「君にどうこう言われる筋合いはありません」と僕は告げた

「――それで? 何か申し開きがありますか、クレイク? 私はとっ~ても寛大なので、ちゃんと聞いてあげますよ?」

「…………では、一つ聞きます。どうして僕は此処にいるんでしょうか?」


 此処は学院近くのカフェ。

 僕の目の前にはクロエが座り、満面の笑みを浮かべている。

 ……わざわざ外の席に座らされているので、通りかかる学生達は興味深げに僕達へ視線を向け、話しながら歩いて行き、幾人かはカフェへ立ち寄る。

 大変、大変、居心地が悪い。

 クロエは両手を合わせ、あっさりと告げた。


「え? 勿論、クレイクにお説教する為に決まっているじゃないですか★」

「……いきなり書庫に来て、『大変なんです! とにかく大変なんですっ!! 理由は聞かず、私と一緒に来てくださいっ!!! 事は一刻を争いますっ!!!!』と、言っていたのは何だったんですか!? ……何もないのなら、僕は帰り」

「――クレイク。貴方、週末、テニソンさんの御屋敷へ遊びに行かれたそうですね? しかも、泊まったとか??」

「………………」


 何故、バレた!?

 バ、バーナードにはあれ程『秘密ですよ?』と念押ししていたと言うのにっ!

 ……いや。落ち着け。落ち着くんだ、クレイク・クレイトン。

 お前は栄えある機関の構成員。この程度で心を乱してどうする。

 紅茶のカップを手に持ち、平静を装いつつ返答。


「……何を言うかと思えば。僕は准爵の三男坊なんですよ? そして、彼は公爵家の御子息。普通に考えて、御屋敷へ行けると?」

「テニソン公爵はとても思慮深い御方です。他国の情勢にも詳しいとお聞きします。貴方の正体に気付いたわけではないのでしょうが、自分の御子息の補佐役を見極めようとされているのでは?」

「……買い被りが過ぎます。第一です」


 僕は紅茶を飲む。

 ……確かに、公爵からはそれに近い事を言われた。

 曰く――


『世界は動いている。我が国も変わっていかねばならない。――君のことは、コレット侯爵からよく聞いていてね、声をかける機を覗っていたのだ。まさか、バーナード自身が連れて来るとは思わなかったが。息子はあれで友が少ないのだ。よろしく頼む』


 ここで、大貴族同士の繋がりっ!!!

 あと……コレット侯爵、いったい何を話して……。

 クロエへ告げる。


「僕の付き合いのことで、君にどうこう言われる筋合いはありません。……バーナードへあらぬ事を吹き込んだのは、はて誰だったでしょうね?」

「……ふ~ん。そういう風に言うんですか。そうですか。これは、少し本気でお説教しないといけないようです、ねっ!」


 少女は焼き菓子にフォークを荒々しく突き刺した。

 ……怖い。

 早めに帰ろう。そうしよう。

 クロエが僕へふんわりと微笑んだ。


「クレイク♪」

「……何ですか? コレットさん」

「はいっ! 駄目ですっ!! 今から、私のことは『世界で一番可愛い僕のクロエ』と」

「呼びません」

「……テニソンさんは名前で呼ぶのに? ……お泊りもしたのに?? ……私は貴方の幼馴染なのに?? 私は、クロエ・コレットは――クレイク・クレイトンのことが、世界で一番、むぐっ」

「…………声が、大きい、ですっ!」


 僕は身を乗り出し、クロエの口を押えた。

 近くの席に座っていた学院の生徒が、ちらちら、と僕を見ている。くっ! 

 手を離し、小声で告げる。


「(……黙ってくださいっ。う、噂が更に広がったらどうするんですかっ!)」

「え~」

「(え~、じゃありませんっ!)」

「人にお願いする際は、それ相応の態度が必要かなって、私、思うんです♪ 賢い、クレイクなら、きっとこれだけで分かってくれますよね?」

「ぐっ……」


 クロエがそれはそれは楽しそうに笑う。

 椅子に座り紅茶を飲み、心を落ち着かせる。

 ……機関長、どうか僕に勇気をくださいっ!


「――ロエ」

「え~? 聞こえないですねぇ★」 

「…………ク、ロエ、お願いです。大声で要求するのは止めてください」

「はい、良く出来ました☆ 『世界で一番可愛い』が抜けてますけど、許してあげます。私はとても寛大なので♪ でもぉ――名前を呼ぶだけ、ですか??」


 クロエが可愛らしく小首を傾げた。

 ま、惑わされないぞっ!

 こ、これ以上の譲歩をすれば、明日以降の学院生活がどうなるか分かったものじゃないっ!!

 無言で焼き菓子を食べ、視線を逸らし早口。


「そ、それだけです」

「そうですか。……テニソンさんとは、同じ部屋で寝たらしいですね?」

「!? な、何故っ!?!!」

「テニソンさんが、嬉しそうに大声で話されていました★」

「……あのお喋り男、殺す……」


 思わず、汚い言葉を吐いてしまった。

 クロエが俯く。


「……クレイクは私の名前を中々呼んでくれないですし、屋敷にも泊まりに来てくれません。なのに、テニソンさんのことは名前で呼んで、お泊りまでした挙句、同じ部屋で寝ちゃうんですね……」

「ご、語弊があるっ!!!」

「じゃあ――お泊り、しに来てくれますか?」

「ぐっ……そ、そんなこと出来る筈……ぼ、僕の家が准爵で――」

「うちは侯爵家です。あれ? テニソンさんは公爵家だったような??」


 僕は瞑目する。

 機関長、先輩……僕は、僕は……。

 深く深く息を吐き、最後の抵抗を試みる。


「……こ、侯爵閣下が、き、許可を出されるとは、と、到底、思えませんね」

「勿論――父と母からは許可をもう貰ってあります♪ 母は『是非、連れていらっしゃい』と」

「………………」


 万策が尽きた。

 取り合えず、バーナードは殺そう、うん。

 ――この後、侯爵家へ連れて行かれ泊まる羽目に陥った僕が、何処で寝たのかについては、語る必要はないと思う。

  

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