4 そして敵を視界に捉える

「で、赤坂さんは中之条先輩の情報をどの位お持ちで?」


 食堂の自販機で飲み物を買い、渚が昨日焼いたらしいクッキーを食べながら始めた作戦会議。

 まず初めに渚がそんな事を聞いてきた。

 持っている情報。

 それを答えるのはとても簡単だ。


「なにも知らねえ」


 何しろ本当に何も知らないのだから。


「おやおや、まさかとは思いましたが何も知らずに決闘を受けたんですか。相変わらず無鉄砲なお馬鹿さんなのは中学生の頃から変わってないですねぇ」


「悪いか?」


「いえ。良くも悪くもそれが赤坂さんですから」


 そう言って渚は笑みを浮かべる。


「じゃあこれからある程度の知識ぶち込んじゃいましょう」


 そう言って渚のレクチャーが始まる。


「あくまで私が中二の時のデータなので現在は何かしら違いがあるとは思いますが、中之条先輩は結界魔術を主として使っていました」


「結界魔術か……つまり防御よりの戦術を取ってくるって事か」


「いえ、それが中々攻撃的なんですよ。あ、美月。ちょっと離れた所に立ってもらっていいですか?」


「ん? いいよ」


 言われて美月が立ち上がり、少し離れた所に立つ。

 そして渚も立ち上がり、瞳を赤く光らせた。


(……実演って所か)


 魔術を使用した人間の瞳は赤く染まる。

 つまり今からその中之条の攻撃を再現しようというのだろう。


(……こんな所でか?)


「いや、ちょっと待て渚。いくら今人殆どいないからってこんな所で――」


「もちろんセーブしますよ。あ、美月。ほんと軽く撃つんでちゃんと防いでくださいね」


「う、うん分かった。ほ、ほんとだよね? 絶対全力で打たないでね!?」


「打ちませんよ。私を誰だと思ってるんですか」


「……渚」


「……なんで撃ってきそうな奴みたいな感じに言うんですか」


 渚は軽くため息を付いた後、とにかく行きますよと言って魔術を発動させる。


 出現させたのは野球ボール程の大きさの結界だ。

 そして渚はそれを自分の周囲で動かしてみせる。


「この術はそうですね……簡単に言えば遠隔操作できる結界って所ですかね。だから守るだけじゃなくて、相手を鈍器として殴る事だってできます」


 そして、と渚はその結界を美月の方に向けてゆっくり前進させる。


「うわ、こっちきた」


「避けないでくださいよ美月。あなたの位置までいく頃にはもう私のコントロール下外れてますし、他の人に当たっちゃいます」


「ふぇ!?」


 美月はそんな声を出しながらも瞳を赤くさせ、おそらく強化魔術を発動させる。

 そしてゆっくり迫ってきた結界を右手で受け止めた。

 そして多分、あえて結界を脆く作っていたのだろう。

 美月が受け止めた結界は軽い破砕音と共に簡単に砕け散って消滅する。

 そしてその様子を観察していた赤坂に解説する。


「とまあこんな風に、コントロールを外れた結界はその勢いを保持したまま飛んでいきます。これを実践レベルにまで仕上げたのが中之条先輩の当時中学三年生の頃の戦術ですかね」


「……中学三年生の頃。その言い草だともしかしてお前、中二の時戦った?」


「はい、全国大会一回戦で。まあ私魔術に関してはオールジャンルなんでも扱えますし。対策はいくらでも取れたんで楽勝でしたよ」


 そう言って渚は笑う。

 その試合は見ていないけど、おそらく圧倒していたのだと思う。

 なにせその後の世界大会は決勝まで敵を圧倒し続けたのだから。

 と、そこで笑っていた渚が少し真剣な表情を浮かべる。


「ただそれでも県大会を優勝して全国大会に出場した実績はあります。だから普通に強い部類に入りますし……少なくともあれから一年半立ってます。だから成長もしてるだろうし、新しい戦術を多く組み込んでいるとみて間違いないでしょう。だから正直強さは未知数ってところですかね」


