第06話:アポカリプス・ゾンビ・ウォー(3)

物陰に隠れた実兎は、にっちもさっちもいかなくなっていた。

ハエゾンビを倒した奴を見つけたには見つけたのだが、手出しができないのだ。


相手の人数はたったの二人。二人は拠点から離れた地点でこそこそとキル数を稼いでいた。

ゴーグルをかけた髪の長い女と短髪の女だ。持っているのはそれぞれスナイパーライフルとマシンガン。

被っている帽子にはロードハンターと書いてある。


そんなたった二人の敵に対し、実兎についてきた100人近くの仲間ゾンビが半数以上もやられてしまったのだ。

被害の内訳は雑魚ゾンビが殆どだが、プレイヤーも何人か倒された。


またこの場所に来たときには既に別のゾンビチームがこの女二人に皆殺しにされていた。

強さに反して、女達の動きは甘く洗練されておらず、実力と見会わない。明らかなチート使いだ。


この二人の放つ銃弾は頭にしか当たらない。そして相手は壁越しにゾンビを見る事ができる。

今も、二人がじっと自分の隠れている物陰を見つめている視線を、実兎はひしひしと感じていた。

これでは全く近づけない。


「うー、手詰まりッスね……どうにかして相手の注意を引けないッスか?近づければ、デバッグガンも当たるんスけど……」


実兎は周りのハンバーグスのメンバーに話しかける。

いるのは5名。知能ゾンビ1、怪力ゾンビ1、寄生ゾンビ1、犬ゾンビ1、ゴキゾンビ1だ。

パッと見ぐちゃぐちゃのゾンビ達で、人間ですらないのもいるが、見た目に反して皆理性的だ。


「相手はオートエイムだ。正面からじゃとても近づけない。でも俺のスピードなら数発はかわせて陽動になるかも」


巨大なゴキと融合した様なゴキゾンビが発言する。体中から触手を生やした寄生ゾンビが頷く。


「後は死角から近づく方法だけど……あ、怪力ゾンビとゲロゾンビがいるから、アレで行くのも良いんじゃないか?」


犬ゾンビが目玉をぶらぶらさせながら驚く。


「アレ?いやアレは女の子にさせる技じゃないよ。いくらなんでも実兎ちゃんが可哀想じゃないの」


「でもアレなら、きっと近づけるぜ。試してみる価値はある。……実兎さんがいいならだけど」


実兎に5人の視線が集まる。

隣のゴキゾンビが実兎に顔を近づけて作戦を耳打ちする。



「ゲッ……それマジで言ってるんスか……ちょ、ちょっと待ってくださいッス……考えさせて下さい……」



実兎は考え込む。仲間達が考えてくれた作戦は確かに上手くいくかもしれない。

だが、どう考えてもやりたくない内容だった。正直人としてどうかと思う。

かといって、やらずに失敗でもすれば鬼城に叱られる。グルイ達が治安維持局に真面目に働かなかったと報告するかもしれない。それは嫌だ。


「…………やるッス」


実兎は苦渋の判断を下し、ポツリと呟く。


「本当?実兎ちゃん勇気あるね……」


「じゃあ早速やるか!援護頼むぜ!」


「任せろ!」


やると決まったら即行動だ。ごたついていても仕方ない。

実兎が怪力ゾンビの手に乗る。


「じゃあ行くぜ!」


瞬間、知能ゾンビが雑魚ゾンビを操って物陰から飛び出させ、犬ゾンビとゴキゾンビが駆け出す。


「出てきたぞ!殺せェェェ!!」


女の一人がマシンガンを撃ち始める。結構距離があるというのに次々と雑魚ゾンビの頭が粉砕されていく。

だが距離があるのが幸いして犬ゾンビとゴキゾンビにはスピードも相まって当たらない。


彼らが視線を集めている間に。実兎は空高く回転しながら空中に舞い上がっていた。

怪力ゾンビが、本気で思いきり投げたのだ。敵二人は陽動に気をとられ気づいていない。

落下地点は女達の場所だ。


すぅぅぅぅーーーー


実兎は空中で、めい一杯息を吸う。

そうしながら、何故自分がこんなことしないといけないのかと思い、実兎は涙を禁じ得なかった。




……スナイパーライフルを構えた女はふと気づく、自分がダメージを受けている事に。

何故か体が溶け始め、まともに銃が撃てなくなっている。

慌てて女は回りを見回す。マシンガンの女も同じように溶け初めている。

だが攻撃されてる様子はない。ただ、目の前の敵に集中していて気づかなかったが、雨が降っているのに気がついた。


だが、その雨が指に当たったかと思うと、指が溶け、ポロリと落ちた。

落ちた指を見下ろすと泡立つ黄緑色の液体で水溜まりができていた。それを見て女は上を見る。

そこには、空中で口から液体を大量に吐き散らしている女がいた。


