第6話 引っ越し

 のどが渇いたので先ほどの喫茶店に向かいました。

 午後は長期戦になるかと思い、ポットで紅茶を注文しました。

 本当は冷たい飲み物が飲みたかったのですが。

 ポットの紅茶を半分以上飲んだ頃、浅井さんの姿が見えました。

 営業から帰ってきたところでしょうか。

 浅井さんはネクタイを少し緩めて、会社に入って行きました。

 浅井さんの部屋にいる私、仕事から帰ってきた浅井さんがネクタイをゆるめる場面を想像しました。

 もちろん、私の妄想です。


 今日は浅井さんのバンドのライブの日です。

 先日のスーツ姿と違い、私服の浅井さんです。いつもの浅井さんです。

 浅井さんの恋人の姿が見えません。今日は来ないのでしょうか。

 そう思っていたら、浅井さんのバンドの出演時間になったら現れました。まぁ、よくあることです。

 私は浅井さんのバンド以外も見ます。

 あと一歩、といったセンスの若いバンドがいました。

 けれども浅井さんのバンドにはかなわないと思いました。


 浅井さんはライブ前、緊張した面持おももちです。

 私は声をかけません、ぶんをわきまえているからです。

 そんな事を考えず、浅井さんを取り囲んでいる人たちが羨ましいです。



 ある日、小さな事件が起こりました。

 いつも通りライブハウスで愉しい時間を過ごしている時でした。

 酔っ払った菊池きくちくんが、私の胸にタッチをしました。

「それは駄目だろ!」

 と周りが菊池くんを止めました。

 夏は人を開放的な気分にさせるのでしょうか。

 浅井さんは本気で怒っているようでした。

 私は嬉しくなりました。でも安易な女と思われないような態度をとりました。

 菊池くんには「証言者が多数いる」と言い、けんせいしておきました。


 あんなに怒ってくれた浅井さん、私を大切に思ってくれているのでしょうか。

 私は浅井さんの家の近くに引っ越しました。

 今まで住んでいた場所より、家賃が高額です。

 引っ越し代と家賃のために、私はホステスのバイトを始めました。

 浅井さんが昔いたという夜の業界に、私も来ました。

 浅井さんと共通点が出来て嬉しいです。


 

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