第3話 アキ

 理事長挨拶のあった翌日から、基礎学習と基礎訓練の毎日だった。

 職業軍人になるとしても、幼いうちからこれほどまでに厳しい訓練を受けたりはしないだろう。知らんけど。

 油断すると弱音を吐いてしまうくらい厳しかったし、一緒に訓練を受けているうちの何人かは実際くじけていた。

 スパルタという言葉がぴったりだった。

 スパルタとか、きょうび聞かないけれど


 そんな中で、表面上は余裕を見せている変態が居た。

 学力はトップである。それも余裕があった。勉強というものが好きらしく、今までも独学で結構学んでいたらしい。

 耐力はそれほどないけれど、それでも訓練についてこれるだけの持久力を持ちわせていた。これには教師役も驚いていた。


「あなた達、情けないわね」


 その変態は、アキという第二行政区からやってきた赤い髪の少女である。

 見た目はおしとやかなお嬢様で、皆にはやさしい。


「こんなことでは、立派な魔法少女になれませんですよ」


 孤児だと言うのにお嬢様のような話し方をいるのは、一時期流行った悪役令嬢ものの小説が原因らしい。孤児院に置いて置くような内容でもないと思うけれど、職員の中に乙女ゲームの愛好家でも居たのだろう。

 言葉遣いが若干おかしいのは、偽物たる所以だった。

 でももしかしたら、本当はお嬢様なのかもしれない。


 アキは日頃から面倒見が良かったので、委員長と呼ばれていた。

 児童向けの絵本にもよくでてくる良い方のテンプレ委員長にそっくりなのだ。

 なるべくみんなに話しかけ、挫けそうになった仲間を励ましたりしていた。

 結果、人望というスキルをゲットして、みんなの姉的存在になっていた。数名からお姉さまと呼ばれ慕われていた。


 その日は天気が良かったので、お昼ごはんを食べた後の休憩時間に、園庭の芝生でおひさまに当たっていた。ポカポカ陽気で、油断したら眠ってしまう。

 眠気に抗いつつ、雲ひとつない空を見上げていると、突然影が落ちてきた。

 真っ赤な髪が頬にふれる。


「ごきげんよう」

「なにか用?」


 アキはこうして仲間を気にかけ、優先順位を付けつつ声をかけて歩いている。別に用事もないから、こちらから話しかけたりはしない。アキとしては、一人ぼっちで寝転がっている仲間が気になっただけだろう。

 少しだけめんどくさいと思ったから、そんな返事をしてしまった。


「用がないとだめですか」

「うん」

「友達じゃないですか」

「まさかさ」


 同じ魔法少女候補生という意味で仲間だとは思っているけど、まだ、友達と言えるような関係ではないとおもう。挨拶以外、ほとんど会話をした記憶がない。

 それで友達というのは少し傲慢だと思った。

 アキは頭がよいし、美人だし、好きではあるけれど。


 そんな対応にも、アキはめげなかった。さすがお姉さまだ。感心する。


「気持ちいいですね」


 隣に腰を下ろしてそのまま寝転がった。

 同性とは言え。だれかと並んで寝転がるのは少しばかり居心地が悪かった。


「ところであなた。本当に魔法少女になれると思っています?」


 空を見上げたまま、アキがつぶやく。

 それは、自分に向けた独り言のようでもあった。

 話題が話題だけに、返事をしそこねた。


 にわかには信じられない話である。

 もちろんこの世界に魔法と言うものは存在しない。魔法と見分けがつかない科学技術とやらは存在するだろうけれど、詳しくはまだ知らない。

 けれど、あの理事長なら、とてつもない事をやりそうだと思った。

 そんな感じのオーラがでていた。見えたわけではないけれど。


「まあそれはいいのですよ。そこは理事長を信じましょう。問題はどんな魔法少女になるのかですよね」


 これまで数多くの魔法少女が描かれている。ヒロインが特別な不思議な力を使えるという原則に則れば、今回その不思議な力を与えられると言うことだろう。

 そう考えると胡散臭い。

 ほんとうに、わけがわからない。


「ちなみに、どんなのが好みなの」

「そうですわね。清く、正しく、美しく。それでいて最強なのがいいですわね。できれば可愛い衣装だと嬉しいです」


 その弾んだ声から、アキが魔法少女を楽しみにしているのがよくわかった。

 そんな魔法少女だと素敵だろうなと思った。

 みんなが楽しみにしているのはなんとなく感じていた。

 あるいは選考のとき、そう言うのが条件にあったのかもしれない。


「それにししても、謎ですわね。そう思いません?」


 腹筋だけで上半身を持ち上げてから、アキは真剣な目を向けてきた。

 黙っていると、アキは勝手に話を続けた。


「だっておかしいじゃないですか。私達が魔法少女になるとして――」

「敵は一体誰なんですの?」


 その発想には至らなかった。

 もしかして、魔法少女同士で戦わせたりするのだろうか。

 

 チャイムが鳴って、昼休みは終わりを告げた。

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