劣等魔術師の下剋上 普通科の異端児は魔術科の魔術闘技大会に殴り込むようです

山外大河

一章 入学騒乱編

1 魔術に溢れた世界

 今から挑もうとしている戦いは悪足掻きでしかないのかもしれない。

 いや、かもしれないというよりそれは間違いなく悪足掻きなのだろう。

 それでも止める気は無かった。

 足掻けるだけ足掻いて勝利を勝ち取るつもりでもいた。


「時間です、赤坂君。そろそろ殴りこみに行きますか」


「おいおいなんだよその言い方。俺達そんな物騒な事始めるんだっけ?」


「殴りこみみたいなもんですよ。普通科の私達が魔術科の魔術大会にエントリーしに行くんですから。あ、殴りこみが嫌ならカチコミにでもしときます?」


「もっと嫌になったんだけど。なんか指とか無くなりそうな響きじゃねえか」


「まあとりあえず無くさない様にお互い頑張りましょう。さて、とにかく行きましょうか」


「ああ、そうだな」


 これから共に戦う仲間である同じく普通科の小柄な女子、篠宮渚とそんな会話を交わした後、赤坂と呼ばれた少年は普通科1-C組の教室を後にする。

 向かう先は魔術科の校舎。

 戦うべきは同年代の優秀な魔術師。

 そしてその先にある目的はただ一つ。

 自らの夢を成就させる。ただそれだけだ。


 それだけの為にこれから魔術科の魔術師達に身勝手な喧嘩を売りに行く。


 もう魔術が使えない右手を握り絞めながら。 





 かつて一部の人間のみが存在を認知していた魔術が一般社会に知れ渡ったのはおよそ2010年頃だと言われている。

 それまで魔術によって引き起こされる現象や事件などは魔術世界の均衡を守る組織が隠蔽工作を行っていたのだが、それも科学の発達などにより限界が訪れてしまったのだ。


 テレビやインターネットなどの情報媒体の発達。

 監視カメラや人工衛星の存在。

 そして時代の流れと共に閉じこもった魔術世界を嫌った少数の革新派魔術師の存在。

 それらが重なれば存在など簡単に知れ渡り、寧ろそんな環境化でよく2010年まで隠し通したものだと、50年が経過した現代の専門家は口にする。


 そしてそれだけ広がった魔術という異能の力が世の中に浸透するまでそう長い時間は掛からなかった。

 2020年頃には魔術が義務教育として組み込まれるようになり、少なくとも日本では国民のほぼ全員が魔術師という状態。

 従来の職業の一部に魔術的な要素が組み込まれたり、魔術の専門職が生まれたりと、より優秀な魔術師は社会に重宝される傾向にあった。

 となればより優秀な魔術師を育成する為の教育機関は当然の様に設立される。

 その一つが全国二十校の高等学校に設立された魔術科だ。

 この先、魔術を生業として生きていく者の登竜門。


 本日普通科に入学した少年、赤坂隆弘が挑むべき相手。


「いやーしかし皆驚いてたな。注目の的だったぞ渚」


「あはっ、そうですね。私みたいな可愛い女子が居れば注目の一つや二つ位当然ですから」


 魔術科の校舎に向かいながらそう言った渚はクルリと回って若干ドヤ顔を浮かべる。

 まあ実際それもあるだろう。

 確かにそういう視線で見てる連中もいた。

 だけど赤坂が言いたい事はそうじゃない。

 赤坂は一拍明けてから言う。


「まあ魔術師家系出身かつ、魔戦競技の世界大会優勝者がまさか普通科にいるなんて誰も思わねえよな。そりゃ皆驚くわ」


「あのせめて何か言ってくれません!? そのままスルーされると私、ナルシストみたいじゃないですか!」


「違うのか?」


「違いますよ! 自分の事可愛いとか本気で言ってたらもうそれ完全にやべー奴ですよ! ……えーっと、まさか本気でそんな事思ってないですよね赤坂さん? おーい、返事してくださーい!」


