第130話 種子島 沙耶 の場合
雪が積もる山奥を沙耶はひたすら走っていた。
白い雪にポタポタと真っ赤な血を落としながら、前へ前へと進んでいく。
その沙耶を追うのはの服を全身に身にまとった三人組。しかし、徐々に沙耶との距離を開いていく。速度では沙耶に分があるようだ。
(入り口はもう少しのはず・・・)
と、沙耶の視線の先に立ちはだかる人影が見えてきた。その人影はゆっくりと腰の刀を抜き、逆手に構えを取る。
(赤鉢金!? あれはまさか・・・兄さん!? だとしたら抜けないっ・・・!)
沙耶は歯を食いしばり、覚悟を決めたかのようにさらに加速した。
(今更左右に逃げた所で追いつかれるのが落ち。だったら・・・虚をつく)
沙耶はポケットから2つの玉を取り出す。そして近づくや否やその2つを同時に放った。
一つは眩い光を放ち、もう一つは煙を吐き出し一瞬であたりを煙幕で包む。
すれ違う、その刹那、沙耶は勢い良く足元へと滑り込んだ。それも半身を雪に沈めるほど深く。
上手く傍らを抜けたと思ったその瞬間、沙耶の足から大量の血が噴出した。
切られていた。いつの間にか、痛みが遅れてくるほど早く。
沙耶はその場に膝をついて倒れる。
「足を切断したと思ったんだがな」
「兄さん・・・ッ」
次第に沙耶の視界がぼやける。
「毒っ・・・」
沙耶はそのまま気を失ったしまった。
沙耶が目覚めると両腕には手錠がつけられていた。沙耶は起き上がり辺りを見回す。見慣れた景色。そこは自分の生まれ育った家だった。立ち上がろうとするが、足の感覚が無い。布団をめくってみてみると、切られた足の傷は塞がり、治療が施されている。おそらく足の自由が利かないのは麻酔のせいだろう。
沙耶は上半身だけで、這って逃げようと試みる。が、その時ふすまが開き、一人の女性が中へと入ってきた。
「・・・
母は優しく微笑み、沙耶を抱きかかえる。
「大きくなりなりましたね。又会えると思ってました」
その目には涙が浮かぶ。
優しく沙耶を布団に寝かせ、枕元に座る母。突然の再開に喜ぶ沙耶だったが、見慣れた母とは違う所が一箇所あった。
「母様・・・その左目はどうしたの・・・?」
母は左目の眼帯を軽く押さえ、微笑む。
「任務で失敗しちゃってね・・・ほんと、歳はとりたくないものですね。でもまぁこうやって大きくなった沙耶が見れたって事は、長生きしてよかったかな」
「・・・ごめん、母様。私がこの村を足抜けして・・・酷い仕打ちされなかった・・・?」
「なにもありませんでしたよ? 子供の一人抜けたくらいでうろたえるような村でもありませんしね。」
沙耶はほっと胸をなでおろす。幼い頃、この村の訓練やしきたりに嫌気がさして、村を飛び出した。
その時の事をずっと悔やんでいた沙耶であったが、母に出会い、その胸のつっかえが取れたように感じた。
「この村に戻った目的は、守り神の【
沙耶は突然核心をつかれ、少し戸惑う。
「うん。だけど・・・無理そう」
「やってみなくちゃ分からないわよ? それは村から出た沙耶が良く分かっているはず。とにかく今は足の傷を癒して、それから
久しぶりの母の優しさに触れ、沙耶の目頭が熱くなる。沙耶はそれを隠すように布団を頭から被った。
それから母は毎日付きっきりで看病をしてくれた。沙耶も今までの事をいろいろと母に話す。道端で倒れていた所を拾われた事。特戦校で色んな友達が出来て、色々と戦いを繰り広げた事。そして大地の事。普段はあまり話さない沙耶が饒舌になって、色々な事を話した。それをすべて一緒に笑って聞いてくれた母。
