第54話 翌朝
朝、小気味良い小鳥たちのさえずりで目を覚ます守。体を起こし辺りを見回すと、キャロルが歯磨きをしていた。おそらくシャワーを浴びたのであろう、髪の毛は濡れており、辺りにはシャンプーのいい香りが立ち込めていた。歯磨きが終わったのか口を水ですすぐ。
「おはようございます」
「お・・・おはよう。ところで、この縄ほどいてくれねぇか?」
「自分で解けますでしょう」
守は龍人化し縄を千切る。
「さ、食事の用意を致しますわ。少し待って下さいまし」
キャロルは髪の毛を後ろに束ねる。
「いや、俺はもう行くよ」
「しっかりと食事をとるのも訓練の一つですわ。といっても非常食のレトルトしかありませんが」
キャロルはコンロでお湯を沸かし、レトルト食品を温めた後、コーヒーを入れる。
テーブルの上に缶詰やレトルトの白飯が並ぶ。
『頂きます』
食事を終えた守は表に出て翼を出す。
「じゃあ行ってくる」
キャロルは守の胸に拳を突き付ける。
「皆を頼みましたわよ。しっかりと桜さんに訓練をしてもらい。あわよくば・・・叩きのめしていらっしゃい」
キャロルはニヤリと笑い、そして守の背中を勢い良く叩き送り出した。
守はそれと同時に飛び立つ。
大地の家では朝食を終えた一同が昨日、守と桜の戦闘のあった空き地へと集まっていた。
桜は皆の前に立ち話を始める。
「今日ワシは非番じゃ。特別にワシが相手になって稽古をつけてやる。旋風、千里、沙耶はワシに全力で攻撃を仕掛けて来い。優香は負傷した生徒の治癒及び、死なぬよう補助を行え。楓も出来る事なら激突の衝撃などを超念動で和らげてやったくれまいか」
『はいっ!』
「んじゃ、俺らは櫻姫の御神木へ向かうから、ばっちゃ。皆をよろしくな! 終わったら帰ってくる」
大地はそう言って森の中へ歩いて消えて行った。
沙耶は悲しそうな顔をして見送る。桜は飛梅を呼び出し、同化する。
「さて・・・始めると・・・」
その時、上空から勢い良く守が地面に降り立つ。辺りにはその衝撃で砂埃が巻き上がった。
「守君!」
千里は守に駆け寄る。
「心配してたんだよ・・・!」
「すまんな千里。あと皆ごめん。皆を置いて勝手に逃げ出しちまって」
「守お兄ちゃん本当に帰ってきた! お帰りなさい!」
「戻った。気にしないで」
「パートナーを置いて何処かへ行ってもらっては困るぞ」
「す・・・すみません氷雪会長・・・」
「パ・・・パートナーですって!? ちょっと旋風さん!? 聞いていませんよ!?」
優香は旋風に詰め寄る。
「それは言ってませんから」
「ぐぬぬ・・・」
「何だ、戻ったのか守」
守は桜を睨みつける。
「隊長命令でアンタから学び、そして超えて来いと命令されたんでね」
桜は少し驚き、そして笑い出す。
「くはははは! お主らの隊長というとあの大久保の娘か! まったく面白い! やはり大地の嫁にはもってこいの逸材じゃな!」
「聞き捨てならない」
沙耶体から電流がほとばしる。
「落ち着けって沙耶」
桜は後ろへ跳躍し距離を取る。
「ではこれより訓練を開始する! 皆まとめてかかってくるが良い!」
沙耶はすぐさま銃を取り出し、そして桜へその銃口を向ける。
「ちょっ! 沙耶!?」
沙耶は間髪入れずそのまま発砲した。放たれた弾丸が桜を襲う。
しかし、桜の足元から植物が出現しそれそ弾き飛ばす。
「どうした? その程度でこのワシをし止められると思うてか? 殺すつもりで撃って来んか!」
桜は皆を挑発する。
「・・・そういう事なら、本気で行く。大地の居ない今なら見られる事も無いし。
そう言うと、馬のような姿をしたものが現れた。その頭には一本角が生えており、眩いばかりの雷を纏っていた。
「憑依。」
