第11話:プラネット・マーズ(1)
赤い砂が吹き荒れる広野の岩影に、一つの大きな穴が開いていた。
実兎は懐中電灯を持って、その穴を進んでいく。
そして着いた深く暗い洞窟の奥には、一つの影が蠢いていた。
緑色に輝く2つの巨大な不気味な眼、真っ赤な赤くて巨大な頭部からは六本の触手が生え、うねうねとうごめいている。
触手には吸盤がついており、しっとりと湿っている。
高さは1m80cm位だろうか………タコ型の宇宙人の様な姿……実際もしタコが知能を持って進化したのなら、このような姿になるのだろう。
てらてらとした肌の光沢や、ぐにゃぐにゃとした質感が生々しいエイリアン然とした雰囲気を醸し出す。
ペタペタと4本の触手を器用に足として動かし、残りの2本の触手は腕のようにゆらゆらと操っている。
「ひっ……」
目の前の奇っ怪な生物を目にして、実兎は声を漏らす。あわてて口を押さえるが遅かった。
声に気付いたタコ型生物は、目の色を変え、実兎に頭を向けると標的を定めたかのように凄い勢いでペタペタペタペタと走り擦り寄ってきた。
「え!!嫌!!く、来るなッス!!」
あっと言う間に実兎の目の前まで迫ったタコ型生物は、ひょっとこのような口をモゴモゴと動かし始めた。同時に実兎に一本の触手を伸ばしてくる。
「いやぁああああッ!変態タコ!触るなァ!センパァーイ、助けてェェーッ!」
「落ち着け!目の前にいるのが俺タコ!鬼城タコ!俺もエイリアンにされちまったんタコ……!!」
タコ型生物は、実兎に触ることなく訴えかける様に触手をみよみよと動かした。声は確かに鬼城の物だ。
「……え?先輩?……先輩なんスか?このタコが?……え、……マジで?」
鬼城と名乗ったタコ型生物は一歩下がる。
「……そうタコ、アイツにやられタコ。……ああクソ!語尾にタコがつくタコ!クソうぜェタコォ!」
怒りにかられた鬼城は赤い体が更に赤くなり、ポーッと湯気が立ち上る。
「……くふふふ……くははははは!あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
その様子を見ていた実兎は、笑いが堪えきれなくなった。
「笑うなタコォ!クソ!なんてこっタコ……!!」
鬼城は、しゃがみこんでうなだれる。そんな鬼城を見下ろして、実兎はしばらくの間笑い続けていた。
……何故このような状況になってしまったのか、時は少し遡る。
鬼城と実兎は、プラネット・マーズと言うワールドに来ていた。
このワールドは火星に降り立ち、火星を自らの土地として開拓していくというワールドである。
最初は何もない土地なのだが、地球からの貿易船や、異星人の行商人などと交流し、住み家(コロニー)を拡張したり、火星に埋まった動物のDNAを再現して牧場を作る事や、畑や工場や住宅を作ったりして自由に発展させていくことができる。
ある程度発展すると、地球や異星から移住者が現れて、住民がすこしづつ増えていく。住民とのふれあいも楽しみの1つだ。
また、どのワールドもオフライン風モードとして他のプレイヤーと交流せず遊ぶ事も出来るのだが、このワールドは特にその要素が強い。
つまり、1プレイヤーに1つ火星が与えられる形で、そこに好きなプレイヤーだけ呼んで、数人で火星開拓ができるというわけだ。
現に、鬼城達が降り立ったこの火星には人間や異星人は複数いるが、NPCを除いたプレイヤーは二人しか住んでいない。
その二人が今回の依頼者で、発生した不具合を治してほしいとの事だった。
依頼者の名は青柳亮と青柳くるみ。生前から夫婦だった者達だ。胡桃が先に亡くなり、1年後に亮がここにやって来たらしい。
だが、鬼城と実兎が彼らに会った時は、彼らは人間の形をしていなかった。亮はムカデの怪物のような姿。胡桃は植物の怪物の様な姿をしていた。
最初はそういうロールプレイなのかと鬼城達は思ったのだが、どうやら違うらしい。
彼らの話を聞くと、どうやら最近移住してきた、緑色の肌を持つピュゴラスという異星の亜人間の仕業で姿を変えられたのだという。
それと同時に、せっかく集めた住人のCPU達が姿を消してしまったらしい。
話を聞いた後、エイリアンになってしまった青柳夫妻に鬼城はデバッグガンを撃ったが、効果は無かった。
『不具合を確認。修正不能。問題の根本の修正が必要です。捜索して下さい』
