第08話:After End Company ~天国の入り口~

「う……う、ん……」


一人の男が目を覚ます。

男は状況が分からないながらも、ゆっくりと冷たい床から身を起こす。


周りを見回すと、男が一人立っていた。死に装束を着た、60歳くらいの男だ。

次に男は自分の体を見る。グレーに黒のストライプの服……彼がいつも着ている服だった。


そして他には何にもない。真っ黒に続く闇が、ただただどこまでも広がっていた。


「あの、貴方は?……ここは一体」


縞模様の服を来た男……は死に装束の男に訪ねる。


「えと、俺は西木(にしき)だ。ここがどこかは、分からない。あなたは?」


「私は狐島(こじま)と言います。私にも、ここがどこだかは、さっぱり……」


狐島は考える、最後に思い出せるのは、布団に入って寝ていた所までだ。……それで、そうだ、急に夜中、胸が痛みだして……

だめだ、それ以降はなにも思い出せない、何日も寝ていたような、そんな気がする。


「ここは病院じゃないのか、だとすると、もしかしてアレなんじゃあないのか……」


西木は、頭をひねりながらぶつぶつと、何かを呟き出した。狐島は気になって尋ねる。


「アレ?」


「いや、実は俺、死にかけていたんだ。末期ガンで……。その痛みがまるで無いんだよ。ここってもしかしてあの世なんじゃないかと……ヘブンズワールドとか言う……」


「ヘブンズワールド!?……じゃあ私たち死んだって事ですか!?」


西木が目をキョロキョロさせながら頷く。


狐島は頭では納得できないものの、現在の状況に納得せざるを得なくなっていた。



その時、真っ暗な地面の一部が光り出す。

その地面から青い、人間のシルエットがゆっくりと浮かび上がってきた……


青白いシルエットは完全に浮かび上がると、二人に語り始めた。


「ようこそいらっしゃいました。ヘブンズワールドの世界へ。私は全AI統括管理システム『アーク』と申します。よろしくお願い致します」


二人はぽかんとシルエットを眺めながら、自分達が死んだ事を理解した。


「西木様は生前からの積み立て金がありましたので合計234年、この世界で過ごす事が可能でございます。狐島様は25年間生活をする事が可能です」


二人を包み込む暗い空間がぱあっと明るくなる。

まるで透明な箱に乗って、空をを飛んでいるかのように、様々な風景が周りに映し出される。


空に浮かぶ巨大な都市。巨大なモンスターを囲む狩人達、ぬいぐるみのような動物に囲まれた農園。海底の大都市……どれもこれも見た事も無いような美しい風景の数々。



「これがこれからあなた方の住む世界になります。あらゆる望みが叶う、めくるめく天国の日々が、あなた方をお待ちしております」



狐島が驚きながら。アークに声を描ける。


「ア、アークさん。ここがどこかは理解できました。ですが、私はお金なんて積み立てていません。何故、私はここにいるのでしょうか……」


青白いシルエットが、狐島の方を向く。


「あなたの料金は、奥さまがお支払いになられました」


「妻がですか……?そんな、私なんかの為に……なんてバカな事を……」


周りの風景がまた変わる。

次はホテルの、エントランスの様な場所だ。


両脇にある2エレベーターのランプが着き、チーンという音と共に、扉が開いた。


「エレベーターにお乗り下さい。そうすれば最初のワールドに着きます。細かい説明はそこで行います。それでは、お気をつけて」


孤島と西木は二つのエレベーターを見比べる。


「あの、どっちに乗れば、いいんですか」


「お好きな方に、お乗り下さい」


青白いシルエットはそれだけ言い残すと、蒸発するように消えてしまった。


その瞬間、急に孤島は右のエレベーターに乗りたい気持ちで一杯になった、どうしても抗えないような……砂漠でさ迷っている時にオアシスを見つけた時の様な強烈な気持ちだ。


孤島はその気持ちのまま、右のエレベーターに乗り込む。

反対に、西木は何かに惹かれる様に左のエレベーターに向かって行く。


お互いに違うエレベーターに乗り込むと、扉が閉まった。



◆◆◆



強烈な意思に導かれ、左のエレベーターに乗った西木は、手を見て、何度もぐーぱーと開く。

生きていた時と感覚は何らかわりない。てのシワまで慣れ親しんだ自分のものだ。

ほっぺたをつねってみると、少し痛かった。

しかし、ぎゅーっとさらに強くつねってみると、痛くなかった。

どうやら、一定以上の痛みはない様だ。実に不思議だ。


ところで何故、狐島と言う狐みたいな顔をした男は反対側のエレベーターに乗ったのだろう、そこがちょっと気がかりだ。


「はは、まぁどうでもいいか。しかし230年か。……俺の年齢の約4倍だ。何して過ごそっかな。……さっき見た、海底都市綺麗だったな。まずはあそこにでも行ってみるかなー」


「……いえ、それはできません。誠に残念ですが貴方は失格でございますので」


不意に西木の後ろから声がかかる。

青白いシルエット……アークだ。

西木は驚いて振り返る。


「……え、失格……いったい、どういう事だ……?」


「そのままの意味でございます」


アークの表情はシルエットだけで分からない。

アークは続ける。


「あなたは、左のエレベーターを選びました。左のエレベーターの向かう先は『虚無』……データ削除でございます。お支払い頂いた2800万円は全てご遺族の方にお返し致します。その際には、あなたの脳はこのゲームに『合わなかった』という事に致しますのでご心配は要りません」


脳が『合わなかった』だと……?