「……え、じゃあそれって普通にヤバいんじゃない?」


 こちらに戻ってきながら美月が不安そうに言う。


「普通に全国大会に出れる様な人がそこから更に強くなってたら――」


「大丈夫だ、美月」


 不安そうな美月に赤坂は缶コーヒーを一口飲んでから言ってやる。


「俺があんな奴に負けると思うか?」


「……」


「あの、泣きそうな顔で無言になるの止めてくれね? せめて気休めでも勝てるって言ってほしいんだけど」


「勝てますよ」


 そう言ったのは渚だった。

 その目は真っ直ぐで、一切の曇りは無い。

 ただ確信的な事を言うように、渚は言う。


「努力をすれば必ずなんでもうまくいくなんて保証はありません。だけど……赤坂さんが必死に積み上げてきたものはそう簡単に裏切ったりしません。例え魔術が使えないとしても、それでも」


「渚……」


「だから勝てます。勝って早く美月を安心させてあげてください」


「……ああ」


 実際の所不安はある。

 一体自分のやってきた事がどこまで通用するか分からない。

 その上中之条という男が自分の思っている以上に強いであろう事を考えると、不安にならない訳がない。

 だけど大丈夫だ。


 篠宮渚が大丈夫だって言ったら、きっと大丈夫だ。

 いや、大丈夫にしなければならない。

 期待に応えなければならない。


「んじゃまあ具体的な作戦を練っていきましょうか」


 そう言った渚はクッキーを一つ頬張ってから短く考えた作戦を言う。


「とりあえず赤坂さんに遠距離攻撃をする術は無いんで、積極的に接近戦を狙ってください。でなければ勝てません。これだけはとにかく頭に入れておいてください」


「分かった」


「後はそうですね、先手必勝で行きましょう。もういきなり正面から突っ込んじゃってください」


 そう渚はニコリと笑って言う。


「……マジで?」


「大マジです」


「積極的に接近戦を狙うって言っても、もうちょっと慎重になってもいいんじゃないかな?」


「いや、それでいいんですよ。アドバンテージは有効に生かしていきましょう」


「アドバンテージ? なんかあるかそんなの」


 思いつく限り、こちらが優位になる要素は無いように思える。

 だけどあまりに大きなアドバンテージは確かにあって、それを渚は指摘する。


「向こうは間違いなくいきなり本気で潰しに来ません。さっき赤坂さんが言ってた通り狙いはリンチですよ。普通科の生徒相手に態々陰湿な長期戦を狙ってくる筈です。開幕舐プはほぼ確定ですから、まずはそこを突けばいい」


「……なるほどね」


 確かにいきなり試合が終わる様な攻撃はしてくるとは思えない。

 まずはいたぶる目的で軽い行動から入る筈だ。

 だとすればそこが隙。


「なんならそこで決めちゃっても構いません。全力でボコボコにしちゃってくださいよ。作戦は以上です」


「了解。完璧な策だ」


「うん……完璧。完璧なのかな? ……うん、完璧だよね、うん……完璧?」


 やや美月が半信半疑なものの作戦は固まった。

 まず一気に勝負を決めに掛かる。

 それで終わらせられるなら終わらせ、それが無理でも積極的に接近戦を狙って行く。


(……俺にできる戦い方はそんだけだ)


 華やかな魔術は使えない。

 だったらそういう泥臭い戦い方しかないのだから。


「……ま、今から予行練習してる時間もないですし、ゆっくりクッキーでも食べて力蓄えていきましょう。あ、今日のどんな感じですか? 結構良い感じにできたと思うんですけど」


