第10話:戦国記(2)
躑躅ヶ崎館真剣御前試合の日がやってきた。
戦国記の沢山の人々が集まった。人数としては2000人程度だろうか。
観戦や応援の為に集まった人がほとんどで、観戦券は抽選となっていた。
だが、1ユーザーの催しにしてはかなりの人数だ。どうやら配信もされて遠くから見ている人も多いようだ。
そして館には巨大な看板にはデカデカと番付表が貼り出されている。
その上空には4方向を向いている大型モニターが浮いている。そこだけは戦国時代とは不釣り合いなサイバー感だ。
出場者は合計32人。5開戦のトーナメント制で、勝者が決まるのである。
「先輩、大丈夫スかね……作戦通りに勝てるっすかね……」
「どうだろう。……装備を用意した拙者が言うのもなんだが、相手は強豪ばかりぞ。あんなスキルで勝てるとも思えんが……」
特設された観客席に座りながら氷花と、着物を着て来た実兎は不安そうな表情で座っていた。
『第一回戦、第一試合を開始する!皆川殿、朝日殿!前に出られよ!』
最初の戦いを知らせる声が響く。
館の前の広場に二人の男が歩み出る。
黒い鎧を来た男と、赤い着物を来た男だ。
男達は、互いにお辞儀をすると、刀を構える。
どちらの刀も首切り牡丹。例の妖刀だ。
「実兎殿。第一回戦から、強豪同士の戦いになりそうだ……これは目が離せんぞ」
実兎は興味なさげに棒つきキャンディーをコロコロと舐める。
どうやら今、歩み出た二人は有名な侍のようだ。
『始めいッッッッッッ!!』
声と共に、鎧の男が前に飛び出る。
互いに10メートル離れた所からのスタートだったというのに、一歩踏み出すだけで、刀の間合いに入った。目にも止まらぬスピードだ。
鎧の男が上段に大きく構えた、剣を振り下ろす。
対して着物の男はそれを受けるように刀を構える。
ガキィィン!という音と共に、最初の一撃は受け止められた。
「うわっ!」
実兎は驚きの声を上げる、刀と刀のぶつかり合った時の衝撃波が20メートルは離れた実兎の場所まで届いたのだ。
着物の男が鎧の男をはねのける。これも凄い力だ。
鎧の男が5メートル程吹っ飛び、体制を崩しながら着地する。
着物の男は低く身を屈めながら刀を構える。すると刀が桜色に輝き始めた。
「桜花斬だ。低い体制から2つの斬撃を繰り出しながら0.3秒間無敵になる……」
ポツリと呟いた氷花を実兎は見る。
実兎は、このワールドはてっきり実際の世界に則したワールドかと思っていたが、どうやら認識違いだった様だ。
実際、この戦国記の世界はバリバリのファンタジーワールドであった。
着物の男の剣が、鎧の男の腰をとらえた、と思った瞬間、鎧の男の姿がスッと消える。
斬ったと思ったのは残像だったのだ。
着物の男は、背後をとられたのかと思い、とっさに振り向く。だがどこにもみつからない。
「討ち取ったりィィィィィィ!!」
次の瞬間、鎧の男が地面から飛び出す。
彼は残像を作り出すと共に、スキル『地潜り』を発動し、地面に潜っていたのだった。
後ろを振り向いていた着物の男はガードしようと刀を振るうが間に合わない。
鎧の男の刀が、着物の男の胴をとらえる。
着物の男の上半身と下半身がスパンと真っ二つに分かれる。
「く、俺の、負けか……無念だ……」
着物の男の上半身はそれだけ言い残し、消滅した。
『そこまでッッッッッッ!!勝者、皆川殿!』
わあぁぁぁぁあああああ!!!
