第7話 世界征服

 待ちわびていたパフェが来た。

 見た目は普通だ。特別飾りが多いわけでも、器が大きくて豪華でもない。


「いただきます」


 ご馳走してくれるはずの隣の美人に挨拶をして、手をつける。

 美味しかった。

 アイスクリームが最高だ。甘すぎず、なめらかだった。

 チョコロレートソースも濃厚で、味わい深い。

 今まで食べた中では秀逸だった。


「気に入ってもらえたかしら」

「ああ、ごちそうさま」


 こんな店を教えてくれたことには感謝である。

 これからも店には通うけれど、感謝の気持は一回だけだ。

 もったいない。


「それで、本当の理由をお伺いしても」


 この女が王都に現れるのも珍しいが、こんなところに呼び出すという行為が理解出来なかった。

 あの日以来会うのは初めてだ。

 許されるとは思っていない。けれど、反省も後悔もしていない。

 

「ちょっと付き合ってほしいのですよ」

「どちらへ」

「実家まで」


 八歳から十八歳までこの女と一緒に過ごした孤児院は、ここからそれほど遠くない場所に今も建っていて、少数先鋭で優秀な孤児を教育している。

 それはあの頃と変わらない。

 ここから歩いて十分ぐらいの場所にあるから、行くだけなら何の問題もない。

 けれど、それはハードルが高すぎた。


「いやだね」

「どうして」


 そう問われて、答えが出ない。

 理由は簡単だ。だけどそれは感情的な理由だった。

 それでこの女が納得するはずもなかった。


「食べ終わったのなら行きましょうか。お待ちになっている方が沢山おられるんでしょう。早く席を譲ってあげないといけませんわね」


 超がつくほどの人気店から、順番待ちの客がいるのは明らかだ。席を譲ろうという精神はお嬢様らしくないけれど、それに反論することはできなかった。


「とにかくでますか」


 階段を降りると、入口には来たときより長い列になっていた。

 さすがの人気店である。


「護衛もいたのか」


 店を出ると、少し離れてメイドが二人着いてきた。お嬢様だから、メイドが付くのは当たり前だ。しかもSP並の戦闘力を有しているっぽい。

 

「あれは監視ですよ」

 

 実際、この女は強い。

 この国で十本の指に入る戦闘力の保有者である。実際問題として、護衛はまったく必要ない。それ故危険人物として、国の監視下に置かれているのだ。

 本当に厄介な人物だった。


「それで、実家に行く理由をお伺いしても」


 女はそれに答えることなく無言で進む。

 孤児院に着くまで、その理由を言わないつもりだ

 このまま帰っても、止められはしないと思う。

 でも、不思議と着いて行った。。

 一緒にいかなければ。

 そう思った。


 久し振りに見る孤児院は、だいぶヘタれていた。屋根や壁は修繕をして一応小綺麗になってはいるが、建物全体が醸し出す古さは隠せていない。

 年季の入った建物で、まったくあのときのままだった。


「ここにはよく来るのか」

「卒業以来よ。あなたもでしょう」


 楽しかったけれど、結果としていい思い出で終わらなかった。意識していたわけではないけれど、近づこうとは思わなかった。

 

「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」


 出迎えてくれたスーツ姿の女のことは知っている。

 同じ孤児院にいたのも覚えている。

 それこそ会うのはあの日以来だ。特別仲が良かったわけでもないから、特別話すこともない。

 小さく頭を下げて通り過ぎた。


 会議室には、メイド服姿の女が居た。黄色いポニーテールは相変わらず似合っている。この歳になっても、その可愛さは健在だ。

 メイド服と言っても、一般のメイドが着るシンプルな仕事着ではない。近くのサブカルチャー地域にあるメイド喫茶の制服だった。たぶん仕事を抜け出して、そのままの格好で来たのだろう。割と派手だから、目立ったんじゃないだろうかと心配になった。


「遅いなぁ、待ちくたびれたよ。早く座ってくれる」


 パイプ椅子に深く腰掛け、腕を組んだまま、メイドは着席を勧めてきた。

 言われたとおり、空いている椅子に座る。


「呼び出したのはお前かよ」

「そうです。重要事項なので、お二人揃ってきてもらいました」


 真面目な顔をして指を鳴らすと、会議室が結界に囲まれた。

 内緒話が始まるのは理解できた。


「一人足りなくないですか」

「あ、あの子は今ちょっとね」


 要領は得ないけれど、これなかったということだろう。あるいは聞かせたくないことなのかもしれない。


「先日、お母様が、僕のもとに来ましてね、そして言ったんですよ」


 世界征服をしようかと思って。


 その言葉に、思考停止する。

 いや、どういう事だ。何を言っている。

 

 隣の女に視線を送ると、彼女は小さく首を振った。

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