第07話:スペーストレジャーシップ
遭難してから、26日目。水も食料も残り少なくなってきた。
何故こんな事になってしまったのだろうか。
地球が、家が、妻が恋しい。
山のように手に入れた財宝も宝石も、ここでは何の意味も成さない。
相変わらず窓の外は無限に広がる闇しか広がっていない。星の輝きさえ何も見えない。
無限に広がる無の世界、こんな所で部下共々朽ち果てることが、ただただ口惜しい。
この航海日誌も、だれも読むことは無いだろう。
……本日の航海日誌を書き終え、ドラゴ・リバーストン船長はペンを置き、パタンと日誌を閉じた。
「わしもここまでか……」
船長はモニターで外を見て呟く。船のから見えるのは果てしなく広がる闇だけだ。
彼は2人の部下と共に宇宙に繰り出し、星々を巡った末に宇宙の果てと呼ばれる星にたどり着き、大量の宝を手にいれて地球へと帰還する途中であった。
だが、突如宇宙空間に広がった時空の裂け目に吸い込まれ、全く通信も届かない星もない謎の宇宙へと宇宙船リバーストン号と共に放り出されてしまったのだ。
ドラゴ船長は椅子から立ち上がり、船長室から出る。
このワールドは『スペーストレジャーシップ』。
ガレージでパーツを組み合わせて宇宙船を作り上げ、宇宙を巡り星々を旅するワールドだ。
行ける星々には様々な財宝や宝石、時にはパーツが手に入り、宇宙船をカスタムすることができる。
他のワールドと比べて圧倒的に広いが、その分密度が低く、星も探索車で3日程度で回りきれるくらいの小さいものが多い。
めくるめく冒険の旅というより、宇宙を観光して回るような、どちらかと言うとゆったりとしたワールドだ。
お宝も長く遊ぶためのコレクション要素という面が強い。
……そんなゲームだったのだが、この宇宙船は、緊迫した状況に陥っていた。
ドラゴ船長が操舵室に着くと、二人の部下が目を向ける。
一人は若い男、ガリガリに痩せ細り、骨と皮の様な姿になっている。
一人はアンドロイド、女性の外郭を模した体で赤く光るバイザーを被っている。
「せんちょぉ……俺、死にたく無いですよぉ……」
「船長、本日はどうしますか……」
「進み続けるしかあるまい。だがもはや、この船は棺桶だ。わしらはここで朽ち果てるのみ……」
痩せ細った男、西村はがっくりと頭を下げる。拳で机を弱々しく叩く。
「チクショウ!何でこんな事になっちまったんだ!くそったれェ!」
西村は涙を流しながら何度も何度も、机を叩き続ける。
アンドロイドの女、TEK-100が船の進路を入力する。
ふと、レーダーを見ると、緑に輝く反応が一つあった。反応は少しづつ、少しづつ船に近づいてきている。
「船長、見てください!何か接近反応があります!」
「何だと!?」
「まさか、助けか!?助けが来たのか!?」
船長と西村がTEKに駆け寄る、壁のレーダーは確かに反応している。
緑の光は、船の側まで近づいて、止まった。
それに、通信機が反応している。今までどこにも繋がらなかった通信機が。
船長は外部モニターをONにして、宇宙空間を映す。
そこに浮いていたのはゴテゴテにデコられたギラギラネオンライトが光る、悪趣味で派手な赤色の宇宙船だった。
通信機をONにする。
「こちら、リバーストン号。わしはこの船を操るドラゴ船長じゃ。……貴艦は一体……まさか助けに来てくれたのか?」
通信モニターに相手の艦内の映像が映し出される。中央にはタバコをくわえた眼鏡のチンピラっぽい男がいた。
男の後ろにはにへらにへらとした、いかにもアホそうな飴をくわえた女が機体を操縦しているのがちらりと見える。
モニター越しにお互いの姿が確認できると、ガー、ガー、と大きなノイズと共に、男が喋り始めた。
「あーあー、こちら愚乱怒根性丸。船長の鬼城だ。やぁっっっと見つけたぜ……アンタらこんなトコで何してんだ!」
「え、何って……遭難してるのだ。えっと、貴艦は助けに来てくれたのでは無いのか?」
「ちげーよ。今からその船を爆破すんだよ」
ドラゴは慌てる。いきなりなんなのだこの男は、と混乱する。
