第129話 大久保 キャロル の場合
神代 誠 元元帥の書斎。現在の元帥 アリーチェによって解放されたこの部屋には年明け間も無いにもかかわらず、多くの生徒や軍関係者で賑わっていった。軍鬼として世界に名を轟かせた 神代 誠 の残した資料を見たくない者など居ない。だが、その資料は凄まじい量で、壁一面に本が敷き詰められており、普通に読破するには一年あっても足りないと思われる。
ここのルールとして本は持ち出し禁止で、必ず元の場所に返す事が義務付けられていた。よってここで直接読む事しか出来ないようを監視する者が交代で見張りをしている徹底ぶりである。
部屋に設けられたテーブルの上でキャロルが凄まじい勢いで読破してゆく。気がつけば既に深夜、時間を忘れるほど読みふけっていた。
キャロルは一息つき休憩のため廊下へと出ると、真夜中の学校のコンクリートから染み出るような冷気がキャロルを包みこんだ。
「寒っ・・・」
ポケットから携帯電話を取り出す。すると、みんなから新年を祝うメッセージが届いていた。
キャロルは少し微笑み、そしておもむろに歩き出す。
白い息を吐きながら階段を駆け上がり、そして屋上の扉を開く。
あの日、ここであった戦闘。すべてはそこから始まった。あの時皆に助けられて、そうしてキャロルはあれから時折ここを訪れ、そしてあの時を思い出す。恐怖を、そして感謝を忘れないように。
キャロルは手に持った携帯を眺め、そしてひとつ大きく深呼吸をする。電話の履歴からほんの少し震える手でその名前を押した。
少しだけの自分へのごほうび。
少しの間コールが鳴り、そして電話を切ろうとしたキャロルに聞きなれた声が飛び込んでくる。
「キャロル!? おい!? もしもーし!」
「こんばんわ。守。明けましておめでとうございます」
「え? ああ、そうだな。明けましておめでとう。どうしたんだこんな夜中に、何かあったのか!?」
「別に。少し息抜きに学校の屋上に来てますの」
「俺も行く!」
「来ないでくださいまし。今何時と思ってますの?」
「・・・電話掛けてきた側の台詞かよ」
「文句ありまして? それより、千里はどうなってますの? メッセージもありませんでしたし、心配ですわ」
「千里は巫女姉が動いてくれているから安心していいと思う」
「なるほど・・・。心配ですが任せましょう。ところで守の訓練は順調ですの?」
「ああ・・・。毎日しごかれてる。けど・・・確実に強くなってるから驚くなよ?」
「当たり前ですわ」
キャロルは冷たいコンクリートの上に座り、そして床をなでた。そこはあの日、守が片腕を失い倒れていた場所だった。
「ねぇ守。」
「何だ?」
「・・・・・・何でもありませんわ。お休みなさいませ」
「ちょっ・・・」
そう言って一方的に電話を切る。再び掛けなおしてくる守の電話も取らず、「うるさい」の一言をメッセージで送った後、携帯の電源を切り、ひざを抱える。
部屋に戻ったキャロル。しかし部屋には誰もおらず、ただ本だけがこちらを見ている。基本黒の背表紙に時折赤は青、そして金色などさまざまな色が並ぶ。
その時、キャロルは気がつく。
「これはもしかして・・・いや、そうですわ!!!」
キャロルはある一冊の本を取り出す。その本はかつてキャロルが意見したあの本だった。
「間違いないですわ。この背表紙の配置はこれですわ! でしたら・・・」
キャロルは色の付いた本を順番に動かし、そして最後に棚の一番上にある金の背表紙を引き抜いた。
が、これといって何も起きなかった。キャロルは手に取った本をよく観察した。すると本の天といわれる部分の色が着色してあることに気が付く。キャロルは一瞬で理解した。先ほどの作戦の手順、その手順にページを並び替えれば良い。ただそれだけの事だったが、キャロルはページに手をかけたまま止まってしまう。
(ページを破って正しい手順に並べ直す。でも、それはこの本のページを破るという事。それがいけない事だと言う事は幼い子供にでも分かる。これが不正解の手順だった時、わたくしは・・・)
