第09話:戦国記(1)

「拙者、十文字氷花と申す者。生前の名も同じ。……実兎殿、鬼城殿、本日は何卒宜しくお願い申し上げる」


腰に刀を差した、白く美しい髪をポニーテールで結んだ女性の武士が頭を下げる。


上級な武士の屋敷、その中で青畳の臭いがほのかに薫る客間に、鬼城と実兎の二人は招待されていた。

庭では桜の花にとまったウグイスが優雅にほーほけきょと鳴いている。

鬼城はあぐらをかきながら出されたお茶を鬼城はズズズと飲むと、氷花に目を向ける。


「……まぁ仕事だから来たけどよ、名指しで呼ばれたのなんて初めてだ、あんたどこかで会ったか?」


二人は今回、バグを確認して欲しいと治安監理局に連絡があった際に『実兎殿と鬼城殿に是非とも頼みたい』名指しで指名されて呼び出されていた。

氷花は頭を上げる。


「いや。……実を申すと、実兎殿と拙者は浅からぬ因縁があり……彼女は共に切磋琢磨した好敵手であるが故に、お呼び申した」


実兎がポリポリと頭を書く


「あー、彼女は、えっと、アタシが家を立てている『ぽかぽか島らいふ』ってワールドのですね、お隣さんッス。……別にライバルとかじゃないッスよ。普通に友達ッス」


「お前、ここに来るまでそんな事一言も言ってなかったじゃねぇか」


実兎は申し訳なさそうに氷花を見る。


「だって十文字とか、名字知らなかったッスもん。氷ちゃんって呼んでたし」


実兎はごまかすように、机の上に置いてある和菓子につまようじを刺すと口に放り込んだ。

甘く、栗を練り込んだ芳醇な味が口一杯に広がる。


二人の視線が再び氷花に向く。

氷花は氷のように表情の起伏が無い凛とした女性だった。


「左様。拙者と実兎殿はいわば親友。運営に頼むとすれば、信頼のおける実兎殿に頼むのが筋と考えた」


氷花は鬼城に顔を向ける。


「おぬしが、実兎殿の先輩、鬼城殿でござるな……お噂はかねがね実兎殿から聞いておりまする。今回は実兎殿の足を引っ張ら……」


「あっ、ちょっ」


実兎が机に身をのりだし氷花の口を塞ぐ。

鬼城が怪訝な顔をして実兎を見る。


「なぁコイツ、俺が実兎の足を引っ張ってるって言いやがったぞ。お前、普段俺の事なんて言ってんだァ?」


「あははは、いや、もう、そんな事どうでも良いじゃないッスか!ね、氷ちゃん!話を進めよ」


ゆっくりと実兎は氷花の口から手を離す、氷花は何かを察して、鬼城についての話はやめた。

ここで、実兎がよく言っている様にドチンピラのアホンダラと正面切って言うのは得策ではないと感づいたのだ。

彼女は腰に差した刀の位置を直すと、神妙な面持ちで話し始めた。


「時は戦国乱世の世、剣の腕さえ確かなら、立身出世が望めるこの時代。拙者はただただ剣の道を進んできた……今は武田の方に仕官する、2000石の旗本をしておる」



……このワールドは『戦国記』。戦国時代をモチーフとしたワールドである。

戦国時代に実際いた武将に仕え、天下統一を目指していく。

このワールドは、多人数が同時に同じ世界に住むオンラインゲームではあるが、仕えた武将ごとに用意された個別のストーリーを個人、または進行度の同じプレイヤー同士で進める形式となっている。

