第128話 黒田 守 の場合

守の家近くにある軍の施設で優香と組み手をしている守。

少しづつ、優香の動きについていけるようになったものの、やはりまだかなりの実力差を感じる。

その組み手をミリアムとルナが退屈そうに眺めていた。


「お前らな・・・つまらないなら自分の檻に戻っててもいいんだぞ。」


「うるさい。黙って殴られてろ。ヘタクソ」


「何だと!? おい、ミリアム相手しろ!!!」


ミリアムは顰め面でゆっくり立ち上がり、尻尾で地面を打ち鳴らす。


「待ちなさい守。戦闘は許可できません」


「だって優香姉・・・」


「いいだろ? こっちも牢屋の中で体が鈍ってるんだ」


そう言うミリアムの体の腹筋は引き締まり、体全体が女性とは思えないほど筋肉質だった。

牢屋の中でやることな無く、日課としている筋トレの効果なのだろう。


「それに、ドラゴンの力の使い方、知りたくはないか?」


「ドラゴンの力・・・?」


「貴様の戦闘を見てよく分かった。貴様は我々の力を使いこなしてはいない」


「どういう事だよ」


「貴様はドラゴンの力を無駄に使ってる。実際貴様はドラゴンに戻る事で力を引き出しているを思っている。しかし、それは違う。考えてもみろ。貴様はこの国で言うところの特殊型で体の大きさが変化出来る。なのに何故ドラゴンに戻る必要がある。勿論、質量やパワーという点においては利点だが、コアの大きさ自体は変わらないんだぞ」


「でもどうやってドラゴンの力を鍛えるんだよ。コアや血なんか鍛えられないだろ」


「サイズを変えずドラゴンの力を出し続けろ。そして慣らしていけ。そうすればドラゴンの姿に戻った時に意識を失う事も無くなる。それが出来るようになったら、武器となる牙、角、爪など戦闘に使える部位を人の姿のまま意識的に取り出せ」


「・・・分かった。しかし・・・何で突然教えてくれる気になったんだ?」


「繁殖能力のあるドラゴンの雄が貴様しか残って居ないからな。背に腹は変えられん。貴様には死んでもらっては困る。だから生き残る術を身につけさせる」


「ちょ・・・ちょっと待ちなさい!!! 守に何させるつもりなの!?」


優香が顔を赤くし守とミリアムの間に割ってはいる。


「守には子供をたくさん孕ませてもらう。この俺もそこのルナもな。種の存続は生物の本質だろうが」


「そんな!!! ダメに決まってるじゃない!!!」


「何が駄目だ? 守と俺、そしてそこのルナもいわゆる兄弟だ。相手がいなけりゃ兄弟だろうと関係などない」


「それはそうだけど・・・」


「落ち着いて、優香。言葉に惑わされないで」


巫女が歩み寄る。


「守。ミリアムからの指導、受けてみる?」


「強くなれるのなら何でもやるよ」


「そう。ならミリアムお願い出来るかしら? 特別に頼んでこの施設で運動させてやってあげてるのだからそのくらいはして貰わないとね。まぁ、おかしな真似したらその時はその時ですけどね」


「フン。勘違いするな守を鍛えるのはあくまでこちらの目的のためだ」


その日の夜、食事を取った守達はミリアムとルナを牢屋へ戻し、食後のコーヒーを飲んでいた。


「所で守。武活の皆どうしてます? 顧問を外されてしまったので気になって・・・」


「ああ。皆それぞれのやり方で訓練するんだってさ。トーナメントに出るからな」


「私は反対なんだけどね参加には・・・。まぁどちらにしても守は参加確定しているんですが・・・。ただ、守だけなら主力軍に組み込まれるでしょうが、万が一勝ち残ってしまったらそのチームで出撃ですので・・・」


「皆強いから大丈夫だよ」


「それでも軍の一級線には及びません。それに経験が圧倒的に浅すぎます。ですよね巫女姉」


巫女は手に持ったコーヒーをテーブルに置く。


「そうね。向こうでは一瞬の隙が命取りになるわ。数え切れないほどのクラス5が、そして人型が攻めてくる。それに加えてこちらの戦力は減る一方。進むとなれば傷付きながら失いながら、それでも進む事になる。それは・・・辛くて悲しい事。それでも動揺しない、実力があるのは最早当たり前。それよりも重要なのは例え自分の番が来たとしても、一切取り乱さない精神の強さ、その強さが私には足りなかった・・・。」