見ると相手の船には巨大な砲台がついており、その砲身をこちらにに向ける様に動かしている。
「い、いったいどういう事じゃ!何故わしらの船を攻撃する……理由を、理由を教えてくれ!」
「何でって、規約違反だからだよ。規約読んでないのかよ。実兎ォ、ビームの用意しろビームの」
「だから待て!落ち着け!爆破するな!お前さんさては運営の人じゃな!落ち着いて話し合おう!」
「えー、めんどくせェなぁ……」
この運営の人凄い態度悪い……そう思いながらドラゴ船長は話始める。
「わしの名前はドラゴ・リバーストン……生前の名前は石川龍じゃ。102歳で老衰で死んだわ」
鬼城はタバコをふかしながら、明らかに嫌々といった態度で画面を見る。
それでも一応話を聞いてくれる様子だ。
「……で、お前ら何してるんだって?」
「遭難じゃ」
「帰れなくて困ってるんだったか?」
「そうなんじゃ」
「実兎ォ爆破しろォ!」
鬼城が後ろを向いて叫んだかと思うと、間髪入れずに愚乱怒根性丸から赤く太いビームが発射される。
リバーストン号の右翼が撃ち抜かれ、船体が大きく揺れる。
「おしい。照準を2度右、3度上に修正しろ。次は当てろよー」
ドラゴ船長のかおから冷や汗がぶわっと出る。
「ちょちょちょちょ、待ってくれ待ってくれ、このいたいけな老人に話を続けさせてくれ」
「アンタ遭難してる割に随分余裕そうじゃねェか。次はふざけずに話せよ。……で、何で遭難してるんだって?」
髭を撫でながらドラゴ船長は考えながら話し出した。
「何でじゃと?それは、宇宙に広がった次元の狭間に吸い込まれ、誰とも通信が取れなくなり、帰れなくなったからで……」
鬼城がタバコの煙を吐き出す。
「違げェだろ。誰とも繋がらない事無いだろ、確かに他のプレイヤーとは連絡つかねェかもしれねェが、運営には連絡できる筈だぜ。どこからでもな。それに帰ろうと思ったらいつでも緊急脱出で地球に戻れるだろ、このゲームはよォ」
「…………」
ドラゴ船長は黙りこむ。
「オイ、黙んなよ、ドラゴさんよ。それに今さら黙っても遅い。遭難ってのは嘘なんだろ?……なァ、こういう事やめてくんねェかなァー」
「こういう事……とは?」
「だから!バグを見つけて、遊ぶ事だよ!!」
鬼城が怒鳴る。
「規約にもあったろ、バグは見つけ次第運営に報告しろってよォ!お前の言う『次元の狭間』はよォ、まだ未完成のエリアなんだよ!知ってんだろ!知ってて入り込んだんだろ!なァ!」
「…………」
「言わねェと撃つぞ」
ドラゴは苦虫を噛み潰したような苦渋の顔をしながらポツリと答える。
「はい。知ってました」
「だよなァ!お前らな、ワザワザこのワールドの隅に行って宇宙外に向けてワープ繰り返したり、次元湾曲銃とか撃ったりしてよォ、なんとかして宇宙外に出ようとしてたって目撃されてんだよ!昔のゲームで壁抜けの方法探すみたいに地道にやってたってなァ!」
鬼城がため息をつく。
「お前ら運営だと有名人だぜ?あえてバグりそうな事をやって、バグを見つけたら見つけたでそれで遊ぶ奴等だってな。他のワールドでもやってたよな。アイテム増殖とかよォ、NPCを無限沸きさせたりよォ、プレイヤーとモンスターを合体させたりよォ!無駄に見つけるのが上手い分、悪質なんだよ!」
「はい」
「で、今度はアレか。次元の裂け目で遭難した感じになって『マジこのゲームバグり過ぎだわ。スペーストレジャーシップのワールドで宇宙外に出て遭難したわー』とか言うつもりだったのか?いつもみたいによォ!」
「……はい」
鬼城の後ろの女がクスクスと笑う。
「そういう遊び方マジでやめろ。……一ヶ月近くも遭難してやがって。探すのどれだけ大変だったか分かってんのか!!」
「……だって、裏技見つけるのは一種のロマンみたいな物じゃないか。普通に遊んでたらこんな虚無空間で遭難するみたいな特別な体験できないし。……皆に自慢できるし」
「それで遭難ごっことシャレ込んでた訳か……じゃあ、隣のガリガリのやつはアレか。一日ごとに痩せ細っていくロールプレイでもしてんのか?」
西村がへへへと笑いながら頭を掻く。
