第9話 神様になる試験を受けていたら、いつの間にか時空転移しちゃってました
ユウの意識は覚醒した。
弾力ある柔らかい何かの上に頭を乗せていることを感じた彼女は、重い瞼をあける。
「うぅん、あれ...ここは」
視界に入ってきたのは、
「目覚めたのね」
心配そうにユウを見つめるエレナの顔と、星々の海だった。
聖人少女は目をぱちくりとさせ、絶景に感動するよりも状況の把握に勤める。
「どうなったんだっけ、あたし――ッてて」
言いながら起きようとした途端に頭痛に苛まれ、頭を押さえるユウ。
「無理はしないで。昨日からの疲れがまだ残ってるだろうから」
優しい口調で促されてユウは頭を戻し、倒れる前の出来事を少しずつ思い出した。
「みたいだね、もう夜か。もしかして...あれからずっとこうしてくれたの」
エレナに膝枕されていたのだと、やっと認識したユウ。
不老の女傭兵は首肯した。
「流石に場所は変えたけどね、あなたを背負って結構な距離を歩いてきたのよ」
「は!? あたしをおぶったままあの森を抜けるって、エレナさん凄すぎるし...やっぱり優しいや」
ユウが知る女性の限界を越える力と体力に驚きつつも、顔が綻ぶ。
感謝の言葉に慣れないエレナは羞恥で頬を赤くしながら、顔をそらした。
「うぅ、その優しいって禁止」
「でもありがとうだよ。それだけは言わせて」
「もういいってば...あ、そうだ。ユウ、あなたに聞きたいことがあったのよ」
わざとらしく話題を反らしたエレナにユウはキョトンとしながら、その引き込まれそうな深い瞳を見つめた。
「聞きたいこと?」
「えぇ。あなたは...その剣ともう一つの聖遺物をいつから持ってるの?」
真剣な声色での問いに、ユウは正直に答える。
「父さんから継承してもらったんだ。あたしの一族では爺さんが初めてコクーンを見つけて、それを父さんに継承して。それで今度は父さんがスピカまで見つけて。それでまたあたしにって感じでさ」
「成る程、あなたはそういう経緯だったのね」
継承――聖遺物の所有権を他人に移す行為。
聖遺物を手にした者は誰だろうが入手した瞬間、手順が頭の中に生まれる。
まるで幼き頃から習慣化した行動をそのまま覚えているように。
「うん。こう見えてもあたし、騎士なんだよ。普通は見習いの歳だけど、あたしは聖遺物を持つ聖人になったんだから特別にね」
自身の情報を明かしながら、ゆっくりと立ち上がるユウ。
次いで鎧の胸部左側にワンポイントで入った紋章をエレナに見せるものの、彼女は特に興味を持たず切れ長の瞳を更に鋭くした。
「そう。ならユウ、あなたはソレを持つという覚悟は当然出来ているのよね」
問いただされ、言葉に詰まるユウ。
彼女が何故いきなりそんなことを聞いてきたのか、そして聖人としての自身の心持ちも深く考えたことなどなかった。
「聖遺物をもつ覚悟、か...」
「曖昧なのね。それを持っている限り、誰と構わず襲われることになるのよ」
「それは、その通りだ」
旅の道中の戦いや初めての死闘を思いだしてユウは俯く。
自身が聖人である限り、終わりのない襲撃が続くのだ。
「昨日、あなたはわたしがいなかったら殺されて、あなた達人間が聖遺物と呼んでいるソレをはぎとられていたでしょうね」
「うぐぐ」
エレナも次いで立ち上がり、厳しく指摘する。
反論の余地もないユウは、ばつの悪そうに視線を反らした。
虫の鳴き声と囁くような風の音だけが空間を支配する。
エレナがはぁと落胆の息を吐きながら、手を差し出した。
「悪いことは言わないわ。ソレを持つ覚悟がなかったら、父親にしてもらったみたいにわたしへ継承なさい」
実力者からの非常な没収宣告。
柔和な様相から、いきなり厳しい態度をとるエレナの変化にユウは戸惑う。
しかし彼女の言葉は現実的だった。どうしたらいいものかと、迷いの感情がこもった声を出す。
「それは・・・」
一瞬考えた後、勇気を出して口を開いた。
「ゴメン、それはできない。未熟なのは認める。でも聖遺物を一族以外の誰かにあげることは考えられないよ」
「そう。まぁ強制してるワケじゃないから、あなたの好きにすればいいわ」
言いながらも腕組みをしながらぷい、と頬を膨らませるエレナ。