少しの間を挟んでキャロルはページを破り始める。そして次々と正しいと思われる位置へとページを挟み込んでいった。
すると破かれ、移動させた紙がまるで再生するかのように、そのページへと収まる。
「リカバリーペーパー!? 超再生を持つドラゴンの細胞を利用し作られた紙・・・本当に存在してるなんて・・・」
キャロルは驚きながらもその本を棚へと戻す。と、背表紙にゆっくりと文字がにじみ出てきた。
「オブザーバー? 監視者ですわね」
キャロルは部屋入り口の机に座る、監視者の前に立つ。
「申し訳ありません。金の一巻の事についてですが」
監視者は首をかしげる。
「なんだそれは。知らん。席へと戻れ。さもなくば、つまみ出すぞ」
「知らないとなると場所ですわね。・・・その席から移動して頂けますか?」
「嫌だと言ったらどすうるつもりだ」
「・・・実力行使で参ります」
キャロルは機械の腕を監視者へと向ける。
監視者はゆっくりと席を立ち、後ろへと下がる。
キャロルがその下を探ると、地下へと続く入り口を発見した。キャロルはそれを空け、下へと降りる階段に手をかけ、潜ってゆく。
一番下へと到着し、床に降り立つと部屋の全貌が露になる。とても地下とは思えない広い空間に、多くの武器が展示されていた。そして部屋の中心に座っていた二人の女子が立ち上がる。
『ようこそいらっしゃいました。部屋に残る勤勉さ。全体を見ることが出来る視野の広さ。規則に囚われない柔軟な思考。罰をも恐れない強い意志。そして上官であろうと堂々と意見を述べる信念。指揮官としての資質を認めます』
二人は瓜二つでおそらく双子だと推測される。
「私は赤目」
「私は鬼灯」
『ここの番人です』
「ここは・・・ただの武器の保管庫ではありませんわね・・・」
『ここは【神器】といわれる特別な武器の保管庫です。クラス5の龍鱗鉱を使った武器や、特殊な加護を受けた武器を保管しております』
「どれも素晴らしい武器ですわ」
『そう言ってもらえると彼らも喜びます』
双子が差す先には薄い霧が人型のような形を成し、ゆらゆらとうごめく。
『ものによっては神器の元使用者が残留思念として武器に憑依しております。とは言っても、殆どは新しい使い手に変わると上書きされてしまうほどの薄い思念ですが・・・』
「ここに通されたという事は武器を頂けますの?」
『ここに存在するものから一つだけお選び頂けます。存在しないものは現在使用中。もしくは紛失中でございます』
キャロルは部屋の中を歩き、展示されている武器を物色する。そうしながらキャロルは悩んでいた。この武器を誰の為に選ぶか。普通に考えればチームの内の誰かが使用するため。自分は戦闘員ではないのだから。しかし、考えてしまう。これほどの武器を自分で使えば戦えるのではないか・・・と。
その考えを打ち消すようにキャロルは自分の額をトントンと叩く。そして再び選考に入った。刀・槍・小手・鎧。ありとあらゆる至高の武器が揃っている。
(今武器が足りないのは、沙耶・剣のどちらか・・・。銃も刀もありますが・・・)
その時一つの武器がキャロルの目にとまる。
「・・・これを頂きますわ」
キャロルが手に取ったのは銃でも刀でもなく指輪だった。数ある武器の中でも唯一の指輪。中央には翡翠玉があしらわれていた。
『【
赤目と鬼灯は互いに鍵を一つづつ取り出し、をれを両側についた鍵穴に同時に差し込んだ。呪環を繋いでいた鎖は外れ、キャロルへと手渡される。
「ありがとうございます」
『ご健闘を』
赤目と鬼灯に見送られ、キャロルは階段を登って行った。
『あの若さでここに二番目にたどり着くなんて、彼女は優秀なのですね周先生』
いつの間にか赤目と鬼灯の後ろに周が立っていた。
「大久保キャロル。今の大久保元帥の妹君だからな。神代元帥から話は良く聞いていたさ。後継者候補が又現れたとな」
『周さんの方が経験も、そして実力も上だと思われますが、私達の目は曇っているのでしょうか?』
赤目の鬼灯はその赤い瞳を周へと向ける。