西木は混乱する。確かに、このゲームに入る際に脳が合わない事があり、20%位の人間は弾かれる事があると聞いた事がある。

だが何故だ。ちゃんと体も意識も生前のまま再現されているのに、何故、弾かれる事になるのだ。


「簡単に申し上げますと、あなたは『ヘブンズワールド』の住人にふさわしく無い人間だという事でございます」


アークは西木の考えを読み取ったかのように言葉を紡ぎ続ける。


「あなたの考えている事は分かります。警察に捕まった事も無い、優秀な教師であり、苦しんで死んだかわいそうな自分が何故、そんな判断を受けるのか、分からない……といった所でしょう」


西木は反論しようと口を開けるが、声が出ない。

周りを見るといつのまにか真っ暗になり、足から体が消えていっている。


西木はバランスを崩して地面に倒れる。

青白いシルエットがそんな西木を見下ろす。


「あなたは教師時代、担当のクラスがまとまらない事がありましたよね。その時とった行動を覚えていますか。……わざと一人の弱い子供に目をつけ、苛められるように仕向けましたね。結果その子は苛められて不登校になりましたがクラスが一つにまとまった。……覚えていらっしゃいますよね」


西木の背筋に鳥肌が立つ。そんな事、自分以外知らないはずだと。

だが、このゲームは脳を取り込んだ時に全てはアークの支配下に置かれるのだ。隠し事は出来ない。


「隣の家がうるさいと注意しても聞かないので、相手を侮辱する張り紙をしましたよね。相手が行動を改めても張り紙するのをやめなかった……覚えていらっしゃいますよね」


西木の頭に血が上る、そんな事で、そんな下らないことで自分を消滅させるのが納得できなかった。

人を殺した訳でも無いのに、こんな扱いをされる事に、憤った。


西木の腕が崩れ去る。


「……勘違いしておられる様ですが、そんな過去の出来事はどうでも良いのです。ヘブンズワールドの法は人の法とは異なります。重要なのは『善人』か『悪人』か、そのどちらなのかという事だけでございます。この世界は『天国』。悪い人間は受け入れられないのですよ」


西木の下半身が消滅する。

アークは無感情に、そして無慈悲にその姿を見下ろし続ける。


「そしてそれは、生前の行いではなく脳の構造で決めております。悪い人間……具体的にはヘブンズワールドの秩序を著しく乱す存在となりえる人間には、特有の思考パターンがございます。大体は人に対する共感性が欠け、人を虐げるのに罪の意識が薄い、または無い人間。もしくは、共感性があっても踏みにじる事ができる人間。その度合いが強い程、左の扉に向かいたくなる様にしているのでございます」


西木の体が消滅する。頭だけがごろんと転がる。

アークが最後の言葉を投げ掛ける。


「つまり、西木様は自分ではお気付きではありませんが『悪人』でございます。よってご消滅頂きます。お疲れ様でございました」



西木は跡形も無く完全に消滅した。




◆◆◆




尖った鼻に狐のように細いつり目、左側に流した黒髪の男、狐島は右のエレベーターに乗ってから、うつ向いて動かない。


彼は自分がここに来る資格などは無いと思っていた。


狐島が死んだのは刑務所。……殺人で有罪になり、刑期が8年ある所、6年経った時に心臓発作で死んだのだ。

刑に伏している間、妻にも娘にも迷惑をかけっぱなしだった。


そんな自分が、天国なんて所に行けるのはおかしい。

それも25年も……。一ヶ月1万円だから、300万円も妻は払った事になる。

そんなお金どこから出したのだろうか、決して少ない額じゃない。


私がここにいる間にも、妻と娘は大変な思いをしているに違いない。

そう考えると、とてもじゃないが、ヘブンズワールドで遊ぶ気等にはなれなかった。



「狐島様。そんな事はございません。あなたは『善人』でございます。ヘブンズワールドに住む資格は十分にございます」



後ろからの声に驚いて振り向くと、アークと自称した青白いシルエットが立っていた。


「あなたの殺人、いえ冤罪はここでは罪になりません」


「え、どうして冤罪だと……」


狐島は驚いて聞き返す。いくら言っても家族しか信じてくれなかった事だ。それで裁判でも有罪になった。


「狐島様。あなたの脳から得た『記憶』こそが証拠です。それに、ここでは生前の行動や人の法律などは意味は為しません。私が良いと言ったら良いのです」


狐島の目に不意に涙がにじむ。死んだ事で、解放された気持ちになるなんて思ってもみなかったのだ。

だが彼にはまだ釈然としない問題が残っていた。


「有難うございます……それでも、私はやはりここに住むべきではないです。妻と娘はおそらくまともな生活も出来ていません。300万円は……どうか妻に返してやって下さい」


