第55話 それぞれの修行
大地は森の中を御神木のある方向へと歩いてゆく。
夏の暑さから大地の頬には大量の汗が伝っていた。
「大地様・・・大丈夫でございますか? そこの湧き水で休憩致しましょう」
大地は歩みを緩めず歩き続ける。
「いや・・・きっと皆、それぞれ今頃頑張ってる。俺だけ休憩って訳にはいかねぇよ」
「大地様・・・しかし、この山の湧き水を飲む事は大地様の力の上昇に繋がります」
「・・・そうか。なら少しだけ」
大地は湧き水の所に腰を降ろし。飲み始める。
その透き通った水は暑さで疲労した大地の体を巡り、癒す。
「ふぅ~・・・櫻姫の言うとおりなんか力が湧いてくるな。さ、行くぞ」
再び立ち上がり御神木を目指す。
暫く歩いた後目的地に到着した。
そこには巨大な桜の木が、昔見たその時のままの姿で佇んでいた。
「やっぱでけぇな・・・」
それを見上げる大地。すると桜の木が徐々に開花を始め、まるで主人の帰りを喜ぶかのように満開の桜を咲かせた。
「・・・すげぇ・・・」
大地はその美しさに見とれるだけであった。
「大地様のお陰にございます。おかえりなさいませ我が主」
櫻姫は大地の前に立ち深くお辞儀をする。
「ただいま」
「では、早速ではございますが、大地様に掛けられた術の解術に移りますのでここで、座を組んでいただきます」
大地はその場に胡坐をかいて座る。
「解術には数日掛かりますので、その間はこの桜の木の下から動かないでくださいますよう」
「分かったよ」
「では、少し痛みますので」
突如桜の根っこが地面から現れ、大地の心臓辺りへ突き刺さる。
「うっ・・・うわああああ! 痛ってぇえええ!」
大地はあまりの激痛に悲鳴を上げる。
「痛いでしょうが、我慢して下さい! 小娘の術はわざと解術には痛みを伴うように施されております故、最後の試練にございます!」
「ああああああ!」
大地の壮絶な解術が今始まる。
カツーンカツーンと工場の中にハンマーで包丁を撃つ音が響き渡る。
「出来ましたわ・・・でも・・・」
キャロルは立ち上がり大地の包丁の前に立つ、そして勢い良く自分の作った包丁で大地の包丁を切り付ける。しかし結果は同じ、キャロルの包丁が一方的に曲がってしまうだけであった。
「もうっ!」
キャロルは包丁を地面に叩き付ける。
包丁は地面に当たって跳ね、地面に転がる。その取っ手は真っ赤に染まっていた。
「また潰れてしまいましたわ・・・」
キャロルはバッグから着替えに持ってきた服を裂き、それを手に巻き付けるが、すぐさま血が滲む。
「もう一回・・・!」
「・・・なぜそこまでして加工を会得したいんだ小娘」
後ろで作業していた刀坂が話しかける。
「ただの負けず嫌いなだけですわ」
刀坂はフンッと鼻を鳴らす。
「それだけじゃそこまでせんだろう。話せ」
キャロルは皮手袋に手を通す。
「・・・仲間のためですわ」
「ほう」
「弱く戦力にならない、わたくしの代わりに戦い、一番弱いわたくしの口ばっかりの命令を素直に従ってくださる、彼らの生存率を0.1%でも上げる事。それが私に出来る唯一の仕事ですの。わたくしの命令で一歩間違えば死ぬかもしれない危険を冒すかれらに比べれば、こんな安全な場所で流す私の血など取るにたりませんわ」
キャロルは皮手袋を握る。その分厚い手袋に血が滲む。
「・・・」
刀坂は自分の座っていた場所へと無言で戻り、そこに置いてあった物をキャロルに向かって投げ飛ばす。
キャロルはそれを咄嗟に受け止める。
「痛っ!・・・何しますの!・・・これは・・・!?」
キャロルの手の中には仕上げに使うハンマーが握られていた。
「くれてやる」
刀坂は別のハンマーを取り出し作業を再開する。
「この龍鱗鉱はクラス5・・・! い・・・頂いても!?」
「足りない技術は道具で補い、足りない道具は技術で補え。あと胃酸のタイミングはいい、もっと素早く作業をしろ。その槌なら可能だろ」
「・・・ありがとうございます」
キャロルは深く頭を下げた。
再びその槌を持って作業に戻るキャロル。
(すごい・・・まるでわたくしがずっと使っていたかのように手に馴染みますわ・・・これなら!)
