第104話 決戦6

激しい戦闘の末、守は瓦礫の中で最早動けないほどに負傷していた。

それを見下ろすドラゴンも激しく損傷しており、牙は砕け、片目は潰れ、加えて後ろ脚を引きずっている。

それでも尚ドラゴンの優勢は揺らがない。守は残る力で瓦礫から起き上がろうとするが、体が言う事を聞かない。さらに龍人化は解け、守は元の姿に戻っていた。


「ち・・・畜生・・・! 早く大地と沙耶・・・そして皆の所へ戻らないと・・・。約束したんだ・・・」


その気持ちとは裏腹に体はやはり動かないままだった。

ドラゴンはその残った片目で守を睨み小さく唸る。


「小さき・・・戦士・・・さらば? 俺を讃えてんのか・・・? ケッ」


守も小さく唸り声を上げた。それの聞いたドラゴンは見窄らしくなった口を開き、火球を作り出す。


「容赦は無しか。まぁそうだよな、俺らも散々殺したんだ今更だよな・・・」


その火球が守目掛けて放たれる。守はその一瞬の時間を今まで無いくらいに長くに感じつつ、ゆっくりと目を瞑る。


と、その時、けたたましいエンジン音と共に火球は真っ二つに両断され守の左右に激突し爆炎を巻き起こした。驚く守の前にゆっくりと1人の女性が舞い降りる。


「ち・・・チカ!? 何でお前がここに!?」


チカはボロボロになった守を見て微笑む。


「あら、もしかしてナイスタイミングだった? 埼玉で担当している私の地区の制圧が完了したから援軍に来たのよ?・・・それにしてもこっぴどくやられたのね。まぁ1人でここまでやれるなんて、私の知ってる守るからしたら想像も出来なかったけどね。はい。良く頑張りました」


そう言ってチカは守の頭を撫でる。


「ちょっ!? やめろって!!!」


「動けないんでしょ? 悔しかったら抵抗してみて」


「そんな事より相手を見ろ!!!」


「ふふ。すぐに終わらせて続きしようかな」


チカはドラゴンを見上げ、手に持った巨大なチェーンソーのエンジンの回転数を上げる。


「ちょっと待ってくれチカ! このドラゴン、殺さない訳にはいかないか!?」


「うーん・・・。お・こ・と・わ・り。だって動けない守に攻撃したんだよ? その時点で交渉の余地は無いじゃない? それにこのドラゴン。こっちに来た時点では出来てるはずよ。守、貴方は昔からそう。優しすぎなの。ま・・・私はそんな所が気に入ってるんだけどね」


チカはチェーンソーを構え、ドラゴンに向かって飛び立った。


「気をつけろチカ! そいつは念動力を使う!」


「あら?」


チカはドラゴンの振り上げた前足に吸い込まれるかのように引き寄せられ、そのまま地面へと押し潰されてしまった。


「チカ!!!」


しかし、悲鳴を上げたのはドラゴンの方だった。その足にはチェーンソーが突き刺さっており、チカがぶら下がっていた。チカは体制を立て直し、クルリと反転すると、逆さになりながらチェーンソーでドラゴンの腕を切り裂きながらどんどんと駆け上がって行く。