「澄んだ瞳など赤子のみよ。皆生きた分だけ曇っておる。肝心なのは曇ってるかもしれないと常に自覚する事。そうすれば少しだけ広い視野で世界を見る事が出来るはず。・・・しかしキャロル君は呪環を選んだか。あれは強力だぞ? だが使いこなせる者がいるかどうか・・・」
『周先生はなぜ【呪環】ではなく【国引ノ杖】を選んだのですか? 周さんなら呪環も使いこなせたはず・・・。正直国引ノ杖はそこまでの力は無いと思います・・・』
周はその言葉を聞き少し笑う。
「力だけがすべてではないぞ? それに私はもう二個目の神器だからな、良い神器はなるべく若い者が持つべきだ」
『さて・・・何人がここにたどり着きますかね・・・』
赤目と鬼灯は再び閉まった地下室の入り口を見上げる。
東京。高層ビルのひしめく大都会。その中でもひときわ高いビルの前に立つキャロル。
自動ドアをくぐり中へと入ったキャロルを見て、受付を担当している女性があわてて駆け寄ってくる。
「お嬢様・・・なぜここへ!? 社長から来てはいけないと言われているはずですよ!?」
「ごきげんよう。ジェニファー。勿論お父様に会いに来てはいけないとは言われてますわ。でも今回は商談に参りましたの。繋いで頂けます?」
「なるほど・・・でしたらこのジェニファーにお任せを!」
フロントに戻ってなにやら電話をするジェニファー。
受話器を置いたジェニファーはキャロルに向かって震える手で親指を立てる。
「お・・・OKです!」
「ありがとうジェニファー。今度、久しぶりに食事でもしましょう」
「は・・はい!!!」
キャロルはエレベーターに乗り込み、高い高いビルを登っていく。そしてついにエレベーターが止まり、キャロルは降り立つ。実はここが最上階では無く、上はまだあるが、ここからは高度セキュリティの社長専用エレベーターを使わなければ屋上へは到達出来ない仕組みになっている。
その社長専用エレベーターが下りてき、ドアが開く。
大久保 英斗は一人でキャロルの元まで歩いて来、そして突然キャロルに抱きつこうとした。が、キャロルはそれをひらりと交わす。
「お父様。遊びに来たわけではありませんわ。商談ですわよ商談」
「会社には来るなと言ってあるだろう!!?」
怒っているつもりだろうが、口元がにやけている。社長の威厳もかわいい娘の前では形無しだった。
「まぁ座れ。商談なんだろう? 一体何を見せてくれるんだ?」
キャロルは部屋中央にあるソファーに座り、自分の左腕を出す。守に食われ、機械の義手となった左腕。その左腕をカバーを外すと中にはレプリカコアが埋め込まれてあった。
「レプリカコアを接続したのか!? つまり・・・人間の神経とレプリカコアの接続という訳か・・・。」
「はい。ですが、これは義手に使用する為の技術ではなく、今後人が中に搭乗して戦うロボット型兵器のなどで応用が利くのでは無いかと思いますの。この技術、お父様ならいくら出して下さいます?」
英斗は眉を顰める。
「・・・いや、要らないな。買えない。その技術は既に実用化に近い段階にまで進んでいる」
「!?・・・そうですか・・・」
キャロルは肩を落とす。
「しかし、なぜ商談を? お金が要るのか?」
「ええ・・。皆のスーツを新調して差し上げたいのですが、それには資金が足りませんの。向こうへ行ったとき、少しでも生存率を上げるために、どうしても必要ですの」
「なるほど・・・。それで自分で稼ごうと・・・。しかしそうだな・・・その技術を他社に売られても困るしな・・・。そうだ! 丁度 田中 中将と卓雄君に頼まれていた事があったんだ。それを手伝ってくれるかい? 勿論報酬としてスーツは要望通りの仕様で用意するし、キャロルにとってもいい勉強になると思うんだ。彼らは超一流だからね。むしろ向こうのほうがキャロルに興味があるようだったから、たぶん了承してくれるはずだ」
「よろしくお願いしますわ」
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