魔法少女はその日メイドとなった。
瑞城弥生(みずしろさんがつ)
第1話 喫茶店
トヨハラ駅の西口にあるアーケード式の商店街には、美味しいスイーツを出す喫茶店が五件ある。そのうち最も駅に近い店は一階が洋菓子店だ。価格設定が庶民的でボリュームもあるから、とてつもなく人気だった。今日も長い行列ができていて、店員も忙しそうだ。
二階にある喫茶室も一階同様、若い女性でいつでも満席だった。時間によっては二時間待ちなどざらである。今日は予約をしてあるから、並んで待つ必要はなかったから、待機列を横目に階段を上がり、入口で注文を済ませた。
人気のメニューはチョコレートパフェである。迷わずそれを注文した。
今日は久しぶりの休暇だから、家でゲームをして過ごすつもりだった。
数日前に誘いのメールが来たときは、無視しようと思った。
あまり会いたくない相手からのお誘いだったからだ。
「おいしいパフェをごちそうしましょう」
決してその言葉に惑わされたわけじゃない。多分。おそらく。
店内を見回すと、窓際にあるカウンターの一番奥にそいつを見つけた。
ピングがかった白いワンピースを着ているロングヘヤーの女である。
久しぶりだけれど、後ろ姿ですぐに分かった。
赤い髪も眩しかった。
彼女の横にちゃらい男がいた。必死に何かを訴えかけている。多分口説いているのだろう。その必死さはとても滑稽に思えた。
彼女は美しい。
それ故、男から声を掛けられる事はほとんどない。大抵の男はその美しさに怖気づいてしまうからだ。そういう意味では、この男は勇者だった。その点だけは評価してあげないこともない。
彼女は、男の言葉に適当に相槌を打ってはいるが、男の話はまったく聞いていないのだろう。もとより聞く価値はないけれど、気づかれないように、それっぽく相手をしていて偉いと思う。
自分だったら、すぐに殴ってしまいそうだ。
だからこそ思うのだ。
不愉快だ。
その男に近づいて、一般人でも感じるほど強力な殺気を放つ。
その男だけに向けたものだが、ある程度訓練を受けていれば、周りに居ても気づくだろう。客のの数人が驚いて視線を向けてきたたのがわかる。
それはどうでもいいことだ。
男は突然口を閉じ話をやめると、黙ったまま振り返る。
ブサメンじゃん。
よくこの顔で彼女を口説こうと思ったものだ。
思った以上に勇者だった。
けど、少しでも関心したことを後悔した。
「失せろ」
耳元に口を寄せ、男にしか聞こえない小さい声でそうつぶやく。
男は大きく目を開いた。顔も一気に青ざめた。
恐怖に震えながら、男はゆっくりと後ずさり、回れ右をすると、途中であちこちにぶつかりながら、一目散に逃げていった。階段を踏み外す音が聞こえる。ちょっとだけ心配になった。ほんのちょっとだけだけど。
「あら、遅かったですね。あまりにも遅いものだから、変なのに絡まれちゃいましたよ」
待ち合わせの時間より十分も早い。遅いと責められる言われもないが、反論しても無意味なので、何も言わずに隣に座った。
この女は自分の価値観だけで生きている。人の話はほとんど聞かない。
「お久しぶりですね。お元気でしたか」
「まあね」
この女と会うの何年ぶりだろう。
歳を取るとともに、月日が立つとともに、時間の感覚が麻痺してきている。
そもそも今が何年だったか思い出せない。
もちろん自分の歳も忘れてしまった。
「あんたが街に出て来るなんて、珍しい事もあるもんだな」
王都の南西にある第二行政区の港町に住むこのお嬢様は、街に出てくる事などほとんどない。用事があれば自分の屋敷に呼びつけるし、必要なものはメイドが用意する。いわゆる貴族の地位にある本物のお嬢様だ。
そんなお嬢様が、わざわざ街まで出てきたのだ。何か面倒くさいことでもあったのかと勘ぐってしまうのは当然だろう。
「久しぶりに、あなた達の顔が見たくなったのですよ」
思わず飲みかけた水を吹き出した。
そんな事を言うような性格ではなかったはずだ。しばらく会わないうちに心変わりでもしたのだろうか。
けれど、本心でなくとも、そう言われて悪い気はしなかった。
怪しいとは思ったけれど。
「お嬢様。お戯れを」
わざとらしく敬称でそれに答える。
女は不満げに頬を膨らませた。
可愛かった。
「昔の様に、お姉ちゃん、と呼んでもいいのですよ」
「いや、そんな呼び方したことないし」
特殊な鉱山資源と軍事的な地理条件のせいで、この国は周辺国家から何度も侵略を受けていた。常に戦争があり、故に孤児も多い。
この女と出会ったのは出来たばかりの孤児院だった。
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