「うん、うまいよ」


「そうだね、おいしい」


「なら良かったです」


 そう言って渚は笑みを浮かべる。


「……しっかし渚からまともなお菓子が出てくる日が来るなんてなぁ」


「最初作り始めの頃って石炭みたいなのでてきたもんね」


「ケーキとかもあれ石炭の上にいちご乗ってる様な感じだったしなぁ……食った後で眩暈とかしてたなぁ」


「してたねー」


「そ、それほんと最初の頃じゃないですか! 私だって頑張って練習してるんですからその位はうまくなります!」


「ほんと、まともにクッキー焼ける様になるとか、立派になっちゃって……」


「泣けてくるね……ちゃんと食材を食べ物として出せる様になって私嬉しい。根気よく付き合った甲斐があったね」


「ああ……俺達が育てました」


「あれー、なんか褒められてるのか馬鹿にされてるのか分かりませんねー。でも割とマジで眩暈の件はすみませんでした!」


 そんな風に、会議室とは対極的な雰囲気で気持ちを落ち着かせて。

 やがて来るその時を待つ。


 死に至らない事以外は実戦の決闘が始まるその時を。








 そして一時間が経過した。

 島霧学園第一競技場の選手控室に赤坂隆弘は足を踏み入れた。


「じゃあとりあえずこの椅子に座ってくれ。そしたらそこのヘッドセットを被る……ってまあ言われなくても分かるだろうけどよ」


「分かりました」


 部屋に居た係の生徒に促されて部屋の奥に設置された椅子に座り、顔半分を覆う大きさのヘッドセットを付ける。

 そこで係りの生徒に問いかけられた。


「本当にいいのか?」


 赤坂はそう聞いてくる係の生徒を知らない。

 だけどそう聞いてくるという事はあの場にいたか話を聞いたか。

 いずれにせよ諸々の事情を把握しているのだろう。

 だから、そうやって心配してくれている。


「……いいんですよ、これで」


 それでも、それを無下にする様な言葉しか言えないけれど。


「そうか……まあ頑張れ」


 係の生徒はそう言って諦めた様に軽いため息を付いた後、落ち着いた声音で言う。


「なんかの奇跡でお前が無事勝てる事を祈ってるよ」


 そして、次の瞬間だった。


 暗かった視界が一気に明るくなった。


「……ここで戦うのか」


 視界に映るのは観客席。

 そして観客席からも赤坂が見えている筈だ。

 魔戦の競技場はドーム状となっており、観客席で取り囲まれた中心で競技を行う。

 約50メートル四方の戦闘エリアは高性能のホログラム映像で観客席に届けられ、一見すれば実際にそこで戦っている様にしか見えず、選手からも実際にそこで戦っている様に観客席の様子が見える。


(……結構人いるな)


 この一時間でどうもSNSで情報が広がったらしく、魔術科の生徒が普通科の生徒に決闘を申し込んで成立したと話題になっていたらしい。

 それで観客が多い。

 よく見れば何人かクラスメイトの姿も見える。

 今日は入学式でもう放課後になってから随分と時間が経っている事を考えると、これを見る為に態々とんぼ返りしてきた生徒もいそうだ。

 普通科の生徒。

 魔術科の生徒に関わらず。


(で、二人は……いたいた)


 観客席を探すと、大体この辺に居ますと事前に言われた通りの場所に小さく手を振る渚と不安そうな表情の美月が居た。

 後は渚の席から四席後ろに雪城先輩の姿もみえる。

 その不安そうな表情を見る限り、彼も赤坂を心配して見に来たようだ。


(……さて)


 そろそろ時間だ。

 これから戦うべき相手も現れる頃だろう。

 そう思った矢先だった。

 視界の先に中之条が現れる。

 ……とても悪い笑顔を浮かべて。


「よぉ、逃げなかったな。それだけは褒めてやる」


「……逃げる位なら最初から受けねえよこんな決闘」


「そうかよ。まあ互いに正々堂々やろうぜ……正々堂々な」


(正々堂々……ね。とてもそんな顔には見えねえけど)


 中之条の言葉に内心そう考えた所で、どうやら時間らしい。

 両者所定の位置に付くよう指示する機械的なアナウンスが聞こえ、互いが定位置。エリアの端まで足取りを向ける。


(……さあ、覚悟を決めろ)


 所定の位置について踵を返して、中之条を視界に捉える。

 此処から先、もう逃げることは許されない。

 ギブアップは対戦相手が認めた場合にのみ適用される。故に実質あってないようなもので。

 もう勝つしか。

 勝利条件である相手の意識を失わせる事を達成するしかない。


(勝つんだ。あの最低な野郎に)


 そして拳を構えた。

 目の前の男の顔面を殴り飛ばすイメージを浮かべながら。

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