第5話 リア

 資料室を掃除中なう。


 ちょっと小腹がすいたからつまみ食いした事を告げ口され、罰として資料室掃除を言い渡された。悪いのは明らかだし、密告された事を恨んだりするほど心が小さいとは認めたくない。怒ってなんていないんだからね。

 いや、めっちゃ腹たつわ。

 この恨みはいつか晴らす。


 八畳間程度のこじんまりとした資料室は、建てられたばかりの建物の割に古い本が多い。理事長の私物なのだろう。幼女にはちょいと難しい本ばかりだ。

 本棚のホコリを払っていたら、その場にそぐわない本を見つけた。悪役令嬢の小説だ。ちょっと前に流行ったやつで、漫画化もされた人気作品だ。転生先が乙女ゲームで、破滅フラグしかない悪役令嬢に生まれ変わった主人公が、転生前のゲームの記憶を駆使しつつ運命を変えて成り上がるれない小説だ。似たような作品は山ほどあるけど、アニメにも成ったから、題名はよく知っていた。内容も。

 興味が湧いたので取り出したところ、隣の本が一緒になって落ちてきた。


『夢を見るプログラム』


 ほんのタイトルは普通だった。中を開けてみると文字ばかりだ。難しい単語がたくさん並んでいて頭が痛くなる。これは論文というやつに違いない。

 読めたとしても理解できないと理解して本棚に戻した。

 小説の方は読めそうだから、あとで先生に聞いて借りようと思った。理事長が好きなら、呼んでおいて損はない。大体のあらすじはアニメを見て知っているから、勉強にもなるだろう。それにとても好きな作品だった。

 悪役令嬢は素晴らしい。


 掃除を終えて食堂に向かともう誰もいない。夕食の時間は終わっていた。

 食事の時間だからと呼びに来てくれる親切な友人も、面倒見の良い先生も居なかったんだ。


 広いテーブルにぽつんと取り残されている夕食を一人で食す。

 一人で食べるのは、案外が寂しいものだった。

 厨房も真っ暗で、涙が出そうだ。


「やーい、ボッチ飯」


 ポニーテールの少女が入口から覗き込んでいた。

 実を言えば告げ口の犯人はこいつである。無邪気で憎めないけれど、いつも誰かを困らせている要注意人物だ。多分きょうすを見に来たんだろう。それもからかうためだけに。


 彼女はリアと言った。


「笑いたければ笑えばいいさ」

「わはは」

「お前のせいだかんな」

「ワハハ」


 リアは強靭なメンタルお持ち主だ。何を言っても笑っている。悩み事などありそうになかった。


「暇なのか」

「君がどんな顔をして食べているか気になってさ」


 どういう意図か測りかねたけど、一人で食べるのは寂しかったから、顔を出してくれて、正直嬉しかった。その原因を創ったのがこいつだってのは、忘れよう。

 食堂に入り目の前に座ったリアに、デザートのプリンを差し出した。


「あげるよ」

「まじで、ヤッター」


 なんだか、小動物に餌をやっているような気分だった。

 食べる姿はそれっぽくて可愛かった。


 お調子者のイメージが先行するけれど、リアは実はとても強い。

 体術だけで言えば、クミといい勝負だとおもう。クミと対戦するのを避けるためなのかわからないけれど、リアはその力を隠していた。それはクミにもバレているけど、リアに遠慮しているのか、クミはそれに気づかない振りをしている。

 おかげでいつもクミに捕まる。

 ふざけんな。


「いつになったら魔法少女になれるのかなぁ」


 プリンを食べ終えたリアが、ごちそうさまの後にそうつぶやいた。


 ここに来てから三ヶ月ほど経つけれど、理事長は一度も姿を見せていない。

 訓練は厳しいけれど、ここの生活にも慣れた。普通に卒園しても高校には進学できるだろう。これから学ぶ知識と技術があれば、その後もかなり有利に生きていける。それだけでもありがたかった。

 でも、


 魔法少女は憧れだ。


 できれば特別な力も手に入れたい。ここに居る全員がそう思っている。


「ところで魔法少女って何をするの」

「敵とたたかうんだろう」

「敵って誰さ」

「悪の組織とか、闇の帝王位とか、別世界からの侵略者とか、地球陣とか」


 今まで見てきた、あるいは読んできた魔法少女の敵について、思い出す限り上げてみた。でもしっくりとはこない。そんなのはこの世界に存在しない。

 いや魔法自体存在しない。


「敵と戦うんじゃなくてさ、僕は人助けとかしたいんだよね」


 リアはボクっ娘だった。

 そう言う魔法少女も確かに居た。そう言うのはたいてい恋愛系だ。


「燃えるような恋でもしたいのか」


 まだ、愛とか恋とか年齢的に早いけれど、そんなものはいくらでも周りの物語に溢れている。女の子なら嫌いではないはずだ。むしろ好きだ。


「それもいいねぇ」


 頬杖をついて遠くを見る。リアはもう恋する乙女だ。

 このマセガキめが。


「だけど夢はかなわない」


 ふと、諦めの表情に切り替わる。

 それは孤児院で育ったもがの持つ、独特な感情だった。


 現実はいつだって残酷だ。


 天真爛漫な幼女だと思っていたリアにも、こんな一面があったと驚いた。

 そんな感情を隠しきれているリアはすごいと思う。

 それをここで吐き出したのはきっと、ストレス発散なのだろう。そんな相手に選んでくれたことは素直に嬉しかった。

 

「魔法少女の敵は、魔法少女なのかもしれないね」


 そう言ってリアは寂しげに笑った。

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