第127話 円城寺 千里 の場合
大きな荷物を抱えた千里が、一枚の紙を手に飛行機を待っていた。
(北海道なんて始めて行くよ・・・。咲さんの知り合いってどんな人だろう・・・?)
千里は飛行機に乗り込み飛び立つ。少しずつ小さくなる町並み。
(朝ちゃん・・・みんな・・・修行頑張ってるかな・・・。元気にしてるといいな)
北海道 旭川空港の到着した千里を、元生徒会長で現在北海道支部に所属している 氷雪 旋風 が出迎えに来てくれていた。
「お・・・お久しぶりです 旋風さん!」
「やぁ。元気にしてたかい。私も会えて嬉しいよ。前回東京を訪れた時以来だな」
握手を交し、歩き始める2人。
空港を出ると辺り一面雪に覆われており、普段あまり雪を見ることの無い千里は目を輝かせ雪の上を歩き回る。
「あはは。東京から来るとこの雪が楽しいものだな。ここに住むとそういいものじゃないと思うことも多いが。さ、目的の場所を教えてくれ」
はしゃいでいた千里は少し恥ずかしそうに、咲から貰った紙を旋風の手渡す。
その手紙には場所と相手の名前が記載されていた。
「む。ここか。私も行った事は無い所だな。道がある所までは車で行き、そこからは歩くとするか」
「よ・・・よろしくお願いします」
「しかし、この相手の
旋風の車に乗り込み目的地へと向かう。
車は除々に山の中へと入り込んでいく。舗装されている道も無くなり、砂利道を進む。途中熊出没注意などの物騒な看板が時折目に入り、千里は少しずつ不安を覚え始めた。
「ここから歩こうか」
山の中、道無き道を進む。目的地に近づくにつれ、雪は次第に吹雪になり視界は悪くなる。
「このままじゃたどり着けそうにないな。よし。雪わらし。」
周りの雪が、風が、2人を避けていく。
「あ、ありがとうざいます」
「はは。任せてくれ。ここは私の得意分野だ」
さらに山奥へ進むと、半分雪に埋まったレンガ造りの小さな家が現れた。高い所に設けられた窓には明かりが灯っており、煙突からは白い煙が昇る。雪に埋もれて入り口が分からないため、雪に登り窓をノックした。
すると手だけが見え、その手は上を指差していた。
「上に入り口があるらしい」
「上?」
「雪国は高い所に入り口が設けられている場合があるんだ。積もったら入れないからな」
近くに梯子を見つけそれを登り、中へ入る。
中は暖かく、下に降りると目的の人であろう、人物が待ち構えていた。その人物は若く、20代中頃の年齢に見える。
「あ・・・あの・・・! 始めまして! 咲さんからの紹介で参りました・・・!」
その名前を聞いた瞬間その女性の顔色が変わる。
「なぁにぃ~!? 遭難者じゃないのかい!? それじゃあ出て行きな!!!」
「ひっ!!!」
凄まじい剣幕に怯える千里の前に旋風が立つ。
「神代 咲 大将よりの紹介です。どうか脅かさず話を聞いてやってはくれませんか?」
「カーーー! あの小娘の言う事を何でこの私が聞かなきゃなんないんだい!?」
「どうか、よろしくお願いします」
旋風が頭を下げ、それに合わせて千里も続く。
「ッチ。しかし勘違いするんじゃないよ。咲でもあんた達でもない。私は誠の顔を立てるだけだ。分かった。その小娘は私が預かった。用があるのはその小娘だけなんだろ? アンタは消えな」
「よろしくお願いします。そういう事だから。じゃあな千里」
旋風はもう一度頭を下げ、入ってきた天井付近のドアから外へと出て行った。
2人きりになった千里は思い出したかのように、咲から預かってきた手紙渡す。
その手紙を受け取り、目を通した仲真はニヤリと笑い、その手紙を握りつぶした。
