第05話:アポカリプス・ゾンビ・ウォー(2)

蒼く月が輝く元、闇に包まれた都市に続々と人が集まる。

バリケードや軍の車が大量に置かれており、要塞と化したビルからは大量のスポットライトが延びている。既に都市はボロボロで元の綺麗な街並みは残っていない。


元の名前は神奈川県横浜市。今の名前は絶対防衛レッドライン:ヨコハマ。

民間人は既に全て死に絶えたこの場所は今宵、壮絶な戦いの舞台となる。


東京をねぐらとしていたゾンビ達が急速に大量に接近する姿が確認され、それに合わせて日本各地に散らばっていた人間も戦力を集中させて相対する。

人間側がゾンビを倒し日本奪還を進めるか、はたまたゾンビがヨコハマを制圧し支配地域を広げるか、それを決するのだ。



……まぁ、そんな感じの設定で、沢山の人間とゾンビが集まってお祭り騒ぎのバトルが開始されるわけだ。



現在日本では、西日本を人間側、東日本をゾンビ側が制圧している構図になっている。


総勢参加チームは人間側約4200チーム、ゾンビ側約2800チームだ。

チームの大きさは様々で、ソロでチームをやっている者から500名を越えるチームもある。

いつもは他のワールド遊んでいる者も、イベントと聞いて沢山集まってきている。


集まった人間とゾンビでそのままぶつかるワケではなく、細かくエリアを割り振られ、各地で戦闘を繰り広げる。

エリア毎に拠点が複数おかれ、拠点を制圧する事でそのエリアは人間側かゾンビ側の物となる。

拠点を一定数制圧して時間が経過すると、そのエリアでの勝敗が決まり、他のエリアに場所を移して再度戦いが開始される。


最後に人間側とゾンビ側でそれぞれ拠点占拠数やキル数が多い優秀チームが集められて中心エリア争奪戦闘戦闘が行われる。

そして、最終的に制圧エリア数が多い陣営が勝利となる。中心エリアは10エリア分に相当する。


「今回私たち煮込みハンバーグスが行くエリアはここになります。約300人対200人の厳しい戦いになりますが頑張りましょう!」


グルイが大きな地図を空中に浮かべ、集まった58人のハンバーグスのメンバーに対して最後の確認をする。

約300人対200人と言っているがそれはプレイヤーのみの話で、それとは別に『やられ役』として各陣営にCPUのモブ兵士や雑魚ゾンビが多数配置され、エリア内には人間側500人、ゾンビ側6000人ほどが混在することになる。


「もう一つ。今回はチートを暴くのも重要です。最初のエリアで、人間側に『ロードハンター』チームが相手にいる事は分かっています。合計6名のチームなので遭遇率は高く無いと思いますが、見つけたらテレパシーで鬼城さんと実兎さんに連絡してください。必要なら怪力ゾンビが二人を投げて現場へ寄越して下さい」


ゾンビは通信機器が使えない代わりにテレパシーが使えて統率を取ることが出来る。但し、近くに頭脳ゾンビがいる時のみで、頭脳ゾンビが殺られるとテレパシーも使えなくなってしまう。頭脳ゾンビは名前の通り、脳みそが剥き出しのゾンビで、雑魚ゾンビを操ることもできるので、真っ先に狙われるゾンビだ。煮込みハンバーグスには6人所属している。