「これゲロじゃねぇかぁぁああああ。汚ねぇえええええええ!」


それが女の断末魔だった。

二人は装備を残し、あっというまにドロドロに溶けて死んだ。


実兎が溶けた肉塊の隣にずしゃっと着地する。着地の際に足の骨が折れたが、痛くも痒くもない。

それよりも彼女は心に深刻なダメージを負っていた。

今の攻撃は、おおよそ女性の、いや人間のする事では無いのでは、いやゲームだから許されるはず……そんな自問自答を実兎は繰り返していた。

彼女は何か大事なものを、人間としてとても大事なものを無くしたような気がしてならなかった。


「実兎さん、ナイスゲロ」


「さすがです。私じゃ無理です。尊敬します」


「この技決まったの初めて見たわ」


「そんなかわいいのに……なんというか、えっと、凄いです」


皆の称賛を聞き流し、実兎は涙目でデバッグガンを取り出すと女持っていた武器とゴーグルを淡々と撃ち抜いた。


『非正規アイテムを確認。完全修正を行う為、あと数点の報告をお願いします』


デバッグガンの言葉を聞き、実兎はまだ終わらないのかとため息をつく。

実兎は『わーい倒した』の方向になんとか頭を切り替えようと努力しながら、戦闘の音がする方向に向けて、目を向ける。


この仕事をやり遂げなければ、尊厳を捨ててまで体を張った意味が無くなってしまう。

実兎は寄生ゾンビに寄生虫で足を治して貰うと、仲間と共に歩きだした




◆◆◆




「シャアアアアア、オラッシャアアアア!!」


燃える死体がうず高く積まれている拠点の頂上で、高らかに叫んでいるのは鬼城だ。

鬼城withグルイのチームは、幾多もの人間チームを打ち破り、幾多ものゾンビチームを出し抜いて、2つ目の拠点を制圧に成功した。


あれから、鬼城はチート使いのロードハンターを一人倒した。

乱戦だった事もあり、不自然な動きで次々とヘッドショットを決めまくる敵を見つけ出すのはそう難しい事ではなかった。

狙いを定めた鬼城に対し、ターゲットを絞らずにバラバラに撃っている敵では、まるで相手にならず、一瞬でチート武器はデバッグガンの餌食となった。


そこまでは良かったのだが、そこからが良くなかった。


鬼城は、ゾンビ側が試合で劣性になっているとのテレパシーが届くなり『二人も取り締まったからもうエエやろ』の精神になってしまい、仕事より勝利を目指して動き始めた。

きっと後は実兎がいい感じやってくれるだろうとたかをくくり、完全にエンジョイモードに入ってしまったのである。

その甲斐もあって、このエリアでの勝利はもう目前まで迫っていた。


「ゴゴギャアアアグルァアアア(ここをあと少し守り通せば俺たちの勝ちだ!)」


このゲームはゾンビのロールプレイが出来るように、うなり声の様なゾンビ語で話すこともできるのだ。

彼はもう人の言葉を話せない所までゾンビに身を落としていた。


そんな鬼城を近くで見て、グルイは血涙を流しながら黒いため息をつく。


「…………まあいいか。勝てたし」


既にグルイは諦めモードになっていた。

チート武器の存在も暴けたし、勝てそうだし、チートが完全には修正されていないにせよ、大まかな目標は達成できたので、自分を納得させようとしていた。


そこにとてとてと数名のゾンビ達が近づいてくる。

実兎と3人のゾンビだ。ゴキゾンビと寄生ゾンビは途中でやられてしまった。

彼女らは戦場をさんざんさ迷ったが、ロードハンターが全然見つからないので、本隊に合流をする事にしたのだった。


叫び散らす鬼城を見て、実兎は怪訝な顔をする。


「あの、グルイさん……先輩どうしちゃったんスか?」


「……なんだろう、わからないです」


「グギャギャギャ、グギャギャギャギャ!!(あと30秒で!俺たちの勝ちだ!)」


鬼城が天に咆哮し続ける。

実兎はキャンディーを口から取り出すと、口から大量の消化液を思いきり鬼城に吐きかけた。

彼女は色々考えた末、この攻撃方法についてもう気にしない事に決めたのだった。一周回って吹っ切れたのだ。


ベチャァッと頭から黄緑でねばねばする液体を浴び、鬼城の頭が急速に冷める。


「……おう実兎じゃねェか。このゲロ、クリームソーダみてェな味がするな」


「オイ先輩。何サボってんスか。もう時間切れスよ。何やってんスか。はっ倒しますよ。まさか今まで遊んでたんスか」


キレる実兎に対し、鬼城が『ふぅ、やれやれ』とこれ見よがしにわざとらしく首を振る。その動作がいちいち彼女の勘に障る。