キャロルは胃酸を使い2枚の板を手際よく貼り付け、そして骨粉につけて叩く。
(全然違う・・・一発で綺麗に広がりますわ!)
一発毎に皮の手袋の血が広がり、そして次第に飛び散り始める。が、キャロルは痛みを感じていないか、まるで取り憑かれたかのように叩き続ける。そして一本の包丁が完成した。その包丁は今までの物とは比べ物にならないほど美しい輝きを放つ。
それを手に大地の包丁の前に立ち、大きく息を吸い、そして切り付けた。
キィンという軽快な音と共に、地面にカランカランと包丁の刃が音を立てて転がる。
キャロルの持つ包丁はそのままに、大地の包丁のみが万力にその柄のみを残していた。
「や・・・や・り・ま・し・た・わーーー!」
キャロルは両手を挙げて喜ぶ。
手から流れ落ちた血がキャロルの顔へとポタポタと落ちる。
「あら、わたくし手が・・・」
手を見つめるキャロルの頭に一枚の布がふわりと被さる。
「使え。職人は手を何より大事にするものだ」
「あ・・・ありがとうございます」
キャロルは皮手袋を外し、血だらけになった布を取り外した後、その新しい布を巻き付ける。
「小娘・・・お前、名は?」
「わたくしは、大久保キャロルと申しますわ」
「何ぃ!?」
その名前を聞いた刀坂は驚きの声を上げた。
「お前・・・まさか・・・大久保 英斗の娘ではあるまいな!?」
「ええ、わたくしの父ですわ」
「桜姉さん・・・知っててわざと言わなかったな・・・」
「お知り合いですの・・・?」
「・・・俺の・・・一番弟子だった男だ」
「お父様が!? では貴方があのお父様がよく語ってくれた【極東のドワーフ】とは貴方の事でしたの!?」
「ふんっ・・・。奴は俺の事を何と言っておったか教えろ」
キャロルは昔、父である英斗がよく寝る前などに聞かせてくれた話を語りだす。
「俺には師匠が居る。名は言えないが、その方は極東のドワーフと言われるほどの腕前だった。無愛想で頭が固く図体も態度もデカイ男だったと」
「あいつ・・・」
「だが、腕は超一流で他の職人の追随許さず、そして意外にも面倒見がいい。最後は喧嘩別れをしてしまったが、俺は死ぬまで彼を尊敬している。向こうはどう思っているのか分からないが、俺は彼の一番弟子としての誇りを持って墓に入るつもりだ。と言っておりましたわ」
「・・・喧嘩はしたが破門はしとらん」
「喧嘩の内容を差し支えなければ教えて下さいますか? わたくし、お父様の昔話に興味がありますの」
刀坂は目を瞑る。
「・・・奴が俺の技術のほぼすべてを会得し、俺もそろそろこいつを後釜に据えようかと思っていた頃。俺は英斗に呼ばれた。そこで奴は俺に一本の刀を見せてきおった。その刀は機械で打たれて接着剤で固められ、ボルトで固定した刀だった」
「それは・・・【
「だが、その傑作には魂が宿ってねぇ。武器ってのは使い手を思い一つ一つ丁寧に時間を掛け作り出す。そうする事で使い手に合った物が出来る。その武器に職人の魂を乗せ一緒に戦う相棒だ。俺はそう思っているし、それがこの国を守る効率の良い方法だと思っておる。しかし奴はある程度の物を量産し数で対応しようとした。レプリカコアの量産もその一つだろう」
「お言葉ですが・・・お父様の発明でこの国の防衛力が飛躍的に上昇した【結果】が出ていますわ」
「ああ・・・しかしその【結果】はクラス3までの防衛において・・・だ。クラス3から使用する武器は専用武器でないとよほどの実力がないと通用しない。これも事実だ」