馬は光の塊となり沙耶の体へ吸い込まれる。
その瞬間沙耶の頭から角が生え、髪の毛が逆立つ。
「ほっ! なんという・・・雷神の系譜じゃったか!」
沙耶は右手を天高く伸ばす。
「
同時に雷が発生し桜目掛け落ちる。
桜は咄嗟に植物のツタを自分を包み込むように展開しそれを防ぐ。
沙耶は一発では終わらず、何度も落雷を落とす。回数を重ねる事に沙耶の体か煙が上がり始めた。
「お・・・おい沙耶。やりすぎじゃ・・・」
「殺す気で来いって言った。」
「一応大地のばあちゃんだぞ・・・」
黒こげになった桜のツタの中を恐る恐る覗き込む守。
「・・・居ない!?」
振り返った守の目に映ったのは、ツタに巻きつかれ地面に引きずり込まれる沙耶の姿だった。
「っち。」
「凄まじい力だが、まだまだ甘いな。しばらく埋まっておれ」
桜は沙耶を地面から頭だけを出して埋め込んだ。
「まずは1人。楓! 敗北者を回収してくれ」
「はっ・・・はい!」
楓は沙耶を地面から超念動で引っこ抜き、自分の方へ引き寄せる。
桜は再び植物の脚をラセン状に変化させ、回転しながら地面へと潜った。
「モグラかよ!?」
『みんな。地面ごと凍らせる。空中へ避難してくれ』
『氷雪会長!? 心伝術出来たんですね』
『範囲は狭いがな。早く』
守は龍人化し空へと飛び立つ。
千里はシールドを空中に出現させ、それを駆け上がり上空へと避難した。
旋風は大きく息を吸い込み、それを地面に向かって勢い良く吐き出した。
その吐息を浴びた地面は、見る見ると凍りついてゆく。
『むっ・・・動きが無いな・・・千里。最大火力で火球を放ってくれないか?』
『わ・・・わかりました』
千里は両手を上に上げ火球を溜め始める。
そして最大まで膨れ上がった火球を凍った地面へと投げつけた。
それに合わせるかのように地面から勢い良く木が生えて来、火球と激突する。
『あれは・・・しまっーーー!』
熱せられた栗が破裂し、四方八方へ勢い良く弾け飛ぶ。
その中の一つが技を放ったばかりの千里の腹へと直撃し、千里は気を失い上空から力なく落下し始めた。
「千里!」
それを受け止めようと守は急降下を始め落下する千里へと接近する。
「いけない! 罠だ!」
旋風は叫ぶがその声は守に届くことは無く、守は千里を受け止めると同時に、待ち構えていた桜のツタにがんじがらめに絡みとられてしまった。
「っち! 汚ねぇぞ!」
縛りつけたツタは、2人を優香と楓の所へと投げ飛ばす。
「2人、3人。あとは旋風だけかのう?」
地面から出てきた桜は旋風と対峙する。
「みんな・・・ごめんね。
旋風の髪の毛から藁で編まれた帽子をかぶった小さな妖精が出現した。
その妖精は無言で小さな雪の塊になり、それを旋風は口に運ぶ。
次第に肌はまるで雪のように真っ白へと染まってゆく。
「桜さん。胸を貸して頂くつもりでしたが、仲間がやられて少々腹が立ちました。申し訳ありませんが本気で戦わせて頂きます」
旋風はどこからともなく、扇子を2本取り出す。
「試させてもらうぞ。お主の実力」
広げた2枚の扇子を勢い良く桜に向かって扇ぐと、強烈な氷交じりの風が巻き起こった。
「ふんっ」
桜は再び地面へ潜ろうとするが、それよりも早く地面が凍りつく。
仕方なく右手を伸ばし、近くの木へしがみつきその場を離脱する。
旋風はすぐさま持っていた扇子2枚を左右に飛ばす。扇子は大きく旋回し、木々を切り倒しながら桜めがけて飛来する。咄嗟に回避するも間に合わず、その一つが桜の右腕を捕らえ切り落とす。扇子が切り倒した木々は切り口から少しずつ凍りつき始めた。
「まずは一本頂きました。切り口は凍っているのでしばらく再生も無理でしょう」
旋風は戻ってきた扇子を受け止める。