試合終了の声と共に周りから歓声が沸き上がる。屋敷の上では武田信玄が楽しそうに笑って見ている。
実兎は思う。確かにあんな技を使えて、天下統一を目指せるのなら楽しいだろう。
「次の試合、鬼城殿の出番でござるな」
氷花の声を聞いて、実兎は番付表に目を向ける。
「あ、そうッスね……えっと相手は、月冥……あれ月冥って」
「この御前試合の主催者でござるな……。優勝候補の……」
なんて運が悪いのだろう。よりによって初戦とは。
最終的には全員倒さないといけないとは言え、最初に当たる敵ではない。
元より、勝機があるかどうかは疑わしいが。
『第一回戦、第二試合を開始する!月冥殿、鬼城殿!前に出られよ!』
月の模様があしらわれた着物に、真っ黒で立派なアゴヒゲ。鋭い眼光が歴戦の勇姿を感じさせる男が、館前に歩み出る。月冥だ。
対して反対側、毛皮もふもふの服、身体中に深い傷を負った……山賊のごろつきにしか見えない男が歩み出る。鬼城だ。
「……なんスかあの格好。つかなんで既に死にそうなくらいボロボロなんスか」
「まぁ、なんというかスキルの関係でござる……」
お互いにお辞儀をする場面だが、月冥がお辞儀をするのに対し鬼城はしなかった。この男、とても無礼だ。
月冥が刀を抜く。贋作の首切り牡丹だ。
対して、鬼城は、火縄銃を取り出した。会場がざわつく。
「あれ、銃だよな」
「剣技大会じゃあないのか……?」
「刀以外でも使用可!って確かに書いてあったけど、槍とか棍とかの為の表記だろ……」
実兎は回りを見ながら、当然の反応だよなと納得する。
こういう大会で、『書いてなかったからセーフ』とか言う奴は空気読めないやつか、手段を選ばないバカだ。鬼城はバカの方だ。
鬼城に白い目が向き始めた時、月冥が審判にタイムをかけた。
「だまれいっ!!!!」
月冥が観客席に向かって叫ぶ、低く通る声が会場全体に響く。一瞬で観客の声が静かになり、辺りがしーんと静まり返る。
「この月冥!銃を使う奴が出てくるのは想定内よ!!だが、戦国記をやりこんでいる皆ならわかる筈!銃は、この世界では弱い!1発撃つのに非常に手間がかかる上、弾はぶれて当たらぬ。刀や槍はスキルや技に恵まれているが、銃は逆に貧相だ!この戦国記において、銃など雑兵の武器にしかあらず!!そんな雑兵ごときに、この月冥がやられると思うてかッッッ!!」
彼の魂の叫びを聞いて、静まりかえった場内からパチパチと、拍手が沸き起こり始める。
「月冥さんほどの人が言うなら……」
「そうだよな。俺も銃の使い辛さに使うの諦めたし」
「あれ、当たらないのよね」
「確かに威力も低く設定されてるんだよね……銃」
納得した観客達は、一転して月冥を応援し始めた。
試合が始まる前に、げーつめい!げーつめい!と言った応援コールまで始まった。
月冥が改めて刀を構え鬼城に向き直る。
鬼城を見ると、いつの間にかタバコをふかし始めていた。銃を構えてすらいない。
両者の間は10メートル。緊張感が走る。
『始めいッッッッッッ!!』
BANG!
開始の合図と共に、一発の銃声が轟く。
観客の月冥コールが鳴り止み、再度静寂が辺りを包み込む。
月冥を見ると、額に大きな穴が空いていた。
「オイ。俺の勝ちだぜ。さっさと勝利宣言しろや」
火縄銃を下ろしながら、ふてぶてしく鬼城が言う。
それと同時に月冥は後ろ向きに崩れ落ち、消滅した。
『そ、そこまでッッッッッッ!!勝者、鬼城殿!』
会場が再びざわつき始める。
あってはならない事が起きてしまった。大会主催者で優勝候補の選手が、一回戦で、あろうことか銃に負けてしまったのだ。
「実兎殿……鬼城って人は、本当は何者なのでござるか……」
目を丸くした氷花が実兎に訪ねる。
すごく驚いている様子の氷花に対し、実兎は笑いながら返答する。
「昔話した通りタダのチンピラッスよ。……かなり銃が得意な。くふふふ」
「そんなに銃に自信があるのか……?なるほどだからスキルをあんな風に……」
「スキル?」
実兎は気になって氷花に聞き返す。
「ああ、揃える為に使ったスキルシートがある。見てみるでござるか?」
氷花が袖から一枚の紙を取り出したので、実兎は目を通す。
そこには現在、鬼城が装備で発動しているスキルが書かれていた。
【スキル】
●窮鼠猫噛 (体力が10%以下の時、攻撃火力が大きく上がる)
