新しい日常、にて 3

 降りてくる前に心に芽生えた不安は、今や順調に育っていた。

 着慣れないドレス。身に付け慣れないアイマスク。スースーする口元。 おそらくこの扉の向こうには何人かの人がいて、何かをしているのだろう。

 俺は社会的距離ソーシャル・ディスタンスを取って振舞わなければいけない。

「――黒石はどこにいるんだ」

 ぶつぶつと言いながら扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。

 部屋には七つ、様々な色のテーブルが置かれており、その上には料理が並べられている。立食パーティーのようだった。しかし、そこには想像の三倍以上の人が詰め込まれていた。

 会場は奥行きのある部屋だが、そこにあるのは、密閉、密集、密接――三密だった。

 扉が開いたことで、人々の注意がこちらに向けられる。マスクをしていない今、俺の顔が引きつったのがわかってしまったかもしれない。

 参加者たちは様々な色のドレスを身に纏い、同じく目元しか覆われていない派手なマスクをしていた。その中で、一人、俺に向かって歩いてくる。

「遅かったじゃねーか」

 口元をニヤリとさせて俺に手を振るのは、

「く、黒――」

「馬鹿、名前を呼ぶなよな」

 口元を手で覆われモゴモゴしてしまう。無駄に力を入れてくる黒石の腕を叩きながら、二人で会場の右手に歩を進めた。

「せっかくこのマスクが、誰が誰だかわからなくしてるってのに」

「はぁ? 知り合いが見たら丸わかりじゃねぇかこんなもん」

 イチャモンをつけると、黒石はチッチッチ、と指を振ってみせた。

「野暮なことを言うんじゃないよ。そうゆーお約束をわかる人じゃないとここに来ちゃダメなのよ」

 なるほど……。

 会場はもう元の喧騒を取り戻していた。テーブルで料理を取る人、グラスを傾ける人、談笑する人。家族や親しい人としか取らないような距離に、誰かがいる。

「そういう場所なんだよ」

「それを知ってたら……」

 奔放なヤツだと思っていたが、ここまでとは。

「来なかったか?」

「……だって、三密じゃんか」

 新型ウイルスに脅かされていた昨年までの生活では、考えられない状況だった。

「空調はしっかり管理されているから、実質二密、みたいな?」

 ケロッとしたものだった。

「ま、雰囲気とかは独特だけどさ。似合ってんじゃんそのドレス。やっぱり背が高いと決まるね」

 今は褒められてもあまり嬉しくはない。

「まだ驚いているだろーけど、楽しくなるよ」

「…………」

「三密じゃねーけど、ここには三つのミツがある。さっきの秘密はその内の一つさ」

 あと二つ、気がつくかな? と黒石は再びニヤリと笑った。

「とりあえず、飲もうぜ」

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