第12話:プラネット・マーズ(2)

「うわぁ、なんスかこれ……」


かれこれ車を飛ばして1時間程した所。その高台の丘から実兎と鬼城は見下ろす。

そこには、古代エジプトの様な、土と石で築かれた大きな町が広がっていた。


だが、住んでいるのは人間の形をしていないエイリアン達だ。提灯アンコウの頭をした者や、イカの形をした者、キリンの様に首が長い生き者など、実に多種多様だ。

そう、ここはエイリアンの町なのである。


「はっきりと感じるッキ。あの町の中のあの大きな宮殿の中に、ピュゴラスの子供、ピュゴラスJr達がいるッキー」


鬼城が毛むくじゃらの指で指し示す先には、石造りの大きな宮殿が立っていた。

実兎は双眼鏡を取り出して覗く。

エイリアンの兵士が入り口を厳重に警備しているのが見えた。


それにしてもリアルなエイリアン達だ、実兎が持っているキグルミ変装セットではすぐにバレてしまうだろう。


「正面から行ったら捕まるッスね……どうにか町に忍び込む必要があるッスよ……」


「なぁ、あそこにいるの全員NPCだろウキ?なら全員ぶっ殺しちゃいいだろッキー」


考え無しの鬼城の発言に実兎はため息をつく。


「先輩。このプラネット・マーズは非殺傷ワールドなんスよ。分かってんスか?」


「んなもん。俺たち運営には関係ないだろウキ」


「死なないワールドと言うことは、復活システムも無いワールドって事ッス。アタシらプレイヤーなら生き返れるッスけど、NPCじゃそうは行かないんスよ。死んだら死んだままッス」