そうして二人はデバッグガンの言葉に従って、こうなった不具合の原因と思われる、ピュゴラスを火星の広野に探しに出たのであった。
……時は再び現在に戻る。
赤い風を切って、火星探索車が走る。
「ねぇ、タコ先輩、ピュゴラス見つけたんですよね。撃てなかったんスか?」
運転しながら実兎は鬼城に話しかける。
鬼城は、青柳夫妻に教えてもらった、ピュゴラスの住み家と思われる洞窟に踏み込んだのだが、返り討ちにあったのだ。
鬼城は隣の座席に座りながら車の振動でぶよんぶよんと弾んでいる。デバッグガンではエイリアンの姿から元に戻ることは出来なかった。
「タコ先輩言うなタコ……あいつ待ち伏せしてやがっタコ。いきなり変な光線を口から出して来やがってタコ……。逃がしちまっタコ」
実兎はタコタコうるせぇなと思いながら、アクセルを踏みしめる。周りには赤い土だけが延々と広がる殺風景な光景と、赤い石でできた山しかない。
目印など何もないが、彼らは迷い無く進んでいく。
「こっちで本当にいいんスよね?」
「ああ、そっちに進むタコ……。エイリアンにされてから俺には奴の居場所が何となく分かるように様になっタコ。……奴は素早いタコ。実兎、お前の運転技術が無いと追い付けない程にな……タコ」
鬼城は車に置いてあったタバコを取り出して、火を着けた。
タコのような口でタバコをくわえ、触手を器用に操って火をつける。煙を吸うと何の化学反応か、体が青色に変色した。
「あ!あれは……!」
赤い砂嵐の中、緑色の影が見えてきた。人くらいの大きさだ。
「実兎!スピードを上げるタコ!奴タコ!奴がピュゴラスタコォ!」
「これが最大速度ッスよ!!」
「それでも上げろ!このタコ!」
タコはテメェだろうがと思いながら実兎は車を対象に接近させる。
鬼城はにゅるにゅると触手で銃をからめて取る。
そこにいたのは、2メートルくらいで全身緑色の、男でも女でもない全裸の人間風の生物。
綺麗なフォームで、時速100kmを越える速度でダッシュをしている。こいつがピュゴラスだ。
ピュゴラスは走りながら横に着けた車を見る。ピュゴラスは厳つくてごつい、男らしくてむさ苦しい濃い顔をしていた。
「ウフフ。追ってきたのね。ワタシに追い付くとは大したモノよ」
野太い声だ。それに凄い速度で走っているのに、息切れ1つ起こしていない。
「テメェ、何が目的タコ?」
「私の目的?私はこの星をエイリアンの楽園にするのよ。人間は要らないの。でも殺すのは忍びないから、エイリアンに変えてあげたのよ。感謝してほしいわ。……今のあなた、とても美しいわよ」
「この野郎!!死ねタコ!!」
BANG!
デバッグガンの弾はピュゴラスの横をすり抜けて地面に当たった。
「ヘタクソね。そんなんじゃ、ワタシを満足させられないわよ」
ピュゴラスは蛇行して走り出す。
BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!BANG!
鬼城は何発もがむしゃらに連射するが掠りもしない。
「先輩!何やってんスか!!」
「クソ!触手じゃうまく撃てねぇタコ!!あと風で体がぶよぶよ震えるんタコ!!」
「射撃が下手な先輩とか、タダの残りカスじゃ無いスか!!」
ピュゴラスはニタリと笑う。
「あら、仲間割れ?そんな事してる場合じゃ無いわよ……!!」
ピュゴラスは突然、加速したと思うと、大きくステップを踏み、大ジャンプした。
クレバスだ。4メートル程だろうか、大きく地面に割れ目が入っており、深い崖が切り立っていた。
このまままっすぐ進めば確実に落ちて壁に激突する。
「実兎タコォ!!」
「黙って任せるッスよ!」
実兎はあめ玉を奥歯で噛み締める。
探索車のボタンを操作し、前輪のタイヤを引っ込ませ、重心が前に傾いた瞬間に大きくタイヤを飛び出させた。
車が一瞬跳ねる。スピードも乗っていた事もあり、その一瞬で崖に落ちる事無くクレバスを飛び越えた。
ガシャアンと大きな音と共に車は着地し、スピードを落とさずに走り続ける。
「やるわね……」
着地の振動で鬼城の体がこんにゃくの様にぷるんぷるんと揺れる。
再び高速のカーチェイスが始まる。
「くふふ、アタシのドラテク嘗めんなッス!!……先輩、さっさと当てるッスよ!!」
「わかってんだが、触手が、触手がだなァ、タコ!!」
BANG!BANG!BANG!
