2 戦う理由
普通科の生徒が魔術科の校舎に足を踏み入れてはいけないという制限はない。
基本的に普通科の生徒も魔術科の生徒も互いの校舎を行き来出来るし、それはきっと珍しい光景では無い。
だがそれでも注目を集めたのは、篠宮渚が普通科の制服を着て歩いていたからだろう。
途中何度も魔術科の生徒に話掛けられていた。
もっとも今は話している暇もないのと、篠宮自身がそういう話をあまり好かない事もあり軽く流していた訳だが。
ともあれそういう事がありつつも、三人は無事目的地へと辿り着いた。
島霧学園魔術科校舎。
第一会議室。
魔戦競技大会のエントリーはこの場所で行う事となっている。
エントリー期限は入学式である本日から一週間。
全国大会の日程的にこの早いタイミングで行われる事もあり、基本的に一年生の出場者は少ないらしい。
周囲を見渡しても新入生らしい生徒は殆ど見受けられなかった。
故に赤坂達三人は渚の存在もあって非常に目立つ。
「……分かってましたけど、この視線はしんどいですね。普通科で向けられた視線の非じゃない」
渚が赤坂と美月にしか聞こえない様な声でそう呟く。
「会議室入った瞬間空気変わったレベルだからな……まあ普通科の連中と違ってここの人らの方がお前に対する関心高いだろうし。予想通りと言えば予想通りだけど」
「……うん。私も予想通り。渚が普通科の制服着て此処に来たらそうなるだろうなーって思ってた」
「この制服着てなきゃ少しはマシになるんですかね」
「まあお前が何故普通科に!? 感は無くなるんじゃねえの? とはいえ制服以外に着る物なんてねえだろうけど」
「あ、アレは? 学校指定の体操服」
「この場に体操服着てくる方が注目集めると思うんですけど……まあとにかく話しかけんなオーラでも出しときましょう」
そう面倒臭そうに渚が声を漏らしつつ話しかけるなオーラを出し、それでも話しかけてくる生徒を廊下の時と同じく軽く流していく。
そして流しながらようやく自分達の番が回ってきた。
もっとも番といっても、あらかじめ美月が貰っておいてくれていたエントリーシートにそれぞれ此処に来る前に名前を書いて、それを三人で提出するだけの事なのだが。
……だった筈なのだが。
「おい……なんのつもりだ一年」
実行委員を務めていた大柄の男子生徒が睨みを聞かせて、唯一魔術科の制服を着ている美月に向けてそう言った。
「ひ……いや、あの……」
「なんのつもりも何もエントリーしに来たんですよ。魔戦競技の団体戦に」
「なにか問題ありますか?」
早速睨みでビビった美月を援護射撃するように、赤坂と渚がそう告げる。
「問題はある……ふざけてんのかって言ってんだ」
「ふ、ふざけてなんてないです」
美月が勇気を振り絞るように言う。
「団体戦に必要な人数は三人。ただしその人数を確保できなければ普通科の生徒を数合わせで入れていいって、そう書いてあったじゃないですか」
……そう、それが抜け道。
魔術科ではない普通科の生徒は個人戦にはでられない。
だが団体戦に限っては、態々普通科から人員を入れるという自らリスクを被る様な真似をしなければ三人集められない様な、そんな特殊な状況下人間が魔術科にいれば数合わせとして出場できる救済措置がある。
だからルール上問題はない。
特に一年生の場合、上級生に比べ出場する意思が低い上に多くの生徒が初対面という状態だ。
任意参加の大会に出る為に残りメンバーを集めるのが難しいと思ったというだけでも十分に理由になる。
故に篠宮美月にはなんの非もない。
そしてそれは向こうも実行委員である以上、把握している。
「ああ、ルール上は問題ねえな。普通科二人を着き従えた実質一人という無謀な挑戦だが、経験にはなるんじゃねえか? それは結構。だけどよ……お前が連れてきたのは誰だ」
そうして視線は渚へと向けられる。
「こんな反則みたいな存在を外部から連れてきて戦いに挑む。それはお前の戦いか? 違うだろ。それはもう篠宮渚という魔術師個人の戦い……理由は知らねえが魔術に背を向けた人間個人の戦いになる。となればもはや数合わせじゃねえ。お前は人任せ、他人任せでこの大会を勝ち抜こうと考えているんだよ」
そこまで言った実行委員の男は美月を睨み付けて言う。
「お前に魔術師としての誇りはねえのか! お前のやっている事は真剣に魔術に取り組んでいる魔術師に対する侮辱に他ならねえ! お前なんて魔術師失格だ!」
「……ッ」
男の怒鳴り声に思わず美月がそんな声を漏らし、周囲の視線もこちらへと向く。
(……なるほど、コイツも魔術師家系の人間か)
今時魔術師の誇りだとか、そういう事を言う人間は殆どいない。
それこそ古くからの魔術師家系の人間を除けば。
(つーかふざけんなよコイツ)
思わず目の前の実行委員の男に対しそう思った。
