第2話 孤児院

 王都の北西に位置する第五行政区の中心都市シスカにも孤児院はある。

 親を亡くし、行き場を失った多くの子供が十五まで過ごし、成績が良ければ奨学金をもらって高校に通い、運が良ければ大学まで進むことができる。

 もちろん大学に進むのは、研究者、公務員、あるいはメイドになるような優秀な人物だけである。古くからの貴族が幅を利かせては居るが、優秀な人材に道がひらかれているのは素晴らしいことである。


 八歳になった時、施設に居た五歳から十歳の子供は全員が身体検査を受けた。毎年受けるものより検査項目が多かったし、初めてのものもあった。その時は、特に不審には思わなかった。血液を取るのは少しだけ痛かった。

 

 そんなことを忘れた頃、院長先生に呼び出された。

 院長室には先に一人の少女が来てた。知らない娘だ。

 この孤児院は人数が多いから、交流のない子も多い。歳が違えばなおさらだ。彼女もそのうちの一人だった。

 

「あなたたちは、新しくできる孤児院に行ってもらいます」


 あまりにも突然過ぎて、八歳の女児には理解できない言葉だった。

 隣の少女と目を合わせる。

 彼女も不思議そうに首を傾げた。


「この前、身体検査をしたでしょう。あの結果がとても良かったので、お二人が選ばれたのですよ。おめでとう」


 院長先生は嬉しそうに二人の頭を優しくなでた。

 大人たちには名誉ななのだろう。もしかしたら売られたのかもしれない。

 もうここに戻ってくることはないのだと、それだけははっきりと分かった。


「私はリュウコ。よろしくね」


 一緒に呼び出された少女は二つ下の六歳で、優しげな笑顔がとても魅力的だ。

 この子となら、新しい孤児院でも仲良くできそうだ。


「うん。よろしく」


 それから一ヶ月後、施設のワンボックスカーに乗せられて王都へと向かった。

 長距離なので正直辛かった。車酔いのせいで、ほとんど寝て過ごした。

 流子は車に酔わない体質なのだろう。楽しそうに外を眺めながら、時折、介抱をしてくれた。優しい子で良かったと、心から感謝した。


 王都は都会だった。生まれ育った街とは比べ物にならないほど高い建物が並び、多くの人が出歩いていた。

 なんだかとてもワクワクした。

 きっと楽しいことがあるのだろうと期待した。


 新しい孤児院に着いた時、もうあたりは暗くなっていて、建物の様子ははっきりとわからなかった。ただ、すごくきれいな建物だと思った。

 できたばかりなのだろう。中もなんだかキラキラしていた。


 付き添いの職員に連れられて建物に入り、そのまま奥へと進んでいくと、突き当りに広い集会室があった。


 正面のステージに向かって、十三脚の椅子が並んでいたけれど、空いているのは二つだけだった。一番最後の到着だったようだ。

 若い女性に案内されて、右から三番めの椅子に座った。リュウコは少し離れた九番目に座らされていた。


「ようこそ。私がこの施設の院長をしている南原です。よろしくね」


 南原は施設の院長にしては若かった。管理職と言うより、研究職と言われたほうがしっくりとくる。実際、前に居た施設の院長に比べて威厳もない。かなり緊張しているようにも見えた。


「では、理事長からご挨拶があります」


 代わりに出てきた女性もかなり若かった。ただ、南原とは比較にならないほど威圧感があった。無駄口を叩いたら殺されそうである。


「理事長の柏崎です」


 理事長は、多分にもれず長い挨拶を始めた。

 先日行った検査の結果、ある実験に適正のある少女、いや幼女を集めたのだそうだ。どうやら理事長は研究者で、集められた孤児は被検体らしい。

 理事長の話を要約するとそう言うことだった。

 つまりモルモットということだ。


 そしてあろうことに、理事長は最後にこう言ったのである。


「あなた達には、魔法少女になっていただきます」


 それはだれもが憧れる職業だった。職業なのか。まあそれはいい。

 施設の図書コーナーにも魔法少女物が沢山あった。無駄に多かった。

 魔法少女とは、妙なステッキを持っていて、可愛らしいコスチュームに変身するのだ。たまに妖精的な仲間とかが居たりして、悪と戦うのである。


 魔法少女になるれるなんて。

 皆テンションが上っていた。


「本当に」


 懐疑心を放ちながら問いかけたのは、右端に座る赤い髪の美少女だった。

 床に届きそうな長い髪の毛が特徴的だ。


「ええ、本当よ」


 冷静に考えれば、魔法少女になるなんて夢物語だ。

 それを言い切る理事長は本当にすごい人なんだと思う。


「あなたはなりたくないの」


 不満げな美少女に対して、つい口が滑った。

 言ってからしまったと思った。

 余計なことを言って、怒らせてしまうのは悪い癖だ。


 赤髪の少女は、驚いた顔を向けて来たけれど、怒っては居ないようだった。

 正面から見ると、その美しさは際立っていた。


「そういうことではないのだけれど。ねぇ」


 間に挟まれた女の子は、いきなり振られて動揺する。


「あ、え? いや、普通なるよね。魔法少女」

 

 黄色いポニーテールがぴょこんと跳ねた。仕草がとても可愛らしかった。


「ばっかみたい」


 それに答えるかのように、左側から容赦ないツッコミが入る。


「今の私達に、選択肢なんてあるわけ無いじゃん」


 ボーイッシュな緑髪の少女は、諦めの口調でそう言い放つ。

 それは間違っていない。

 孤児である以上、わがままを言える立場にはないのだから。


「しばらくして、慣れたころ、洗礼を行います。楽しみに待っていてね」


 理事長の挨拶が終わり、その日の予定は終了した。

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