その為、仮に他のプレイヤーが天下統一を成し遂げても他のプレイヤーには関係が無い。

オンライン要素として強いのは、勢力とは関係の無い交流や冒険、勢力戦イベント、フリーイベント、レイドボス討伐……などだ。

このゲームの凄い所はAIで、何百冊もの歴史書から武将達や農民の性格をシミュレーションして作り上げているところだ。

それも相まって、本当に戦国時代に生きているような気になれる。

とは言っても本当に剣の腕だけでのしあがる訳ではない。装備やアクセサリーにスキルがあり、身に着ける事で技やスキルが身に付くのだ。

装備の入手や合成も、このゲームの大きな見所である。


氷花はこの世界にどっぷりと浸かっており、既に1回の織田信長の元で天下統一を成し遂げていた。



二人に対し、氷花は本題を切り出す。


「それで、今回相談したいのは、この刀の事でござる」


氷花は立ち上がると、部屋に仰々しく飾られていた刀を取り上げる。

少し鞘から抜くと、紫色に輝く波紋が入った美しい刀身が見えた。


彼女はその刀を腰に差し、障子を開ける。

外には俵人形に鎧を着せた、練習用の案山子が何本も立っていた。


「実兎殿、鬼城殿、こちらに参られよ」


3人は空けた障子から、庭に出る。地面につく瞬間に足に靴が精製される。


「では……鬼城殿、この刀でこの人形を斬ってみてくれ……これは鉋切長光。以前、信長様より拝領した名高い名刀だ」


氷花は腰に差した刀……先程取った刀では無い方の一本を鬼城に手渡す。

鬼城は刀を受けとると鞘から抜く。


「……なんか分からねェが、これがバグに関係あるんだな。……俺刀とか使った事ねェから適当に振るぜ」


案山子の前に鬼城は立つと、刀をバットの様に構える。その姿はまさに刀を無闇に振り回すチンピラそのものだ。


「オラァ!!」


高速で振られた刀は、案山子の銅鎧にガッと刺さり、5センチ位しか斬れなかった。


「固った!!全然斬れねぇぞ、オイ!」


「そうであろうよ。その鎧は雑兵が着るような柔いものではない。如何に名刀であろうと、剣技スキルを習得してない未熟な貴殿では斬ることは叶わぬ……」


「分かってんならやらすな!!」


さすが実兎の友達と言うだけあって、ふてぶてしい。

氷花は実兎に向き直る。


「次に実兎殿、この刀で同じ案山子を斬ってみてくれ」


腰に差したもう一本の刀を実兎に手渡す。

実兎が鞘から刀を抜くと、吸い込まれるような見事な輝きを放つ刀身が現れた。


「その刀の名は『首切り牡丹』……牡丹の花は首からボトンと落ちる。その様か名がつけられた。……妖刀だ」


「分かったッス、なんか知りませんけど、悲しい結末に終わった先輩よりは斬ってやるッスよ!」


「……一言多いよなお前」


実兎は刀を大きく頭の上に振り上げると、大きく降り下ろした。


スパンッ


案山子の兜から銅鎧まで真っ二つに、一瞬で両断された。

切れ味は鋭く、まるで達人が斬ったかの様に美しい切り口だ。

そして、勢い余って刀身が半分埋まるくらい地面を切り裂いた。


鬼城が鉋切長光を氷花に返しながら、怪訝な顔をする。


「実兎、お前、剣の心得とかあったか?」


実兎は刀を地面から抜いて、振り向く。

彼女は、自分が斬ったにも関わらず驚いたかのように困惑の表情を浮かべていた。


「い、いや、あたしもド素人だし、スキルもつけてないッス……これ、斬った感触すら無かったッスよ……まるでプリンみたいにスパッといったッス……」


「……そうなのだ。相談したいと言うのは、その事なのだ」


鬼城と実兎は氷花の方を向く。

氷花は腕を組み、目をつむり、考え込むような姿のまま話し出した。


「首切り牡丹は、最近密かに名を上げてきた妖刀でござる。切れ味が良いのは良いのだが、余りにも良すぎるのだ。それに、この戦国記にある刀はプレイヤーが作成した物以外は全て史実に基づいて作られている。だが、首切り牡丹等と言う刀はユーザー作成ではないのに史実には存在しない。しかも気になって調べてみたのが、他のサーバーには存在していないらしい。でだ……噂に聞く『ちーと』ではないかと拙者不安になって、呼んだと言う訳でござる」


それを聞いた鬼城は、無言でデバッグガンを抜く。

鬼城が撃つ気だと察した実兎は、あわてて首切り牡丹を顔から離すように持ち直した


「いつでも良いッスよ!」


実兎が叫ぶと共に、鬼城が刀をデバッグガンで撃ち抜く。

すると刀身が輝きだし、数秒の後、消滅した。


「あっ!私の首切り牡丹が!!高かったのに!!」


氷花は侍言葉も忘れて驚愕した。

それを見て実兎はしまったと思った。氷花に一言、言ってからやればよかった。

見ると氷花は涙目になっている。チートじゃいかと疑ってはいたが、あの刀はとても大切な物だったようだ。


肩を落とす氷花に、実兎は優しく声をかける。


「氷ちゃん。ごめんね。氷ちゃんの思った通り、これはチートアイテムだったんスよ。……首切り牡丹、高かったんスか……?」


「実兎ちゃん……うん、そうなの……。信長でのクリア報酬で貰った茶器と交換した……すごい刀だったから欲しくなって……でも使ってるうちに強すぎて恐くなって報告したの……私やっぱ騙されてたんだ……ひどいよぉ……手にいれるのに何百時間もかけたのに、改造アイテムだったなんて……う……うぇ……うわぁーん……う゛わ゛ぁぁぁぁぁああああああん」


氷花はとうとう泣き出してしまった。さきほどまでの凛とした姿はまるで無い。実兎は氷花を抱き寄せてよしよしとなだめる。

よほど手に入れるのに苦労したのだろう。


「よく報告してくれたッスね……氷ちゃんは偉いッス。絶対無駄にはしないッスからね……氷ちゃん、刀を手に入れた経路とか、他に持ってる人とか、心当たり聞いても大丈夫ッスか?」


