第126話 源 朝 の場合

「で、何で私はこんな格好させられるんスか?」


訝しむ表情を見せる朝は巫女装束を身に纏っていた。


「朝、似合う!」


「似合う!」


その周りを朝の憑き神であるケンとコンが走り回る。

特に朝は表情を変えなかったが、普段着る事の無い格好が面白いのか、くるっと回ったり、部屋を少し歩き回たりしている。


「気に入って頂けたようですね」


「いや・・・あっはい」


「朝には今日からこの神社の巫女として奉仕して頂ます」


「具体的には何をすりゃいいんスか?」


「接客から清掃、神楽。そして・・・最終的には神事一切まで覚えて頂ますよ」


「えっ。冬休み中に?」


「はい。泊り込みで」


「えっ!? マジかよ!? 帰れねーんスか!?」


「親御さんには使いを出して了承を得ておりますので」


朝は大きなため息をつき頭を、抱えた。


「バイト代・・・出るんスよね」


「奉仕です」


「ブラックめ」


境内のお守りなどを販売する授与所では、朝がぎこちない笑顔で接客を行っていた。


「朝、もっと笑顔でー!」


「笑顔ー!」


ケンとコンが朝の周りを走り回るが朝はまるで居ないかのように無視をする。

いちいち反応していたら一般人からしたら「ヤバイ人」と思われてしまうかもしれない。

しかし、参拝者の中にはほんの一部だが、ケンとコンが見えているの人も現れる。見えているかどうかわざわざいたりはしないまでも、ケンとコンの方に視線を向け、微笑んでお辞儀をしたりする。そういう人の大半は年配の方だった。


日中は巫女として奉仕をし、夕方からは神楽やその他作法の勉強。そして最後、朝が最も苦手とする、滝行。極寒の中白装束を未に纏い、ひたすら滝に打たれ続ける。


「豊姫神様・・・! これ・・・意味あるんスか!?? 今時こんな事・・・やってる人いない・・・」


「無駄口を叩く余裕があるようですね。真に極めれば無の境地に入る事ができるはずです」


「マジかよ・・・帰りてぇ・・・」


滝行が終わり、朝の唯一のくつろける時間。それは神社内にある天然温泉にゆっくりと浸る事。


「ふぃー・・・! たっく・・・このままじゃ死んじまうぜ・・・」


疲労から半分うとうとしながらお湯に沈んでいく朝。しかし、突然隣に現れた豊姫神に目を覚ます。


「と・・・豊姫神様!? な・・・なんでここに!?」


「私もたまには温泉に浸かりたくなります」


豊姫神がお湯に浸かる。波立つことは無いも、豊姫神は満足そうに天を見上げ一息つく。


「朝。修行は辛い?」


「正直辛いッスねー」


「辞めてもいいんですよ。誰も咎めはしません」


「いや、辞めないッス。私には守りたい人がいる。その時が来たら後悔しないように出来る限り努力をする。いや、私にはそれしか出来ないッス」


「朝の仲間は皆特異な力を授かっていますものね」


「そうッス。正直最初からずっと足手まといなのは分かってます。私はアシストが専門なんじゃない。アシストしか出来ないんスよ。キャロルも仕方なく入ってきた私をなるべく危険の無い所で最大限生かそうとしてくれている。それは・・・やっぱり辛いッスよ」


「・・・。私は今まで何百年、それ以上の時を数え切れない程の人を見て参りました。こう言っては酷かもしれませんが、朝の修行は昔に比べると並程度です」


「そうスか」


「はい。私も時の流れを見てきた者。昔のような強固な精神力を持つ者は少なくなりました。昔を懐かしんで言っている訳ではありません。ですが、これくらいの事は軽くこなしていたという事実です。その分人はコアが無かった時代でも神という存在を感じる事が出来たのです」


朝はタオルを目に乗せ、少し深めに湯へと沈む。


「ですが、朝。人の精神力が乏しくなった事で、人が弱くなった訳ではありません。人はその分知恵を絞り色々な物を作り出しました。サルであった人が、火を使い道具を使う事で精神力ではどうしようもない敵に勝つ事が出来るようになった。これは人としての正当な進化なのです」


「・・・話が難しいッスよ。豊姫神様」


「つまり、朝。貴方は神憑きとしての力を極めれば、強靭な神の能力と人類の知恵の結晶である武器。その双方を取り扱える唯一無二の存在へと昇華出来る可能性があるという事です。その可能性は先の戦闘で貴方自身がよく知っているはずですよ」