「お前が倒したロードハンターは二人、俺が倒したロードハンターも二人、そこに何の違いもありゃしねェだろうが」


「違うんスよ!」


実兎が地団駄を踏む。


「アタシは珍しく真面目に仕事してたんスよ!必死に探し回ってたんスよ!それなのに、先輩は!!」




ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ…………


『ゾンビに街を占拠された、直ちに撤退せよ!』




サイレンと共にこのエリアでのゾンビ側の勝利を告げるアナウンスが響き渡る。

鬼城がやり遂げたような遠い目をして語り始める。


「ああ、終わっちまった……次のエリアに移るしかねェな。結局残り2人のロードハンターは見つからずじまいか。残念だ」


「よくもまぁぬけぬけと!先輩のせいッスからね!」


死体の山の上で言い争う二人に、とことこと2人の人間の男兵士が歩み寄る。

このエリアでの戦闘は終わったので、もう殺し合う必要はないのだ。

この二人は、鬼城達が占拠している拠点を奪い返せずに隠れていた人間達だった。


「あの、あなた、僕達のチームのエースを倒したゲロゾンビの方ですよね?」


「え、アタシっすか?」


二人はうなずく。


「試合終了時に仲間から聞いたんですが……金髪のゴシック服を着た可愛い娘がゲロレインを使ってきたって」


「ゲロレイン?」


鬼城が首を傾ける。すかさず実兎が遮る。


「先輩。黙るッス…………もしかしてアンタ達はロードハンターってチームのメンバーッスか?」


二人の顔がぱあっと明るくなる。


「あっはい!ちょっとお願いがあって、可愛い娘って聞いてですね、ちょっとゲロをですね、かけてほしいなと思いまして」


実兎は背筋に冷たいものが走る。この二人は、アレだ。とてもアレな性癖な人たちだ。

だが、このチャンスを逃すわけにはいかない。探していたロードハンターのメンバーが向こうから来てくれたのだ。


「…………武器を見せてくれたら良いスよ」


「え、あ、ハイ!有難うございます!」


二人が武器を取り出した瞬間に、実兎は瞬時にデバッグガンを取り出して、撃ち抜いた。

二人の持つ武器が光り輝き、消滅した。


『非正規アイテムを確認。完全修正可能。関連不具合を全消去しました』


デバッグガンのアナウンスを聞き、実兎の肩の荷が降りる。

やった……終わった。頑張った甲斐があった……。彼女のこれまでの戦いが報われたのだ。


「そんな!もしかして……運営の方、だったんですか……」


「す、すみません。チート武器は貰ったんです。僕たちが作った訳じゃ」


しょげる二人に対して実兎は笑いながら優しく語りかける。


「まぁ、そのうちペナルティが下るッスけど、BANとかはされないと思いますから安心するッス。もうしちゃいけないッスよ!」


そう言い終えると実兎は二人に対して、消化液を吐きかけた。

男達はどこか満足そうな顔をして、ドロドロに溶けて無くなった。


口をぬぐいながら、実兎は笑って鬼城に向き直る。


「先輩が倒したのは2人。アタシが倒したのは4人。つまり先輩は雑魚決定ッス。ダブルスコアで後輩に負けて恥ずかしいッスねぇ~、先輩」


「……お、おう、そうだな、頑張ったんだな……お前……」


実兎の煽りに対して、鬼城は怒る気になれなかった。

特殊性癖の奴に絡まれたり、ゲロレインなるオゾそうな技を使った彼女の苦労をなんとなく察したのだ。


二人に対して、静観していたグルイが話しかける。


「良かった。もうチートは出来ないんですね!解決届け書きますけど、お二人はこの後どうしますか?ゲームはまだ続いていますけど」


「そりゃあもう、続けるぜ!」


鬼城は右手でガッツポーズを取る。実兎はそれを見てため息をつきながら頷く。


「せっかくだしアタシもやっていくッス。先輩だけ楽しんで終わりってのも癪ッスから」



二人はその後3ゲームも参加した。

煮込みハンバーグスは優秀チームとして、中央エリアに呼ばれるまでに至ったが、惜しくもそこで敗れて人間陣営の勝利に終わった。


その後も鬼城はちょくちょくとこのゲームに遊びに来るようになったが、実兎が来ることは二度と無かった。







【 アポカリプス・ゾンビ・ウォー編 完 】

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