「…………」


青白いシルエットは少し黙ったかと思うと、提案をしてきた。


「……では、ヘブンズワールドの治安維持局で働いてみては如何でしょうか。脳を見る限り、あなたは信頼のできる方だ」


「え、それは一体?」


「働いている内は、料金……つまり25年の残り時間は減りません。そして得た賃金はご自身の時間の延長には使えませんが、外の人間……狐島様のご遺族の方々にお渡しする事が可能です。そして奥さまをお待ちになられては如何でしょう」


狐島は顔を上げる。

アークは青白いシルエットのままで、相変わらず表情も読めない。


「そんな事が、できるんですか……?」


「私が言うのも何ですが、給料は良いですよ。奥様と娘様が不自由することは無いでしょう」


狐島は涙を拭き取る。


「……では是非、是非とも働かせてください!お願いします」


「かしこまりました。では、改めて……狐島様。ヘブンズワールドへ、ようこそお越し下さいました!」


チーンという音と共に、エレベーターが開く……そこにはとても沢山の扉がある、不思議なオフィスが広がっていた。


その日から、狐島のヘブンズワールドでの生活が始まった。




◆◆◆




あれから4年か……


ふと昔を思い出しながら、狐島はデスクの隣にある写真立てを眺めていた。

妻と娘の写真だ。無理を言って会社にデータを送って貰ったのだ。彼が死んだ時と比べて、娘の背丈も随分伸びている。妻も笑っている。


治安維持局、第十三日本支部は今日も順調だ。

バグや住人同士のトラブルは殆ど解決できている。管轄内に大きな問題はない。


ただ……完全に問題が無いとは言い切れない。

一枚の報告書を手に、狐島は声を上げる。



「鬼城君、実兎君、ちょっと来て下さい!」



離れたデスクに座っている鬼城がビクッと声に反応する。隣の実兎はイヤホンで耳が塞がっていて聞こえていない。

鬼城が実兎のイヤホンを取り、狐島が呼んでいることを伝えると、実兎は嫌そーな顔をした。


鬼城が実兎を引っ張って狐島のデスクの前に訪れる。


「二人共、何か報告漏れがあるんじゃないですか……?」


鬼城と実兎はピシッと立ち、平然とした顔で、はきはきと喋りだす。


「狐島支部長。何の事かですね、さっぱり分からないです。俺たち真面目に仕事してますんで。それはもう」


狐島は手元の報告書に目を落とす。


「ほう。職務を全うしていますか。……では『スペーストレジャーシップ』のワールドで、未開発エリアに入った住人を当然見逃したりはしてませんよね」


「えっ」


「あろう事か、他のバグを自分にだけ教えて貰う見返りに、放置するなんて事する訳ないですよね」


二人の顔から冷や汗がにじみ出る。

ヤバイ状況を察して、実兎が一歩踏み出す。


「狐島支部長!全ては先輩がやった事ッス!私はちゃんと止めました!でも結局見逃した私にも責任はあります!申し訳ございませんでした!!」


「そうなのかい実兎君」


「本当ッス!間違いないッス!」


狐島は手元の報告書をタッチする。

報告書から実兎の声が流れ始めた。



『……アタシはヤバイバグ教えて貰って手柄にする方が良いッスね……』



実兎の顔がサァっと青くなる。


「これは押収した宇宙船の通信記録に残っていた音声です。取引をした際のね。……実兎君、仕事で嘘はいけないですよ」


それを聞きながら笑いを堪える鬼城をジロリと睨むと、鬼城は真面目な顔を取り繕った。


「……全く、まぁいいでしょう。あなた方もこのヘブンズワールドの顔という自覚をいいかげん持ってください。今回は忠告にとどめます。席に戻りなさい」


肩を落としながら、席に戻っていく鬼城と実兎を見て、狐島は考える。


どうせあの態度も見せかけだろう。彼らが反省する気も無いのは分かっている。

証拠に、戻り際に『クソ狐め』とかすかに呟いているのが聞こえていた。

だがまぁ、それもいいだろう。彼らが担当したお客様は皆、何故か彼らの事を好きだとか、楽しい奴等だったと言うのだから。

チンピラ共と呼ばれている彼らだが、そんな彼らを好む客がいる限り、彼らはそのままで良い。


何故なら、自分の妻や娘が来た時、ここは楽しい所であって欲しいからだ。

この仕事はお客様が第一だ。だって、ここは天国。お客様は、仏様なのだから。







【 天国の入り口編 完 】

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