●窮鼠猫噛+ (体力が5%以下の時、攻撃火力が格段に上がる)
●致命の一撃 (人体の弱点箇所に攻撃が当たった場合の威力UP)
●致命の一撃+ (人体の弱点箇所に攻撃が当たった場合の威力UP大)
●問答無用 (最初の1撃の威力が上がる)
●捨て身 (防御が下がる代わりに、攻撃力が上がる)
●捨て身+ (防御が大きく下がる代わりに、攻撃力が大きく上がる)
【 技 】
●なし (通常攻撃のみ)
「……わぁ、バ火力。先輩はアホかな。……これ、どのくらい威力でるんスか?」
「えーと、鎧じゃ防げないのは確かでござるな。どの武器でも使える、攻撃力が上がるスキルを用意しろって言うから用意したまででござる」
実兎と氷花がそんな事を話している内に会場のザワツキはいつの間にかブーイングへと変わっていた。
武道の試合を見に来た人達が一斉に文句を言い始めたのだ。確かに一撃で撃ち殺しては盛り上がりもくそも無い。
罵詈雑言の飛ぶ中、立ち合い場のど真ん中で鬼城は親指を下に向けて会場を挑発し始める。
「うるせェーーーよ!!あの雑魚のオッサンが銃OKつってただろォーが!!悔しかったら剣で俺に勝ちゃいーだろーが!!」
実兎はあちゃーと頭に手を当てる。鬼城は銃をバカにされた事で相当キレてるのだ。
実兎はヤカンよりすぐ熱くなる鬼城の性格を熟知していた。
「まぁ、剣なんて銃が出てきたら廃れちまう、時代遅れのオモチャなんだよ!首切り牡丹は戴くがな!テメェらは俺が優勝するトコ黙って見てなァ!ハハハハハァ!」
このワールド全否定をする捨て台詞を吐きながら、鬼城は立ち合い場から去っていく。この時点で会場のヘイトは全て鬼城に集中した。
実兎は例え勝っても戦国記内では鬼城とは他人の振りをしようと決めた。
ただ奴が、自分は運営の人間だと言わないことを願うばかりだ。
◆◆◆
御前試合の開始から、2時間くらい経過しただろうか。
試合は順調に進んでいき、ついに準決勝の舞台となった。
BANG!
『そこまでッッッッッッ!!勝者、鬼城殿ッッ!』
そして、観客の期待を裏切って、鬼城は順調に勝ち上がっていた。
BOOOOO、BOOOOO
観客からは一斉にブーイングが飛ぶ。鬼城は笑いながら観客席に中指を立てて喚き始める。
「オラ!!決勝戦だ、次の奴も眉間に風穴開けてやるよォ!テメェらのご期待通りによォ!!」
鬼城は全試合この調子でヘイトを溜め続けていた。
これには添え物とはいえ、かの武田信玄も渋い顔だ。
『これより決勝戦を始める!!鬼城殿!樽間殿!前に出られよ!!』
審判の声を聞いた鬼城は、火縄銃のすすを取り除き、火薬をつけ、弾を詰めなおした。なぜか手慣れたものだ。
相手の陣営に歩み出るのは、40歳くらいの男、ギョロりとした丸い目に、一文字に結んだ口。まるでダルマのような顔だ。
前評判では話題にも上がらなかった男で、大会やイベントなどに一切顔を出していなかった者だった。
「よぉ、アンタが決勝の相手かァ。まぁ誰だろうが鉄の棒振り回すだけの能無しだろ。無様に死ぬ準備はできてるかァ。武士道ってのは死ぬ事なんだろ!へへへへへ」
「…………」
ドブ以下のカス野郎に対し、樽間は一瞥しただけで、何も言わない。
「無視かよ。それともビビって声も出ねェのかァ?死んでった奴らみてーに、ごちゃごちゃ御託でも並べてみろよ。侍は刀じゃなくお喋りが達者な奴らなんだろォ?あァ!?」
彼が暴言を吐く様子は、空中スクリーンでしっかりと観客全員に届いていた。
文句を言っていた観客ですら唖然として言葉も出ない発言の数々に、氷花はドン引く。
「……鬼城殿は、本当に何者なのでござるか……」
「……だから言ってるじゃないスか……。タダのチンピラだって……」
鬼城の性格をよく知っている実兎ですら、死んだ目をしながら会場を見つめる。
鬼城はヒール役でブーイングを浴びるのが癖になっている様だった。
もし仮に優勝して首切り牡丹を消せても、狐島支部長辺りに叱られるのは間違いない。いや、叱られるだけならまだマシだ。懲戒処分食らうぞこれは。
『両者、構え!!』
樽間は刀を真っ直ぐに構える。透き通るような刀身に真っ直ぐな波紋。その刀は首切り牡丹ではなかった。
鬼城はタバコをふかしながら、斜に構える。武器は下ろしたままだ。
『始めいッッッッッッ!!』
BANG!