(んなもんてめえが勝手に作った自分ルールじゃねえか。そんな事でコイツは……ッ)
確かに目の前の実行委員の男はもっともらしい事を言っているように思える。
実際それも一つの正論だろう。
だがそれでも、所詮一個人の考えに過ぎない。
そんな一個人のルールを勝手な憶測で振りかざし、今この場で目の前の男は美月を怒鳴りつけたのだ。
誇りはないのかと。
魔術師に対する侮辱だと。
まるでその怒鳴った部分だけを聞けば、美月がそういう舐めた言葉を吐いた様に周囲が受け取る様に。
そしてそれだけじゃない。
怒鳴って美月に注目を浴びせたのが意図的だったか偶然だったかは分からない。
だけど……これだけは確信だ。
「……アンタが何知ってんだよ」
気が付けば目の前の人間に敬語を使うのを忘れていた。
だってそうだ。
目の前の男は言ってはならない事を言ったのだ。
「何もしらねえくせにコイツの事侮辱してんじゃねえよ」
男が勝手な憶測で放った言葉はそれこそ魔術師、篠宮美月への侮辱だ。
赤坂隆弘は知らない。
篠宮美月以上に、真剣に魔術と向き合って頑張っている人間を知らない。
もっともそれは井の中の蛙程度にしか世間を知らないからそう言えるだけなのかもしれないけれど。
それでも。
どんな理由であれ、そんな風に言われていい奴じゃない事だけは間違いない。
「なんだお前は……上級生に対する口の利き方もできてねえのか? 義務教育の九年間で何を習ってきた」
「勝手な憶測で下級生怒鳴りつけるような奴に言われたくねえよ」
「勝手な憶測? 何を言ってんだ。今まさに篠宮渚という存在自体が楽して勝つために反則みたいな奴を連れてきてるじゃないか! それはまさしく三下の思考。強い物に縋りついて栄光だけを得ようとするどうしようもない奴のやり方だ! 真っ当な魔術師のやる事じゃねえ!」
「そんなにコイツが渚連れてきた事がおかしいか? さあ残り二人どうしようかって時、まず家族にどうしようかって相談する選択肢は真っ当じゃないのか?」
「……は? 家族?」
多分目の前の男は知らないのだろう。
篠宮家。
確かに魔術師家系として有名な名家だ。
だが篠宮なんて苗字は日本にいくらでもあって、そして篠宮美月はこれまで魔術絡みの大会では殆ど碌な成績を残せていない全くの無名。
魔術科に入学できたのだってそうだ。
篠宮美月は必死に頑張って。
必死に頑張って。
死に物狂いで頑張って。
それでようやく辛うじて入学する事ができた程度の実力なのだ。
故に篠宮渚が有名になりすぎた結果、美月は魔術師家系の本家の娘でありながら、渚の影に隠れて知名度がほぼゼロ。
だから例えエントリーシートに篠宮の名が二つあっても、それはただの偶然だと思ってもおかしくはない。
そして。
「まあ家族っつーか従妹って感じだけどよ、それでも中学んとき一緒済んでたから家族みたいなもんだろ。だから何もおかしい事じゃねえ。俺だってコイツの幼馴染だし、今回は経験を積む為に団体戦に出場したいって思って俺達に頼み込んだ。ただそんだけの事だろうよ」
だとすれば篠宮渚を仲間に加えるのは何もおかしい事ではない。
寧ろ他の誰かを入れるより余程真っ当な考え。
「その通りです。そうでもしなきゃ私出てきませんよ。魔術の道からドロップアウトしちゃった普通科の生徒なんですから」
渚が笑いながらそう言う。
そして渚は笑みを浮かべたまま、ちょっとした怒りを込めるように。
そしてやや煽るような口調で言う。
「だから正直、美月が魔術師失格だとか言われる筋合いは何も無いと思うんですけど。ね、美月」
「う、うん」
そう言って美月も頷いた。
これでもう何も文句は言えないだろう。
美月が篠宮渚という最強の魔術師を連れてきたことに文句があったのならば、今こうして正当にも程がある理由を用意した時点で何も言える訳がない。
それでも何かしらで美月が難癖を付けられる隙があるとすれば、美月の本来の出場理由が赤坂隆弘を魔戦競技に出場させるという、真面目にやっている人間を馬鹿にしていると思われかねない理由だという点位だが、それはバレないしバレた所でなんの問題もない。
だってそんな理由があったとしても、もはやそんな理由もあるだけだから。
参加しようとしたそもそものきっかけはそんな不純とも取られる動機だったのかもしれない。
だけど、もうこれは赤坂隆弘個人の為の戦いではない。
篠宮美月はこの戦いを赤坂の手助けだけじゃない。寧ろそれ以上に自分の成長の糧へとする為に挑もうとしている。
だから篠宮美月にとってこの戦いはどこまでも真っ当なもので、この場に立っている事に間違いなんてないのだ。
だから何も言われない。
言わせない。
「だが……ッ」
それでも何か反論しようとするが、すぐに思いつかないのか言葉を詰まらせる。
