第13話:ラーメン惑星 ~鬼城の死因~

「たいしょー!煮干し赤味噌ラーメン1つ!麺固めで。味卵つきで頼むッス!」


「俺も同じ奴を。キクラゲ多めで」


鬼城と実兎はカウンターに座り注文を行う。


鬼城と実兎が訪れたワールドは『ラーメン惑星』。日本中のあらゆるラーメンをデータ上に落とし込み、食べることのできるワールドだ。

かなり小さい惑星のワールドだが、リアルの世界を元にしたラーメン屋が数万件立ち並んでおり、今なお、数が増え続けている。

色々なワールドで遊んだ後、どこか飯でも食べて落ち着こうか……となった時、そしてあえてラーメンを食べたい時に使われるワールドだ。


そのワールドの中の、『煮干し★一番星』というラーメン屋に訪れていた。最近出来た現世で評判となっていると噂のラーメン屋だ。


実兎が水差しから2つのコップに水を注いで、1つを鬼城に渡す。


「今日もお疲れッスー。先輩がタコにされた時はどうなるかって思ったスけど、なんとかなるもんスね~!」


「やめろ。もういいだろその話はよ。別の話題にしようぜ」


二人は仕事しに来たのではない、仕事が終わったので落ち着くために食事しに来たのだ。

ヘブンズワールドでも腹は減る。いや腹が減る設定にしていれば減ると言った方が正しいか。

食と言う娯楽を楽しむ為には、空腹は必要だ。食事を楽しみたい2人は、『空腹あり』の設定にしており、昼飯も食べずに仕事をしていたのでお互いお腹ペコペコの状態だった。


「へいお待ち、煮干し赤味噌ラーメン!こっちが味玉つき、こっちがキクラゲ多めね」


CPUの店主が差し出すラーメンを二人は受けとる。


「先輩、それじゃー。えーと、今まで何となく聞いてなかったんスけど、先輩って何で死んだんスか?」


「あ?そういや、話した事なかったっけか?」


パキンと割り箸を割りながら鬼城は返す。


「そうッスよ。聞いたこと無いッス。何となく死因とか聞いちゃ不味いかなーと思って聞いてなかったんスよ。先輩死んだとき若かったんスよね?なーんか若くして死んだ人って死因聞き辛いんスよねー」


「あーわかる。難病とか自殺とか多くて話が重くなるんだよなァ。80くらい行ってたら全然聞きやすいんだけどな。生前の未練っつーのか?それがあるやつほど聞きづらいんだよなァ」


実兎は話しながら味卵を潰して黄身をスープに溶かす。


「で、先輩は、何歳の時に何で死んだんスか?」


「俺か?俺は25の時に、殺されたんだよ」


スープをレンゲでかき混ぜていた、実兎の手が止まる。


「は?こ、殺された!?先輩が?」


「そうだ。……まー嫉妬ってやつだろうな。酷ェ事しやがるぜ」


ラーメンの湯気で鬼城の眼鏡が曇る。

仕方なく鬼城は眼鏡をはずしてラーメンを食べ始めた。


「先輩、先輩。ちょっと詳しく聞かせてくださいよ!嫉妬ってことは愛憎劇ッスか!?」


実兎はラーメンを食べるのを忘れて身を乗り出す。


「愛憎劇じゃなくて悪いが、まぁいいぜ、教えてやるよ。なぜ俺が殺されるに至ったかの武勇伝ってやつを……かいつまんでな……」


鬼城はラーメンを啜りながら静かに語り始めた。


「俺は日本人だがな、親父が貿易商でアメリカに住んでてな、ガキの時からちょくちょく会いにアメリカに行ってたんだよ。まー俺バカだから英語とかはからっきし出来なかったけどな。そこで俺は、あるスポーツに出会ったんだ。日本じゃなかなかできねー奴」