 そう言ってアタフタしている篠宮渚は、本来普通科にいる事がおかしいとされる程の優秀な魔術師だった。


 日本有数の魔術師家系出身の彼女は、魔術による戦闘能力を競う魔戦競技の15歳以下を対象とした世界大会で中学一年、中学二年と二連覇を達成している有名人だ。

 三年の時は色々あって不参加だったがおそらく出場していれ最低でも日本代表。

 つまり国内最強の地位は得られただろう。


 ……それだけの凄い魔術師。


 依然見たニュースでは1000年に一人の天才と称されていたが、まさしくその通りなのだ。

 それだけの魔術師が本日、普通科の生徒としてこの島霧学園に入学してきた。

 それが注目の的にならない筈がない。

 もしかすると魔術科の方でも渚が普通科に入ったらしいと噂になってたりするのではないだろうか。


 そしてそんな会話をしているうちに二人は普通科の校舎と魔術科の校舎を繋ぐ中央棟へと辿り着いた。

 魔術科と普通科の生徒が入り乱れるこの場所で合流するべき人物がいる。

 今回の戦いに必要不可欠な人物で、篠宮渚が噂になっているのかどうかを知っていそうな人物で。

 視界の先でこちらを見付けて顔を明るくさせる、魔術科の制服を身に纏ったツインテールの少女。


「あ、やっと来た。おーい、隆弘! 渚!」


 そう言いながら主に胸元付近を揺らして走ってきた少女、篠宮美月は赤坂にとっては幼馴染で……渚にとっては何もかもが対照的な従妹だ。

 分家出身の渚に対して本家の娘の美月。

 1000年に一人の天才に対して、辛うじて魔術科に入学できたレベルの凡才。

 ショートヘアーに対してロングヘアーのツインテール。

 なにがとは言わないが平野と山脈。

 あとついでに。


「うわっ!」


 しっかりものと、何もない所で凄い勢いで転ぶドジ。


「美月!」


「だ、大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫……大丈夫……だったら良かったなぁ」


「……なんか大丈夫そうじゃね?」


「ですね。ほら寝てないで立ってください」


「二人とも辛辣ぅ……大怪我だよ私の自尊心! あとついでに普通に痛いよ!」


「まあとにかく起きてください。入学早々変な人に見られちゃいますよ」


「あはは、それは嫌だな……」


 そう苦笑しながら美月は立ち上がり、スカートの埃を払ってから言う。


「まあ遅かれ早かれ変な人に見られるんじゃないかな。私も二人も」


「ですねー。一理あります」


 そう言って苦笑を浮かべる二人を見て赤坂は思う。

 ……本当にこれでよかったのだろうかと。


 これから自分達がエントリーしにいく魔術大会。

 正確に言えば勝ち抜けば全国20高の魔術科が出場する全国大会へのキップを手にする事ができる魔戦大会の校内予選。そんな大会。


 そんな校内予選を突破し、赤坂は全国大会へ出場しなければならない。


 だが個人戦に出場できるのは当然の如く魔術科の生徒のみで。赤坂はその入り口にも立つ事ができなくて。

 そもそも赤坂には魔術を使う事すらできなくて。

 だから結果的に二人を巻き込んで団体戦に出場する事になった。 


 まだそういう大会に出られる程の実力を持ち合わせていない美月と、普通科に入学できた渚。

 この二人の協力があれば規約の穴を掻い潜ることができるから。


 ……明らかに実力が伴っていないのに。

 普通科なのに。

 そんな状態で出場すれば少し変な目を向けられる事は分かっているだろうに。


「……わりいな、こんな面倒な事に巻き込んじまって」


 だから思わず二人にそんな言葉をこぼしてしまった。

 だけど二人は一拍空けた後言ってくれる。


「そういうのさ、言わない約束だったじゃん」


「そもそも発案者は私なんですから、謝られる筋合いなんてありませんよ。私達は巻き込まれたんじゃなく巻き込まれに行ったんです」


「そうそう。あと実際私の糧にもなるから……ってちょっと待って渚。巻き込まれに行ったって、それじゃ結局言葉の意味的に巻き込まれたって事になんないかな?」


「えぇ……そこツッコみます?」


 ジト目で美月を見てから、渚は赤坂に視線を向けて言う。


「とにかくこの戦いは赤坂さんが主役なんです。そんな顔してないで、ビシっと胸張っててくださいよ」


「そうだよ。背中ならいくらでも押してあげるから」


「……ああ!」


 目の前の二人には感謝の言葉しか浮かばない。

 そしてそうやって背中を押してくれるのなら、きっと自分は躊躇いなく前に進むべきだ。

 進み続けて辿りつくべきだ。立ち止っちゃいけない。


「じゃあ二人とも、よろしく頼むぞ」


「はい、任せてください」


「よし、じゃあ早速敵陣に乗りこもう!」


「敵陣って……あなた魔術科は死に物狂いで頑張ってやっと入れた自分の学び舎だって忘れてませんか?」


「そもそも対戦相手になるけど敵って表現もなんか違くね?」


「えぇ!? そこツッコむ!? そういうノリじゃなかったっけ!? ……ってなんで二人して首傾げるの。それこそどんなノリだよ!」


「「いつもの」」


「確かに!」


「まあとにかく立ち話もなんです。いい加減行きましょうか」


「ああ」


 そして三人は歩きだす。

 一人は魔術科最弱クラスの少女。

 一人は最強であるにも関わらず普通科に属する少女。

 そして、魔術が使える事が当たり前の現代において、魔術を使うことすらできない少年。


 この歪にも程がある三人の戦いが。

 普通科の少年の下剋上が、今始まった

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