朝のタオルが湯に落ち、波を立てる。


「どうしますか? いきなりとは言いません、旧式の修行に挑戦してみますか?」



授与所に立つ朝の膝がカクンと折れ、慌てて立ち直る。立って寝てしまうほどの睡魔に襲われながらも奉仕を続ける朝。それもそのはず、ここ数日旧式の修行により訓練の密度が明らかに増していた。


「大丈夫かい・・・?」


その様子を心配したお年寄りから心配される事も増えたが、嬉しさからかその時少し体が軽くなるのを感じた。


しかし、その疲労は限界に達し、ついに朝は倒れこんでしまう。

布団に寝かされた朝を心配そうに見つめるケンとコン。その前に豊姫神が現れる。


「さ、朝。修行の時間ですよ」


起き上がろうとする朝。しかしその前にケンとコンが立ちはだかる。


「豊姫神様! 朝は病気! 休みは大事!」


「大事!」


「あら、もしかしてこの私に意見をしてるのかしら・・・? ただの石に戻してさしあげましょうか?」


いつもの優しい豊姫神の目とは違い、冷酷な目でケンとコンを睨む。


「いいって、ありがとなケン、コン。行きます豊姫神様」


朝はふらふらと立ち上がり、豊姫神の後を付いて行く。

いつもの格好に着替え、滝に打たれる朝。しかし、体調が万全ではない朝は冷たい滝の圧に耐える事ができず、ついに水の中に倒れこんでしまった。


冬の水は凍るように冷たく、朝の意識を少しずつ奪ってゆく。


(ああ、何で私こんな事してるんだろうな。こんな事しても報われるかも分からない。実際、何も変わらなかった)


その時ふと千里の顔が脳裏に浮かぶ。その千里は目に涙を浮かべ、必死に朝に呼びかけていた。


(そうだったな・・・私は千里を守る為に強くなりたかった。でも、ここで死んだら千里は絶対に悲しむ。あいつの泣いている顔は・・・見たく無いんだよ・・・!)


朝は目を覚まし、水の中を這いずりながら岸へと向かう。もう自分ではどう体を動かしているのかも分からなかったが、少しずつ岸へと近づいていく。そしてついに岸にまで辿り着いた朝は最後の力を振り絞り仰向けになった。


その瞬間、目に飛び込んで来たのは多くの人だった。幻覚に違いないと思ったのだが、その中の1人、豊姫神が座り込み、朝の額に優しく手を当てた。その瞬間、朝の体は暖かくなり。一気にダルさや痛みが引いていく。


「よく。頑張りました」


「どういう事・・・ですか」


「肉体と精神の乖離の狭間。その狭間を垣間見る事が出来たという事です。今の朝には見えるはずです。八百万の神々の姿が」


朝は改めて回りを見回す。そこには十数人の人や獣。そして物に至るまでが朝を心配そうに見つめていた。おそらくこの全てが神なのであろう。その中のフンドシ一丁の男が朝の横に座り、朝に顔を近づける。


「おーおー。良く頑張った! 豊姫神様は厳しいからなぁ」


「与次郎。私は厳しく無いですよ」


「カッカッカ! どうだか! 嬢ちゃん。この俺様が憑き神のなってやろうか!?な!?」


朝は引きつった笑いを浮かべながら後ずさりする。


「朝が怖がってますよ」


クスクスと笑う豊姫神。


「朝! おめでとう!


「おめでとう!」


ケンとコンが嬉しそうに駆け寄って来、朝へと抱き着いた。


「おう。ありがとな。お前らのお陰だよ」


「朝がすごいの!」


「の!」


「とにかく今日はもうお休み下さい。明日からも通常通り修行を行いますよ」


次の日。授与所でいつも通り働いていた朝の前にいつもケンとコンにお辞儀をするお年寄りが現れた。

その時、朝は知った。そのお年よりがでは無い事を。いつも通りケンとコンにお辞儀をした後、そのお年寄りは朝を見る。そして優しく微笑んだ後、深くお辞儀をし


「ご苦労様でございました」


と、ひと言言って、去って行った。


「あの方は、長年神職に従事し神格を賜ったお方ですよ」


「そうなんスね・・・てっきり人かと思ってました」


「その見分けも重要な事です。今はまだ分からないかもしれませんが、もっと力をつければ次第に分かってくると思います。因みに先ほどの方は今の朝よりも厳しい修行を軽々こなしていましたよ」


「マジッスか!?」


「負けられませんよね?」


「ウス」


朝の修行はまだまだ続く。

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