「ウキッ?」


とぼけた表情のチンパンジー鬼城に、実兎は困惑する。


「いや、だから、あの町に居るのは、たぶん依頼人の集めたNPCッスよ。殺しちゃあダメなんスよ!」


「……………………………………あっ……確かにそうだな、ウキー」


実兎は怪訝に思い、鬼城の顔をじっと見る。

いくらなんでも、冷静な状態の鬼城ならばそれくらい判断がつくはずだ。腐っても運営の先輩だ。

チンパンジーとなった鬼城は何か考えているようで考えていないような、真剣なような真剣でないような、中途半端な顔をしていた。


「……ねぇ、先輩、大丈夫スか?なんか、体に異変とか起こって無いスか?」


「えっ、そうだな、強いて言うと……今は無性に、バナナが食べたいッキー」


鬼城は耳の後ろを動物的にボリボリかきながら答える。

一気に実兎の血の気が引く。


「せ、先輩、他には?」


「他に?そうだな、そういえば……森が恋しいな。後は、実兎、なんかお前の髪を毛繕いしたい様な……」


実兎は鬼城から大きく一歩距離を取る。


「先輩、アタシの髪に少しでも触ったら殺しますからね……」


「え、でも、ちょっとだけ、ウキッ」


「近寄るな!けだもの!!」


鬼城の猿顔をバチンとビンタする。鬼城は正気を取り戻し、大人しくなった。

実兎は焦る。チンパンジー人間と化した鬼城は徐々に、精神までもがチンパンジーに近づいている。

一刻も早く解決しないと、鬼城は野生に返ってしまう。


「先輩、よぉーく聞いてください」


「さっきは悪かったウキ、何だッキー?」


実兎は一言一言子供に言い聞かせるようにゆっくりと喋り出した。


「先輩はエイリアンなので、あの町に忍び込むのは簡単ッス。あの町に忍び込んで、2人のピュゴラスJrを倒してきてください。できるッスか?」


「おう。楽勝ッキー。まかせとけ、ウキ!実兎はどうするッキ?」


「アタシは、ここで先輩をサポートするッス。通信を切らないで下さいよ」


実兎は空中にウィンドウを出して、鬼城に接続した。これで声はいつでも届く。


「じゃ、天才チンパンジーのキジョーくんなら、できましゅよね~。さぁ、お行きー」


「実兎、バカにするのもいい加減にするウキ。俺を嘗めすぎなんだよッキー。いくらエイリアンになったとは言え、しくじったりしねぇウキ」


タバコを取り出して火を着ける。変な語尾はついているが、その姿と言葉はいつもの自信過剰な鬼城だ。


「じゃあ、行ってくるッキー。」


鬼城は走り出した。だが、走り出す姿は2足歩行ではなく、既に腕も使った4足歩行になっていた。

どうやらチンパンジーと人間の間で揺れ動いている様だ。


「うう、大丈夫っスかね……先輩……」


実兎は心配しながらも、鬼城に全てを託すしかなかった。




◆◆◆




鬼城が町に着くと、町の入り口に立っていた門番はすんなりと門を開けてくれた。

ピュゴラス(親)は、そこら中でエイリアンを作り出し、この町に寄越していた様で、エイリアンなら潜入するのに何の問題はも無かった。


鬼城は回りを見る。なかなか人(エイリアン)が多い町だが、活気は無い。みんな沈んだ顔をしている。


「なぁ、そこのアンタ、ちょっと話を聞きたいッキー」


鬼城は大通りに出ると、近くを歩いていた蜂男を呼び止めた。


「なんだ?何か様かハチ?」


「この町を仕切っている奴は誰だッキー?」


鬼城はいきなり宮殿に乗り込むより、先に情報収集をしようと考えた。

頭にバナナやリンゴなどの雑念が浮かび上がるが、必死に振り払う。


「お前、新入りかハチ……。この町はピュゴラスプキング様とピュゴラスクイーン様が支配しているハチ。俺たちは皆、奴隷だハチ」


「キングと、クイーン?」


「そうだハチ。奴らは俺達を皆エイリアンに変えちまったハチ。俺も元は人間だったはずだが、今じゃ全く思い出せないハチ。ただ蜜を集めたくて集めたくて仕方なくなっちまったんだハチ……」


見るとハチ男は脇に蜜の入った壺を抱えている。鬼城は火星に花があるのかと少し考えたが、頭が花の形をしたエイリアンが通りかかったので考えるのをやめた。


「どうすれば、その二人に会えるッキ」


「……キング様とクイーンなら、いつも午後3時に宮殿から顔を出して民を見下ろすハチ。直接話す方法はないけども……あ、もう仕事に戻らないとハチ」


ハチ男はその場から立ち去ってしまった。

だが、とても言い情報だった。顔が見えるのなら、デバッグガンを当てられる筈だ。


『先輩。運が良いですよ!3時まであと15分です。早速広場へ向かってください』


「ああ、わかったウキ。宮殿まで2分もあればつくッキ!」



鬼城は宮殿の方を向いた。その瞬間鬼城の頭に電撃のような衝撃が走った。



1人のエイリアンが前を通ったのだ…………バナナ型エイリアンだ。

体がバナナの木で出来ており、いくつものバナナの房が下がっている。


「そこの方、ちょ、ちょっと待ってくれキー!!アンタだ、そこのバナナの方ウキ……」


『せ、先輩?』


「あの、いきなりで、すみませんが、バナナを、バナナを1つくれウキー……」


実兎は鬼城の迫真の声で状況を察する。

鬼城はチンパンジーの本能に負けようとしている。


『先輩!!正気に戻るッス!!』


「黙るッキー!今大事な所なんウキー!」


『おい先輩!任務を……』


鬼城は通信を切断した。


鬼城は考える。実兎は何も分かっていないと。

ここでバナナを手に入れないと任務なんてままならない……そんな気がする。

バナナを手にいれて食べる、それこそが最優先事項だ……そんな気がする。


鬼城の頭脳は、なんとか理性とチンパンジーの本能の間で踏みとどまっていたのだが、本物のバナナを目にした事で限界を越えたのだ。

現在は2:8の割合で理性と本能が働いていた。


「何、このチンパンジー……ねぇ、アンタ。こいつやっちゃってよバナ」


バナナ人の声と共に2メートルはある巨大なゴリラ型エイリアンがぬっと影から姿を表した。


「おいおいおい……俺の可愛いバナナちゃんに何手ェ出そうとしてんだゴリ?」


「……なんだァ、てめェ……?俺はそのバナナに話しかけてんだよ。引っ込んでなウキ」


チンパンジー鬼城は首を切るしぐさをして挑発する。ゴリラは頭に血管を浮かべ。腕を振り上げる。


「ゴラァッ!!!」


GAAAAAAAN!


