1ー2 詐欺師危機一髪



 台海から海岸に上がり、目の前に広がる煉瓦造りの家が建ち並ぶ大通りを歩いて行くと、セデ村と打って変わって賑やかな町並みが広がってきた。

 『ユニスト協界』という名称付けられたこの小世界は、別名『第三領域のオアシス』と呼ばれている。恐らく、『世界粉砕』の被害が最も大きいとされるこの『オリスト第三領域』において、人間らしい豊かな生活を送れる小世界は、ユニスト協界を除いて他にはないだろう。

 居住している人々の数、潤沢な経済状況……あらゆる面で豊かな小世界だが、ここもまた、世界消滅の危機に晒されていることに違いはない。

 ペデスタル各地を回っている俺たちが拠点として立ち寄っている小世界であり、ここに着いたら、まず最初に足を運ぶのは……裏路地にひっそり店を構える、一軒の怪しい風貌のお店だった。


「お姉さん、あんた運が良いねぇ!ここだけの話、今、何処の店にも出回っていない希少な食材があるんだよ……なんと!あのオリスト第三皇女様も絶賛したというセデ村の特産品の一つ、『コクショクサイ』!今なら特別価格で売っているんだけれど、どうする?」

「外側から入ってきた特産品ってこと?あらぁ、珍しいわねぇ……どうしようかしら……」


 店に入るなり、カウンターの方で店主である若い青年が、買い物続きの主婦に、何処か引っ掛かるセールストークを繰り出している光景が目に入った。

 別に口出しをする義理はないが、店主に関して言えば知らない仲ではないので、ちょっとばかり横槍を入れておくとしよう。


「セデ村の特産品だったら、俺たちが他にも色々な種類の物を持っているんで、良かったら譲りましょうか?」

「え゛……?」

「えっ、良いの?そんな、でも、流石に悪いわぁ……」


 狼狽える店主と、何処か申し訳なさげに躊躇う主婦。

 そこへ、後ろからひょっこり顔を出したシーナが更に横槍を入れる。


「とっても美味しいからぜひ食べて欲しいのっ!セデ村の皆もきっと喜ぶわっ!ねっ、ツムギっ」

「だね。ギルドにも配るつもりだったから、丁度良かったんじゃないかな」

「あら……それじゃあ、お言葉に甘えて貰っちゃっても?」

「ちょ……ッ!?」

「お気になさらず、どうぞどうぞ」


 そんなやり取りを交わしてから、手持ちの特産品を主婦に譲り、彼女は嬉しそうに頭を下げながらお店を後にするのだった。

 一方、折角の顧客を取り逃した店主の方は、ガックリと肩を落として文句を垂らし始める。


「はー……もう勘弁してくだせぇって、ツムギさんよぉ……商人の前でそんなことやられちゃ、商売もあがったりですってーの」

「その『コクショクサイ』、四分の一くらいの値段で町の入口らへんでも売っていたけども?」

「ギク……ッ!」