「それは・・・」
「それをあの馬鹿が・・・武器を金儲けの道具なんぞに使いおって・・・」
「お父様はそんなつもりで武具の製作を行っている訳ではありませんわ!」
キャロルは憤りを隠せない。
「実際お前は裕福な暮らしをしているだろうが」
「それは・・・。しかしお父様は貴方の話をする時は言っていましたわ。この世界がドラゴンに怯えず生活出来る。そんな世の中にするのが俺と師匠の夢だ。方法は違えど目的は同じ・・・と」
「どうだかな。もういい」
刀坂はノシノシと歩いて置くの小部屋へ向かう。
「あの!」
「なんだ」
「わたくし、少し試したい事がありますの。この工場にあるクラス1~5の龍鱗鉱をお借りしてもよろしいですか?」
「・・・好きにしろ。」
「ありがとうございます」
日も暮れ、訓練を切り上げた一同は食事を取っていた。
「痛てて・・・」
「口の中しみるの? ごめんなさいね守。私の魔力が尽きちゃってケガが治せなくて・・・」
「放っておけ、弱いからそうなるんじゃ」
桜は煮物をつまむ。
「明日は絶対負けねぇからな!」
守は桜を箸で指す。
「行儀が悪いわ!」
桜はの腕が伸び守を殴り飛ばす。
守は障子を突き破り庭を転がりながら木に激突した。
「何すんだよ!」
「まったく・・・。躾がなっとらんぞ優香」
桜は優香を睨む。
「しゅみません・・・」
「この煮物美味しー!」
「楓ちゃん・・・動じなくなってきたわね・・・」
「そうかそうか! 一杯食べて良いぞ楓!」
桜は微笑みながら楓の頭を撫でる。
何故か旋風も楓の頭を撫で始める。
「食事中に人殴るほうが行儀悪いだろ!」
「泥だらけで食卓へ上がってくるな!」
再び殴りつける桜。しかしその拳を守は受け止めた。
「二度も同じ手を食うかよ!」
そしてそのまま桜を庭へ投げ飛ばす。
桜は空中で体制を立て直し庭へ軽やかに着地した。
「明日じゃ無ぇ! 今日負かしてやる!」
「ほう。まだ訓練し足らんようだの。良い。かかって来い! しかしお主が負けたら風呂の薪焚きじゃからな!」
「上等だ!」
庭で戦闘を始める2人。
「おっ。楓ちゃん。この魚美味しいぞ。ほれ、あーん」
「はむ。本当! 美味しいです!」
「ちょっと皆!? あの2人止めなくていいの!?」
「無駄よ千里さん・・・ああなったら2人とも止まらないわ。ほらとにかく暖かいうちに食べましょう? 残すと桜さん怖いわよ?」
「はい・・・。あ、このから揚げおいしい」
釜戸の中の薪はパチパチと音を立て、オレンジ色の炎がゆらめいている。
「どうじゃ優香。火加減は?」
「丁度いいです。すみません桜さんより先に一番風呂頂いて・・・」
「いいわい。ワシはこやつが覗かぬよう見張っておかねばならぬからのう」
そう言って薪で守の頭をコツンと叩く。
「覗かねぇよ! 優香姉なんて覗くかよ!」
「ほう・・・それじゃあ、旋風や千里だったら?」
「・・・覗かねぇ・・・」
「ふむ・・・では、楓か?」
「俺はロリコンじゃねぇ!」
「じゃあ・・・ワシ?」
「くたばれ」
「なんじゃと~!?」
桜は守の頭を掴み焚き火の中へ近づける。
「あちぃ! 燃えるって!」
「桜さん騒がしいようですが、どうしたんですか?」
「いや、ちと薪を足しておるだけじゃ」
「俺は薪じゃねぇーーー!」
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