ユウは彼女が本気で怒りを露にしていないことへ胸を撫で下ろした後、最大の疑問をぶつけようと、意を決して声を出した。
「エレナさん。あたしからも質問なんだけど」
「なによ」
「あなたは人間ってあたし達のことを言うけれど、あなたは...あたし達と違うの?」
「そうよ」
エレナは言い淀む様子もなく答える。
ユウは彼女に対しての好奇心よりも畏敬の念が強まるのを感じつつ、次なる質問を投げた。
「まさか本当なの。じゃあ、不老っていうのは」
「本当よ。わたしは歳をとらない」
嘘と感じられないまでに真っ直ぐな回答。
自分は今、何者と話しているのだと戸惑いつつも、ユウは浮世離れしたエレナの美しい顔を見つめながら、震える唇を動かした。
「き、君は一体」
「ユウ。あなた、エリアル創世記っていうお話は知ってるわよね」
遮られて逆に問われたユウだが、反射的に答えた。
「知ってる、というかルアーズ大陸に生きる者で知らない人はいないよ。エリアルが作った大陸に天から降りてきた光と闇の勢力が、支給された神々の武器を使って世界の管理者となるべく戦う試験のことだ。勝った方が戦いを見張ってる審判の神様の使いから洗礼の儀を受けるって」
正解、とエレナが満足気に頷いた。
「その通り。聖人とやらになった人間が神々の墓に刻まれている文字を移して作ったもの。内容は途中で有耶無耶に終わってるけど実際はね、試験は未だに続いているの」
「な、なんだって!?」
ユウは耳を疑ったがエレナが真実を言っているのは、表情を見ればわかった。
腰を抜かしそうになるまで衝撃を受けているユウに、エレナは更に自身の秘密を明かす。
「えぇ。わたしはね、その参加者で光の者なのよ」
「はぁ!? ちょっと待ってよ。そ、そんなことが」
壮大な自己紹介にもはや唖然としかけたものの、真剣な顔つきのエレナを前にして信じないという選択肢はユウの中にはなかった。
一呼吸置き、これは真実の話なのだとなんとか受け入れたユウは、興奮で高鳴ってきた胸を押さえながら聞いた。
「でも、でもさ! だとしたらなんで戦いは終わってないの」
エレナが渋面になって説明する。
「それがわからない。闇の連中との戦いの最中に何かが起こったことは確かでしょうけど、それが思い出せないのよ。気付いたらわたしは支給されてた武器を持ったまま、この大陸のどこだかわからない渓谷で寝てたわ」
「寝てたって...」
間抜けよね、と自嘲してがくっと肩を落とすエレナ。
込み入った事情であると認識したユウだが、更なる疑問が生まれる。
「ねぇ、エレナ」
「お次は何よ」
「世界が定まる前から、百年近く前のとある場所に君が時代を越えてきたと考えて、それなら敵である闇の勢力も同じくこの時代にいるってことになるよね!?」
言いながら冷や汗をかくユウ。
残虐非道、傍若無人、冷酷無比。エリアル創世記に描かれた彼らの特徴はまさに悪人そのもの。
懸念事項を聞かれたエレナは気を取り直して顔あげると、
「とっくに目覚めてるハズ。傭兵として働いていたのは、戦っていたらどこかで奴らの生き残りを見つけれると思ったからよ。けど、探せど出で来るのは盗った支給品を使って神気取りの人間ばかりで、本物はどこにもいないからどうしようか困ってたけど」
闇勢力の現状と自身のこれまでの行動を語った。
息を飲むユウ。壮大な歴史の真実についていこうと聖人少女も必死に頭を働かせる。
(神々の墓に書いてある文字は確かに途中で終わってるけど、まさか現実に起こったことで試験そのものが終わってないなんて)
月光に照らされた自身の聖遺物をまじまじと眺めるユウ。
彼女の一族が使用する前のコクーンとスピカの持ち主は、どちらとも光の勢力の者だったと父から聞いたことを思い出していた。
(でも聖遺物や神々の墓が、そもそもいきなり100年前にぽんと現れたのがおかしいんだ)
まるで夢想家が考えたような兵器が何の前触れなく大陸に現れ、人々の価値観が全て一変したのだ。
生まれた頃から常識の一部となっていたので何の疑問も持たなかったが、成長するにつれ様々な事柄に疑問を持つようになるのとエレナとの出来事を得て、人々の歴史に突然入り込んできた超越武器はやはり異常なものだとユウは再認識した。
