第70話 本格的な訓練

守の家から少し歩いた所にある軍の古い訓練施設に到着する。

この施設は昔、軍の拠点の一つがこの近くにあった時の名残で、訓練の為に利用していたのだが、拠点が新設され移転した事によって取り残されてしまった。しかし、その頑丈な造りから指定の避難場所として今も保存されている。もちろん非常時以外なら現在も利用できるのだが、旧式のトレーニング機材が少し置いてあるだけで、新しい機材などが全くない事から、利用する者はほぼいない。


優香は自分のカードをかざし扉を開く。

中は何もない広々とした空間が広がっていた。


「すげーな・・・こんな所あったのか・・・」


「学校卒業しないと本当は入れませんからね。ま。上官保護下の元なら学生でも訓練のための入出は許可されてますから。・・・で、今日はどうしました?」


「・・・負けたんだよエルダに」


「だから?」


「エルダはクラス4のコアを持ってるって言ってた。俺だって・・・同じくらいのコアをこの体に持ってる。なのに負けたんだ。何もできなかった・・・」


守は胸を押さえ握る。


「あはは! 当たり前でしょう?」


「笑うなよ! それに当たり前って何だよ! 馬鹿にしてんのか!?」


声を荒げる守に優香はデコに人差し指を突きつける。


「馬鹿にしてるのは貴方よ。」


「何だと・・・!?」


優香は少しため息をつく。


「あの子は小さい頃からずっと達人の下で修行してたのよ? それを、最近武術を始めたばかりのあなたがいきなり勝てると思う?」


「そ・・・それは・・・」


守は言い返せなかった。普通に考えれば当然の事なのだが、今までそのドラゴンの能力、そしてコアの性能によって負け知らずになっていた守には、その事に気がつけなくなっていた。


「守・・・あなたは強い。高クラスのコア持ち、そして才能という点においては正直他の比較になりません。その圧倒的な才能は他人の努力や尊厳を軽く奪ってしまう。『志無き武術は暴力』よく誠さんが言っていた言葉です。この言葉の意味が分からず暴力を振るうようなら、私が武術をもって必ず止めてみせます」


そう言う優香は厳しい表情をしていた。


「・・・優香姉の言うとおりだ。俺は自惚れてた・・・」


優香の顔がいつもの優しい顔に戻り、守を抱きしめる。


「流石私の守ね! ごめんね、今日は怒ってばっかりで・・・」


「むぐっ・・・息が・・・」


守は優香を引き離す。


「馬鹿力で抱き着くなって言ってるだろ!?」


「ご・・・ごめんなさい・・・」


優香はもじもじと指を回す。


「・・・優香姉。今の話は分かった。でも・・・その上で俺は強くなりたいんだ。エルダに勝ちたいとかじゃない、俺を頼りにしてくれている人がいる。心配してくれている人がいる。だから俺は強くなりたい! だから頼む! 俺に強くなれるように厳しく修行をつけてくれ!」