「なるほどなるほど。咲め、相変わらずだね」
仲真は品定めするかのように千里をジロジロと舐めるように見ながら千里の回りをくるくると回る。
「な・・・なんですか・・・?」
「いや、いい体をしてるねぇ。魔力も相当量ある。使えるねぇこれは・・・使えるねぇ」
「て・・・手紙には何て書いてあったんですか・・・?」
「たいした事じゃないよ。この修行でもしもの事があったらアンタの体を貰っていいんだとさ」
「えっ・・・ーーー?」
仲真が千里に触れた瞬間、千里は意識を失い、その場へ倒れこんだ。
「さて、あんたは生き残れるかねぇ・・・」
千里が目を覚ますと、そこは外の吹雪の中だった。
周りを見渡すも当りには木と雪しか目に入らない。千里近くにはなにやら箱が一つ置いてあり、それを開けるとナイフと一枚の紙。一冊の本とコアが置いてあった。
その一枚の紙には「生き残れ。本とナイフを使ってな。コアはサービスだ。しかし、そのコアはレプリカコアの数分の一程度しか効力は無い初期型だがな」とだけ綴ってあった。
千里は慌ててコアを握り魔力を流すと体が温かくなり、周りの雪が解けるも、すぐに吹雪にかき消されてしまう。
「そんな・・・力が出ない・・・!」
不安になる千里だったが、僅かに取れた暖が頭を冷静にさせた。
「落ち着いて私・・・! しばらくこれで暖が取れるはず・・・。魔力を無駄にしないで周りの状況。使える物を探さないと・・・」
千里は同じく入っていた本を取り出し開く。その瞬間千里の顔からは血の気が引いた。そして吐き気を感じ口を手で押さえる。
その本には動物の捌き方、食べ方が丁寧に描かれていたのだ。
「そんな・・・もしかして動物を狩って生き延びろって事・・・!? 出来ないよそんな事・・・! とにかくここにいても始まらない・・・。風の避けられる所へ向かわないと・・・。」
千里は立ち上がり雪の中を歩き出す。
その様子を先ほどの小屋でコーヒーを飲みながら、その様子を遠隔魔術で監視する仲真。
「・・・見かけによらず賢いようだね。焦らず冷静に行動出来てる。まぁあの咲が紹介して来たんだ。まったくの素人じゃないはずだ」
「咲はああ見えて面倒見がいいですからね。でも、本当に死んでしまいますよ、あのままじゃ」
「そん時は・・・そん時だよ」
仲真は誰かと話しているようだったが小屋に他の人は誰も居なかった。
千里は近くにあった岩場に身を隠し、凍るように冷たい風から何とか逃れる事が出来た。
が、凍えるような寒さには変わりなく、コアを使って発熱し何とか耐え忍んだ。
次の日の朝。千里が目を覚ますと吹雪は収まっており、周りは一面真っ白な雪。その雪の上を真っ白なウサギがぴょんぴょんと跳ねていた。
「ウサギさん!? 可愛い・・・!」
捕まえようと近づくも野性のウサギは逃げ出してしまう。そして次の瞬間、突然現れた狐がそのウサギを捕らえ、そのまま咥えて走り去って行った。一瞬の出来事に千里は固まってしまう。
多分、いや確実に死んだ。あの一瞬であの可愛いうさぎの一生が終わってしまった。そう考えると千里の胸が痛くなり目から涙がこぼれる。
「・・・帰りたい・・・。もう嫌だこんな所・・・」
千里は泣きながら山の中を歩き出した。
しかし、いけどもいけども一面の雪と木が続くだけで人里に近づいている気がしない。もしかしたらもっと山奥に進んでるのかもしれない。次第にのどが渇き足元にある雪を口に運ぶ。
「おいしくない・・・。そうだ。暖めて水にすれば・・・!」
千里は救い上げた雪に熱を加え溶かし、飲む。そどの渇きは癒せたが今度は、空腹で腹が鳴る。