「こうした方が、遭難した雰囲気出るかなって。なんかもうすぐ死にそうな感じでしょ。えへへ」
「実兎ォ!こいつらぶっ殺して地球のガレージに送り返すぞ!それで終いだ!」
鬼城の後ろの女がヘラヘラと笑いながら親指をグッと立てる。
なんとか阻止しようと、ドラゴ船長は思わずマイクをつかんで叫ぶ。
「まてまてまてまて!!取引しよう!!折角書いた航海日誌とか、遭難の痕跡とか全部パーになるのはいやじゃー!」
「アァ……取引だァ?」
鬼城の眼鏡がギラリと光る。なんかふざけた事をいったら次こそ爆破される。
ドラゴ船長は覚悟を決め、大事なカードを切ることを決めた。
「実は!ある惑星である事をすると、宝石を複製することが出来るのじゃ!それを売ると無限に儲かる!バランス崩壊必然のバグじゃ!わしが見つけた!再現性もある、本当じゃ!それを教えるから、爆破はやめてくれ」
「なんだとォ……そんなもんも見つけてやがったのか…………それで、爆破をやめたら、お前らどうするつもりだ……?」
「35日くらいまで遭難を続けて、非業の死を遂げるロールプレイングをするんじゃ。そのあと船を置いて帰る」
「何がしたいんだよお前ら……」
呆れる鬼城に対し、ドラゴ船長が若者を諭すように、遠い目で語り始める。
「わしが察するに、このエリアはもうすぐ開発が入る空間じゃ……そこにわしの宇宙船を漂わせる。近い未来、ここが解放された時、新しく来た人がわしの宇宙船を発見し、壮絶な遭難の記録を見つける訳じゃ。これは絶対ビックリする。なんかトキメクじゃろう?……これが滅びの美学……ロマンじゃよ……」
船長の言葉に合わせ、周りの2人も頷く。
「そうそう。いつか誰かが見つけてくれると考えるとさ、ワクワクするよなー。山ほどの財宝を積んだまま遭難した船の日誌とか、俺ならテンション上がるもん」
「その日の為に、3人分の死体人形も用意してきたのよ。私たち、別に悪さしないからさ。見逃してよ」
鬼城はため息をつく。
ドラゴ船長他2名は、バグで遊ぶ底抜けな愉快犯だった。
「チッ……実兎、どうするよ?撃つか?」
「アタシはヤバイバグ教えて貰って手柄にする方が良いッスね」
鬼城が、画面に向き直り、眼鏡を上げる。
「よォし、さっきのバグは俺たちだけに教えろ。そうしたら特別に撃たないでやる」
「絶対じゃー!これが終わったら絶対報告する!だから撃たんでくれ……いや……まてよ」
何かを思い付いたのか、ドラゴ船長は船員2人を集め、こそこそと話し始めた。
少しして話がまとまったのか、モニターに向き直る。
「申し訳ないのじゃが……ビームの出力を下げて、良い感じにもうちょっとわしの船をボロボロにしてくれんかのう。そっちの方が雰囲気出そうで」
「てめェら…………はぁ……実兎、やってやれ……」
怒る気も失せたのか鬼城が力なく言う。
モニターの後ろ側の女が、ゲラゲラと笑いながら手元を操作する。
愚乱怒根性丸から、細いビームが発射され、リバーストン号の表層が剥がれ部品が宙に散らばる。
それを確認して、鬼城は気だるそうに画面に顔を近づける。
「じゃあ俺ら帰るけど、お前らが通った裂け目は塞いどくからな。あとバグは報告しろよ。絶対だからな!」
「ああもちろんじゃ!ありがとう、やさしい運営のお兄さんやー」
そこで通信がプツリと途切れる。
外部を写したモニターで、愚乱怒根性丸が高速で離れていく。
それを見て、西村がホッと一息つきながら船長に話しかける。
「船長。これからどうします?」
「もちろん!遭難の続きじゃ!この事をどう航海日誌に書き込もうかのー」
ドラゴ船長はワクワクしながら、船長室へと戻っていく。
西村も、船内にそれっぽい恨み言を書く作業に戻る。
TEK-100は、ごろんと寝転がり、データバンクから漫画を読み始める。
この世界には、まだまだ沢山の未知のバグが残っている。
彼らにとっては、それを見つけるのも楽しみの一つなのだ。
【 スペーストレジャーシップ編 完 】
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