「ふん。小癪な。」
桜は残った腕で腰の袋から豆の種を数粒口に含み、それを旋風に向かって勢い良く吐き出した。
その豆は槍のような姿に変化をし旋風を襲う。
旋風は2枚の扇子を扇ぎそれを打ち落とす。
「そんな子供だまし、通じませんよ」
桜は目を瞑り、手を合わせ呟く。
「一つ植えては鳥の為。二つ植えては虫の為、残りの一つは人の為。ありがたや。ありがたや」
その声に呼応するように地面に落ちていた豆が成長を始め、絡み合いあっと言う間に巨大な人の形をした緑の巨人へと成長した。
「なっ・・・!」
旋風は扇子を構えその緑の巨人に向かって吹雪を巻き起こす。が、巨人はびくともせず、その巨大な拳で旋風に殴りかかってきた。地面と自分の靴を凍らせ、すべる様に回避をする。
「どうした? マメ科の耐寒性を見くびるなよ」
「なら・・・切断する!」
2枚の扇子を脚に向かって放つ。扇子は勢い良く緑の巨人の足に直撃するが、その分厚いツタの塊全てを切り裂くには至らなかった。
「まだ・・・まだ!」
旋風は両手を脚の方へかざす。すると扇子が食い込んでいた部分が次第に凍り始めた。
「流石・・・といった所かのう・・・しかし。」
緑の巨人の地面に食い込んでいた拳がバラけ、ツタとなって旋風を絡め取る。
脚を凍らせる事に集中していた旋風はこれを避けることは出来なかった。
全身を絡み取られながらも自身の回りに氷の竜巻を巻き起こし抵抗する。
が、しかし、二重三重と絡みつくツタの前になすすべは無く、竜巻は徐々に弱くなりそしてついに力尽きてしまった。
「・・・見事」
ツタを解くと中から気を失った旋風が地面へと倒れ込む。
その姿を見た一同は旋風の元へ駆け寄る。
「氷雪会長! 大丈夫ですか!」
守が抱きかかえる。
「・・・息はしている・・・けど冷たい・・・・。優香姉! 早く会長を!」
「分かってる。まずは暖めないと・・・。千里ちゃんは気絶しちゃってるし・・・守。あなたドラゴンの炎で体温を上げられるでしょう!?」
「出来るぞ! どうすればいい!?」
「なら、体温を上昇させて旋風さんに抱き着いて暖めて下さい!」
「分かった」
守は龍人化し炎によって体温を高める。そして旋風を正面から抱きかかえ暖める。
次第に旋風の顔色も良くなり始めた。そして旋風はゆっくりと目を覚ます。
「皆・・・済まなかった。一番の年長者なのに・・・みっともない姿を見せてしまったな」
「氷雪会長! 良かった・・・」
「ああ、成程。守が暖めてくれたのか・・・道理で暖かい訳だ」
旋風は再び守をギュッと抱きしめる。
「氷雪会長!?」
守の顔がどんどん赤くなってゆく。
丁度その時、気絶していた千里が目を覚まし、旋風が守に抱き着いている光景が飛び込んで来た。
「守君!? えっ!? 何で氷雪会長と!?」
慌てて立ち上がり駆け寄る千里。
「おっ。千里も気がついたのか! 良かった・・・。ん? どうしたんだ? そんな泣きそうな顔して・・・」
「うぅ・・・だ・・・だって・・・」
「はいはい。皆さん。治療しますから守は向こうへ行って下さい!」
そう言って守と旋風を引き離す。
そこへ桜が歩み寄る。
「お主ら、個々の能力は本当に素晴らしい。しかし上手く連携が取れておらぬようだの」
「もう一度だ! あんたを負かすまでやめねぇ!」
「落ち着け。皆戦える状態では無かろう。熱くなるな周りをちゃんと把握する事こそチーム戦において最も重要なことじゃ。ワシは逃げも隠れもせん。準備が出来たら呼びに来い又相手をしてやる」
そう言って桜は家の中へ入っていった。
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