第04話:アポカリプス・ゾンビ・ウォー(1)

灰色の空の下に荒廃しきった大都市が佇む。スクランブル交差点、場所は渋谷だろうか。

この都市は見るに耐えない死の世界と化していた。

瓦礫の山、錆び付いて動かなくなった大量の車、おびただしい人間の死体の山。腐肉をカラスが漁っている。


恐怖と絶望が支配する、この都市の支配者は大量のゾンビだ。呻き声を挙げながら我が物顔で新鮮な肉を求めてさ迷っている。


廃墟となったビルの一室、鬼城と実兎は20体ほどのゾンビの群れに囲まれていた。

ゾンビは所々肉が削げて、骨がむき出しになっている。脳みそが丸出しの者や目玉がぶらんと垂れている者もいる。


ゾンビの一体が、ゆらりゆらりと歩み出る。蒼白で両目がなく、血の涙を流して赤い歯を持つ底知れない不気味な男だ。


実兎が恐怖で一歩下がる。逆に鬼城は勇気を出して歩み出る。

ゾンビはボロボロの衣服に身を包み、袖から垂れる腕は爪が剥がれていて痛々しく紫色に腫れてただれている。


鬼城はゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと右手を突き出す。

次の瞬間、ゾンビがガバッと大きな動きで鬼城の右手を両手で掴んだ。



ガシィッ!!


これは……握手だ。



「待っていましたよ運営さん!どうか私のチームを助けてください!」


「お、おう。よろしくな……」


握手により、ゾンビの手にあった水ぶくれが潰れ、ぶしゅっと黄色い液が飛んで鬼城の腕にかかる。


「…………えんがちょッス……先輩」


実兎は顔をしかめて小さく呟いた。



このワールドの名は、アポカリプス・ゾンビ・ウォー。

ゾンビと人類が生き残りをかけた戦争を行う世界。


このワールドに来たらゾンビ側と人間側、どちらかのチームに属して世界をかけた生存戦争に参加する事になる。勝利するのはシーズン終了までに制圧している都市が多い方だ。

ただ自由気ままに闘う事もできるが、数名から数百名のチームを作り、お互いにタイミングを合わせて大規模陣地争奪戦などもできる。

人気なのは人間側。リアルな世界で好き好んでゾンビになりきりたい人は割りと少ない。足りない人数はNPCで埋めることが出来るがどうしても弱い。

その為、このワールドが開設されてから既にシーズン4に入っているが、日本は全シーズン共に人間側の勝利で終わっている。


それでさらに人間側につく新参の人口が多くなる訳だが、ゾンビサイドをやった事のある人間は口を揃えて言う。

『ゾンビは1度やったら病み付きになるから試してみろ』と。


この世界のゾンビはウィルスや寄生虫で異常進化とげた人類という設定で、キャラクリエイトの幅が人間と比べて異様に広い。

体長3メートルを越えて怪力を持ったり、体をぐにゃりと伸ばしたり、虫の羽を生やして飛んだり、第2形態に変形できたりと出来る事尽くしだ。

それにゾンビは思ったほど汚くない。見た目にさえ目をつぶれば、腐臭など人を不快にさせる要素はほとんど無いし、飛び散った体液もゲームらしく数秒で薄れて消える。見た目に反して体液の味もかき氷のシロップの様な物だ。


視覚フィルターも内蔵されていて、虫OFFや出血OFF、デフォルメ化なども至れり尽くせりで苦手な人も楽しめる作りだ。

もっとも鬼城と実兎は、『まさか先輩怖いんスか?』などと実兎が苦手な癖に無駄に煽ったせいで、フィルターOFFで引くに引けなくなっている訳だが。



「あ、アンタが依頼者の死煮物グルイ……さんか?」


鬼城が苦々しいひきつった笑顔で、ゾンビに訊ねる。ゾンビの真っ黒に空いた眼窩が笑った様に歪む。と言うか実際笑っている。


「そうです!生前の名前は田中 一です。56歳で階段から落ちて死にました!グルイって呼んで下さい!後ろのメンバーは私のチームの『煮込みハンバーグス』のメンバーです!」


