第9話 魔法

 理事長による怪しい洗礼が終わって数日後、夕食が終わり食器を下げようと席を立った時に、アキが声をかけてきた。


「後で私の部屋に来てもらえるかしら」


 断罪イベントかな。

 思い当たるフシはまったくないのだけど。


 一度自分の部屋に戻り、メモ帳と筆記用具をポシェットに入れた。必要はないと思うけど念の為だ。


 アキの部屋は建物の反対側で少し遠い。途中の共用冷蔵庫からお茶を四本取り出した。自由に飲んでいい配給品だ。今日は玄米茶のボトルにした。

 重かった。


 アキの部屋の前で扉をノックをする。

 直ぐに返事が帰ってきた。


「どうぞ」

「お邪魔します」


 ゆっくり扉を開けると、部屋にはアキのほかに、リアとクミも居た。


 魔法少女候補生の部屋は個室である。

 ベッドとクローゼとそして勉強机でワンセット。広さは四畳程度で、一人で生活するには丁度いい。お風呂とトイレ、洗面所と洗濯室は共同でキッチンはない。必要なら食堂の電子レンジや厨房を使うことはできたけれど、厨房は子供が使うには大きすぎた。床にはカーペットが敷いてあり、床暖房になっている。エアコン完備で室内は快適だ。

 もちろんネット環境が整備され、パソコンが備品として置いてある。

 孤児院の中でも特別だ。普通は四人部屋で、寒いし暑いしうるさかった。

 この部屋に住めるだけで、十分幸せなのだといつも思う。


「おそかわったわね。そこどうぞ」


 学習机の椅子に行儀よく座っているアキが、入口近くの椅子を勧めた。

 いわゆる丸椅子だ。座り心地はよろしくないけど仕方ない。


「ありがとう」


 窓際の床にはクミがあぐらをかいて座っていた。目が合うと、軽く手を上げて笑った。ベッドに寝転がって本を読んでいるのはリアである。人の部屋でも容赦ない態度にイラッとするが、アキが何も言わないのだからと無視をした。

 いつもの何も変わらない。


 魔法少女候補生のリーダーである四人がこの部屋に集まるのはこれが初めてではない。人数が多ければそれなりに問題は生じるから、その解決のためだったり、施設内のイベントの企画や運営だったり、その時によって議題は違う。けれど、大体がそれで上手くやっていけた。解決した。

 だけど今回はそんな簡単な話じゃない。


「じゃあ始めましょうか」


 アキの号令に合わせて、リアも本を閉じる。

 本の表紙がちらりと見えた。悪役令嬢物だった。好きだなみんな。

 人のことは言えないけれど。


「どうせ洗礼のことだろう」


 わざとらしくクミが言葉にする。もちろん今の話題はそれしか無い。


 夢の中で魔女っぽい何かにナイフで胸を刺された。


 他の候補生に聞いても同じ答えだった。

 そして、その魔女っぽいものは理事長に良く似ていた。

 それも共通認識だ。


「でもさ、魔法少女って、汚れをために魔女になり、んで、魔女になった魔法少女は、同じ魔法少女に倒されるという、輪廻転生じゃないんだけ」


 不満げに話すリアの最後の言葉は多分間違っている。使い所が間違ってる。

 それにそれは、一つの物語の設定に過ぎない。

 魔法少女の境遇は数多く存在するのだから。


「白い妖精はでてかなかったな」

「ああ、たしかにそうですね」

「契約でなく、洗礼だったし」

「てゆーか通過儀礼?」


 洗礼直後に何かがかわったわけじゃない。

 むしろ変わっていない。


「一年以内に発症するって」

「病気かよ」

「それな」


 理事長はそんな事を言っていた。それに個人差があるらしい。


「発症てどうなるんでしょうか。熱とか出るんでしょうか」


 魔法少女というからには魔法が仕えるようになるとかだろう。知恵熱が出たりすればわかりやすいのだけれど。そのあたりのことを理事長はまったく説明していかなかった。もしかしたらわからないのかもしれない。

 これは多分、実験なのだろう。


「魔法ってどうやって使うのかな」

「呪文だね、きっと」

 

 あとは指を鳴らすとか、まあ、色々。

 魔法少女だから魔法を直接使うとは限らないし、魔道士とか魔法使いとか、魔女見習いとかでなく、なぜ魔法少女と言ったのか。

 それはあるいはヒントかもしれないけれど。


「なんかこう、イメージとかしたらいいんでしょうか。いろいろな本を見ているとなんだかそんな感じで使えるような気がします」


 精霊が、とかマナがとかあるよね設定。しらんけど。

 あの理事長が、どういう魔法少女をイメージ示しているかなんだろうけれど。そこら辺も全く説明がないのは、どうかと思うのだけれど。


「こうかしらね」


 アキが手のひらを上に向けて前に出す。

 何をする気かわからないけど、何やらチャレンジしてみるらしい。

 皆の視線がそこに集まった。


「いきますよ」


 手のひらに、ほんの小さな火が灯った。

 とても綺麗だった。

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