守は頭を下げる。

優香は困ったといった様子で腕を組む。


「・・・神代式訓練・・・やってみる? 正直・・・私は嫌なんだけど・・・」


「そこを何とか・・・頼む!」


「えっと・・・死なないでね」


「えっ?」



翌日の朝、教室で腫れ上がった守の顔を見て大地が大笑いしていた。


「笑うなよ大地~・・・」


「いや・・・だっておまえ・・・あはは!」


「ひどいよ大地君! まっててね、今治療してあげる・・・」


「ありがとう千里。でも魔術での治療は禁止なんだ。」


「何で?」


「痛みは防衛本能を高める・・・らしい」


そこへ教室のドアが開き優香が入って来る。

その姿を見た守はガタッ椅子を倒し立ち上がり、構える。


「どうした守?」


「じょ・・・条件反射だ・・・」


優香は守の方を向き、申し訳無いという風に小さく片手を上げた。

放課後、昨日は来なかった楓が来たので楓にエルダを紹介する。2人はすぐに仲良くなり、部室の前で何やら話をしていた。その様子を守と大地が遠くから見守る。


「楓ちゃん、昨日は両親の病院に行ってたんだってさ。」


その言葉を聞いて、守は以前車の中で楓の両親を見つけた時の光景が脳裏に浮かぶ。


「今でも悔やみきれないぜ。俺がもっと早く駆けつけてたらってな」


「病院で大勢の死体を見ただろう? ああなるよりかマシだったんじゃねぇか? 少なくとも俺はそう思うぞ」


「そう・・・だといいな。・・・所で大地、最近櫻姫様見ないけどどうしたんだ?」


「ここにおるぞ」


突然櫻姫が姿を現した。


「うわっ!お・・・お久しぶりです・・・」


「うむ。」


「で、終わったのか? 櫻姫」


「もう少しにございます。」


「終わったって何が?」


「挨拶回りだ。余の力が戻ったので、近隣にいる土地神などを脅し・・・報告をしている所だ。これからも時々留守にする事がある、その間大地様の事を頼む」


「え? ああ・・・はい」


その時、遠くから仁とコロが歩いてやって来るのが見えた。


「おっ。来たか。おーい! 仁~!」


仁も手を振り駆け寄って来る。


「いや~悪いな~忙しい所・・・」


「まったくだわ」


コロは腕を組みそっぽを向く。


「こら! コロ! ・・・気にしないでくれ。っと櫻姫様お久しぶりです」


「うむ。では頼む」


そこへ、遠くで刀を素振りしていた剣が近寄って来る。


「げっ・・・キャロルの犬が来たわよ」


剣は怪訝そうな顔でコロを睨む。


「何だ、仁の犬か。何しに来た? お散歩の時間か?」


「なんですって・・・!?」


睨み合う2人。


「おいおい剣・・・そうコロを煽らないでくれよ?」


「仁、お前の事はともかく、この犬っころの事は嫌いだ。」


「私はアンタとキャロル両方嫌いだけどね!」


仁はやれやれといった様子で頭を掻く。


「そうだ。コロは今日やる事も無いし暇だろうから、剣と向こうで手合わせしたらどうだ? 剣、相手いいかな?」


『望むところ!』


2人は同時に言う。


「ははは。ではあちらの遠くの方で頼むよ」


仁が指さした先に2人は何やら言い合いながら移動していった。


「まったく・・・あの2人は中等部の時から変わらないなぁ・・・」


「そういえば同じ学校だったんだよな? その時から仲悪かったのか・・・」


守が尋ねる。


「・・・最初はそうじゃなかったんだけどね・・・。うーん・・・キャロルと話すようになってからかな」


「キャロル?」


「ほら、キャロルはさ、ああいう性格だろ? それでいつもキャロルと剣、そして剣の妹のなぎちゃん。この3人でつるんでたんだ。その他の人とはほとんど話をしなかったから、陰口を叩かれる事も多かった。それじゃあ良くないと思って僕は積極的に話しかけたんだ。最初は無視されてたけど、だんだん少しずつ話してくれるようになったんだけど・・・。僕がキャロル近づく度に今度はコロと剣が喧嘩するようになってしまって・・・それ以来ずっとあんな感じなんだ」


(何となく理由は分かるような気がするんだけど・・・鈍いのかこの人?)


守はそう思ったがそっと胸にしまい込んだ。


「それはいいとして、始めようか大地」


「おう! 頼むぜ!」


「外での方がいいんだけど、暑いよな・・・」


大地は地面に手を当て木を生やし木陰を作る。


「これでいいか?」


「おお! すごいすごい! では始めようか。守も聞くかい?」


「一応・・・理解できるかわからんが・・・」


それから小一時間ほど陰陽術や風水などの成り立ちを仁は説明した。


「と・・・言う訳だ」


「うーん全然分からん・・・分かったか? 守」


「さっぱり」


「うむ。よく勉強してあるな。関心したぞ」


櫻姫はうんうんと頷く。


「あはは。まぁこれは土地神などが知っておく知識で実際行使するにあたっては、あまり必要ないんだけど知っておくといいかなと思って」


「そうなのか?」


「何て言ったらいいかな・・・火には水かけたら消えるとか、木は火で燃えるとかそんな自然に起きる事をまとめ上げたのがさっきの話なんだ。今まで生きてきた中で自然に身につくものなんだよ。使うに当たっては知識より感覚の方が大事だしね。それに大昔と違ってコアが出現してからはこういう感覚が感じ取りやすくなったからね。そうだな・・・大地なんかはもうそれが出来ている」


「えっ? 俺もう出来てるの?」


「大地は大地の力を使えるからね。何か紛らわしいな・・・。とにかく、戦闘において陰陽術を使う事はよほどの上級者でないと実戦レベルには到達しない。なので、主に回復の手段として用いる事が多い。神様を回復する手段は陰陽術で無理やり【気】を集めるか、元々霊気の濃いパワースポットに行くかどちらかしかないんだ」