「このルアーズと名つけられた大陸を見回ったけど、わたしが戦っていた大地であることは間違いないわ。ワケわかんない、審判はちゃんと仕事してんのって感じ。もう天から見捨てられてるのかもね」
お手上げよ、とエレナが肩をすくめた。
そしてユウはここまでの話を頭の中で整理していた途中で、あることに気がついてハッと息を呑んだ。
「エレナ」
「はいはい。質問なら何でもどうぞ」
「じゃあ先代の人達は、君ら参加者の墓を暴いて遺体を売りさばいたり、納められた武器を好き勝手使って神様のフリしたり戦争を起こしてるってことなの」
「よーくわかってるじゃない。ご名答よ」
エレナが不機嫌そうに返した。
「なんてこった」
呆然としかけるユウ。
神に近い存在の墓荒らしを人間達が大陸全土で行ってきたとは、なんとも罰当たりな話だった。
「試験運営元の神々側にも責任があるわ。本来は試験が終了した後、墓は地中深く封印されるハズ。それがどうしたことか試験が未完のまま人間が生きる時代になったこの世へ、無造作に晒されたんだから」
腕を組ながら怒り顔で不満を語ったエレナだが、その後に「これからホントにどうしようかしら」と消
え入りそうな声で嘆いた。
(まさかこんなバカデカい規模の話になるなんて。どうすればいいんだよ)
一方違う意味で今後どうしたものかと悩むユウ。
もはや彼女一人では処理しきれない事柄だ。
唸りながら考えた後、ある閃きが生まれた。
「そうだッ。エレナ、君の今後について提案があるんだけど」
「提案ですって?」
柳眉をひそめるエレナに対し、ユウが苦笑いをしながら言った。
「一緒にあたしの住んでいる国に来てほしいんだ。そこで今後の対策を立てない?」
「あなたの国で、ですって」
他力本願。
もはやユウ一人では手に終えない状況であるため、他の者、自身の国の者達に助けてもらうことしかできなかった。
「うん。これはわたしの意見。それにわたしの国の王様、国民も国教として、光の勢力を支持しているんだ」
「ほう」
興味み深げに話へ乗ってきたエレナ。
ユウは話続ける。
「この大陸では二つに分かれてる、といっても大多数の人が光勢力を崇めている。中には過激な思想として闇の勢力を崇めてる人もいる。でも、闇が納めると暗く破滅的な世界になってしまうんでしょ」
「その通りよ。わたしたちが管理する世界は世を中立的な流れにするけど、奴らが支配すると極端な破滅的世界になるわね」
「やっぱりか。それは阻止したい。だから国王に君のことを説明して、支援したいんだよ」
嘘偽りのない本心。
闇勢力が世界のどこか生きているなら、早急に手を打たなければならないのは明白。その対抗馬の光勢力の者と何の因果か、知り合って話しが出来る関係を構築出来た。
自国の王なら事情を話した上で考えに賛同してくれる確信もあったのだ。
(世界の命運を託して協力するなら、彼女しかないない)
伝え終えたユウは真剣な表情で返答を――
「その話、乗ったわ」
待つまでもなかった。 エレナは凛とした表情で即答した。
「早ッ!? い、いいの?」
迷いなく答えたエレナに対して、頓狂な声で聞き返したユウ。
穏やかな表情を見せてくれるようになったとはいえ、こうも簡単に承諾するとは思わなかったのだ。
「今のまま行動しても何も変わらないしどうしようか悩んでたから。それにユウ、あなただからその話を信じるのよ」
エレナがにこやかに言った。彼女もまた、本心での考えだった。
ユウが喜びの笑みを返す。
「信じてくれるんだね」
「えぇ、私の話も信じてくれたし。人間を信用するのはあなたが初めてだわ」
すっとエレナが右手を差し出した。
ユウは少し驚いた顔でエレナを見つめる。
「これは、握手かい?」
「えぇ。あなた達の世界でも親愛の証として手を握るのでしょう? わたし達もそうなの」
成る程ね、とユウも迷いなくその手を握った。
「うん! ありがとう。改めてこれからよろしくね、エレナ」
「えぇ。こちらこそよろしく、ユウ」
神の武器を使う人間の少女と光勢力の生き残りの女性との同盟が、人知れず生まれた。
風が囁く草原地帯。白く輝く満月のみが、彼女達を眺めていた。
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