だがよぉ、あんなモノ・・・・・を持ちながら、精神に異常を抱えて……よくもまぁ、これまで生き長らえてきたもんだなぁ?』

「……それは、あの第三皇女も言っていた。実際のところ、シーナはもう────いつ死んでもおかしくはない、って」

『んで。その主たる原因になっているのが────例の、ってわけか』


 オリスト第三皇女曰く……シーナの身体には、肉眼では見ることが出来ない『傷』が刻まれているらしい。その『傷』は、得体の知れない『何か』が、彼女の身体に宿ってしまっている印。

 そいつが、何らかの影響で外へ這い出てしまうと……。


 ────周囲のあらゆる存在が、ひとりでに壊れてしまう・・・・・・のだ。


 人だろうが、物だろうが……小世界そのものだろうが、例外はない。

 彼女と共に旅をしていく中で、そうやってあらゆる存在が壊れていく様を、俺は何度も目の当たりにしてきた。

 『傷者』と呼ばれる、生きた時限爆弾。

 彼女は、その『傷』を、自分ごと葬れる死に場所を、この世界の何処かに探し求めているのだ。


「正直、愕然としたよね。たった一人でそんなモノを抱えながら、最後まで自分を犠牲にしようとしているなんてさ……」

『それで、義務でも感じたか?そんな危なっかしいもん抱えて、分断された小世界を巡るなんざ、普通の人間には絶対に無理だ。例えば……オマエみたいに、不死身の非人・・・・・・じゃなけりゃぁな』

「うぅん……義務とか、そういうのじゃないよ。もっと、こう、単純で個人的なことっていうか……あまり、口に出して言うことじゃないんだけど……」

『あ?』


 俺はもう一度視線を落としてシーナを見下ろし、その寝顔に掛かっている艷やかな髪を指先でそっと上げると、思わず頬が綻んだ。

 もう、大丈夫そうだ……微笑みを浮かべながら、気持ち良さそうに眠っている。


「シーナには……笑顔が、すっごく似合うから。だから、シーナが抱えている哀しみとか、苦しみを、俺が少しでも和らげることが出来たらって。せめて、シーナの死に場所を見つけられる、その時まで……」


 こんなこと、シーナの前では気恥ずかしくて絶対に言えない。

 だけど、本人がこうして笑っている姿を目の当たりにしてしまうと、どうしてもその気持ちが抑えられなくなる。

 彼女の純粋さが、そう思わさてくれるのだろうか。

 楽しそうに笑っているところも、嬉しそうに笑っているところも……それを見ているだけで、幸せな気分にさせてくれるから。


『ツムギ、オマエ…………そんなクサイこと言ってて恥ずかしくねぇんか?』

「お父さんのせいで恥ずかしくなったよ、今!」

『あぁンっ!?誰がお父さんだっ!?』

「あなた以外に居ないでしょうが!?」

『なにをぉ!?ワレが嫌いなのは、一番にお父さん呼ばわりされること!二番にお父さん呼ばわりされること!三番にお父さん呼ばわりされることだ!よく覚えとけッ!』

「どんだけお父さんって呼ばれたくないんですか!?」

「……んふふっ……むにゃむにゃ……」


 大樹と大海原がギャーギャーと下らない喧嘩を繰り広げる中、少女は幸せそうな表情で寝息を立てていた。

 穏やかな平穏は瞬く間に流れ、台海を進む台樹は、やがて目的地に辿り着く。


 ────『時去りの地ノベスール』、に。

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