「先輩、確認とれました、本人ス。……んで、グルイさん。用件は確か、チートの報告って事でしたけど、どういう事ッスか?」


「ああハイ。えと、立ったままもなんですから、座ってください」


ゾンビ達がコンクリート床の上に座布団とお茶のペットボトルを用意してくれたので、座る。

二人は圧倒されてやるのを忘れていた自己紹介を簡単にした後、グルイに話すように改めて促した。

グルイはすごぶる恐怖を感じる見た目をしているが、非常に紳士的な男だった。


「私達ハンバーグスは、全員で60名ほどのグループで、他ワールドも楽しみながらもメインをこのワールドにおいてるんです。今はゾンビ陣営に属していて、いつも月末になると人間チームと時間合わせして大規模戦闘をしているんですよ」


「ほーん。それで?」


鬼城は出されたお茶を飲みながら聞く。

実兎は死体に囲まれながら飲み食いできる鬼城の神経をイカれてるのかと関心しながら、話に耳を傾ける。


「そこで何回か『ロードハンター』って人間チームと戦ったんですけど、どうも相手の強さが不自然なんですよ」


「強すぎるって事か?」


「んーと、少し違います。動きをみる限り実力は私達の方が上なんですが、それなのに絶対に勝てないんです。明らかに壁越しに動きを見てると言うか、そんな動きをするんです。しかも異様にヘッドショット率が高い。普通、そんな事できませんよ。……そうでしょう、みんな」


回りのゾンビ達が頷きながら口々に喋り始める。その中からハエとと融合した様なゾンビが代表して声を上げる。


「せや。俺ら人間側でも何回かやってるんやけど、このゲーム、透視とかエイムアシストとかないんや。あんなんありえへん」


「なるほど、そりゃ不自然だな」


鬼城は空中に出したウィンドウでルールを読みながら返す。確認する限り人間側の武器は近代兵器止まりで、身体能力も人間のままだ。

彼らの言う通りなら確かにおかしい。実力じゃないのなら恐らくチートか不正ツールの類いを使用している。

ここまで聞いていた実兎が疑問を口にする。


「なんか不正の証拠とかはあるんスか?」


グルイの血の涙がドバッと出る。実兎は何の表情なんだと内心ビビりながら困惑する。


「いえ、それが無いんです。だから正直、運営の方に言っても取り合って貰えないと思っていたんですが、来てもらえて本当に嬉しいんですよ!明日の戦闘で、相手チーム軍にロードハンターがいるんで、実際に見て貰えたらと思ってお呼びしたんです」


