第8話 思惑

 その場は豪華絢爛と呼ぶに相応しい空間だった。

 ルアーズ大陸を創造したと言われ、広く信仰されている女神を描いたアーチ型の高い天井。

 石造りの床と金銀が装飾された壁。太古の闘争を模した神々の彫刻が置かれ、百の高官が楽に入るくらいに広い。

 鮮やかな赤い絨毯が床一面に敷き詰められたここは、ガルナン王国王城内の玉座の間。

 この国を統べる者は、石段を上がった先の高い背もたれのある純金の椅子に足を組んで座っていた。

 侍従や女官、臣下に囲まれた彼は彫りの深い顔立ちに太い眉毛、そして坊主頭に剃りこみを入れ、青色のガウンに逞しい肉体を包んでいる。

 一目見ただけでは世の人々が想像する王には見えない奇抜な恰好に、不敵な笑みを浮かべる男の名前はハルバーン。傭兵団の長から一国の王へと成った、聖人台頭時代を象徴する人物だった。

 その異様ないで立ちの成りあがり王にべったりとくっついているのは、派手な装飾が施された白色のドレスを着た桃色髪の女だ。

 十代の少女にしか見えない肌質だが厚化粧を施しており、熟した女性の香りさえ醸し出している。

 妖しい彼女はハルバーン王の伴侶であった。周りの視線など気にせず身を寄せ合う二人を含めた全員が、ある者の報告を聞いていた。

 それが一段落ついた後、ハルバーン王がにんまりと笑う。


「確かなのだな。本物のエレナがいたのだと」

「ハッ。逸話通りの恐るべき聖遺物を使用しており隊は奴の手によりほぼ全滅。ダムド様も、殉職されました。そしてやっかいなことに他の聖人も従えていまして」


 兜を外して汗と血にまみれた渋面を出し、息も切れきれに作戦失敗の説明をしていたのは特務部隊所属騎士だった。命からがら逃げてきた彼の漆黒の鎧はほぼ全面が焼け焦げ破損しており、もはや使い物にならない。彼らが敗北した相手との戦闘の激しさを物語っている。


「ワタクシの言った通りでしょ、ハルバーン様。不老の魔女は言葉通り生きていて、今度はガルナンを攻めようとしてるって」


 ハルバーン王の肩へしなだれかかってきた女が、鼻にかかった甘い声で彼に囁く。


「やはり不老の魔女は俺の国に牙を向けると……流石は我が妃、お前のおかげで先手を打つことができそうだ」


 女の桃色の巻髪を愛おしそうに撫でながら、その名を呼んだ。


「なぁミルン。強く美しい俺の女よ」


 ミルンと呼ばれた伴侶は、妖艶な笑みを浮かべて頷く。


「えぇ。かの女を倒すことのできたならば大陸平定など容易いものですわよ、気高く勇敢なワタクシの愛する人、ハルバーン」


 爛々と光る大きな翡翠色の瞳でハルバーンを見つめるミルン。

 麝香の香水の匂いが傭兵王を酔わせる。

 ハルバーンは臣下に囲まれていることなど気にせず、ミルンを荒っぽく抱き寄せて囁き返す。


「あぁ。我らが覇道、共に選ばれし聖遺物によって成し遂げようぞ」

「えぇ。そうと決まれば早急にことを成さないと。もうその辺をうろついているかもですわ」

「だな。ヤスケールよ」


 促されて勢いよく立ち上がったハルバーンが名を呼んだのは、赤い絨毯の両脇に立つ臣下の内の一人――上半身にあますことなく幾何学模様の刺青が入った黒い肌の男だ。

 右耳には、聖遺物の幾何学模様をあしらったような形状の装身具型聖遺物をつけている。

 王に負けず劣らずの筋肉質で長身な彼は、精悍な顔をハルバーンに向けた。


「明日一番に第一隊を引き連れて経つぞ! 待ちかねた不老の魔女捜索だ」

「ハッ」


 ハルバーンは次いでヤスケールの隣に立つ、流水が如く透き通った空色髪の女性に声を掛ける。


「アンジェ!」


 宝石に似た明るい碧眼の彼女は、特務部隊生き残りの兵士の報告が始まる以前から、伏し目がちで浮かない様子だった。

 それでも王に名を呼ばれては無視はできない。

 凛々しく美しい顔を上げ、鋭い光りを放つ聡明な瞳を向ける。


「お前には留守を頼むぞ」


 ハルバーンが絶大な信頼を置くアンジェ。

 愛用の白銀の鎧を身に纏った彼女は片手を胸におき、ゆっくりと口を開いた。


「承知しました」


 感情のない声には疑問を持たず、忠誠の意を見せる自慢の忠臣らを眺めて満足げな表情を浮かべるハルバーン。首につけている輪の形状をした銀色の聖遺物が妖しく光る。

 慢心しきった彼は、後方から発せられた狂気の光が宿る眼差しにも気がつかない。


(ウフッ。長かった……本当に。エレナ、ついに見つけましたわよ)


 歪んだ笑みを浮かべるミルン。

 彼女の心中には永遠の愛を誓ったことになっているハルバーンの姿はなかった。

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