第103話 決戦5

ヒュッ。


風を切るような音と共に、ドラゴンの牙が音を立てて砕ける。

さらに間髪入れずドラゴンの顔面にものすごいスピードで次々と何かが直撃した。ドラゴンは悲鳴を上げ横へと倒れ込む。


そのドラゴンへ突然現れた数人が一斉に攻撃を開始する。

何が起こったか分からないといった、楓の母親の前に2人の男が降り立つ。2人の内の1人には見覚えがあった。いや、そこいた全員が知っていた。


『杉山 緑 総理大臣!?』


緑は目の前で倒れている子供たちを見て叫ぶ。


「マリ!!! 子供が怪我している! 至急治療にかかれ!!!」


すぐさま、傍に救命道具を持った女性が降り立ち、楓達の治療に取り掛かった。

緑も同じ楓達の傍に座り子供達の頭を優しく撫でる。


「軍の将校部隊を破ったドラゴン相手によく耐えた。よく頑張ったな。遅れてすまん・・・!」


先程まで楓達の詰め寄っていた避難者の1人が声を荒げる。


「まったくもってその通りだ!!! シェルターは脆い、軍はドラゴンを取り逃がす、援軍は遅い! これもすべてあんた、総理大臣が無能だから起こった事だろうが!!! 税金ばっかり無駄に使いやがって!!!」


緑の横に立っていた男が動こうとするが緑が手で制す。


「いや全くもってその通り、申し訳ない」


緑は避難者達に向かって深く頭を下げた。


「総理大臣だからって、強い護衛に守ってもらっていいよなぁ!? どうせそいつらも俺らの税金で雇ってるんだろうが! この税金泥棒共め!!!」


その男は地面の落ちていた瓦礫の欠片を手に取り、緑に向かって投げつけた。しかし、その石を緑は見もせずに掴み取った。


「・・・君は何か勘違いしてないか?」


緑は頭を上げ受け止めた石を握りつぶした。


「確かに軍の運営は税金によって賄われている。しかし、君にもこちら側に回れる権利は十分にあった。軍に入るだけなら難しい試験は行ってはいない。皆を守るという強い意志。そして自分の命を掛けて戦うという覚悟。この2つさえあれば何時でもその扉は開いている。今からでも遅くは無い。君にその気があるならこれを渡そう」


緑はポケットからコアを取り出した。


「このコアはな・・・そこのドラゴンと戦って死んだ将校が使っていた物だ」


緑はそのコアを手に睨む。


「だ・・・だれがそんな馬鹿な事やるものか!!! 戦って死ぬなんて馬鹿のやる事だ!!! 賢い奴はそんな事しねぇんだよ!!!」


「あんた知らないのか? 緑さんは東大の経済学部主席で卒業してんだぞ?」


せん! 今はそんな事は関係ない。余計な事を言うな」


千と呼ばれた男は悪気の無さそうに頭の後ろで両手を組む。


「すいやせーん」


「ケッ・・・どうせ勉強しすぎて馬鹿になったんだろ!?」


「そうかもな。さ、行くぞ千!」


緑と千はドラゴンの方へと歩き出す。と、緑は突然立ち止まった。


「私が最も誇りとしているのはな・・・。軍所属特別戦闘訓練院(神代チルドレン)第一期生という事。ただそれだけだ」


そういい残して、緑と千はドラゴンへと飛び立って行った。


「あいつムカつきましたね緑さん」


「彼も彼なりの言い分があるんだ気にするな。それより目の前の敵に集中しろ」


「もういい歳なんですから、無茶しないでくださいよ緑


「ふんっ。年寄り扱いするな」


「それじゃ、近接前衛お願いしあーす!!!」


「おまっ!?」


千は近場のビルへと降り立つと、背負ったバッグの中から野球ボールのような物を取り出し、ドラゴンに向かって大きく振りかぶって思い切り投げつけた。ボールは凄まじい勢いで激突し鱗を砕き肉にめり込む。