数日後、沙耶の足は以前と変わらぬ動きが出来るまでに回復していた。
沙耶は庭に出て日課の筋トレと道具の整備を行う。そこへ母が声をかける。
「沙耶、長の所へ向かいますよ。準備して」
沙耶は母に連れられ、里の中にある一番大きな屋敷へと向かった。その中の大広間の前に沙耶と母は正座して長を待つ。
しばらくすると、長が姿を現した。長い髭に髪の無い頭。顔や、見えている肌には無数の傷が刻まれていた。その長は座るなり皺を寄せながら笑った。
「良く戻ったな沙耶」
拍子抜けのように笑う長を見て沙耶は驚く。てっきり罵倒されるとか、罪を追及されるとかを想像していたのだが、そうではなかった。
「はい。ただいま戻りました」
「して、何故戻った? 戻る理由などなかろうて。」
「・・・この村にある守り神【風子】を渡してほしい」
長は少しも驚く様子も無く、そのツルツルとした頭を撫でた。
「うーむ・・・あれか・・・・・・無理!」
長は大笑いしながら膝を叩いて笑う。
「何故?」
「あれはお前の兄、
「兄さんに・・・」
「真丸は沙耶の事を恨んでおるからな、譲ってもらえるまいて」
沙耶は肩を落とし、家へと歩いて帰る。その肩に母が優しく手を添えた。
「大丈夫ですよ沙耶。真丸には私が話してあげるから」
家へと帰ると真丸と玄関で鉢合わせになった。
「お帰り、母さん」
真丸はそれだけ発し、沙耶には一瞥もくれなかった。
その日の夜、早めに就寝していた沙耶は突然飛び起き、部屋の端へと跳躍した。
沙耶が寝ていた布団は飛んできたクナイでボロボロになっている。
「ほう。良く避けたな。前回といい成長したな」
部屋の入り口からゆっくりと真丸が歩いてくる。その手には刀が握られている。
「兄さん・・・。殺す気?・・・殺すよ?」
沙耶の目には殺気がこもる。
「お前はもうこの村では死人扱いだ。死人は死人らしく死んでろ」
真人が刀を一振りすると突風が吹き、部屋の襖ごと沙耶は外に投げ出される。
沙耶は吹き飛ばされながらも太ももに隠した双電刃を真丸へと放つ。真丸はそれを刀で沙耶へと打ち返した。その刃が今度は沙耶を狙う。
片方は手で掴めたものの、もう片方の刃は崩した体制では受けきれそうに無い。
沙耶は意を決し、自分の手を貫通させながらもその刃を受け止めるもその激痛に沙耶の顔が歪んだ。
木の上に着地した。手に突き刺さったナイフ抜き取り、傷口に布を当て、足のバンドでそれを締め、止血する。しかし、血は流れポタポタと地面に落ち続ける。
「どうして避けなかった? お前なら避けられただろ。そのナマクラが無いと戦えないのか?」
「ナマクラ・・・?」
沙耶の体が凄まじい光を放つ。
「この双電刃は二つで一つ。大切な人からもらった大切な物。ナマクラなんかじゃ・・・ない!」
沙耶は空中にお飛び上がり、真丸に向かって双電刃を投げる。
「遅いっ!」
真丸は刀でそれを弾こうとした。が、刀に触れたその瞬間バチィという音と共に真丸が膝をつく。
思考ははっきりしているものの体の自由が利かない。
真丸は咄嗟に風を起こし、一旦距離を取る。
沙耶はナイフに繋がったワイヤーを引き手元に引き寄せた。
「導体のワイヤーをナイフに繋げていたのか・・・いつの間に・・・」
「このナイフは友人が私専用にカスタマイズしてくれたの。当たり前。さぁ殺されて」
「お前がな」
気が付くと沙耶の脇腹から血が流れている。沙耶は視界が眩み、その場に座り込む。
(風刃・・・見えなかった・・・)