巫女は眉をしかめる。


「ご・・・ごめん巫女姉・・・。その点、Eチームの皆で一番心配なのは千里ちゃんね。彼女も参加するのかしら?」


「参加するかは分からないけど一応修行してるみたいだぜ。えっと・・・どこだったかな。確か北海道に行くっつってたな・・・。携帯に履歴あると思うから確認してみる」


守は携帯を取り出し、トークを開く。


「あったあった。えっと・・・相手の名前は 仲真 月照げっしょう・・・だっけ」


突然 巫女が立ち上がり、その衝撃でテーブルのコーヒーが床へと落ち、音を立て砕ける。

普段冷静な巫女のその動揺ぶりから見て知っている人物のようだ。


「仲真って・・・あの!? そんなまさか!? 彼女は死んだはず・・・」


「ちょっと落ち着きなさい」


床に落ちたコーヒーを拭きながら瑞穂が巫女を落ち着かせる。


「だって母さんも知ってるでしょ!?」


「ええ。もちろん。でもとりあえず落ち着いてくれる?」


巫女はゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「で、誰なんだよその仲真っていう人、死んだ?どういう事だ」


「仲真 元 元帥。といっても50年以上前の事だけどね。京都大災厄の時の元帥だった事も有名な話よ。 通称 【始まりの魔術師】 この国の魔術を飛躍的に発展させた功労者で、この人が居たから今の魔術があるとまで言い切れるほどの人物。日本だけでなく世界的に有名な人。【固定版ロック】【反射板リフレクト】【潤滑板スリップ】やその他多くの魔術を開発した、正真正銘の超天才。それが 仲真 月照」


「すげぇ・・・。でも死んじゃってるんだろ?」


その答えに巫女はをしかめる。


「ええ。そのはず・・・」


「どういう意味だよ。」


「元帥の役を終え、一教員として特戦校に勤めていた彼女が、ある日彼女が死んだという報道がなされた。でも、状況が不可解すぎた。彼女が死んだ時、彼女はある生徒の手術を無断で行っていたの。それまではいいわ。でもその手術を一緒に行っていたのはあの【神の手】の異名を持つ 森 つかぬ


「どこかで聞いた事あるような・・・」


「守・・・貴方ちゃんと授業受けてるの? 将校の名前の把握は必須教科のはずだけど? まったく・・・誰に教わっているのやら」


横でばつの悪そうに目を背ける優香。


「分かりやすく言うと咲に医学の全てを教えた人物よで、あの咲が唯一恐れる人物」


「あの咲さんが!?」


「ええ。それはともかく、死体すら蘇生させられると言われる彼が隣に居ながら死んだ。この話は元上官で、今は総理の専属医として勤めるマリさんから聞いたの。その生徒とマリさんは同級生で、そして共に仲真先生の弟子入りしていた親友だったらしいから・・・。でもマリさんはそれ以上語ってくれなかった。いや、語れなかったんだと思う。何かを隠しているみたいだったもの」


「まってくれ巫女姉。今までの話でその真仲って人が危険って事はなさそうだけど」


「この話には続きがあってね。その生徒はその後時折、まるで別の人格が出現するようになったらしいの。その人格はまるで仲真さんそのもの・・・。そしてある噂が流れ始めた。仲真はその生徒の体を乗っ取ったのではないか・・・と」


「ちょっと待てって・・・乗っ取り!? 洗脳とかは聞いた事はある、でも乗っ取りなんて事現実に出来るのかよ!?」


「出来ない・・・。とは言い切れない。不可能を可能にしてしまうかもしれない、それ程の実力が彼女にはあったの。しかしこれは明らかに重罪。でも考えのよっては意識の転移は奇跡の魔術。倫理にさえ触れなければ永遠の命に等しい。公になればいくら軍を追放されたところで引く手数多。軍としても、色々な問題を孕む事となる。だから神代元帥と当人の間で何かしらの交渉があったのでは。と、当時噂されていたわ。あくまで噂なんだけど、実際その生徒はその後無期限の休職をし、消息を絶った」


「つまり、もしかしたら千里が乗っ取られる可能性があるって事かよ!? ふざけんな!!!」


守は立ち上がり、怒りを顕にする。


「守。落ち着いて。そして巫女、何も知らず憶測でものを言わないの」


瑞穂は守を落ち着かせ座らせた。


「昔私も仲真先生から教わった事があるの。口は悪いけど、決して理由無くそのような事はしない。そんな人だったわ」


「母さん・・・。確かに私はその人の事を知らない。だから確かめてくる。この目で」


「俺も行く!千里が心配だ」


「駄目よ。この件は私に任して、守は修行を続けなさい」


「何でだ!!! 千里が危ないかもしれないんだぞ!? じっとしてられるか!」


「ここから多くの戦力を割く訳にはいかない。それに、もし真仲さんと間違って戦闘になってしまった場合、私は守るを庇いながら戦えない。お願い、わかって」


「あ・・・足手まといって事かよ・・・」


巫女は複雑そうな顔をしながら瑞穂の方を向く。


「母さん、私と仲真さんどっちが強いと思う?」


「本来の実力で互角。だけど、その生徒を乗っ取っているんなら勝ち目7:3で負けって所ね。その生徒、私の知っている限りでは魔力は千里ちゃんと同等レベル。ちなみに守が参加すると8:2で負けと見てるわ」


