リアルで会いにくい時代の到来と共に読んでほしい

kattern

書評 ナツノクモ(篠房六郎先生著・小学館)

 ちょうどコロナ禍の最中のGWに、「そうだやることないし篠房先生祭りをしよう」と思い立ち、先生の購入できる電子書籍を一気買い。

 先生がアフタヌーンで「百舌谷さん逆上する」を描かれていた頃が、ちょうど僕のアフタ全盛期かつ青春のど真ん中。あれがなんだか胸にずしりと刺さって、これだけで生きていけると思える精神的な支えになっているのですが、それはさておき。なんだか久しぶりに篠房先生の、小説顔負けの理詰め漫画にとっぷり浸かりたいなと買ったわけでございます。「おやすみシェヘラザード」も読みたかったし。


 で、勢いで買って思わず考えさせられたのがこの「ナツノクモ」。


 簡単にあらすじを話すと、VRMMORPGゲーム中毒者(にして開発者)の主人公が、現実世界で発生した一家殺人事件の犯人が運営していた、ゲーム内コミュニティとそのメンバーの用心棒をするというもの。用心棒とはなんぞやという話ですが、ようは「炎上」の火消しに奔走するっちゅう訳ですな。そら、殺人事件なぞ起これば、そいつのことを調べようだとか、私刑にかけようだとか、そういう輩が湧いて出るのは自明の理という奴でございます。犯人が悪いだけで、コミュニティのメンバーに罪はないというのに業腹ってもんでございます。


 そこに加えて独特なのが、彼が助けるコミュニティの性質。彼らは、精神的な疾患(トラウマ)を抱えた人間たちが、ゲーム内で疑似的な家族・集団を形成することで、互いに支え合って自立していくことを目的としているんです。クラスタとひとくくりにするにはちょっと扱いの危ない集団。どちらかというと、現実世界の依存症の自助グループとかに近いんですかね。(まり詳しくないのでたとえが適切であるかはちょっと自信がない)


 さてまぁ、そんなあらすじですから、当然のように主人公がバカスカチート能力で無双して、俺TUEEEする訳ですが。そこは分かりやすい表層部分。メインは後段に書いた、彼らコミュニティの性質による、人間関係のひきこもごも。数々のエピソードを通して、人間の繋がりとはなんなのか、所詮お遊び――仮想現実――の中だけの繋がりに意味があるのかなんて葛藤が描かれます。もちろん、ネット上で大義名分を掲げて、顔の見えぬ誰かを私刑にかけるという胸糞展開も。


 ここら辺が、おそらくポストコロナ・ウィズコロナとかかるだろうな、いや、もうかかっているんだろうなというのを強く感じましたね。


 昨今SNSの普及により、ゲームという媒体を介さなくても、上記のようなコミュニティというのは私たちの目によく留まるようになりました。そして、そこに対して、「一部の暴走」や「不適切な行い」をトリガーに「野次馬根性」や「絶対正義感」を発揮して凸るやつらの多さよ。別に悪いとは言わないけれど、彼らには彼らの事情があるのだということをちゃんと理解してやっているのかと、なんかそういうのがニュースになったり、TL上で流れてくるのを見るとちと思います。


 おそらくですが、アフターコロナ・ウィズコロナの時代において、このようなネットワークを介してのコミュニティの形成というのはさらに加速をしていくと思われます。また、それに付随して、炎上、それにかかわった者たちへの、無配慮な行いなども増えるだろうなと感じています。

 ネットリテラシーの底上げは難しく、これを書いている僕自身も、何度となく自らの未熟さにより後悔するコミュニケーションをネットで重ねてきて、そして、いまだにまたやらかしてしまうのだろうなと思うほどです。


 そういう自戒を込めて。

 ネットワークの先。コミュニティーの中。そこにどういう事情があり、どういう人々の想いがあるのか。それを想う、あるいは、それについて考えるのに最適だろうと、ぼんやりと今回の企画について考えている時に思い至って筆を取りました。


 先に書いた通り、本作に登場するキャラクターたちは、数々の内的問題を抱え、それでも仮想世界でのつながりを頼りに生きていこうとする、今を生きる人たちです。そういう人たちの心を思いやり、また、彼らの行いを作品を通して追体験するというのは、この殺伐としたインターネット文化において、きっとひとつのブレーキ・あるいは思考の核になってくれるのではないかと、そんなことを思います。


 エンタメとしても素晴らしい仕上がりの本作ですが、それを越えて訴えてくる、インターネット文化の中で見失ってはいけない人間性の在り方。今後の世界を考える上で、一読の価値のある作品と感じております。


 しかしまぁ、これを15年前に発表していたんだから、篠房先生はほんと天才よな。(そういうブームというのもありましたが内面に切り込む先見性はすごい)

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