そのまま頭上まで駆け上がったチカはドラゴンの頭にチェーンソーと突き立てた。

チェーンソーは凄まじい音を立てて頭蓋骨を砕く。


ドラゴンは暴れ回ったがチカは更にチェーンソーを奥へ押し込み、そしてついにドラゴンが動きを止め地面へとその巨体を沈めた。


守の元へ降り立った。血まみれになったチカからは独特の鉄のような臭いが漂ってくる。


「チカ・・・お前・・・。強っ・・・」


「そーかな? 守のダメージが効いてたからね。本当ならこう簡単にはいかないよ。さ、治療してあげるね」


「すまん。頼む」


守の横に座り込むチカ。


「すごい返り血だな・・・」


「あ、ごめんね」


チカは上着を脱ぎ、カッターシャツ姿となった。そのシャツには汗が染み少し透けている。


「馬鹿! 脱がなくていいって!」


「?・・・ああ。気にするんだそういう事。守もやっぱり男ね。あー、うん。今は守と2人きりで周りには誰もいないし、守も動けない。・・・やりたい放題?」


「!? そういえば大地達は!? 知らないかチカ!? この近くでもう一体の戦龍型と交戦してるはずなんだ!!!」


「ああ。エマージーシークラッカーの信号が出てたあれ? あれなら心配ないと思うけど・・・。まぁ間に合ってれば・・・ね」




沙耶がゆっくりと目を開けると、そこには1人の女性が立っていた。

大地と沙耶を襲っていたドラゴンは音を立てて地面へと倒れこんだ。


「大丈夫? 遅くなってごめんなさいね。本当に良く耐えたわ」


そう微笑む女性の顔には皴が目立ち初老の域に入っていた。


「あ。神代 雪乃」


大地は慌てて沙耶から離れ、雪乃を見上げる。


「かかか・・・神代雪乃さん!? あの英雄の!? いや、これは違っ!!!」


「最後かもしれなかったものね。キス位しちゃうわよね~。恥ずかしがる事ないわよ?」


大地と沙耶は赤くなる。


「しかし・・・大きくなったわね~! 私あなたのオムツ替えたのよ!? 覚えて無いでしょ!? 当然よね~。でも、それから桜の奴が会わせてくれなくってね~・・・。大地は軍関係者には近づけさせん!!! ってね~ひどいわよね!?」


「は・・・はぁ・・・」


大地は何と言っていいか分からず困惑する。


「大地・・・私達、まだ生きてる」


沙耶は大地の手をそっと握った。


「ああ・・・!」


「大地君は彼女の治療をお願いね。私はあれの相手をするから」


雪乃は立ち上がったドラゴンの方を向く。


ドラゴンは口の火球を大地達の元へと放つ。が、その途中まるで見えないトランポリンに当たったかのように勢いを増しドラゴンの方へと戻っていった。それをまともに顔面に直撃したドラゴンが悲鳴を上げる。


火球に効果が無いと知ったドラゴンは前足を振り上げるも、何故か滑ったようにバランスを崩し地面に突っ伏した。


ドラゴンは尻尾を動かそうとするが、何かに引っかかったかのように動かない。


「す・・・すごい。何やってるのか全然わかんねぇ・・・!」


「火球を跳ね返したのは、柔軟性を持たせたシールドを展開する【反射板リフレクト】地面に摩擦の低いシールドを設置する【潤滑板スプリット】あとは、動きを封じるように設置する【固定板ロック】という技よ」


沙耶は地面から雪乃を見上げる。


「・・・流石の技術。かつて【日本の盾】と呼ばれ、世界対龍ランキング75位にまで上り詰めた英雄」


「あはは。それも昔の話よ。当時は火球なんてシールドでドカーン! って受け止めてたけれど、今はもう無理。衰えたから技術を磨かざる得なかっただけよ。さて、終わらせてくるわね」


雪乃は空中に設置したシールドを足場にドラゴンの方へと駆け上がってゆく。

何とか滑りながらも立ち上がったドラゴンの目の前にまで上った雪乃に向かって、ドラゴンは口を開き噛み砕こうとした。しかしシールドに引っかかり開いた口が閉じる事は無かった。雪乃は腰に付けた拳銃を取り出し、それをドラゴンの口の中に打ち込んだ後、素早く大地達の傍へ飛び降りシールドで包み込んだ。


数秒後、ドラゴンの体内から爆発音が響くと共に辺りに肉片が飛び散る。腹に大穴の空いたドラゴンはゆっくりと地面に倒れこんだ。


「英斗はQB《クイックボム》とか言ってたわね。便利な世の中になったわねぇ。これが無けりゃ今の私なら魔力全部突っ込まないと止め刺せないってのに」


「あ・・・ありがとうございました」


大地は頭を下げる。


「いいのよ気にしなくて。大体・・・大地君にもしもの事があったら桜に誠と私殺されちゃうしね。・・・いや、冗談じゃなく。昔からあいつは私に突っかかって来てね~・・・ってそれ所じゃなかったわね。皆の所へ戻りましょうか」


