「……これはそういう物じゃありません」と僕は告げた

『――かくの如く、任務は極めて順調です。必ず、件の古書を入手してみせます。どうか、吉報をお待ちください。機関長も御身体、くれぐれも、くれぐれも御自愛ください。あまり、御無理をされるようならば……僕にも考えがございます。具体的には』


 扉が開く微かな音がした。……今日も来たのか。

 書庫で、機関長への報告書を書いていた僕は紙に指を滑らせ、すぐさま暗号化。更に、当たり障りのない内容へと改変する。

 彼女にこれを見られるわけにはいかないのだ。


「ク・レ・イ・ク♪」

「……そこまでです」


 椅子ごと振り返り、わざわざ後方に回り込み、僕の頭を後ろから抱きしめようとしたクロエを制する。僕とて、そうそうやられっ放しではない。

 ……五日目にしてようやく、事前に止められた。

 機関長! 先輩!! 僕……僕、成長していますっ!!!

 充実感を覚えつつ、美少女へ冷たく告げる。


「……何か御用ですか? コレットさん」

「あら? あらあら?? あらあらあら???」

「……な、なんですか、その顔は」


 クロエは悪戯っ子の顔を浮かべ、近づいて来た。

 そして、流れるような動作で、僕の隣へ座る。


「クレイクぅ? この前、私と約束したこと、もう忘れたんですか?」

「……僕は君と約束した憶えはありません」

「え? なら、毎日、下宿先に泊まってもいいんですか? 先週、泊まろうとしたら『な、何でもしますっ! 何でもしますからっ!! か、帰ってくださいっ!!!』と私に涙目で懇願したのは、嘘だったと???? あ、私は別にそっちの方が良いんですけど」

「うぐっ! …………エ」

「え~? ごめんなさい。私、最近、耳が遠くなってしまって。はい、もう一回★」

「……ロエ」

「ん~まだ聞こえません。もしかして、クレイクはこうやって私を誘って」

「ク、ロエ! よ、用がないのなら、毎日毎日、放課後に書庫へ来るのは止めてくださいっ! が、学内でも噂になりつつあるんですっ!! ぼ、僕は平穏無事な学院生活を送りたいんですよっ!!!」


 僕は悲鳴をあげつつ、幼馴染の少女に懇願する。名前で呼ぶよう、強要されているのだ。

 けれど、クロエは足をぶらぶらさせながら、両手を合わせた。


「私達の仲が公認になりつつあるのは、本当に素晴らしいことですね♪ お友達の子達へ、気持ちを告白した甲斐がありました。『私……クレイク・クレイトンが好き、なんです。お願いです。助けて、くれませんか?』って。あ、告白してくる男の子達にも、そう告げているんですよ?」

「………………はぃ?」


 思わず、呆けた声が出てしまった。

 まじまじと幼馴染の顔を見つめてしまう。

 すると、クロエは身体を左右に揺らしながらはにかんだ。


「いやん♪ クレイク、そんなに見つめないでください。恥ずかしくなって、歯止めが効かなくなってしまいます。そろそろこの国を滅ぼして、功績を差し出し。私と結婚しますか☆? しましょう!」

「…………何処から突っ込めばいいのか、もう分かりません…………」


 頭痛を覚え、眉間に指を押し付ける。

 ……まずい。非常にまずい。まさか、クロエがここまで積極的に行動する女の子だったなんて。

 僕は必死に説得する。


「あのですね……僕は別にこの国を滅ぼすつもりなんかありません。つまり、君と僕が――する可能性は零に等しいわけで」

「零でないのなら、『可能』ということです。大丈夫です。交渉は私がしますし? なので、機関長さん? でしたっけ?? 早くその人に会わせてください♪ クレイクとこの国の交換なら、お釣りが大分出ます☆」

「…………君を機関長と会わせるつもりはありません。あの方は多忙なんです。仕事をあれ以上、増やせば間違いなく過労死されます。……いやまぁ、すぐに『ああ、死んでいられませんね。この程度の仕事量で死んでいたら、あの御方に顔向けが出来ませんし』といって、復活されるんですが」

「……ふふふ♪」


 クロエが笑みを深くした。

 椅子を動かし、僕へにじり寄って来た。


「……そ、その顔は、な、何ですか?」

「クレイクはその機関長さんが、大好きなんですね? そして――その機関長さんも上司の方? を大変、大変、慕われている。つまり、私が交渉すべきは上司さん、ということです★ とっっても、分かり易い話だな~って」

「っ!」


 う、迂闊っ! 何たる、迂闊っ!! 僕のバカっ!!!

 ま、まずい……この流れは大変にまずい。

 僕が他国の密偵なことはクロエにバレている。この情報が、帝国上層部に伝わってしまえば……機関長に大変な迷惑がかかってしまう。

 し、し、しかも、あの御方にまで話がいってしまったら――……いけない。死ぬより過酷な事態になることが目に見えている。

 機関長ですら、毎回、倒れそうになられているし……。

 僕は平静を装いながら、クロエを宥める。


「そ、そ、そういうことは、し、しない方がいいかな、と思う――」

「これは? あ、お手紙と見せかけた報告書ですね♪ ……むむむ。流石に暗号は解けません。凄い魔法式ですね、これ」


 クロエは僕と肩をぶつけながら、机の上を覗き込む。

 ……昔と同じで温かい。

 じゃなくっ!

 出来る限り、冷たく告げる。


「……これはそういう物じゃありません」

「? 大丈夫ですよ? 貴方が他国の密偵なことは、私と貴方だけの秘密です☆ でも、私、時々、秘密を話したくなる悪い癖があって」

「…………何が望みです?」


 僕は端的に問う。

 すると、幼馴染の少女はにっこり、と微笑んだ。


 ――後日、僕は機関長、先輩宛への報告書にて、『クロエ・コレットと仲良くなりました』と直筆で書かされた。今度、会う時が怖い。

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