3 決闘

 決闘。

 古くから自らの名誉を回復する為などといった理由で行われて来た殆ど殺し合いのような戦い。

 現代では魔術の有無を問わず殺傷行為は法律で禁止されているし、更に言えば日本には認知度こそ低いが古くから決闘を禁止する法律が設けられている。

 故に普通の手段ではそういう事はできない。

 ただ一つだけ、その法律の穴を掻い潜って決闘を行う術がある。


 それが魔戦だ。


 魔戦は現実世界で生身で戦う訳ではない。

 魔術の発展に伴い加速的に発展した科学力を駆使して作られた特殊空間。

 そこにヘッドセット経由で意識を送りこんで現実世界と同等の動きを見せる精神体を形成。

 そして互いに精神体であたかも現実で戦っているようにぶつかり合う。

 それが魔戦。

 そこに実体がないのだから例え負けても大怪我所か現実では傷一つ付かない。

 故に競技として世界大会が開催される程に発展しており、現代では魔術を最大限に要いたスポーツという認識も強い。


 だがそうした競技としての魔戦と、争いごとの果てに起きる、いわば実質的な決闘などで行われる魔戦では一つ決定的な違いが存在する。


「決闘!? おいお前、一年に……しかも普通科の生徒相手に何言ってるんだ!」


 きっとその違いがあるから。

 始まればきっとスポーツだなんて明るい言葉では済まないような戦いになるから。

 だからこそ雪城は中之条を止め、見かねた他の生徒も数人中之条に止める様ように言ったのだろう。

 だが中之条は聞く耳を持たない。


「黙ってろ雪白! で、もちろん受けるよな」


「……ルールは? 競技ルール……って表情してねえけど」


「当然デフォルトに決まってんだろ。決闘は遊びじゃないんだ」


 その言葉を聞いて周囲が騒めき、赤坂の隣りで美月が息を呑んだのが分かった。

 競技ルールとその他……通称デフォルトルールとの違い。

 それはたった一つでも戦いを大きく変えてしまう程の違い。


 それは痛覚の有無。


 魔戦競技では受けたダメージは痛みの代わりに精神力を削られる。故に極端な話、戦闘中に部位が欠落するようなダメージを負っても、それ相応の莫大な精神ダメージは受けるもののそこに痛みは無い。