「・・・そういえば守!!! この近くでもう一体中心部へ向かうクラス4を守って奴が止めてるはずなんです!」


「ああ。それならチカちゃんが救援に行ってるから。安心して頂戴」


それを聞いた大地の沙耶はほっと胸を撫で下ろした。そこへ守がチカをぶら下げて飛んできた。


「良かった!!!大地も沙耶も無事だったのか!!!」


「お前も無事で良かった!」


守と大地、そして沙耶はお互いの生還を喜び合った。


「久しぶりね守。元気そうで何より」


「あ。雪乃さん!? うわー! 久しぶりですね」


「何だ守知り合いなのか?」


「施設の時ずっとお世話になってたんだ。俺の話し相手なんて研究者と誠さん雪乃さん位しかいなかったし」


「なるほどな。・・・で、その可愛い子は誰だ?」


チカは守の前に立つ。


「始めまして。守の恋人です」


「ブフッ!!!」


大地、そして沙耶までも噴出す。


「ちょっと待て!? チカ! 何を言い出すんだよお前!?」


「冗談。施設の時の友人でチカって言います。よろしくね。えっと大地君と・・・妹さんかな?」


『あ。』


沙耶は無言でバチバチと火花を散らす。


「この子は沙耶っていって守の同級生で俺の彼女なんだ。よろしくな!」


「あら。ごめんなさいね。あまりにも可愛いから妹さんかと。素敵なカップルね羨ましいわ。ね、守?」


「お・・・おう?」


「自己紹介も済んだみたいね。それじゃあ治療してあげるから怪我人は横になって頂戴。大地君は憑依と同化を解いてくれるかしら?」


大地の髪色がもとに戻ると、櫻姫が姿を現した。


「大地様!!! よくぞ・・・よくぞご無事で・・・! 流石にございます!」


櫻姫は涙を流しながら子供のように大地に抱き着いた。


「櫻姫が居なかったらどうしようもなかった。力を貸してくれてありがとな」


「ああ!! 何と勿体無いお言葉・・・」


「ええ!? 大地君の憑き神って飛び梅様じゃないの!?」


雪乃は櫻姫に傅く。


「よい。お主は大地様の恩人。気を使わんでよい」


「はっ。では失礼して」


雪乃は再び立ち上がる。


「あれ? でも見た所によると・・・もしかしてまだ儀式終わってないの?」


「儀式? 櫻姫知ってるか?」」


「出雲にて正式に契約を結ぶ儀式の事にございます。ほら、以前に仁と狗神の娘が向かったあれにございます。今はまだ条件が整っておりませんので・・・。それよりも・・・チカといったなお主。お主もか・・・。人とは業が深いな」


チカは無言でただ笑みを櫻姫へと返す。


「さ。とにかく治療して、救援に行くわよ。まだ戦いは終わって無いんだから」


横になった守達を次々と治療していく雪乃。折れた大地の足、火傷した沙耶。チカに一通り治療して貰った守も、残っていた細かい筋肉や関節の痛みがすぐさま良くなっていくのを感じた。キャロルに治療して貰った時と同じ、無駄の無い魔力の流れだった。


「治癒術・・・上手なんですね」


「・・・昔、光先生って人に教わったのよ。その人は本当に凄かったのよ? 4・5人程度なら手を繋がせて1人を触るだけで全員治療出来るほどの実力だったわ。今それほどの治癒術を使えるのは日本では咲ちゃん位のものね。はいっ治ったわよ」


「ありがとうございます」


「さ、救援に行くわよ」


そう言って立ち上がった雪乃だったが少しバランスを崩す。それをチカが受け止めた。


「無理は禁物ですよ、先生」


「ありがとうチカちゃん。はぁ・・・私も歳ね・・・」


「否定はしませんよ」


「意地悪」



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