第6話


 目が覚めたとき、布団の中ではなかった。出店がどこまでも続いている。りんご飴、射的、金魚掬い。輝きに目を奪われた。青、赤、黄の偏光。たくさんの人々と発生元の知れない音や光が一緒くたになった空間。笑い合って、興じて、悲しいことが一つもない。

「ずっときたかった!」

 お祭りは憧れだったんだ。一度も知らなかったから。

 歩みを進めるにつれて、取り変わる景色、目に映る光景は、季節が瞬時にめくれるように鮮やか。追う両目が忙しない。同じでいて、どれも違っている。右も左も初めましてのものばかり。

「夜がこんなに明るいの。」

「知らなかったのかい?」

 前を歩いていた二人組が、くるりと振り返った。二人とも、背丈の差がなく、男は で綿の浴衣。女は黒髪に赤いかんざし。りんごを模した先っぽの飾りが、彼女を頭をふんわり揺らすたび、光を纏って誇っている。彼らは、目も鼻も口もなかった。

「ねえ、あげる。」

女の方から声がした。ない目と目があった。

「べっこう飴。」

溶解度限界まで砂糖を溶かしてできた水飴みたいな声だ。でもそれも、この、真夜中の明かりの中なら、怖くない。なんだ、なんてことないじゃないか。

 今まで馬鹿だった。あたし何をしてたんだろう。毎日不安で、精一杯だった。惨めで惨めでたまらなかった。それが、ここでは。一歩一歩進むたび、記憶が抜け落ちていくよう。自分が自分でなくなるのが、こんなに、こんなに。全て忘れられる。忘れたい。

 振り返った。あいつと目があった。とても眩しい、眩しそうな顔でこちらを見ている。あいつのせいだ。あいつがいるから、あたしは今まで耐えてきた。命からがら、つないできた。世界に記録されるあたしを、記録される通り、明日につないできた。ところがあいつはどうだ。何も、何もしてくれなかった。言葉一つもかけてくれない。あいつは負けたんだ。あたしを救えなかった。

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