ゴリラの腕が降り下ろされるのを鬼城はヒョイと交わす。ゴリラの腕は地面を砕き、大きなクレーターを作った。


「おーおー。こいつはお前の彼氏かなんかかウキ?ならバナナさんよォ。このゴリラ倒したら、そのバナナ、貰って良いか?」


「チンパンが……いいよ。できるもんならねバナ」


ゴリラは大振りに構え、連続でパンチを繰り出す。

一発でも当たれば骨が砕けるのは間違いないが、鈍い。

鬼城はステップを踏みながら交わす。そして一瞬の隙をつき、ゴリラの顎をハイキックで蹴り飛ばした。


「うぐぉぉぉぉっ!!」


「でかいだけの木偶の坊が……ウキィッーーーー!!」


鬼城はよろめいたゴリラに対して跳躍し、一回転しながら頭を蹴り飛ばす。

側頭部を打ったゴリラは白目を向き、その場でバターンと大きな音と共に仰向けで倒れた。


鬼城はバナナ人に目を向ける。


「おい、バナナ!」


「は、ハイッ!!」


用心棒のゴリラが倒された事でバナナ人は鬼城の呼び掛けにビクリとしながら反応した。


「約束通り、バナナを寄越すウキ」


「は、はい」


バナナ人は恐る恐る、体から一本のバナナをちぎって鬼城に渡す。


「テメェ、ふざけてんのかウキ?」


「え?」


鬼城はタバコをプッと吐き出して凄む。


「1つや2つじゃねぇウキ、全部よこすんだッキー!」


「あ、アタイから全てを奪おうっての……なんて男……」


「うるせェ……さっさと寄越しなウキ」


バナナ人は仕方なく、身体中のバナナをむしりとり、鬼城に渡す。

バナナ人は丸裸になり、幹と葉っぱだけになってしまった。

どっさりとバナナを奪い取った鬼城は、上機嫌で歩き出す。


「この、人でなしィィィィ!!!!」


今の鬼城にはこの言葉も届かない。チンパンジーだからだ。そして既にボス猿の貫禄も出している。

鬼城は早速このバナナを、どこで食べようか思案する。どうせなら、眺めの良い高い所で食べたいものだ。


これで任務も無事完了だ!




◆◆◆




「あのカス!あのカス!あのカス!あのカス!あのカスゥ!!!!」


実兎はぶつぶつと呟きながら鬼城に通信をかけ続ける。

鬼城のアホに通信を切られてから、もう14分も経った。あと1分で3時だ。もうすぐ宮殿からキングとクイーンが顔を出す。

せっかく仕留められる機会なのに、あのカスはあろうことかバナナなんぞに気をとられ、任務を放り出した。


ガチャッ……ピー……ピー……ピロン


鬼城と通信が繋がった。

実兎が文句を言おうとすると、先に鬼城の焦った声が通信から響いてきた。


『実兎か!?ヤベェ、俺いつのまにか広場と反対の方向に来ちまったウキ!間に合わねぇ!!』


どうやら鬼城は正気を取り戻したようだ。

まったく世話の焼ける先輩だ。あまりに慌てた様子なので実兎は怒る気も失せてしまった。


「先輩、今はどこで何してるんスか!正確に簡潔に言うッス!」


実兎は考える。鬼城は確かにカス野郎でバカだが。決して無能ではない。この状況でも彼なら挽回することはできるかも知れない。

というか、そう思いたい。


『入り口近くの大きな門の頂上にいる。そこで、何故か俺はバナナを食べていたウキ。何故かは本当に分からないッキ!』


恐らく満腹になった事で本能が収まったのだろう。


実兎は双眼鏡を取り出して、町を見る。

……いた。町の入り口の門の上、大量のバナナの皮に囲まれたチンパンジーが一匹いる。


「先輩、そこから、宮殿は見えるッスか?」


『いや、見えないッキ』


実兎は町をつぶさに観察する。あと20秒くらいいしかない。急げ、急げ。

あった。あの建物ならちょうど良い。


「先輩、町を向いて左前の三角屋根の高い建物見えますか?」


『見える』


「そこへ登ってください!」


鬼城は器用に屋根を伝いスルスルと壁を登り、10秒程度で建物の屋根へと登り上がった。チンパンジーの身体能力なだけある。


「宮殿は見えるッスね?」


『あ、ああ、見えるッキ』


実兎は真剣な口調で鬼城に伝える。


「もう3時になるッス。先輩。そこから狙撃するッスよ!」


『はあ!?ここから宮殿まで2キロくらいはあるぞウキ!』


尻込みする鬼城に対し、実兎は捲し立てる。


「できないんスか!?銃なら誰にも負けないって豪語してましたケド嘘なんスね!?所詮ただのチンピラッスね!やっぱ先輩みたいなヘタレにはできないッスよね。どうせ無理だと思ってたんスよ!」