「ちょっと待ってくれ、櫻姫は俺にしか触れないみたいなんだけど、怪我する事なんてあるのか?」


「ある。俺みたいに霊体に影響を及ぼせる力を持った人や、神様同士の戦闘などで・・・・って実際今怪我してるじゃないか」


「仁。余計な事を言うでない」


「櫻姫怪我してるのか!?見せてみろ!」


「かすり傷にございます。お気になさらず」


「いいから見せろって!」


「・・・ご命令とあらば」


櫻姫は着物を少しずらし肩を出す。その肩には噛みつかれたたような痕があり、そこから白い煙が漏れていた。


「どうしてこうなったんだ・・・」


「豊姫君に挨拶に行った所、そこの狐と少しいざこざがございまして、ねじ伏せる際に噛まれたものにございます」


仁が驚く。


「豊姫君!? 稲荷様が黙っちゃいない・・・。大地・・・君も知らなかったじゃ済まされないぞ・・・」


「やばいのかそれ」


「かなり・・・。俺が謝りに・・・いや、相手にしてもらえないだろうな・・・。ポチさんは稲荷様と面識があるからポチさんに頼むか・・・」


「そちらが責を負う必要は無い」


「とにかく、まずは治療しましょう」


仁は札を取り出す。それを拒む櫻姫。


「・・・余に触れていいのは大地様だけだ」


「わかりました。大地。この札を傷口へ貼ってくれ」


仁は札を手渡す。大地はその札をそっと傷口へ貼る。


「ッツ!?」


櫻姫は小さく声を上げる。


「富士の樹木を薄く削り、山水に浸した物だ。何枚か渡しとくな。気の込め方や作り方は後日教えるから。今回はそれで」


そう言って仁は小さな木箱を出しだす。


「悪いな。所で・・・櫻姫!」


櫻姫はその声にビクリとする。大地は厳しい表情で櫻姫を睨む。


「怪我したんならちゃんと言ってくれ。俺が治せないのも知ってただろうけど、教えてくれれば何とかするから。今回の件は俺がそっち方面に無知なのが全て原因だ。気が付けなくてごめんな」


叱られると思って身構えていた櫻姫は、肩透かしを食らったかのような表情を浮かべる。


「大地様・・・余こそ勝手な事を・・・。大地様のお役に立ちたいと・・・急いてしまいました・・・。」


「分かってる。だから、今度からそういう事があれば一緒に連れて行ってくれ。どこか居なくなる度に怪我して帰って来るんじゃなかろうかと心配するだろう? 分かったな?」


「か・・・畏まりました!」


櫻姫は嬉しそうに返事をした。


「っと・・・コロと剣の決着がついたようだね・・・あー負けちゃったかコロ。ごめんなちょっと行ってくる」


少し息を切らしながら、倒れたコロに刀を突きつける剣。


「俺の勝だな犬ッコロ」


「まだ私は負けてないわよ・・・! 勝ちたいならこの首を落としなさいよ私の弱点はこの首よ。まぁ・・・千切れても少しは生きてるから噛み千切ってやるわ・・・」


「はいはい。そこまでにしてくれ剣。ほれコロ怪我見せてみろ」


仁はコロの傷口を舐め始めた。


「仁! どけ! まだそいつは負けを認めていない!」


剣は刀を仁とコロに向ける。

仁は小さくため息をつく。


「なぁ剣・・・頼んでるうちにやめてくれないかなぁ・・・」


仁の背中からおぞましい黒い気配がにじみ出る。


「仁!? 私は大丈夫だから・・・! 落ち着け!」


その気配を感じ取った、エルダが慌てて刀を手に取り、一瞬で剣と仁の前に立ち構える。


「下がれ! 剣!・・・何だお前そのは・・・」


そこへ櫻姫が近寄ってくる。


「なるほど・・・呪い・・・か。どれ・・・」


櫻姫は仁に手をかざし、漏れ出た気配を吸い取りはじめる。吸い込めば吸い込むほど櫻姫の桜色の髪の毛が黒く染まってゆく。それを感じ取った仁は慌てて振り向く。


「や・・・やめて下さい櫻姫様! それではあなたも・・・」


「よい。お主の中にあるすべてとはいかぬが、漏れ出た程度の呪いなら浄化出来る。大地様の礼と受け取ってくれ」


「申し訳ありません・・・私が未熟なせいで・・・」


「これほどの呪いを感じさせず、外に漏らさず。やはりお主の器は余が見込んだだけはある。・・・よし。終わったぞ」


「ありがとうございました」


「櫻姫・・・大丈夫なのかそれ」


大地は櫻姫の黒くなった髪の毛を指差す。


「少しずつ浄化致しますので、ご心配には及びません」


「そうか・・・何か俺に出来る事があれば言ってくれよ」


「承知しております」


櫻姫は大地に頭を下げた。


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