1ー3 メイドとギルドマスター



 ペデスタルが粉砕して生まれた数多の『小世界』には、当然ながら名称なんてモノは存在しない。

 だが、一つの表記として名称を付けても構わないだろうと、勝手に名付けられる小世界も少なくはなかった。


 ────『ユニスト協界』。


 『世界粉砕』以後、統治を失った世界で孤立した者たちが互いに手を取り合って、世界の復興と、平和の立て直しを志している……自治的共同ギルドが拠点とする小世界だ。

 私たちは独自のネットワークを用いて他の小世界と連携を取り合い、“小世界間を隔てた”多種多様な依頼をこなすギルドを運営している。

 ただ。

 もういつ消滅するかも分からない『ペデスタル』で、ギルドだの、依頼だの、そんなものをこなすこと自体、意味もない行為なのではないか……そういった声も少なくは無い。

 確かに、その通りだろう。

 しかしながら、消滅の未来に身を委ねようとする者が大多数を占める中、それに異を唱える者が少数でも存在するのは確かな事実だ。

 意味は無いのかも知れない……理解もされることは無いのかも知れない。

 それでも、やっていることは決して無駄にはならない筈だと……そう信じて、私たちは今日も業務に身を投じるのである。


「失礼します、マスター。『彼ら』がユニスト協界に帰還したようです」


 柔らかい笑顔を浮かべながら立つ、メイド姿の女性が呼び掛けてくれた。その知らせに、私は小さく笑みを浮かべてから一言、ありがとう、と言って席を立つ。

 嬉しい知らせだ。

 『ペデスタル』の寿命を抜きにしても、『彼ら』の刻んでいる足跡は、私の老い先短い人生の中での一つの楽しみになりつつある。

 さぁ、この閉鎖された世界の中で、此度は如何なる物語を聞かせて貰えるのか……逸る気持ちを抑えて、私はギルドの表側へと足を向けるのだった。



─※─※─※─※─※─※─※─※─※─



 町の中を更に奥へと歩いていって中心地にたどり着くと、周りと比べて一際大きな建物、『ユニスト協界』のギルド本拠地が見えてくる。

 現状、『ペデスタル』において唯一無二、『三元域』によって分断、孤立した各小世界と連絡または接続を可能としている組織だ。

 正面出入り口から中に入ると、一度に百人以上は入れそうな大きな玄関ホールが広がり、多種多様な服装に身を包んだ者たちが丸テーブルを囲んで、グラスやコップを片手に談話を楽しんでいた。

 ここは、酒場だ。主にギルドメンバーを始めとして、別の小世界からやって来た者や、ユニスト協界の町人たちが憩いの場として集い、酒を片手に自由に交流する場となっている。

 賑やかしいホールを抜けて奥のカウンター席に向かうと、ギルドや酒場の運営を請け負う、黒いメイド服に身を包んだ看板娘たちが業務に明け暮れていた。

 任務の受注、料理の注文、中には客の人生相談まで……それらの業務をほんの数人単位で回している為、途轍もなく忙しそうに見えるが、当の彼女たちはとても充実感を味わっているようにも見える。

 そして今回、カウンター席に座る俺の正面に立って相手をしてくれている、ひげを生やした初老の長身男性がこのギルドのマスターである、フォルカー・ジェレマイアだ。

 ちなみに、彼やメイドたちは、『非人』である俺のことやシーナのことを知る、数少ない理解者たちだったりする。


「ほぅ、それはそれは。つまり、ツムギ様がその『非人』なる力を持ってして、セデ村と怪物の仲裁を執り行った、ということですな」

「やると決めたのも、最後に仲を取り持ったのも、シーナの手柄です。俺は居ただけで、何もしていませんよ」

「えぇ。勿論、シーナ様の功績は称賛されるべきことなのでしょう。ですがそれは、今や断絶された小世界をその身で渡ることが出来る、『非人』なるツムギ様の存在があってこその功績であるとも、わたくしは思っておりますよ」