「それに、最近はギルドが独自のルートで、色々な小世界との流通を可能にしているって聞くけども?」

「ギククゥ……ッ!!」

「一応知り合いとして言わせて貰うけど……詐欺は大概にしておきなさいよ、ジキンさん」

「うるせぇぇぇッ!!余計なお世話だっつーのバカァァァッ!!」


 この逆ギレをかましてきた青年は、ジキン=スカーム。『買取屋』の店主であり、詐欺まがいなことをして規格外な取引を行うド畜生商人である。

 ただ、毎度のごとく爪が甘いところがあり、中々上手くいっていないのが現状のようだ。

 そんな彼の元を尋ねる理由は、台海で釣り上げたガラクタを買い取ってもらう為だった。


「まぁまぁ、今日も珍しい物を持ってきたから、機嫌を直して下さいな」

「なぬっ……!?ヘッヘッヘッ、まいどどうもありがとうございやすぅ。ツムギ様こそ神様ですわぁ」

「変り身が早過ぎなんだが……というか、そんな金属片やら壊れた玩具を高値で買い取ってどうするつもりで?」

「チッチッチッ、そいつは流石に企業秘密なんでツムギ様にも漏らすわけにはいかねぇんだよ。まぁ、俺もこんなガラクタに価値があるとは思えないんだけどなぁ……」

「あー、つまり、そのガラクタを更に高値で買ってくれる人物がいるってわけですか」

「そーそーそういうことであぁァァァァァァァァアアアァァァァッ!?勢い余って頷いちゃったァァァァァッ!!」

「あはは、勢い余ったなぁ……」


 いや、今の完全に自滅だろ……。

 こんな感じで、自分で勝手に仕掛けて、自分で勝手にコケている為、色々な意味で哀れに感じてきてしまう訳だ。

 商売自体は問題なく出来ている筈なので、詐欺さえ辞めれば、真っ当な商人になれる筈なのに……どうして、それを改善しようとしないのだろうか。


「ねぇねぇ詐欺師さんっ。これってもしかして、最近色々なところで流行っている『オディス魔具』かしら?」

「詐欺師じゃねぇしッ!!その名前絶対に言いふらすんじゃねぇぞッ!!末代まで呪っちゃうからなッ!!」

「自業自得じゃないかな、ソレは……」

「うるせぇよバーカッ!!てかそうだよッ!そいつは『オディス魔法具』だよッ!そいつ一つで火を起こせるんだってよッ!スゲェよなバーカッ!!」

「頼むから涙吹いて落ち着きましょーよ、見るに耐えないからバカバカ言うの辞めましょーよ」


 ジキンのことはさておき、最近のペデスタルには、今シーナが弄っている『オディス魔具』という代物が広く出回っていた。

 コンセプトは、『誰にでも使える魔法』。

 腕輪やら、置物やら、杖やら、色々な形状で提供されるその魔具を使用すれば、誰にでも魔法と呼ばれる力を扱えるようになる。火を起こして料理をしたり、水を発生させて水浴びをしたり、風を吹かせて空を飛んだり、大地を掘り起こしたりすることまで可能となる、画期的な器具だった。

