第8話 洗礼
理事長が姿を表すのは一年ぶりだった。
「あなた達には、魔法少女になっていただきます」
そんなとんでもないことを言い残しながら、まったく音沙汰などなかったから、冗談だったと思っていた。
このままここで生活していけば、生きるのに苦労しないし、何ならより幸せな生活を手に入れることは確実だった。それくらいの訓練を行っていた。
そのことの比喩だったのかとも思い始めた頃だった。
十三人の魔法少女候補生は、初日と同様に一列に並んだ。
「思った以上にたくましくなったわね。ええ、素晴らしい」
あれだけの訓練をすれば、それなりに成長する。それは理事長にとって満足の行くレベルだったのだと思う。
「みなさんには、魔法少女になってもらいましょう」
一年前のセリフを理事長は再び口にする。厳密には、代名詞とか語尾とかが違う気がするけれど、言っていることは同じである。
「まずは洗礼を受けてもらいます。大丈夫、痛いこととか、苦しいこととかしないですから」
そう言うのは嫌だった。それは他のみんなも同じだったらしい。あからさまに不安な空気がほっとする物にかわっていた。
理事長が合図をすると、控えていたメイドが、液体の入った紙コップを持ってきて、順番に手渡した。白い紙コップには透明な液体が入っていた。
「まずはそれを一気に飲んでください」
断るという選択肢はないのだから、言われたとおりに飲み干した。
とたんに眠気が襲ってくる。
「目が覚めたら、魔法少女の出来上がりです」
その言葉を最後に意識を失った。
☆
夢を見た。
真っ白い世界。
何処までも続く雪原のようだった。
目の前に誰かがいる。
つばの広いトンガリ帽子をかぶり、裾の長いマントを羽織っている。短めのスカートに長細いブーツ。そのすべてが真っ黒だった。
ただ、髪の毛と、ワイシャツだけは白かった。
「魔女?」
それは、物語にでてきた魔女だった。
ただその顔は、若い頃の理事長のようにも見える。
右手に持っているのは杖でも、空飛ぶ箒でもない。
ナイフだった。
「こんにちわ」
総挨拶してから、魔女はゆっくりと近づいてくる。
逃げようと抗うが、体がまったく動かない。
「大丈夫よ。すぐに終わるわ」
ずぶりと、みぞおちの部分にナイフが刺さる。
痛みはない。
血も出なかった。
「ここは」
今更のように問いかける。
「わたしの夢よ」
「夢?」
そうか夢を見ているのか。
魔女の夢を。
夢なら痛くはないはずだ。
「おやすみなさい」
魔女にそう言われて、また眠りへといざなわれた。
☆
目が覚めたら、元の集会室だった。
座ったまま眠っていた。しかも半日ほど寝ていたらしい。
全員が、ほぼ同時に目を覚ましたようだった。
職員が、目を覚ました順に、体調のチェックをしていた。異常がないか確認しているのだろう。理事長は、その場にはいなかった。
さっきのは夢だったのか。
当然のように、みぞおちには傷も、刺された痕もない。
夢だと言えば夢なのだろう。
「どうゆうことかしら」
一通り検査が終わったのを確認して、アキが南原院長を問い詰める。
それは全員の思いを代表した言葉だった。
「えっと、今理事長を読んできますので」
パタパタと音を立てて院長は集会所をでていった。
目を覚ました時点で読んでおけよ。
そう思ったけれど、黙っていた。余計なことだ。
あとは理事長が来るのを待つしか無いけれど、すぐには来ないだろう。
「魔女がでたねぇ」
「やっぱ魔女なのかあれ」
「でしょ、どう見ても」
「刺されたよ」
「刺されたね」
リアとクミの話を聞く限り、みな同じ夢を見たらしい。
他の候補性もうなずいている
これが洗礼なのだろう。
なんだか全然わからないけど。
ということは、もう、魔法少女になっているのだろうか。
そんな感覚もなかったし、何より、呪文とかを教えてもらっていない。無詠唱でできるのかと思ったけれど、まったく反応しなかった。
「またせたね」
だいぶ時間が経ってから、理事長が戻ってきた。
候補生は順番に並び直し、その言葉を待った。
「おかげさまで洗礼の儀式は無事終了よ。魔法少女としての能力は、これから一年以内に各自発症すると思っていて。そうなって初めて魔法少女なのよ。個人差があるけど、楽しみに待っていてね」
前回と同じようなセリフを残して、理事長は去っていった。
全然説明になっていないし、質問も受け付けなかった。
とりあえず、もう一年このまま、鍛錬を続けるそうだ。
そのうち、魔法が使える様になるらしい。
そして不思議なことがもう一つ。
新学期になっても、後輩は一人も入ってはこなかった。
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