「実際に、見る?」


「ハイ。今回煮込みハンバーグスに入って貰って、戦闘に参加して見てもらうのが一番だと思いまして。たぶん直接聞いても奴らは隠すので」


「え、つまり何スか。アタシらもゾンビになれって事スか?」


「そうですけど……あれ、運営の狐島さんって方がその為の人員を派遣するって言ってましたけど、聞いてませんか?」


「狐島……あのクソ狐……」


実兎の顔が青ざめながらポツリと言う。狐島は鬼城と実兎の上司だ。

確かに不正ツール使用はゆゆしき問題ではあるが、感覚だよりの証言などでは普通は捜査なんてしない。

そんな事に、まともな人員は割けない。ならば、まともでない人員を割く。つまり、このチンピラ二人に白羽の矢が立ったという訳だ。


ゾンビになるのに気乗りしない実兎に反して、鬼城はと言うと喜んでいた。

鬼城は、ルールブックを読み込んでいる内に遊びたい気分になっていた。


「いやいや、勿論やるとも!!すぐにゾンビのキャラメイクしてくるんで少し待ってて下さいや。行くぞ実兎」


「……先輩、考え直しましょう。腐った死体になって何が楽しいんスか?」


「さらっとここにいる全員を侮辱するのはやめろ!さっさとついてこい!」


「マジスか。あー。ちぇっ、やるしかないかー。カワイイゾンビとかできるのかなー」


二人は腰を上げる。腐ったゾンビ達の顔に笑顔が広がる。


「ああ、良かった。ここの3階のフロアにキャラメイクポイントがあるんで使ってください」


ドアを開け部屋を出ると、キャラメイクポイントに向けて鬼城は足早に進み、実兎はとぼとぼと仕方なく後をついていった。




◆◆◆




数十分後、部屋のドアがガチャリと開く。

携帯ゲームや麻雀等、思い思いの行動をしていたゾンビ達が一斉に顔を向ける。


現れたのは2体のゾンビ……鬼城と実兎のゾンビだ。

鬼城の姿はメラメラと炎が燻る、包帯まみれの全身火傷の大男。眼鏡とタバコだけはそのままだ。

実兎の姿はフランケンシュタインの様にツギハギで青い皮膚を持つが、ゴシック風のドレスを着た上で元の姿を留めていた。


二人を見たグルイは血の涙を流しながらにこにこと笑う。


「おお、お二人とも良いキャラメイクしますねぇ。タイプは……鬼城さんは火炎ゾンビですね」


「ああ。自分の体が燃えてるってのも不思議な感覚だが、悪くねェな。早く実際に戦ってみたいぜ」


「先輩ってほんと野蛮人ッスよねー……あと言動も見た目も暑苦しいんで離れて下さいッス」


鬼城のお披露目に口を挟んだことで、実兎に視線が集まる。

実兎は自信満々にその場でくるりと回る。


「それに比べて私と来たら、ゾンビなのにこーんな可愛く仕上がっちゃった訳で。申し訳ないッスね~」


ゾンビ達はほほえましく実兎をみる。


「実兎さんはゲロゾンビですか。女性なのになかなか渋い選択をしましたね」


「ゲロゾン……なんスかそれ……」


実兎のニヤニヤが消える。

グルイがルールブックを空中に映し、ゾンビ紹介のページを開く。


「ゾンビは見た目で何の種類か判別できるようになってます。青い肌はゲロゾンビ。文字通り胃液をはきかけて攻撃するゾンビですよ」


それを聞いた鬼城が笑いだす。


「ハハハハハ!実兎ォ、お前見た目だけで選んだな!でもいいんじゃねぇの!お前よく毒吐くし、ピッタリじゃねェか!ゲロゾンビ!」


実兎が鬼城に向き直る。


「ねぇ先輩」


「あ?」


「オエーーーーッ!」


実兎の口から突然黄緑色の不透明な液体が大量に噴射され、鬼城にべしゃーっとかかる。


「グェッ汚ねぇ!!ふッッざんけんなよマジで!!正気かこのクソ女!ありえねぇだろ!!!ぶっ殺すぞ!!」


「なるほど。これは楽しいッスね」


実兎が袖で口を拭いながら嘲笑う。

一触即発な雰囲気の二人をグルイがなだめに入る。


「お、落ち着いてください。本物のゲロじゃないですから。ただの技なんでメロンシロップの様な物で汚くないですし、液体もすぐ消滅します。ゾンビ同士だと効果もないですし。ほら、大丈夫ですから」


グルイの言った通り、鬼城にかかった胃液は急速に乾いて消滅し、すぐに元通りになった。

鬼城はほっと胸を撫で下ろす。


「ああよかった……しかし、これは気持ちの良いもんじゃあねェなぁ……」


「いえ、そうでもないですよ。美人のゲロゾンビにやられたら嬉しいって人も結構いますから」


「闇が深いッスね……」



そうこうして二人の準備が揃ったので、次の日の大規模戦闘に備える事になった。


煮込みハンバークスの人達に戦い方を教わっている内に、鬼城も実兎もグロいのに慣れ、二人揃ってこのゲームへとのめり込んでいくのであった。

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