 ただ、その利便性から人々の需要が著しく高くなってきてしまった為、『魔具』の希少性を悪用しようとする思惑も多くなっており……。


「────邪魔するぜ、ジキン!お前ん店にある『魔具』、俺らに寄越せ!」

「たて続けに来んじゃねぇよぉぉぉッ!!」


 店にズカズカと入ってきたのは、二人の屈強的な身体の大男たち。

 その手には大きな剣やら槌やら、物騒な武器か抜身で握られており、今から強盗する気満々な様子で、店主のジキンを脅し始める。

 現在のペデスタルは、いわゆる終末末期。

 どうせ消えて無くなるのならば、強盗だろうが、暴行だろうが、好き放題に過ごしてやっても構わないじゃないか……そんな末期的思考を持つ連中も少なからず存在するわけだ。


「あっ、じゃあ俺たちはこれで失礼するね」

「ファッ!?この状況で知らんぷりするか普通!?ちょっと、助けてくださいよぉ、俺たちの仲じゃないっすかぁ、ツムギ様ぁ」

「都合良くすがってきたよこの人……」


 強盗たちに背を向けて、媚を売りまくるジキンを呆れながら見ていると……後ろから、ギシッと床を踏み締める音が聞こえてきた。


「おいおい、無視してくれんな?ロン毛のてめぇも仲間だってんならよぉ────ジキンと一緒にぶっ殺してこの店のもん全部頂いてやらぁッ!!」

「……!」


 振り返った時には既に、先頭に立っていた大男が、手に握った大剣を後ろに振り被っていた。こちらが制止の声を上げるよりも前に、大男は大剣を容赦なく振るう。

 その一秒後には……獰猛な鋭い刃が、俺の首元に衝突していた。

 だが。


「オ……ッ!?」


 衝突と同時に、まるで硝子細工のように────鉄製の大剣が、木っ端微塵に粉砕。

 刃の破片が雨のように店内に降り注ぐ中、大男は唖然とした様子で、一切の傷を・・・・・負っていない・・・・・・俺を見つめていた。

 一方、俺は大剣が当たった部分を指先で掻きながら、大男の肩を優しく叩いて、近くの椅子に座るように促す。


「まぁまぁ。お兄さん、ちょっと落ち着いて。ただの武器だと俺には傷一つ付けられないから、武器の無駄遣いになっちゃうよ?」

「え……ぉ……は、はぁ……?」


 これでも、『台樹の非人』である身だ。

 俺はあの巨大な大樹そのものであり、普通の人間と比べて圧倒的な硬さの身体を持っている。その強度は見ての通り、大剣を思い切りぶつければ、逆に粉砕させてしまう程のモノだ。自慢げに言うことじゃないが、ただの人間と喧嘩してはそもそも相手にすらならない為、極力、非人の力は使わないようにしている。

 大男がポカンと口を開けたまま硬直していると、それを見ていたもう一人の大男が慌てて動き出した。


「きゃっ!」

「……!」

「うッ、動くんじゃねぇッ!!この女がどうなっても良いのかッ!?アァッ!?」


 こんな状況においても、楽しそうに商品を物色していたシーナに目を付けた強盗は、彼女の後ろから首に腕を回して拘束し、その細い首に短剣を突き付けて脅し立ててきたのだ。

 対処に遅れてしまった俺は、事態の深刻さ・・・・・・を目の当たりにして、思わず足を止める。


「あー……分かった、動かないから、シーナに手を出すのは辞めて貰えませんか……?」

「お……っ?い、良いぞ!やるじゃねぇか!俺はあんたを応援してやるっ!その調子で、この疫病神に思い知らせてやってくれぇぇぇっ!」

「どうしよう、こっちよりもまずは、この人をひっぱいてやりたい……」


 一応、必死に呼び掛けたつもりだったが、折角の警告も虚しく……興奮した様子の強盗は、一層大きな声を上げて吠え立てた。


「ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇぇぇッ!!」

「……!」


 それが、キッカケとなった。

 恐らく本人にそのつもりは無かったのだろうが、大声を出した反動で、シーナに首に突き付けていた短剣の切っ先が……ほんのコンマ一ミリ程度、彼女の首の皮を傷付けた・・・・

 次の瞬間。

 その小さな小さな傷跡から、目を凝らさないと見えない程度の黒い胞子らしきモノが、微かに放出したと思ったら……。


 突如として────凄まじい地響きが店の中を襲った。


「どわぁぁぁッ!?なんだッ、なんだぁぁぁッ!?って、キャァァァァ俺の店がァァァァッ!!」

「だから言ったのに……」


 そんな地響きの中でも余裕で立っていられた俺は、放心状態で膝を着くシーナの元に駆け寄って屈む。

 傷の付いた部分を指先で撫でながら、樹の根で傷口を塞ぐと……地響きは次第に収まっていった。


「シーナ、大丈夫?」

「…………あら、ツムギ?私、もしかして……」

「また、『傷』が暴発しちゃったみたいだね。だけど、もう収まったから」

「そうだったの……ん、ありがとう、ツムギ。あっ!そうだ!この『魔具』、お師匠さんに買っていきましょう?ギルドメイドの皆もきっと喜ぶと思うの!」

「そうだね、そうしよっか。じゃあ、ジキン。これお買い上げでー」

「────ソレくれてやるからあんたらもう二度と来ないでくれぇぇぇぇッ!!」


 お店の中は、地響きの影響を受けてメチャクチャになっており、その中に埋もれていたジキンは涙目になって騒ぎ立てる。

 結局、俺とシーナ、「なんで俺たちまで」とボヤく強盗の二人も共に、協力してお店の中を綺麗に片付けた後は、いつものように媚へつらっていたが……まぁ、高価な『魔具』もタダで押し付けられてしまったし、良しとするとしようか。

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