「何か食べ物を・・・」
回りを見渡すも当然都合よく食べ物など落ちては居ない。そして千里の脳裏には先ほどのうさぎ、そして本の内容が思い出される。
「食べる・・・あの可愛いうさぎちゃんを・・・? そんなの出来ないよ・・・」
しかし、腹は正直に音を鳴らす。もう丸一日以上も食事を取っておらず、一日三食たべていた千里の空腹はもう限界に近くなっていた。千里はナイフを取り出し近くの木を削り口へと入れてみる。
だが、いくら空腹とはいえ体がこれは食べ物でないと拒否をする。飲み込む事が出来ないのだ。
千里は仕方なくそれを吐き出し、再び座り込んだ。
「・・・死にたくないよう・・・」
うずくまって涙を流していると目の前に、うさぎが一匹現れた。
「うさぎ・・・かわいいなぁ・・・。本当に食べられるのかなぁ・・・」
何となく鶏肉のようなものを想像してしまい、口の中に唾液が溢れる。
千里の空腹はもう限界に達していた。ここでエネルギーを補給しないと本当に死ぬ。
千里はゆっくりと右手をウサギの方に向け、そして凝縮された小さな火球を作り出す。そして・・・放つ。
火球は見事ウサギの頭に直撃に、その頭を弾き飛ばした。まわりには血が飛び散り残った胴体がピクピクと痙攣している。
撃った千里は震える手で口元を押さえた。その手に涙が伝う。
うさぎが自分が思っていたよりも軟らかく、当てるつもりも無かったのだが、想像を超える結果になってしまった。普段相手にしているドラゴンやコアを持った人間から見ればまるで豆腐のようだった。いや、おそらく一般人もこの程度の固さなのだろう。命の柔らかさに気がつき、その力に恐怖を怯えつつも今は目の前のうさぎへと駆け寄る。
頭部は吹き飛び、グロテスクな姿へと変わってしまった可愛いうさぎ。千里は後悔するがもう後の祭り。もう千里に出来る事は手を合わせる事だけであった。それがたとえ自己満足だと分かっていても。
千里は本を取り出し、震える手でナイフを構える。そしてまだ暖かいうさぎの体にナイフを入れ、本の通りに解体を始めた。
血で染まった手と肉を真っ白な雪で洗う。そして出来上がったのは肉の塊。
「これを焼かないと・・・なんだよね.薪・・・取ってこないと・・・」
千里は辺りの小枝を拾い集め、それに火をつける。が、初期型のレプリカコアは魔力の消費が著しく、先ほどの一撃に大量の魔力を使ってしまった千里ではわずかな火を作り出す事しかできず、湿った薪に火がつく事は無かった。
「どうしよう・・・火がつかない・・・。そうだ・・・!」
千里は突然服を脱ぎだし、着ていたシャツを薪にくべる。それに火をつけると勢い良く燃え始めた。
一口大に切った肉を枝に刺し、焼き始める。辺りには肉の焼けるいい臭いが漂い、それに呼応するように千里の腹が音を立てた。そして焼けたであろう、肉を口に恐る恐る放り込む。
「おいしい・・・おいしいよ・・・」
千里は泣きながら次々に肉を口に運んだ。
「もう大丈夫そうですね」
「あの子は死ぬ事、失う事にひどく怯えていた。それはつまり同じくらい生への執着でもあるのさ。そう簡単に生きることを諦めたりはしないよ」
「なるほど・・・。で、迎えに行きますか?」
「いや・・・まだ彼女は成長する。いずれ私の方位結界に気が付き自分で抜け出すだろうさ。それが出来たら次の修行さね」
「先生は相変わらず厳しいですね。それより・・・」
「分かってるよ。さて・・・次の客は誰かねぇ・・・」
仲真は椅子からゆっくりと立ち上がった。
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