相変わらず鬼城の弾は掠りもしない。
ピュゴラスは急に方向を変えたり、減速や加速を繰り返し照準をつけさせない様に動いている。
実兎は振り払われないように優れた運転能力を駆使して追いすがっているが、決め手に欠けた状態だ。
いつもなら難なく捉える事ができるはずの鬼城は、今はタコ星人と化して、まるで戦力になっていない。
「この役立たず!タコ野郎!こうなったらァ……アタシがぁ!」
実兎はピュゴラスの背後に車をつけ、スピードを上げる。轢き殺す気だ。
すると、ピュゴラスの首がぐるりと180度回転し、真後ろに向けて口から黄色い光線を吐いて来た。
「あぶなっ!」
実兎は、慌ててハンドルを切る。
間一髪で光線は反れ、実兎に当たらずに済んだ。もし実兎までエイリアンにされてしまったら車を運転できない。
運転できなければピュゴラスに追い付く方法が無くなってしまう。
実兎は舌打ちする。車をぶつける作戦は難しい。ぶつけようとすると、どうしても直線的な動きになる。そうなるとピュゴラスの光線のいい的だ。
「先輩、やっぱ先輩が撃つしか方法は……」
実兎はちらりと鬼城を見て、そこで言葉が詰まった。
鬼城はいつの間にか巨大なザリガニになっていた。
「な、なぜにザリガニになってんスか……?」
「……お前が避けた光線が、俺に当たったんだカニ……」
鬼城は右手の大きなハサミを振り上げる。
「銃が持てねぇカニ……」
「このバカ!…………いや、逆に、これは使えるかもッスよ……!!」
実兎はピュゴラスの前にスピードを上げて躍り出るとドリフト回転して、ピュゴラスと車で真正面で向かい合う形でバック走をし始めた。
「ピュゴラス!!アタシをエイリアンにしてみろッス!!」
「お望みなら、いいわよッ!!!」
ピュゴラスが実兎目掛けて光線を吐く。
実兎はその瞬間ハンドルを切る。光線は隣の鬼城に当たる。
鬼城は巨大なカナブンになった。虹色の羽がなんとも美しい。
「チッ、ほらほら、外れッスよ!!もう一発こいッス!!」
再びピュゴラスがビームを吐き、実兎は器用に車を動かして鬼城に当てる。
鬼城は巨大なウニになった。
「もう、銃が持てないとかそういうレベルじゃないウニ!!」
実兎は鬼城の愚痴を無視して、ピュゴラスを挑発し続ける。
「おいおい、ドヘタクソッスねぇー!!もっと狙って撃つッスよ!!」
「この小娘ぇっ!」
ピュゴラスは走りながらムカついた顔をして、金切り声で叫びながら光線を吐いた。
実兎はハンドルを大きく切る、再び鬼城に光線が当たる。
車から身を乗り出した鬼城は呟く。
「なるほど、これなら銃が撃てる……ウキー……」
チンパンジー風エイリアンと化した鬼城は銃を構えて息を大きく吸って吐く。
BANG!
弾は一発で十分だった。デバッグガンの光はピュゴラスの胴体ど真ん中を撃ち抜いた。
ピュゴラスが光に包まれながらひび割れ、宙に浮かび始める。
「さすが先輩!……とアタシッスね!」
実兎は急ブレーキをかけて車を止める。
二人は、車から降りて、青く光り輝くピュゴラスに駆け寄った。
「よくも……ワタシを……でもワタシの2人の子供達が……きっと成し遂げてくれる筈だわ……エイリアンの……楽園を……!!」
ピュゴラスは光の粒子となった後、体が再構築された。
「あれ、ワタシは一体何を……」
CPUは正気に戻った……のだが、鬼城の体は元に戻らなかった。スーツを着た猫背で毛むくじゃらのチンパンジーのままだ。
「嘘だろ、もしかして……まだ終わってねェのか……ウキ?」
「2人の子供達とか言ってたッスね……はあーーー。これはその2人を倒さないといけない感じッスね……」
「ああ、マジだ……頭の中に2つの存在をかすかに感じるッキ。あっちの方向に2人まとめて……いるッキー……」
この問題はなかなか根が深そうだ。
二人は渋々と車に乗り込むと、正気に戻ったピュゴラスを置いて、2人の反応がする方向へと発進させた。
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