発砲音が響いてから一秒足らず……鬼城の口から、ポロリとタバコが落ちる。
辺りにはキィーンとした、鉄が震える音が響いていた。
銃弾は届かなかった。確かに銃弾の軌道は樽間の眉間を捉えていた。だが、その銃弾が樽間に届く事は無かったのだ。
銃弾は樽間の刀に斬り落とされたのである。
この世界はゲームとは言え、物理法則を元に構築されている。故に銃弾など、常人では普通見る事すら叶わない。
ましてや、超人的なスキルや技を持ってしても鬼城の早打ちは簡単に見切れる代物ではない。
現に2回戦から準決勝の相手は、試合開始直後にスキルを使って姿を消したり高速移動する事で、鬼城の狙撃を撹乱しようとしたが、避ける事叶わず一撃で倒されていた。
一瞬しんとした後、会場が一気に盛り上がった。
「う……うぉぉぉぉーーー!!」
「信じられねぇ!銃弾を斬ったぞ!あの人」
「鬼城ォー!!観念して死ねェーーー!」
そんな歓声を遠くの音の様に聞きながら、鬼城はポカンと口を開けたまま呆然としていた。
ありえない。銃弾を斬るなんて考えられない。それもこの俺の銃弾を……。
鬼城は混乱し、絶対の自信が砕かれてふらついた。火縄銃なので次弾も撃てない。
「銃がなければ何もできないのか?……かかってこい……」
ダルマの様に黒々とした丸い瞳を余談なく光らせ、刀を構えたままの樽間が鬼城を挑発する。
「う、う、ウォォオオオオッーー!この、ダルマ野郎がァーーー!!!」
後に引けなくなった鬼城は銃身を握りしめ、樽間に勢いよく殴りかかった。
ザンッ……
そして次の瞬間には、鬼城の首は宙に舞っていた。
鬼城の体は前のめりに倒れ、地面につく前に跡形もなく消滅した。
「未熟者め……」
静かに、樽間が呟いた。
『そォこまでェェェッッッッッッ!!勝者、樽間殿ォォーー!』
震えた審判の声と共に会場の盛り上がりが最高潮に達する。
鳴りやまぬ歓声の中、実兎はホッとしていた。あれだけのヘイトの中、あのカスが優勝しなかったのは逆に幸いと言えるかもしれない。
隣に座る氷花も、樽間が勝って嬉しそうであった。このゲームの尊厳が守られたのだ。
ここに鬼城の味方は既にどこにもいなかった。
しかし、ホッとしたのはつかの間、実兎は次の問題に頭を巡らす。
鬼城のアホが負けた事で、首切り牡丹の本物を手にする機会を無くしてしまった。
心苦しいが、あの樽間という人に頼んで譲ってもらうしか無いだろう。運営に文句は来てしまうだろうが……
「はっはっは!!天晴れなり!樽間よ!!」
野太く力強い声と共に、屋敷から一本の刀を携え、武田信玄が歩み出る。
「貴様の剣は天下一よ!!貴様ほどこれを持つのに相応しい者はおるまい!受け取れい!!」
武田信玄は刀を差し出す。本物の首切り牡丹だ。
樽間は渡された刀を鞘から取り出す。
首切り牡丹の刀身は、偽物とは比べ物になら無いほど艶やかで、目が離せないほどの呪いの様な強い魅力を放っていた。
樽間は、それをおもむろに振り上げると、止める間もなく横向きに地面に叩きつけてへし折った。
その行動に会場は騒然とする。
「貴様!何を!!」
武田信玄が驚きながら怒鳴る。
樽間は信玄に頭を下げると、静かに語り始めた。
「この刀は妖刀です。余りの力に誰もが目が眩み、足元を掬われる。求めるべきは剣の切れ味ではなく自らの腕である事さえ忘れ、武士の道を誤り、その過ちに気づかぬまま自惚れだけが強くなってゆく。このような刀は存在するべきではない。……信玄様、皆さん、この刀に魅入られた、哀れな者の末路を見た筈だ。愚かしく手段を選ぶ事さえ忘れた悲しき怪物を。私たち武士を目指すものは、ああなってはならない。私はこの世を乱したくない……故にこの刀は存在するべきでは無いのです……」
「その通りッス!!!」
場に突然現れたのは、観客席から飛び出してきた実兎だ。叫んだ次の瞬間には、樽間と信玄の前で勢いよく額を地面につけて土下座した。