「何だとォ!?やぁってやろうじゃねぇか!!!ウキィーッ!!」


鬼城の闘志に火がついたようだ。鬼城がスナイパーライフル型のデバッグガンを亜空間から取り出すのが見えた。

煽り耐性ゼロで、どんな安い挑発にも簡単に乗るのは欠点だが、いつでも心のエンジンを掛けられるのはある意味便利だなと実兎は思った。


時計を見ると丁度3時になった。


実兎は双眼鏡を宮殿の方に向ける。

通信越しに聞こえたゴーンゴーンと銅鑼を鳴らす音と共に、宮殿の窓から全身緑色のエイリアンが現れるのが見えた。

2人いる。ピュゴラスキングとピュゴラスクイーンだ。

宮殿の回りにはガードマンの様なエイリアンがうようよいる。ここで狙撃を外したら、次に狙うのは難しそうだ。


キングとクイーンは宮殿の3階の窓から、上半身を覗かせ、下に向かって手を振った。



鬼城が大きく息を吸って吐く音が聞こえた。


『BANG!……BANG!』


2発の銃声が通信越しに実兎の耳に響く。

実兎はキングとクイーンを注視する。


……1秒……2秒


瞬間、キングの眉間に高速で飛翔した光の弾丸が当たった。

衝撃と共にキングの全身が青い光に包み込まれる。


クイーンは一瞬何が起こったのか理解できない様子だったが、狙撃だと気づき、部屋の奥に下がろうと身を翻した。

だが、一瞬気をとられたのが命運を分けた。

0.5秒もしない内にもう一発光の弾丸が飛翔し、クイーンの背中を撃ち抜いた。

クイーンはそのまま、空中に浮かび上がり、青白く光輝き始めた。


そしてピュゴラスキングと、ピュゴラスクイーンの2体は、ほぼ同時に光の粒子となって本来の姿に再構築された。


『ざっとこんなもんだぜ…………おっ!体が戻っていく。……人間の体に戻ったぞォ!!』


鬼城の声を聞いて実兎は町に双眼鏡を向ける。

大量にいたエイリアン達が元の姿に戻っていっているのが見える、人間の姿や……エイリアンの時とさほど変わらない姿の者など様々だが、誰もが記憶を取り戻し、喜んでいるのが見えた。


実兎は双眼鏡から目を離す。


「これで解決ッスね。先輩、お疲れさまッス」


『ハッハッハ……実兎ォ、見事決めてやった俺な訳だが、よくも俺の事チンピラだとかヘタレだとか、さんざん言ってくれたじゃねーか。ククク、この偉大な先輩に、謝ってもらおうじゃねェーか……』


実兎の脳裏にしたり顔で喋る鬼城の顔が浮かぶ。誰のせいでこんな苦労したのと考えると、ムカついて来た。


「ねー先輩。チンパンだった時の事覚えてないんスか?ねぇ、謝るのは先輩の方じゃあ無いスか?」


「あ?チンパンだった時の事…………あ……あああ!!あれは違う……俺だけど俺じゃねェ……」


どうやら思い出した様だ。バナナに気をとられて任務を放棄しかけた事や実兎を毛繕いしようとした事を。


「じゃ、町の入り口まで迎えに行くんで、待ってるッスよ。先輩」


実兎は通信先で何か喚き続けている鬼城を無視して通信を切断した。



実兎は停めてあった車に乗り込む。

エンジンをかけ、ギアを入れ、火星探索車にもなぜか付いている音楽プレイヤーにお気に入りの曲を転送する。

曲が流れると同時に、アクセルを踏みしめると、乾いた風が吹き込んできた。


胸いっぱいに空気を吸い込みながら、ラムネ味のキャンディーを口の中でカランと転がす。


さっきまでは気付く余裕も無かったがが、この火星の風というのも案外気持ちのいいものだ。



帰りはこの壮大な火星の大地を感じつつ、タコやチンパンになったのをネタに先輩をからかいながら、ゆっくりドライブして帰ろうと、実兎は思った。







【 プラネット・マーズ編 完 】

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