「頑張って! お願いだから、そこはもっと頑張ってっ!」と僕は懇願した
「すまなかった!!! 本当に、本当にすまなかったっ!!!! どうか、許してほしいっ!!!!!」
「は、はぁ……」
放課後の書庫。
目の前で誠実そうな少年が深々と頭を下げている。
今日も、古書を漁っていた僕は突然の事態に戸惑う。
なお、クロエはいない。何でも、御屋敷に大切な客人が来るらしく、先に帰って行った。
……最後の最後まで『クレイクも一緒に帰りましょう♪』と訳の分からないことを言っていたけれど。一緒に帰るって何だ。僕には下宿先があるのだ。
古書から視線を外し、同級生であり、先日、クロエに告白し散った、バーナード・テニソンへ話しかける。
「えっと……どうして、謝られているのか、皆目見当もつかないんだけど……」
「……先日の件だ」
バーナードが顔を上げた。真剣な表情。こいつ、いい奴だな。
次期テニソン公爵閣下は、僕へ語り掛ける。
「あの日、私は……幼馴染に対する君の気持を一切考えもせず、君にコレット嬢への贈り物の相談をした。何たる失態っ! 考えてみれば当然だ。コレット嬢に惹かれぬ男なぞ、この国に存在しない、というのにっ!! 今日まで、謝罪の時間を持てなかったことも合わせ――本当に、本当にすまなかったっ!!!」
「………………」
僕は自分が何とも言えない顔になっているのを自覚する。
どうやら、クロエの宣伝活動は激烈な効果を学内全体に及ぼしているらしい。
つまり――
『クレイク・クレイトンは、身分違いだと重々理解しながらもクロエ・コレット侯爵令嬢に想いを寄せている。そして、そうだからこそ、身を退き――バーナード・テニソン次期公爵閣下の後押しをした』
人はこの手の話が好きだ。しかも、学院で最も有名であろう才媛の恋話……噂はそうそう消せやしない。
何せ、当のクロエ本人がばら撒いている。きっと、あの少女のお尻には黒い尻尾が生えているに違いない。
否定しようにも、『機関』の任務もあって、学内でひっそりと生きてきた僕には友人らしい友人はいない。
ただ、コレット侯爵の依頼も考慮し、それとなく『クロエとは幼馴染』という情報を流していただけに過ぎないのだ。事態が大事になった場合、対応は出来ない。あと、そんなことをしたら目立つし。
背筋に戦慄が走った。
……いけない、盤面の戦局が何時の間にか、手の施しようがない程に悪化している!?
そんな僕の様子を肯定と受け取ったのか、バーナードは自らの胸を叩いた。
「君の想いは承知している。万事、任せておいてくれたまえ! 我が名に懸けて、君とコレット嬢の仲を取り持って見せよう!!」
「頑張って! お願いだから、そこはもっと頑張ってっ!!」
悲鳴じみた声で懇願する。
クロエに及ばぬとはいえ、この同級生が学内で持つ影響力も凄まじいのだ。
断片情報を総合すると、既に女子達は『クロエ様、応援しますっ!!!』でほぼ固まっている。
ここで、男子達までそんな風になってしまったら……うぅ……。
機関長。こ、こういう時は、どうしたらいいんでしょうか……。
バーナードが至極真面目な顔になった。
「クレイトン、ああいや。クレイクでいいな。――君とて、理解していると思う。我が故国は確実に衰退しつつある。原因は多々あるが……私は旧弊に囚われ過ぎているのだと思う。君とコレット嬢が結ばれることには大きな意味があるんだっ! ……無論、私はコレット嬢に惹かれていた。いや、今も惹かれている。だが……花束を見た際のあの顔をされてしまったら、何も言えやしない」
「…………大貴族様のゴタゴタに木っ端貴族の三男坊を巻き込まないでください」
――バーナードの懸念は概ね当たっている。
この国の最盛期は既に去った。
今の皇帝は凡庸そのもの。権力構造も硬直し、至る所で老朽化している。
隣国の大国である連邦は西方での敗戦を挽回する為、東方諸国への圧力を強めており、伝統的に武力を用いることにも躊躇がない。
……まぁ、西方に連邦軍主力の大半を張り付けざるを得ない為、大戦争は不可能なのだけれど。
機関長の話だと――
『能力がありながら、底辺で燻っている人材を十三都市へ亡命させるのと同時に、連邦内に孤児院を多数設け、そこから様々な情報を引き出している。――許可が出れば、何時でも潰せる』
……事実なのが恐ろしい。
おそらく、機関長の御同輩の方々達が出張って来られるだけで、連邦は崩壊してしまうだろう。
僕は、バーナードへ強く告げる。
「あのですね……僕はコレットさんと確かに幼馴染ですが、お付き合いするつもりはありません」
「だが……惹かれてはいるのだろう? で、なければ、毎日のように彼女を此処へ招き入れない筈だ」
「…………」
今日、二度目の何とも言えない顔になるのを自覚する。
『惹かれてなぞいない』
そう言うのは簡単だ。
けれど……その話が明日以降、クロエの耳に入ったら、彼女は少し傷つくかもしれない。
僕は彼女を傷つけたいわけではないのだ。
ただただ、幸せになってほしいだけ――バーナードが苦笑した。
「……分かった。やはり、万事、僕に任せておいてくれっ! 学内の面倒事は、このバーナード・テニソンが請け負おう!!!」
「え? い、いや、僕は別に今のままで……」
「ではな、クレイク。今度、うちにも遊びに来てくれ。父や母、妹にも紹介したい」
バーナードは笑いながら、書庫を去って行った。
……え?
こ、公爵家へ、准爵の三男坊が遊びにっ!?
動悸がし、思考が混乱する。
な、何で!? どうして、いきなり、こうなってっ!?!!
――脳裏にほくそ笑む、クロエの顔が浮かび上がり、ニヤニヤ。
『うふふ♪ クレイク、逃げても無駄ですよ? 早めに諦めましょう。そうしましょう♪ すると、みんな幸せになれます★』
『みんな』の中に、僕だけ、抜けてるっ!!!!!
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