「う゛、うん、分がっだ……うぇ……ひっく……うぇぇ……」


氷花はよほどショックだったのか、嗚咽が酷くなる。


「先輩がやったんだから謝るッスよ!ホラ!」


「すまねぇ…………って、なんで俺だけやらかしたみたいになってんだよ……お前も共犯だろ」


氷花はしばらく泣き止まなかった




◆◆◆




「贋作?」


鬼城は疑問の声を上げる。


泣き止んだ氷花は冷静さを取り戻し、先程の芝居がかった姿に戻っていた。

だが、目の下が少し腫れている。


座敷に座り直し、3人は会話を再開した。


「そうだ。拙者の持っていた首切り牡丹は贋作だ……この戦国記では、本物の刀が一本あれば、性能は少し落ちるが贋作を作れるのでござる。刀工スキルが必要ではあるがな。……贋作でもこの切れ味だ。本物はもっとすごい筈だ」


「氷ちゃんは偽物って知っててお金つぎ込んだんスか?」


「左様。ブランド物故致し方なし。悲しき乙女のさがよ……」


なんか違うような気ががしながらも、そういうものなのかと鬼城は納得する。


「なら本物の首切り牡丹はどこにあるんだ?1本しかないなら、それを消しゃあ贋作も全部消えると思うが」


「うむ、それなのだが、3日後……信玄様のお屋敷で、御前試合が行われる。そこの優勝者への贈呈品がそうだと騒ぎになっている」


「え、御前試合の贈呈品?」


氷花はうなずいてお茶を飲む。


「そうでござる。通称『躑躅ヶ崎館真剣御前試合(つつじがさきやかたしんけんごぜんじあい)』。まぁ、所謂ユーザー間で勝手に開くイベントなり。この戦国記で最も強い人に渡すとか。……御前試合の日程が近いのも、お二人を呼んだ理由の一つだ。参加資格は、贋作の首切り牡丹を持っている事……拙者にも招待状が届いた」


実兎がパチンと指を鳴らす。


「なら簡単ッスね。大会主催者に掛け合って、刀を渡して貰うッス。チートアイテムなんだから断れないっしょ」


その言葉に反して鬼城が首を振る。


「実兎ォ、そういうのは良くねェな。……ロマンに欠けるぜ」


「は?」


一体何を言い出すのだこの男はと思いながら、実兎は鬼城の方を向く。

鬼城は空中にウィンドウを出し、戦国記のユーザーコミュニティを見ていた。


御前試合に対して調べてみると、リアルタイムでかなりスピードで掲示板やつぶやきが更新されている。


そして、でかでかとバナーがあった御前試合の告知には、本物の首切り牡丹が大会の賞品となった経緯が書かれていた。


首切り牡丹の所有者は戦国記においてトップユーザーの男、名を月冥と言った。

生前、道場の師範だった月冥は、最強の名声と共に、首切り牡丹を幾多もの決闘の末に手に入れた。

だが、余りの力を持つ首切り牡丹を前にして、月冥は本当に自分がこの刀を持つべきか迷いが生じた。

迷いは剣に弱さを生む。

そこで行うことにしたのが躑躅ヶ崎館真剣御前試合。

そこで再び全てを斬り倒し、優勝する事で自らが首切り牡丹に相応しい最強の男だと証明する為に、優勝賞品とした……との事だ。


実兎は画面から目を離し、呆れ顔で呟く。


「……男ってクッソメンドイ生き物っすね。思考回路イカレてるんじゃないスか?」


「おい、最強に憧れるの当然だろ。……それと、この盛り上がりは尋常じゃあねェ。首切り牡丹がチートアイテムだから消しました……って事になったらぶち壊しだ。落胆どころじゃねぇぞ。スゲェ量の苦情が運営に来るのは間違いねェ」


実兎は苦い顔をする。


「……じゃあ、えー、まさか、優勝して堂々と貰うとか言うんスか……」


「そのまさかだよ。首切り牡丹は消えちまったが、招待状はあるんだろ?」


氷花は釈然としない顔で頷く。


「……出れるだろうが、拙者では勝てぬぞ。拙者ぶっちゃけスキル便りの微妙な強さ故。強さダイヤグラムで言うB-ぐらいぞ。刀もマグレで手に入れたし……」


そこで鬼城は親指を立てて自分自身を指し示した。

実兎と氷花は怪訝な顔をする。まさかコイツ代わりに出場する気か。鬼城の剣術は先程見たが、人に見せるのが恥ずかしいレベルだったと言うのに。


「俺が出る」


「いや、でも……先輩、刀とか使えませんよね……。ヤンキーが角材持ってシバキ合うのとは訳が違うんスよ……」


鬼城はタバコを取りだして火をつける。

辺りにココアの香りが充満する。


「フ、大丈夫だ……ここを見な」


実兎は鬼城が自信満々に指差したウィンドウの項目を見る。

そこには『戦国記で使える武器なら刀以外でも使用可!!』の文字が書いてあった。


実兎はくわえていたあめ玉を噛み砕く。

刀賭けて戦うのに刀の大会じゃないのかよと思いながら、この大会はメチャクチャになるなと、予感がよぎった。

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