「……それも、別に自慢げに言えることじゃないんですけれど……だけど、ありがとうございます。フォルカーさんにそう言われると、何だか元気になれますね」

「はっはっはっ、このような老いぼれには勿体ない言葉ですなぁ。未来ある若者の力になれて、喜ばしい限りにございます」


 フォルカーさんはそう言いながら、澄んだ水色と橙色のカクテルが入ったグラスを俺の前に差し出した。

 ノンアルコールでございます、と微笑む彼の顔を見上げてから、小さく会釈をして有り難くそれを頂くことに。

 ほんのりとした甘みと、シュワシュワとした柔らかいが舌を刺激すると、何の違和感もなく喉を透き通り、全身に爽快感を満たさせてくれる……うん、メッチャ美味しい。

 ちょっとばかり大人になった気分で、カクテルの綺麗な色合い眺めていたが……。


「ん〜……お師匠さん、やっぱりツムギには無いわ……?」

「そうだねぇ。それか、実はツムギって着痩せするタイプだったりとか?」


 後ろから二人のメスに胸をまさぐられまくっている為、カクテルを存分に堪能することが出来なかった。

 気になるのは分かるけれど、先程からこそばゆくて仕方がないので、早いところ満足して辞めて欲しい。


「ツムギー、ちょいと上と……ついでに下も脱いでくんない?」

「ついでの要求がハイレベル過ぎるッ!それもうただのわいせつ行為ってヤツだからね!?」

「なによー、女同士だったら恥ずかしがることないっしょ〜。ほれほれ、脱げ脱げ〜」

「既に女同士って認定されてる!?」

「はっはっはっ、若者たちのじゃれ合いは目のやり場に困りますなぁ」


 シーナと一緒に堂々とセクハラにいそしむ、メイド服の麗しい大人な女性の名は、ビエラ。

 ギルドの運営を担当するギルドメイドの一人であり、主に厨房担当の料理長を努めている、凄腕のコックさんだ。シーナの料理を指導した師でもあり、そのフレンドリーな性格故に共感することも多いのか、二人で一緒にいることが多かったりする。


「ちぇーっ、ツムギが嫌なら仕方がない。じゃあ、シーナ。今日も新しい料理覚えてくっしょ?」

「お師匠さんっ、良いの!?ぜひぜひっ!いっぱい色々な料理を覚えたいわっ!」

「いよーしっ!ならば今日は、二人が納品してくれたセデ村の特産品を使って、特別なレシピを教えてあげようっ!しっかり手洗いをして、エプロンを着けて、厨房に集合だーっ!」

「はーいっ!」


 ビエラの提案にシーナはシュバッと手を伸ばすと、行って来まーす、と俺に嬉しそうに手を振ってから、彼女の後に続いて厨房に入って行った。

 子供のように天真爛漫な子を扱うのが慣れているのか、あのシーナをあんな風に言うことを聞かせられるのは、もしかすると彼女くらいなのかも知れない。


「いやはや、流石はシーナ様。見ていて飽きることが無い。実に楽しいですなぁ」

「ビエラさんも大概ですけれどね……」

「はっはっはっ。それにしても……人とは、可能性そのものですなぁ」

「え?」

「人が無くなることは、可能性が潰えることに等しい。ならば、消滅に抗う意味で設立されたこのギルドは、人の可能性が持つ意義を証明する為に存在している……少なくともわたくしは、そう思っております」

「……立派だと思います。フォルカーさんたちの、抗う生き方、というやつは」

「そう思っていても、探すのですか?シーナ様の『死に場所』を?」

「それが、『約束』ですから。俺と、シーナの」


 左様ですか、と小さく笑みを浮かべてから、フォルカーさんは空になったグラスを引く。

 それからほんの少しの間だけ沈黙が流れると、彼は顔を上げて、別の話題を切り出した。


「それでは、ツムギ様。また調査依頼という形で、我らが入手した小世界の情報を提供させて頂いても宜しいでしょうか?」

「毎度毎度助かります」

「いえいえ、助かっているのはこちらもですから。ただ……此度の小世界は、これまでとは事情が大きく異なるかも知れません。特に、ツムギ様とシーナ様のお二人にとっては」

「……どういう、ことですか……?」


 いつにも増して慎重に言葉を選んでいる話しぶりに、固唾を呑んでフォルカーさんが次に放つ言葉を待つ。

 すると、彼はカウンターの上に両手を置き、少し前のめりになってから……こう言ったのだ。


「お二人にとっても、わたくしたち『第三領域の領民』にとっても、何よりも因縁深い場所であるはず。なぜなら、『そこ』は────かつて、かの『オリスト第三皇女様』のお膝元だった場所なのですから」

「……!」


 あぁ、なるほど……『第三皇女』、『お膝元』……そういうこと・・・・・・か。

 恐らく、今この瞬間まで話すのを躊躇していたのだろう……道理で、話し辛そうな表情をしている訳だ。

 何故なら、かの『第三皇女』こそが……。


 ────世界粉砕を引き起こした元凶だと、そう言われているからだ。


 そして、俺にとっても、シーナにとっても、その名前は……悪い意味で、何よりも印象深いモノだった。

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