「と、いう訳よ守。この件は私に任せてくれないかしら。」


守は歯を食いしばり、巫女に頭を下げた。


「ごめん。千里を・・・頼む・・・!」


「任されたわ」



その日夜、学校の廊下を歩く巫女は咲のいる部屋で歩みを止めた。

ノックをするも返事は無い。


巫女はため息をつき、ドアを無理やり勢い良くこじ開けた。

部屋の中では咲が机に肘をつき入ってきた巫女を睨みつける。


「オイオイ、巫女てめぇここのセキュリティ舐めてんな。何堂々と侵入してやがんだ」


「咲。仲真さん、生きてるの? だとしたら何故千里ちゃんを行かせたの? 答えて」


巫女は真顔だが、親友の咲だからこそ分かる、いつもとは違う圧がこめられていた。


「それが最善だと判断した」


「説明して」


険悪なムードのまま沈黙が流れる。


「沈黙が答えね、分かった。なら私が北海道に行って探す。場所は大体分かってる。そこまで行けば何か分かるはず」


「てめぇ立場分かってんのか? 自由に動ける訳ねぇだろうが、人型共の見張りはどうする? 任務を放棄するっつーんなら拘束すんぞコラ」


「やってみる?」


咲は舌打ちをし、再び肘をつく。


「しねぇよ、だが勘違いすんな、できねぇ訳じゃねぇ」


咲はそう言って一枚の紙を巫女に投げる。


「行け、話せば分かるはずだ。留守番はしといてやる。それでこの前のはチャラだ」


「まだ気にしてたの? 相変わらず気にしいなんだから。気が強そうに見えて繊細なのよね」


「うるせぇ!」



次の日、守は突然胸倉を摑まれ目を覚ます。寝ぼけ眼を開くと目の前には咲の顔があった。


「咲さん!?」


「起きろ守。いつまで寝てんだコラ、てめぇいつでもフカフカスヤスヤ寝れると思ってんのか? 短眠の訓練もしとけ」


起き上がった守は千里の事を思い出す。


「そういえば咲さん!!! 何故千里を危険な人の所へ向かわせたんですか!?」


守は咲に詰め寄る。


「危険? てめぇが仲真の何を知ってやがる。憶測で非難してんじゃねぇよ。確かにババァは間違ったが狂っちゃいねぇ」


「大丈夫なんですね!?」


「多分な」


「多分!?」


「何事にもイレギュラーはある。確証なんかこの世にはねぇんだよ。当たり前っつーのは突然崩れ去る。元にてめぇの朝飯はこの俺様が全部食っちまった。気まぐれで当たり前は狂うんだよ。戦闘でも一緒だ覚えとけ。朝飯は授業料だ」


咲はそう言って2階にある守の部屋から1階のリビングへと降りていった。


すると先ほど全部平らげた朝食が再び、何事も無かったかのように用意されていた。


「あるじゃないですか」


「・・・イレギュラーは皆公平に訪れるっつーこったよ」


瑞穂はニコリと微笑んだ。


直食後即座に訓練に入る守。それをミリアムとルナ。そして咲、優香が見守る。


「おい守てめぇやる気あんのか!? あぁん!? 腑抜けた訓練やってっと置いていかれっぞコラァ!!! 殺す気でやれ! つーか殺せ!」


「分かってますよ!!! くそっ!!! ミリアムもう一回頼む!」


一通りの訓練をこなした守はボロボロになりながら天井を見上げる。

そこに咲が座り込み、そして守の額に指をトンッと置く。


するとみるみる傷が回復し疲労も吹き飛んでいく。


「あ・・・ありがとうございます」


「立て。訓練を再開しろ」


「ええっ!? もう!?」


「甘えんな。マジで置いてかれっぞ。言っとくがてめぇが一番成長速度がおせぇ。ドラゴンの力が無けりゃてめぇに何が出来るか考えてみろ。そしたらわかるだろ。やれ」


そう言って咲は守を蹴り飛ばす。


(そうだった、ついこの前実力不足に泣いたばっかりだった・・・甘えんな俺!!!)


「やります!よろしくお願いします!」


「ケッ。ようやく理解しやがったか、安心しやがれ、俺は巫女が帰ってくるまでてめぇの家に泊まる、その間みっちりしごいてやる。覚悟しやがれ」


「泊まる?家に?部屋は?」


「巫女の部屋だ。つまりテメーの隣だ。喜べ」


「俺今日からリビングで寝ます」


「んだとコラァ!!! もういい、我慢ならねぇ今日から昼夜問わず特訓してやるから覚悟しやがれ!!!睡眠回路ぶっ壊してなぁ!!!」


「マジかよ!?」


守の訓練は咲の参加でますます厳しさを増す。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る