 だがそれは競技ルールでの話。


 そういう風に痛覚設定を弄っていないデフォルト設定での戦いとなれば、全てのダメージが現実で負ったものと同じ受け取り方をする事となる。

 つまり死に至る様なダメージを負えば、人間が大怪我で死ぬまでの痛みを。

 相手に苦痛を与えて殺す様な外道な戦い方をされれば、その苦痛がそのまま届いてしまう。

 故に競技ルールでは極力落としてある精神的なリスクが、デフォルトルールではある程度保護はされるもののそれでも莫大なものとなってしまう。

 ……だからまともな雪城達は止めてくれている。

 普通科の一年生が一方的にやられて、精神に重い傷が残る様な事態にはさせまいと。


 だが尚も中之条は聞く耳を持たず、勝手に話を進めていく。


「俺が勝ったらお前には謝罪を要求しよう。俺が良いというまで土下座だ。お前が勝てばなんでも一つ要求を呑んでやるよ」


「おい話進めるな中之条! ……くそ、おい一年! 受けなくていいからな! 別に受けなかったからどうとか誰も思わねえから!」


 雪城が中之条を説得する事を半ば諦め、赤坂へと言葉を向け始める。

 確かに雪城の言う通り、受けなかった所で悪く見られる様な事は無いだろう。

 頭に血が上っている中之条が気付いているかどうかは分からないが、それなりの生徒が中之条の言動に引いている。

 それもその筈だ。

 事の真偽はともかく、中之条が振りかざした理不尽に赤坂が反論した事によって中之条が逆上した。

 そう認識した他の生徒からすれば赤坂に利があると見る者が多くて。

 そしてそれがなかったとしても、魔術科の上級生が普通科の一年生にデフォルトルールでの決闘を申し込むという行為からはもはや弱い物いじめの様なものしか感じられない。


 ……だからこの場で周囲の魔術科の生徒がどちらの味方かといえば、赤坂寄りの生徒の方が多いだろう。

 中にはそういうイレギュラーなイベントを好む者や、後輩が先輩に歯向かったという事自体に嫌悪感を示す者もいただろうが。


 だがまあととにかく、この決闘は受けなくてもいい決闘だ。



 それでも。



「分かった、受ける」


 赤坂の返答を聞いて周囲が騒めく。


「馬鹿か! 何考えてるんだ!」


「な、なんで……隆弘!」


 必死に止めようとしていた雪城と、不安そうに成り行きを見守っていた美月が声を上げた。

 周囲からも撤回したほうがいいとの声が上がる。

 ……それでも引かなかった。

 分かってる。引けるなら引いたほうがいい戦いだ。

 だけど引くわけにはいかなかった。


「受けたか。受けたな? もう撤回は聞かねえぞ……まあとにかく威勢が良いのは褒めてやるよ一年、赤坂隆弘」


 誇りも何も感じられない。そんな笑みを浮かべて中之条はそう言った。

 そして続けて赤坂に問う。


「で、まああり得ねえだろうけど一応聞いとくか。赤坂、お前俺に勝ったら何要求すんだよ」


 何を要求するか。

 別に目の前の男の土下座もいらない。

 正直何もしてほしくない。

 そう……何もしてほしくない。


「そうだな。じゃあ今後俺達が望んだ時を除いて、俺達と一切関わるな。その誓いを要求する」


 そう。それが赤坂の望む要求。

 押し通さなければならないほどの、重要な要求。


「……なんだ、そんな事でいいのか。んなもんいくらだって誓ってやるよ」


 そう言って中之条は高笑いを浮かべる。

 そしてスマートフォンで何かを調べた後、赤坂に向けて言う。


「じゃあ一時間後に第一競技場に来い。逃げるなよ」


「逃げねえよ。……行こうぜ、二人とも」


「ええ、そうですね」


「ちょ、隆弘! 本当にやるの!?」


「やる」


 なんとか考えを改めさせようとそう言ってくる美月に短く返して踵を返し再び歩き出す。

 背後では動きだした赤坂を呼び止めようとする雪城の声が聞こえた。

 そして。


「………」


 どうやら赤坂の目的を把握してくれたらしい渚は、会議室を出る最期まで赤坂を止める事はしなかった。






「なんで受けちゃったの隆弘」


 会議室を出て少し離れた所に移動してから、美月が不安そうにそう言ってくる。


「他の人も言ってたじゃん……受けなければいいって。なのになんで……ていうかなんで渚は止めなかったの」


「なんとなく赤坂さんの目論見が分かっちゃいましたし」


「目論見……? えーっと、今後関わるなって誓いだっけ? あれがこんな決闘を受ける程の理由になるの?」


 おそらく美月は赤坂が提示した条件が態々決闘をしてまで取り決める様な物だとは思わなかったのだろう。

 だけど、それは違う。

 是が非でもそれは突きつけなければならない。


「あの中之条って先輩は多分間違いなく渚を参戦させない為にあんな難癖を付けてきた。そんでそれ指摘したら明らかにリンチ目的の決闘を普通科の俺に挑んできたんだ。つまりアイツは自分の障害とか気に入らない相手を打ちのめす為に、恥も外聞も捨てて動けるだけの行動力がある」


「……まあ、確かに。周り引いてたけどお構いなしだったね」


「そんであの決闘を受けなきゃアイツのフラストレーションは溜まったままだ。篠宮渚が参戦した上に、自分をコケにした普通科の一年に何もやり返せないままって最悪の状態になっちまう。……で、アイツは行動力だけはとにかくあるんだ。面倒な事にな……だからここで決闘を受けねえと。不干渉を誓わせないと、多分鬱憤晴らしと俺達を辞退に追い込む為に何かしてくるかもしれない」


 そして。そうなった場合。


「そしたら……危ないのはお前だ、美月」


「……私?」


「ああ。俺達はお前の数合わせだ。参戦するも辞退するもお前次第だし、お前は魔術科の生徒だ。矛先の向けやすさも俺達とは違う。正直何してくるかわからねえ先輩だし、普通に危ないんじゃないかって思う」