「日本じゃなかなかできないスポーツッスか?」


分かっていない様子の実兎を見て、鬼城はL字の形をしたキクラゲを箸でつまみ上げる。


「銃だよ銃。射撃って奴だ。ピストル射撃とかライフル3姿勢とか……まぁいいや。そこら編はお前も知ってるだろ」


「ああ、いや銃ってスポーツってイメージ無かったスから、一瞬分からなかったッス。……先輩、射撃とかのオリンピック金メダル候補選手だったって言ってましたよね。昔聞いたときは信じてませんでしたけど、今ならホント信じてるッスよ」


「……信じてなかったのかよ……まぁいい。なんつーか、俺には銃のセンスが有ったんだろうな。スゲー楽しかったってのもあったし、親父も練習の費用とか全部出してくれたってのもあってな。努力もしたし……ビックリするほど順調に腕が上がっていったんだ」


ラーメンを啜りながらしゃべる鬼城を見て、実兎は思い出したかのようにラーメンを食べ始める。


「それで日本の代表選手になったんスか?」


「ああ。日本でもやろうと思えばできるスポーツだからな……15から始めてたから、かれこれ10年くらいやってたのか……しかし、代表選手ってのは窮屈なモンだぜェ?取材とかなんとかうるせェしよォ、なにか問題起こせば『日本を背負っている自覚はあるのか』とか言われたりよォ。おれは射撃がやりてェだけで、そんな大層なもん背負ってるつもりなんかねェのによ。ごちゃごちゃごちゃごちゃと、面倒な事ばっかりだったぜ」


実兎はスープを飲みながら聞く。濃厚な煮干しの出汁が効いていて魚介の旨味がとても美味しい……がなにか物足りない味がした。


「窮屈だったのは先輩がチンピラだったてなだけっしょ……『健全な精神は健全な身体に宿る』とか言いますけど、健全な身体でも歪んだ精神になる人はいちゃうもんスねェ」


「うるせェ。……まぁとにかく俺は、そこら中の大会に参加して優勝したんだよ。日本だと大会数少ねェからアメリカに渡ったりしてな。……つー訳で俺ん家にはメダルとかトロフィーとか山ほどあるぜ」


「先輩見てると、そんなイメージ全然ないスけどね……で、先輩、殺されたって言うのはそれと関係あるんスか?」


「ライス大くれ」


話をぶったぎって、鬼城は店主にライスを頼む。


「……ああ、悪い悪い。それでな。まー嫉妬がすげー訳よ。ファックファックって俺でもわかる罵詈雑言を吐きまくるわ、いつの間にか道具ぶっ壊されたりな。日本人の俺が射撃で勝つのがそーとー許せないみたいでな、ありとあらゆる嫌がらせとかしてくる訳よ」


「はたして日本人だからッスかねぇ……先輩みたいなやられ役っぽいゴロツキが優勝するのは誰でも気にくわないと思うッスけど」


鬼城はライスを受けとると、レンゲでライスを掬い上げ、スープに浸けながら食べ始めた。


「お前ちょくちょく酷い事言うよな。まぁとにかくな、嫌がらせとか、そういうことされるとさァ、逆に燃えるんだわ俺。相手侮辱すると大会出禁にされるから、何種目か優勝して大爆笑してやるわけよ。ブーイングの中でやるのは楽しかったなァ……。あと負けねー程度で露骨なナメプしたり、インタビューでもアメリカの事遠回しにディスったりもよくしたぜ」