突然の親友の行動に、観客席では氷花がおろおろとしていた。
「貴様、誰だ」
武田信玄が厳かに聞く。凄い威圧感だ。
それでなくても、観客達の突き刺すような視線が痛い。
実兎は樽間の演説を聞き、今しかないと思い立ち即行動した。
深く考えた作戦ではないが、首切り牡丹がいらないと言うなら、それを利用してここで消すしかない。
鬼城のアホがしくじったのなら実兎が何とかするしかないのだ。
実兎は緊張しながらも、訪れた絶好の機会を逃さないようにと、頭を上げ、声を張った。
「アタシはヘブンズワールド運営の実兎と言う者ッス!実はその首切り牡丹は、非正規アイテム!この戦国記ワールドにあってはならない刀なのです!それを御前試合が始まる寸前に知ったものの、試合を止める訳にはいかず、静観して見ていたのです。樽間さんがどこのどなたかは存じませんが、その優れた観察眼に感服しました!ここで、首切り牡丹を消滅させてもよろしいでしょうか!!」
真と嘘を織り混ぜながら、実兎は必死に懇願する。
樽間はにべもなく頷く。
「是非ともやってくれ。運営の方よ」
「有難うございます!」
実兎は懐からデバッグガンを取り出すと、折れた首切り牡丹に向けて撃った。
首切り牡丹は青い光に包まれながら浮かび上がり、消滅した。
『非正規アイテムを確認。完全修正可能。関連不具合を全消去しました』
銃からの音声を聞くなり、歓声が起こる。
樽間の演説により、『妖刀 首切り牡丹』と言う不具合の抹消は演出の一つとなったのだ。
「運営の者よ。よくやってくれた。これでこの戦国記も乱れずに済む。良かった良かった」
「……樽間よ、貴様は一体何者だ」
武田信玄の質問に、実兎も興味が沸いた。
だが樽間は答えるつもりは無いようで、にんまりと笑った。
「私?私はタダの戦国記ファンの一人です。だれでもいいではないですか!はっはっは」
彼の事を知っている者は誰もいない。それも当然だ。なぜなら彼は生前の名を隠しているから。
言われもないドーピング疑惑で、剣道の道を絶たれた不遇の剣の達人は、死後の世界でこそ、ひっそりとだが生き生きと活きていた。
剣の道をのびのびと楽しみながら……生前など、とうに昔の出来事なのだからと。
そうして、熱狂が収まらぬまま、躑躅ヶ崎館真剣御前試合は幕を閉じたのであった。
◆◆◆
氷花の屋敷に戻り、氷花に解決届けを書いて貰いながら、実兎は横目でちらりと鬼城を見る。
鬼城は屋敷で合流してから一言も話さず、虚ろな瞳でただ虚空を眺めていた。
「先輩。落ち込み過ぎッスよ。解決したから良いじゃあないッスか!」
「……ライフルなら勝ってた」
久しぶりに発した鬼城の言葉に氷花は苦笑しながら、書き終えた解決届けを実兎に渡す。
「先輩、くっそみすぼらしい言い訳は無しにして、なんか食べにでも行きましょうよ。信玄餅とか!」
「……はぁ……俺の銃が……マジかぁ……」
解決届けをしまうと、実兎は鬼城の背中をバンバンと叩き、無理矢理立たせ、玄関へと引きずっていった。
「じゃあ氷ちゃん!またね!!」
「……マシンガンなら勝ってた」
嵐のように去ってゆく二人を見送ってから、氷花は居間に戻る。
織田信長から拝領した、鉋切長光を改めて抜き、まじまじと眺める。
やはり美しい。この美しさは宝石にもひけをとらない。人を惹き付けて止まない魅力がある。
樽間はああ言っていたが、戦国記をどう楽しむかは人の自由だ。刀集めはやめられない。
隣の部屋の襖を開けて、山ほど飾ってある刀の中に、鉋切長光をそっと飾る。
「さぁて、次はどの刀を集めようか!」
氷花は、大きく独り言ちた。
刀に魅入られて何が悪い。何も恥じる事は無い。
それだって、このゲームの立派な楽しみ方の一つなのだから。
【 戦国記編 完 】
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