「ったく千の奴・・・若いってのは羨ましい。弟子に遅れは取れんな・・・」


ドラゴンの上に降り立った緑は鱗に拳を当て、息を吸い込み集中した。


「黒田流格闘術【内震ないしん!!!】」


緑が力を込めると、鱗が内側から弾け飛ぶように剥がれ、バラバラと地面へと落ちていった。


「さすが師匠! やりますねー!」


「いいからさっさと止めを刺すぞ!!!」


緑率いる部隊がドラゴンと交戦しているその頃、大地・沙耶の戦いは熾烈を極めていた。


大地が緑人を操っている事に感づいた戦龍型は狙いを大地へと絞り、緑人を無視し集中攻撃を仕掛ける。

沙耶が後方から狙撃で対応するも、その銃撃は硬い鱗に阻まれ致命傷を与える事は出来ず、ドラゴンの動きを僅かに鈍らせるのが精一杯だった。


大地は腰から伸ばした弦を使って動き回りつつ、槍杉を出して何とか反撃するも大したダメージは与えらない。全力で時間稼ぎが精一杯。当初の目的は達成していたが、常に全力を出してぎりぎりの所で持っていたその状況は次第に綻び始める。ドラゴンが放った火球で砕かれた瓦礫の一つが、不運にも大地の足に当たりバランスを崩した。大地は地面へと激突する。


「大地!!!」


「ッツ!!! 来るな沙耶!!!」


横たわる大地にドラゴンの前足が振り下ろされた。咄嗟に大地は槍杉を出現させその一撃を防ぐも、その重量に耐え切れず、メキメキと鈍い音を立て少しずつ押しつぶされてゆく。


「クソッ・・・!!!」


そして、その前足が完全に杉ごと大地を押しつぶした。


と、思われたが大地の手を引きながら沙耶がビルの隙間を駆け抜けて行く。


「沙耶!? 来るなって言っただろ!!!」


「死なせはしない。大地がもし死んだら私も追って死ぬつもり。でも、私が死んでも大地は死なせない。それが私の覚悟」


ドラゴンが見失っている間に少し距離を取り、大きなビルの死角に大地をそっと降ろした。


「大地はここにいて。その折れてる足じゃもう戦えない」


「大丈夫だ、頼む! 治療してくれ! 俺も行く!」


沙耶はポケットからエマージーシークラッカーを取り出し、地面へと叩き付けた。


「これでここに救援が来るはず。大人しく待ってて」


「行くな沙耶ーーー」


大地のその言葉を沙耶は唇で塞いだ。


「大地。大好き」


沙耶はそう言ってドラゴンの方へと飛び立つ。


「沙耶----!!!!!」


大地のその叫びは空しくビルの間にこだまするだけだった。


ドラゴンの前にその小さな体で立ちはだかる沙耶は、遥か上にある自分の体より大きな瞳を睨みつけた。

その殺気を知ってか知らずか、ドラゴンはその大きな瞳で小さな沙耶をまるで虫けらをみるかのように見下ろす。


沙耶は太腿に仕込んだ双電刃をドラゴン、そして後方に向かって同時に投げる。

一つはドラゴンの鱗の剥がれた皮膚に刺さり、もう一つは後ろの電線を切断した。切れた電線は地面でバチバチと音を立てている。


沙耶は飛び上がりその電線を握った。と、同時に凄まじい電気沙耶を襲う。煙を出しながらも沙耶はドラゴンの方に両手を向けた。


「【飛電ひでん】!!!」


沙耶の溜め込んだ電気が一気にドラゴンを包み込む。バチバチという凄まじい音を立てながらドラゴンを中心に球状に光り輝く。沙耶、そしてドラゴンからも煙と共に肉の焼ける臭いが立ち込め始めた。


「ああああぁあぁああ!!!」


沙耶の叫びと共にさらに電圧が上がる。


(大地は・・・私が守るの・・・! だから持って私の体・・・!)