「……ッ」


 そして、危ないだけではない。


「そうなった時、俺も渚も普通科だからすぐにはなにもしてやれない。そんでその場に雪城先輩みたいに止めてくれる人が居るかもわからねえんだ」


 だから。


「だから誓わせないといけない。俺達にっていうよりお前に中之条が接触してこない様な誓いを」


「隆弘……で、でも危ないんだよ!? 大怪我したらそれと同じだけ痛いんだよ!?」


 美月は赤坂の目論見を理解したようで、そしてそれでも身を案じるようにそう訴える。

 だけどもう引けない。引くつもりもない。


「それがどうしたよ」


 そう言った赤坂は自然と美月の頭を撫でて言う。


「幼馴染一人も守れねえ奴が夢なんて叶えられっかよ。大丈夫だ、任せとけ」


「隆弘ぉ……」


「いやー、幼馴染の女の子を守る為に、危険な戦いに身を投じる少年。少年漫画みたいでなんかいいですねー」


 渚が二人の前に回りこんで茶化す様にそう言った後、茶化しながらも忠告する様に言う。


「しかしながら周囲から若干リア充爆発しろ的な視線を感じますので、人前じゃそういうの少し控えた方がいいんじゃないですかねー」


「リ、リア充実って……別に俺達そういうアレじゃないし」


「うん……違うし。違うから……うん」


 そう言って赤坂と美月は互いに視線を逸らす。


「……どう見てもそういうアレにしか見えないんですけどね」


「いやだからそういうんじゃ――」


「まあとにかく」


 渚はクルリと踵を返して言う。


「とにかくさっさと行きましょう。学食で作戦会議でもしましょうか」


「……だな」


 とにかく今は目の前の戦いに集中しなければならない。

 挑むだけの理由があった。それは美月にも納得してもらえた。


 だけど勝たなければなんの意味もないのだから。


 そんな事を考えながら再び歩き出す。

 そして食堂へと向かうまでの間に、赤坂は気遣う様に美月に問いかけた。


「で、美月。ああして先輩に無茶苦茶な理由で怒鳴られちまったわけだけど、へこんだりしてねえか?」


 無茶苦茶な理由とは言え、年上の男に怒鳴られた上に魔術師失格とまで言われたのだ。

 それで傷付いてないか、少し心配だった。

 だけどそれはきっと杞憂だ。

 分かってる。

 美月はそんなに弱くない。


「大丈夫。慣れてるから」


「……そっか」


 あんな程度で今更へこんだりなんてしない。

 そういう耐性が付いてしまっている。


 日本有数の魔術師家系である篠原家は、歴代の当主が例外なく超一流の魔術師だったそうだ。

 そんな中で美月は才能を持たなかった。

 一般的な平均値と比べれば優秀な部類に入るものの、それでも中の上が関の山。篠原の次期当主として求められる才覚には圧倒的に達していない。

 そんな中で分家の渚が歴代当主と比較しても比べ物にならない程の才能を持っていた。

 ……そんな渚とずっと比べられてきた。

 酷い言葉だって浴びせられてきた。

 頻繁に赤坂の家に逃げ込む位に、辛い環境にいたのだ。


 だから美月にとってはあの中之条の言葉は比較的軽い言葉だったのだろう。


 だけど赤坂にとってはそれは重い言葉だった。


 知っているから。

 そんな環境の中で、美月が必死に頑張っていた事を。

 両親に認められようとして。

 立派な魔術師になろうとして。

 少しずつ上達しても認められる所か厳しい罵声を浴びせられる事しか無かったのに、それでも折れずに必死になって頑張ってきた美月を隣りで見てきたから。


 だからそれだけは容認できない。

 正当な理由もなく篠宮美月を罵る様な真似をした人間を、容認できる筈がない。


 故にこの決闘は美月を守るためのものだけれど。

 確かに極めて個人的な感情も背を押していた。


「それにしても美月が怒鳴られた時の赤坂さん、中々にキレちゃってますね」


 あの会議室の事を思いだす様に渚が言う。


「……そうか? 一応結構抑えたつもりだったんだけど」


「いやいや、私も結構赤坂さんとの付き合い長いんです。分かりますよ……赤坂さん、唐揚げに勝手にレモンかけられた時位怒ってるの滲み出てましたよ」


「え? 私唐揚げと同列!?」


「いやんな訳ねえだろ!? なんでリアルにショック受けてんだ美月!」


「ちなみに赤坂さん。唐揚げにレモン勝手にかけられたらどの位怒ります?」


「控えめに言ってぶっ殺す」


「私唐揚げ以下じゃん!」


「えぇ……赤坂さん、それはないですよ」


「……」


「……」


「……」


「……流石に冗談だぞ?」


「……じゃなかったら私ショックで寝込む」


「あ、冗談ならレモンかけちゃって問題なさそうですかね?」


「お? 眼球に向けてレモン汁打ち込んでやろうか?」


「うわぁ、陰湿」


 そう言って渚は笑った後、一拍明けてから真剣な表情を赤坂に向けて、赤坂の胸に拳をコンと当てる。


「まあとにかく頼みますよ……私も赤坂さんと同じ位にはイラってきてるんで」


「……ああ、知ってる」


 分かっている。

 他の連中が気づいたかは分からないが、中之条に対し渚もあの場で中之条に怒りを抱いていたことも。

 先に赤坂が何も言わなければ、中之条に言葉をぶつけていたのが渚だったということも。


「だから任せとけ」


 そう言って赤坂は左手の平に拳をぶつける。


「お前の分もやってやる」


 ここから先の戦いは一対一。

 だけど気持ちだけは二対一。

 始めるのは、そういう戦い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る