怪力ゾンビは巨大なゾンビで、物だけでなくゾンビを投げて遠くに移動させる事もできる。


ルールを改めて聞き、心身共に燃え盛る鬼城が腕を組みながらうなずく。


「最初のエリアで暴かなければ、ロードハンターと違うエリアになっちまうから、時間との勝負ってワケだな」


「そうです……ではもう10分もすれば始まります。大きな戦いですから、みなさん適度に緊張して、いつも通りに戦いましょう。では、持ち場について、ご武運を!!」



「「「 応!! 」」」



煮込みハンバーグのゾンビ達は汚い雄叫びを上げ、各自移動を始めた。



◆◆◆



ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥー…………


『ゾンビが大量に接近中!各自戦闘体制に入れェ!』



サイレンと共にアナウンスが鳴り響く。開戦の合図だ。


実兎は回りを見回す。大量のゾンビでひしめいているが、殆どが雑魚ゾンビだ。

あー、とかうー、とかしか喋らないし足も遅いが、盾くらいにはなるだろう。

もう実兎はゾンビを見慣れすぎてグロいとすら思わなくなっていた。


とは言え鬼城とも別行動となり、少し心細くなっていた実兎にハンバーグスのメンバーが話しかける。


「実兎サン、じゃあまず俺が偵察で飛ぶんで、ちぃと待ってて下さい」


関西訛りが少しあるハエゾンビだ。実兎は名前もまだ知らないが、気さくでいいゾンビでハンバーグスの兄貴分といった感じだ。


「飛んで大丈夫スか?狙撃とか……」


「大丈夫、大丈夫!心配あらへん。まだかなり離れとるからな、この距離なら撃たれへん。経験で知っとるんや。奴等の明かりを見て報告するわ」


そう言ったかと思うと、ハエゾンビがぶぅーんと羽を羽ばたかせ、空に浮かび始める。


「ほな、いくでぇ」


意気込みを込めて手を擦り合わせるハエゾンビを見て、本当にハエっぽいなと実兎は思った。


ブゥーーーン……


ハエゾンビは蛇行しながら瞬く間に上昇し、上昇し……あっというまに、降りてきた。


いや、違う、落ちて来たのだ。

ドサッと目の前にハエゾンビが落下して、大の字になって倒れた。

頭が破壊されて吹き飛んでいる……確認するまでもなく死んでいる。


「……ハエのオッサン!」


開始数秒の出来事だった。ハエゾンビは大会で一番最初に死んだゾンビとなった。

そして実兎は確信した、相手は確実にチートを使っているという事を。


位置も把握されていないのに、この闇夜の中、遥か彼方から蛇行して飛ぶゾンビに秒速でヘッドショットを決めれるだろうか。

仮にプロの狙撃手だとしても、流石にあり得ない。マグレ当たりな訳もない。


「隠すつもりもないって訳ッスか……とんだクズヤローッスね。くふふ、がぜんやる気が出てきたッスよ……」


実兎は薄く笑みを浮かべ、ポケットから飴を取り出して包み紙を剥がす。


彼女の最も好きな事は『思い上がった奴』に『思い知らせてやる』事だ。

チートを使って特別扱いされたいのは分かる。十分理解できる。だが、そうしたいのならそれが可能なワールドでいくらでもやれば良い。

だが、あえて『平等に対戦をするワールド』でみんなが楽しく遊んでいる中でチートを使って特別扱いされたいと言うのは、『思い上がった』行為だ。

ならば『思い知らせる』必要がある。いくらここが天国でも許されない事はあるのだ。


とは言え、この大人数がいる中でチートをし返す訳にはいかない。ルールに則り慎重に敵に接近する必要がある。


彼女は棒つきキャンディーをくわえると、ハエゾンビの傷跡から銃弾の飛んできた方向を推測し、腐った仲間と共に進軍をし始めた。

口一杯に爽やかなラムネの味が広がる。少し前までゾンビのど真ん中で飲み食いできる鬼城をイカれてると評していた実兎も、すでに論理感が崩れていた。




◆◆◆




ワァァァアアア!!


ゾンビが首筋に噛みつく。負けじと銃弾がゾンビの腕を吹き飛ばす。

血で血を洗う戦いの中、燃え盛りながら炎を撒き散らし人間を炭になるまで焼きつくす男が一人。


「ヴォオオオオアアアアァァァ」


鬼城は叫ぶ、血が高ぶって高ぶってしょうがない。それもこれも全部グルイのせいだ……と鬼城は思っていた。

グルイと行動を共にした鬼城だが、グルイは『闇憑きゾンビ』と呼ばれる、仲間を強化する技を使うゾンビだった。

グルイの強化技を受けた鬼城は、チンピラ故に高まった自分の力に酔いしれてしまったのである。


鬼城の小隊は開始と同時に進軍を開始し、敵と鉢合わせた訳だが、圧倒的な力で人間チームをちぎっては投げ、ちぎっては投げ倒していく。


当然ながら鬼城が特別強いわけではない。

実を言うとは煮込みハンバーグスはかなりの高ランカーチームだった。そんなハンバーグスを率いるグルイの小隊が弱いはずもなく、初心者の鬼城を抱えていても、圧倒的なクリアリング能力と、雑魚ゾンビの戦線誘導で戦いを有利に導いていた。


相手の小隊を全滅させた束の間に、グルイが戸惑いながら鬼城に語りかける。


「あの、鬼城さん、少し落ち着いてください……」


「俺ノ血ガ、人間ヲ滅ボセト、言ッテンダヨォォォォオオ!!」


戦闘の末、テンションの上がりきった鬼城は完全にゾンビになりきってしまった。もはや人語を解さなくなるのも時間の問題だろう。


そうしている間にも闘争の音を聞き付け、続々と人とゾンビが集まってくる。

それも当然だ。この場所は2つの拠点に通じる大通り、ここを制圧できればゲームを有利に進めることができる。


グルイは正気を失った鬼城を見て、チートを暴く作戦は上手くいかないなと思っていた。



BANG!!



その瞬間、一発の銃声が響いた。

どこからか放たれた銃弾は多数の障害物やゾンビ達の間をすり抜け、グルイの側頭部に当たる……寸前で止まった。

鬼城が銃声と共に腕を上げ、銃弾をキャッチして瞬時に焼きつくしたのである。


「グルォア……ミツケタゾ……チートヤロウ……」


おもむろに真っ赤な銃を取り出して、銃弾が来た方向、寸分違わぬ場所に向けて、大きく息を吸った後、引き金を引いた。


BANG!


光の銃弾は飛んで来た弾丸と全く同じ軌道で飛び、何かに当たったかと思うと強烈に光り輝いた。

これは、バグ修正の時に出る輝きだ。

鬼城の放った銃弾が、何十メートルも離れたロードハンターの持つ銃を的確に撃ち抜いたのだ。


『非正規アイテムを確認。完全修正を行う為、あと数点の報告をお願いします』


デバッグガンから音声が鳴る。鬼城の銃の腕前に驚いたグルイは真っ黒に空いた目を大きく広げて鬼城を見つめる。


「鬼城さん、あなた……」


グルイの昔の記憶がよみがえる。まだ生きていた頃の記憶だ。

思い出したのは連日ニュースで放送されていた事故の事だ。確かピストル射撃……だったかのオリンピック金メダル候補の青年が大会期間中に死亡した事故だ。

確か、死亡した青年は鬼城と言う名字だった。


「グルルルル……グルァアアアア!!」


新たに現れた人間に向かって鬼城が躍り出る。

ハッとグルイは正気に戻る。今は思いを馳せている場合ではない。

もし事件の青年が鬼城なら、これ程頼りになる助っ人はいない。


グルイは鬼城を絶対に死なせてはならないと心に決め、仲間に指示を再度出し始めた。

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