凄まじい閃光と同時に、突然沙耶の視界が真っ暗になった。何が起こったか分からず左右を見るも真っ暗のまま何も見えない。


(あれ・・・? 何も見えない・・・。あ、そうか私・・・死んだんだ。・・・倒せたのかな。だといいな。もう合えないの・・・寂しいな)


その時、沙耶の目に光が差し込む。

その隙間からはぼやけていたが大地らしき顔が覗いていた。大地のような顔は何かをしきりに叫んでいるように見える。音が何もしない。走馬灯のようなもの、そう思い沙耶は再び目を閉じる。


しかし、遠くから、だが確実に大地の声が聞こえ始めた。


(もしかして大地も死んじゃって・・・ここは天国?・・・ダメっ!!!)


沙耶は慌てて目を覚ます。するとそこには先ほどよりも鮮明に大地の顔が映った。と、同時に沙耶の全身に激痛が走る。それは生きている痛みだった。


「よかった・・・本当によかった・・・」


大地はその火傷で爛れた沙耶の体を優しく抱きしめた。


「私・・・生きてるの? 大地も?」


「ああ勿論だ・・・俺を置いて勝手に行くな・・・」


「ドラゴンは・・・?」


「今はそんな事どうでもいい。火傷の治療をする。跡になったら大変だからな」


大地は沙耶に両手を当てて治療を再開する。


「・・・大地はキャロルの代わりになるんだって。全部極めるんだって医術も戦術も武術も頑張ったもんね。私はずっと傍でその頑張る姿を見てた。・・・・もう十分。十分頑張ったよ。だから少し休もう・・・?」


沙耶はその火傷した手で大地を引き寄せ再びそっと口付けをする。大地は少し驚くも、同じくゆっくりと目を閉じた。


2人は知っていた。頭上から2人を見下ろす焼け焦げたドラゴンの姿を、これが最後になる事を。





戦龍型と対峙する守は最早満身創痍の状態だった。いたる所から流れた血がその戦闘の激しさを物語っている。ドラゴンの方も傷を負ってはいるものの、圧倒的に劣勢なのは見て取れた。


(なんつー強さだよこいつ・・・。俺が龍の力を限界まで引き出しても勝てる気がまったくしねー・・・。これ以上引き出すと意識が持たない・・・。しかし、さっき大地の方で起こったあの光。もしかして大地達に何かがあったのか・・・)


ドラゴンの火球が守を襲う。それも交すも、火球は方向を変え守の逃げた方へ追尾する。


(さっきからこいつ妙な技を使うな・・・ただの戦龍型じゃねぇ。もしかして特殊型なのか・・・)


守はそれを打ち落とす。しかし、その直後守はまるで弾かれたれたかのように、ドラゴンの方へ引き寄せられ、それを知っていたかのようにドラゴンの前足が守を捉えた。守はガードするも、そのままビルへと叩き付けられる。


(ッチ・・・さっきからこれだ・・・。この感覚は楓の念動力に似てるんだよな)


ビルの中で起き上がった守は、ビルの反対側から飛び降り、隠れながら市街地を飛び回る。


しかし、ドラゴンの視界に入った瞬間再び引き寄せられた。その守を今度はドラゴンの大口が迎える。


「畜生!!! やってやる!!!」


守は龍の力を引き出す。次第に守の体が大きく、そして黒く染まってゆく。その鋭い牙の生えた口を大きく開き、ドラゴン開いた口に向かって火球を放った。


ドラゴンは咄嗟に口を閉じる。が、その火球はドラゴンの牙に命中しそのまま牙を砕く。と、同時に守は後方へと念動力のようなもので弾かれたが、上手く体制を建て直し民家の屋根を足場に、すぐさまドラゴンへと飛び掛る。


牙を折られたドラゴンは怒り、守に向かって火球を放つ。守も避けるが、再び念動力で動かされ火球に直撃した。そのまま地面へと激突する守。瓦礫の中からゆっくりと立ち上がった守は拳を握り、怒声のような咆哮を上げた。その咆哮は凄まじく、周りの民家が崩れ落ちる。


守はドラゴンに向かって火球を放つ。ドラゴンもそれに合わせ火球を放つが守の火球の威力はそれを上回り、ドラゴンへと直撃する。威力の相殺されたそれは鱗を砕く事は無かったが、ドラゴンが警戒するには十分だった。


2匹は合わせたかのように同時に飛び立つ。生き残りを掛けた最終戦が今始まった。

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