「ホラやっぱ恨まれる原因100パー先輩じゃないッスか。…………あ、替え玉下さい!」


替え玉を入れてもらい、実兎は味に変化をつける為にゴマを削ってどんぶりに入れる。


「でな。ある日アメリカで大きな大会があったんだわ。クレー射撃のな。俺も出る予定だった奴が」


「出る予定『だった』?……出れなかったんスか?」


「ああ、その大会の日に、殺されたんだよ。」


ついに本題に入る。実兎はごくりとラーメンのつゆを飲む。


「おおついに……大会に参加させない為……って事ッスか!?」


「そうだ。大会があった日、俺は寝坊した。いつの間にか目覚まし時計が切られていた……何者かによってな」


「……あー、うん、はい。それで?」


実兎は目覚まし時計についてはスルーする事にした。


「会場まで親父の車を借りて急いで向かったんだよ。フリーウェイだったし100kmは出してたな。その時だ!」


「その時!?何が起こったんスか?」


「猫が、紛れもねぇ白い猫が道路脇から飛び出して来たんだ。俺はやべぇと思ってハンドルを切った。車はバランスを崩し、ガードレールに突っ込んだ」


「そ、それで?」


「ガードレールで車は止まったが、俺はシートベルトをしていなかった。フロントガラスをぶち破った俺が飛んでいった先には、川があった……真冬の川だ。おれは川に落ち……凍死した……」


「……………………は?」


そこまで言い終えて、再びラーメンをすすり始める鬼城を見て、実兎は言葉を失う。


「あのー先輩。あのですね。殺されたってのはどこの事いってるんですかね?明らかに事故死な感じなんスけど」


「猫だよ」


「え、猫?」


「そう。猫だ。あんなカワイイ猫がフリーウェイに突然出てくるなんてあり得ねェ。俺に嫉妬した誰かが仕掛けたに違いねェ」


実兎はなんかアホらしくなってきて、再びラーメンに口をつける。


「それって、シートベルトつけてなかった先輩が悪いんじゃないスか?」


「いいや違うね。思えば目覚まし時計が止められてたのもオカシイ。俺を急がせて猫に誘導した。これが真実だ。……真実ってのはいつだって予想外で、驚きに満ちている物なんだぜ?」


「たいしょー。バニラアイスクリーム1つー。この事故死の人にはチョコアイス1つでー」


実兎は既に真面目に聞く気が失せていた。


「で、ヘブンズワールドに来たって訳ッスね。……あれ、そういえば何で運営やってるんスか?お父さんお金持ちっぽいし、治安維持局で働く必要無いんじゃないスか?」


「…………あー……そこら辺は気にすんな」


鬼城は明らかにはぐらかした。言いたくない事を聞き出す程実兎も野暮じゃない。話題を変える。


「えと、じゃあ別の質問ス。何で先輩はタバコが好きなんスか?死んでるのに」


「……フ、俺はスナイパーだぜ?タバコで風向きが分かるんだよ……」


「あ、絶対嘘ッスね。今カッコつけましたよね。つーかその様子だとタバコもカッコつけッスよね、そうでしょ先輩」


鬼城はラーメンを食べ終わったので、眼鏡をかけ直す。


「……悪いかよ。生前はアスリートだったし健康気にして吸えなかったんだよ。……死んだ後くらい自由にしたって良いだろ」


「チンピラなのに、健康気にして吸えなかったんスか……」



そんな話をしている二人の前に、アイスが届く。

ラーメン屋の出すアイスとは思えない洒落た雰囲気で、ミントにサクランボにウェハースまでついている。



「ラーメン、旨いには旨かったが、特別って程じゃ無かったな」


「チッチッチ、先輩。ここのラーメン屋、現世ではラーメンよりもアイスが美味しいって評判らしいッスよ」


「ラーメン屋としてどうなんだソレ。ま、とにかく楽しみだ」


二人は同時にアイスクリームを頬張る



「「うまっ!!」」



二人の声が同時に店内に響き渡った。

牛乳を使ったアイスのクリーミーな口溶けと、氷のしゃりしゃり感、そしてかかっているヨーグルトチーズソースが見事な味のハーモニーを醸し出している。

それはもう、話していた鬼城の死因の事などどうでも良くなる程の美味しさだった。



死後の世界において『冥土の土産話』など、所詮はその程度のものなのだ。







【 ラーメン惑星編 完 】

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