そしてそもそも、彼にその資格はない。
正直例え彼が此処から先、何も言い返せない様な正論を唱えたとしても。
だってそうだ。
「つーか真剣にやってる奴侮辱してるのはアンタだろ」
「なん……だと!?」
「コイツが真面目にやってるの侮辱したっつっても、アンタはそれを知らねえんだからこの際いいさ。でもこれだけは言える。お前、渚を存在自体が反則っつったな」
「そ、それがどうした! 事実だろ! 中学二年の段階であの化物染みた実力だ。あれが反則じゃなくて何を――」
「渚を反則だとかそういう風に堂々と言えてる時点で、アンタもうまともに勝つ気ねえだろ」
「……ッ!?」
「アンタは篠宮渚に出られると勝ち目がなくなると思ったから美月に難癖を付けたんだ」
「な……ッ!」
その言葉に一瞬男は図星という様な表情を浮かべる。
予想通りのクリティカルヒット。
そして追い打ちを掛けるように、周囲の生徒の一部が堪えるような笑い声をあげた。
それもあってか本気で激情し始めた男は机を叩いて叫ぶ。
「そ、そんなわけねえだろ! 言い掛かりだそんなもん!」
「お前、渚仲間に入れた理由聞いて言葉詰まらせたよな。つまり俺達の言った事を正論だと思ったんだろ」
「何を言いたい……ッ」
「あの時点でアンタが反論できなかったんなら、難癖付けてきたポイントはそれで全部クリアできた筈なんだが。それでも反論を続けようとしたって事はつまりそういう事だろ」
そして赤坂は一拍明けてから言う。
絶対に馬鹿にされてはいけない存在を、非常にどうしようもない理由で馬鹿にした男に最大限の怒りを込めて。
「アンタは自分が勝てない相手が参戦するのを阻止するとかいうどうしようもない理由で、真面目にやってる一年に魔術師失格だとか言ったんだ。ふざけんなよ……アンタに誇りだとかを語る資格はねえ!」
「い、いい加減にしろ普通科の糞ガキ! ただの数合わせ雑魚の癖に誰に口聞いて――」
「落着け中之条。あとキミもだ一年」
赤坂に呆れたのか、中之条と呼ばれた実行委員の男に呆れたのかは分からない。
とにかく中之条と呼ばれた男の隣りに座っていた細身の落ち着いた雰囲気の男子生徒が立ちあがり、中之条の肩に手を置いて呆れた顔でそう言った。
そして中之条は男子生徒に言う。
「止めるな雪城! コイツは俺をコケに――」
「そもそも俺らの仕事はエントリーシートの受け取りと本人確認。それから参加者に必要書類を配る。それだけだろ。喧嘩を吹っ掛けたのはお前だし、キレられてもおかしくない事言ってるからお前。ああこれ、必要事項乗ってるパンフ三人分ね。ちゃんと目を通しとくように」
「え、あ、どうも」
落ち着いた様子で差し出されたパンフレットを受け取ると、中之条が声を荒げる。
「おい雪城! お前何勝手に渡してんだ。俺はまだコイツらを認めて――」
「なんでお前に認められないと参加できないんだよ。例えお前が言う魔術師失格の連中だとしても、参加資格は普通にあるから。こういうのは基本規約が全てだろ」
「……ッ」
「じゃあ健闘を祈るよ新入生。今日はもう帰っていいから」
そう言って雪城と呼ばれていた実行委員の二年生は三人に笑いかけるが、その目は明らかになんか面倒だから早く帰ってくれという意思がとても強そうだ。
そして直前まで中之条と火花を散らしていた赤坂を含め、三人ともその意思は伝わった。
……まあ何はともあれ、エントリーはできたのだ。
だとすればこれ以上面倒な事になる前にこの場を離れたほうがいいだろう。
……そうしないと他の生徒にも。
特に怒りに震えている中之条を必死に宥めようとしている雪城に迷惑を掛ける。
「だそうです。行きましょう」
「う、うん」
「赤坂さんも」
「ああ」
だからとりあえず今日の所はこれで終わりだ。
渚に袖を引かれつつ、会議室を後にしようとする。
この先、中之条と校内予選で戦う事があったら顔面に一発入れてやろうと誓いながら。
そう、誓ったその時だった。
「待て一年!」
背後から中之条が声を荒げ、思わず振り返った。
視界の先に映るのは、片手で頭を抱える雪城とマジギレの中之条。
中之条の声からは好戦的で荒々しい雰囲気しか感じない。
そんな声で、高圧的に中之条は言う。
「お前、俺をコケにしといてタダで済むと思うなよ」
「……」
嫌な予感がした。
もし予想通り本当に目の前の中之条という男が魔術師家系の人間だったのなら、こういう場面で言ってきそうな事がある。
そしその予想は当たった。中之条は申し込んできたのだ。
「お前に決闘を申し込む。アレだけ俺を馬鹿にしたんだ。逃げるなんてクズみてえな真似しねえよな?」
魔術科の生徒による普通科の少年への決闘の申し出を。
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