「血を流しすぎだ。お前はまだ実践訓練が足りない。外の世界で何を見て体感した? その程度だったのか・・・? 下らん。」
真丸は風を起こし、沙耶を吹き飛ばし木に叩きつける。
「おい沙耶。何故足抜けという重罪を犯したお前が堂々とこの村を歩けていると思う」
沙耶は霞んだ瞳で真丸を睨む。
「お前が許されたのは母さんはその目を村に捧げたからなんだよ!!!」
「・・・嘘・・・。何で母さんが・・・」
「足抜けしたお前の追っ手の前に母さんが立ちはだかり、その目を自分で潰したんだ。お前はどれほどの覚悟で足抜けした? 母さんはお前の軽率な行動をその身をもってして償った。お前にその覚悟があったのかと聞いているんだ!!!」
真丸凄まじい形相で沙耶に歩み寄る。
「母さんは母さんの意思の従った。私は私の道を行く。それだけ」
「貴様っ・・・ッツ!」
真丸の足元にはいつの間にか双電刃が突き刺さっていた。
「クリアマジックの応用。透明の魔術で覆って物体の視認しにくくする。これも私が外で学んだ事。・・・【疾雷】!」
沙耶の放った電流が双電刃を伝い、真丸へと流れる。沙耶は同時にもう一つの双電刃を投げ、そのワイヤーを真丸の足へと巻きつけた。
真丸はそのまま膝をついて、地面へと倒れこんだ。
そして、沙耶も同じく気を失ってしまった。
その様子を屋根の上から見守っていた母が降りて来、二人を抱えて込む。
次の日、沙耶が目を覚ます。
起き上がって回りと見回すと隣に敷布団がもう一つ。
そこに寝込んでいるのは勿論真丸だった。真丸は天井を見上げたまま黙っている。
「兄さん。・・・生きてたの。」
「・・・お前が手加減したからな。なめやがって」
沙耶はもう一度布団へと寝転がりそして真丸と同じく天井を見上げる。
「それは兄さんも。刀に毒を塗ってたら私は生きてなかった。やろうと思えばやれたはず」
「・・・お前を憎んでも、殺せるはずないだろ。・・・妹なんだからな」
真丸はそう言ってそっぽを向いた。
沙耶も逆の方を向く。
「あら、二人とも目をさましたようね。仲直りできたかしら?」
『全然。』
それを聞いて母は微笑む。そして二人の枕元へと座った。
「母様・・・ごめんなさい・・・私のせいで目が・・・ごめんなさい・・・」
沙耶は布団に潜り声を絞り出す。
「・・・真丸・・・? 口止めしていたはずです」
母は真丸を睨む。真丸は逃げるように布団に潜り込んだ。
「いい? この目は私が私のためにつけた傷。だから気にしないで」
「でも母さんの目は【
「価値観は人それぞれなのよ? 私にとってはこの目より沙耶が大事なの」
その言葉を聞いて沙耶は布団から飛び出て母に抱きついた。そして思う存分泣きじゃくった。
傷の癒えた沙耶は庭に出て武器の手入れの日課を行う。そこへ真丸がやってきた。
「おい沙耶。お前に風子を渡してやってもいい」
沙耶の手がピタリと止まる。
「だがな、渡しを行えるかはお前次第だ。風子が納得するかどうか、そして二神を従えられるだけの実力がお前の資質があるかどうかだ」
「・・・覚悟はある」
「なら付いて来い。修行をつけて頂けるそうだ」
「・・・誰に?」
「長だよ」
「えっ・・・!?」
沙耶が珍しく驚く。そして手入れをしていた双電刃を華麗な手さばきでホルダーへと差し込み立ち上がる。
「分かってるとおもが・・・死ぬなよ」
「・・・死ぬ? 私の命は軽くないの。甘く見ないで」
「上等だ」
二人は並んで歩き出す。
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